なぜあんなところに住みたいのか…震災被災者が「タワマンには絶対住みたくない」と断言する理由
プレジデントオンライン / 2022年8月29日 12時15分
※本稿は、たくきよしみつ『マイルド・サバイバー』(MdN新書)の一部を再編集したものです。
■命以上に優先順位の高い課題はない
巷には、資産運用、ダイエット、アンチエイジング、恋愛、ビジネス戦略、メタバース……といった様々な話題が溢れていますが、それらはすべてあなたや私といった「個人」が生きていてこそ意味を持つものです。昔から「命あっての物種」といいますが、まさにその通りで、これ以上の優先順位を持つ課題はありません。
……などというと、「そんなことは分かりきっている」と反発されそうですが、そう言わず、ちょっと考えてみてください。本当に命を守ることを真剣に考えているでしょうか。
まず、食料を買えなくなったらどうしますか?
食糧危機が来ると言われても、「物価は上がるだろうけれど、店から食料品が消えるなんてことは起こるはずがない」と思っている人が多いのではないかと思います。しかし、消えるときは消えるのです。店ごと消えることもあります。
3.11のときを思い出してください。あっという間にスーパーからは米や缶詰が消え、ガソリンスタンドからガソリンが消えました。
あのときは一時的に物流が混乱しただけで、供給元からモノがなくなったわけではなかったのですぐに元に戻りましたが、今私たちが直面している食料危機は、供給元から根こそぎモノがなくなるという危機です。
■食料危機、富士山噴火が起きたらどう命を守るか
穀物はすぐに作れるわけではありませんから、倉庫の備蓄分が底をつけばどうしようもありません。石油も、外から入ってこなくなればどうにもなりません。大量死に直結します。
首都直下型地震や富士山の噴火などが起きたら、それこそ東京が丸ごと機能停止に陥ります。どちらも絵空事ではなく、歴史上実際に起きてきたことです。
食料危機、エネルギー危機のような危険と地震や津波のような自然災害による危険。そのどちらにおいても、都市での生活は危険度が高いことははっきりしています。不幸にして都市にいるときにそうした危険が襲ってきたときは、まず自分の命を守らなければなりません。
地震に備えて家具に転倒防止金具をつけましょうとか、避難持ち出し袋を買っておきましょう、などという生ぬるいレベルでは、本当の危機に直面したときに命は守れません。一瞬にして町全体、地域全体が機能不全に陥るような状況を明確に思い描き、対処方法を考える必要があります。
■3.11のような悲劇が都会で起きてもおかしくない
私は2011年の東日本大震災と福島第一原発爆発でそれを実際に経験しました。
千代田区の17倍の面積を持つ福島県川内村は村長が全村避難指示を出し、隣の富岡町から身一つで避難してきた人たちも含めて村民全員が一斉に村を出ました。帰村宣言したのは1年以上経ってからです。
川内村は奇跡的に周囲の町村に比べて放射能汚染が低く、地震そのものの被害(倒壊や火災)もほとんどなかったため、村の公共共同浴場施設がそのまま双葉郡唯一の広域消防拠点になっていました。要するに、周辺地域に比べてものすごく運がよかったのです。
全村避難から11年以上経ち、村は平穏を取り戻していますが、今でも食品の放射線検査は続けているそうです。
こうした災害や人災事故は日本国中どこで起きてもおかしくありません。首都圏や大都市では起きないという理由は何もありません。
都会でこの規模の災害が起きたときにはどうなるか、想像してみてください。
■原発爆発が東京湾岸の発電所で起きていたら…
福島県とその近郊で放射能被害を経験した人たち以外は、原発爆発は福島という遠い土地で起きた悲劇だと思っているでしょう。大変なことが起きたことは知っているけれど、離れた場所で暮らしている自分には、沖縄の基地問題と同じで、あまり関係がない、と。
そこで、あの爆発がもし東京湾岸で起きていたらどうなっていたかを説明したいと思います(私はあれを「事故」と呼ぶことに抵抗があるので、「愚かすぎる管理・行動の結果、大量の放射性物質をばらまいてしまったあの事件の総体」を「フクシマ」とカタカナで表記することにしています。これは歴史上の「ヒロシマ・ナガサキ」同様で、福島という土地を表しているのではありません)。
東京電力は、東京湾の千葉県側に五つ、神奈川県側に五つの火力発電所。それに挟まれるように、東京湾中心部に大井と品川という二つの火力発電所を持っています。
これだけ多くの火力発電所を東京湾岸に有しているのですから、原子力発電所だって一つくらいあってもおかしくないように思えますが、東電の原発は、福島県と新潟県という、非常に離れた、東北電力の管轄地に造っています。放射能漏れ事故を起こした場合、首都圏では取り返しがつかないことになるので、念のため遠方の過疎地に建設したわけです。
「フクシマ」が実際に起きてしまって、その計算は見事にあたってしまいました。
■関東エリアは日本から消えたも同然になる
もし東京湾に原発があり、その原発が福島第一のように爆発していたらどういうことになっていたか想像できますか?
品川火力発電所は1960年運転開始という古いガス火力発電所ですが、古い発電設備は徐々に廃止され、2003年には「改良型コンバインドサイクル」という効率のよい火力発電設備に完全に切り替わりました。もしこれが火力発電所ではなく原子力発電所として建設されていて、「フクシマ」と同じ程度の放射性物質漏れを起こしたとします。
「フクシマ」のときのように、運よく風が海側に流れて、漏れ出た放射性物質のほとんどを太平洋にばらまいたとしても、その一部が「フクシマ」と同じ程度に拡散しただけで、東京23区の全部、さらには船橋、草加、三鷹、横浜あたりまでが20km圏の警戒区域(立ち入り禁止で一切の経済活動が停止)にすっぽり入ります。
国会議事堂も皇居も主要企業も……日本の中枢部はなにもかも深刻な放射能汚染に見舞われ、そこから人間が出ていかなければなりません。数十年という長期間にわたって、首都圏を含む関東エリアは日本から消えたも同然になるわけです。
■原発は過疎地に押しつけられるが、震源地は移動できない
当然、首都は移転となります。
放射能汚染地帯を挟んで日本は東と西に分断されるため、経済活動も二分されるでしょう。日本を支えるのは西日本、ひたすら援助を受ける東日本、という西高東低の構図になり、国の規模が一気に半分以下になるかもしれません。
原発は首都圏に建てず、地方の過疎地に押しつけることができましたが、巨大地震の震源地や富士山をどこかに移すことはできません。富士山が噴火して大量の火山灰が首都圏に降り注げば、即座にあらゆるインフラが停止し放射能汚染以上の大惨事になります。
東京で甚大災害が起きるとこういうことになることを、まずは頭に入れてください。
■電気が止まればタワマンは「陸の孤島」になる
都会の住居の中でも、危険度が最も高いのは高層マンションでしょう。
都心の高層マンションは庶民の憧れの的といいますが、私にいわせれば、なぜあんな怖ろしいところに大金を投じて住みたいのか理解できません。
オール電化の高層マンションで電気が止まればどうなりますか。
一日でも大変なことになるでしょうが、復旧の見込みが立たないほどの長期停電となれば、その瞬間から住んでいられなくなります。エレベーターが動かず、電気が使えず、水洗トイレも使えなくなった家で、あなたは何日頑張る自信がありますか。何億円の高級マンションでも、一瞬にして山の中のテント生活より厳しいサバイバル現場になります。
2019年10月、台風19号で多摩川の水位が上昇し、排水管を逆流した水で武蔵小杉の47階建てタワーマンション2棟が浸水。停電でエレベーターも停止して、一瞬にして陸の孤島状態になるということがありました。堤防が決壊したわけでもないのにこういうことが簡単に起きたことで、ショックを受けたかたも多かったでしょう。
■ゼロメートル地帯もお気楽な気持ちでは住めない
また、東京では海抜ゼロメートル地帯の下町が自然災害に対して危険度が高いことは周知の通りです。洪水の被害が起きやすいだけでなく、古い木造家屋が密集し、道も狭く入り組んでいるため、火災が起きたときに逃げ場がないからです。
下町の人情や江戸の風情は生活の場として大変魅力的ですが、災害時のことを考えると、お気楽な気持ちでは暮らせません。
浸水や火災の危険地帯は、概ね荒川、隅田川沿いに帯状に延びていますから、東京脱出ルートとしても、これをまたがないで逃げることを日頃から考えておきましょう。
例えば中野区に住んでいる人が群馬県の親戚の家を目指して避難しようとした場合、最短距離を通ろうとせず、一旦北西方面に向かい、和光市や朝霞市を経由したほうが安全かもしれない、といったシミュレーションをしておくのです。
雪が数cm積もっただけでも大騒ぎになる東京です。大規模災害時には戦場を突破するくらいの危険を伴うであろうことは覚悟しておかなければいけません。
また、火災や浸水の心配がない場所にいるなら、いきなり外に出るのではなく、状況が把握できるまでは動かないという判断が必要になることもあります。
■巨大防潮堤より必要なのは1人用救命ボート
3.11で大津波に呑み込まれた東北の太平洋岸地域では、被災後に巨大な防潮堤を築く工事を始めました。
しかし、これは危険回避の方法としては馬鹿げています。地元民からも「海面の変化が見えなくなることでかえって危険だ」「そこにつぎ込む金と資材と人力で、まずは被災者のための住宅を造れ」と反対の声が上がりました。
津波を巨大防潮堤で防ごうなどという発想は根本的に間違っています。
私が思う最も合理的な対策は、海沿いの家や施設に、カプセル型の1人用救命ボートを配備することです。普段は小さくたたんでおけて、緊急時にはエアですぐに膨らんでカプセル状になり、中に入れば津波に呑み込まれても数日は沈まずに生きながらえるような装置。その程度のものを作ることは難しくないと思いますが、実現していません。
津波に呑み込まれず、とりあえず危険から脱出するための最も効率的な道具という発想を、都市を襲う直下型地震災害にあてはめてみます。
■東京で全インフラが止まったら何が起きるか
例えば首都直下型地震が起きて東京が一瞬にして機能不全に陥ったとしましょう。
建物が崩落したり大火災が起きたりしなくても、電気やガスが止まり、寸断された道にクルマが溢れ、鉄道も動かなくなるという状況だけでも、都会は即座にリアルサバイバルの場と化します。
短期でのインフラ復旧が見込めないとなれば、家にいても命の危険があります。水が出なければシャワーが浴びられないどころか、トイレに入っても糞尿を流せません。電気が来なければマンションのエレベーターは動きません。店からはすぐにものが消え、食べ物も手に入らなくなります。冷暖房が使えないので、真冬なら低体温症に、真夏なら熱中症になってしまうかもしれません。
治安も悪化します。いくら従順で秩序を守る日本人とはいえ、犯罪や暴動の危険が増えます。
1日、2日はなんとか持ちこたえても、それ以上家にとどまるのは座して死を待つようなものでしょう。
■都会人はまず電動アシスト自転車を買え
混乱がある程度収まった段階で、人が密集している都市から脱出し、安全な土地に向かって助けを求めるしかありません。被災していない離れた場所に家族や親戚がいればそこを目指すことになりますが、たとえ頼れる親類縁者がいなくても、被害の少なかった地方まで行けば、避難者を受け入れ、援助してくれるはずです。
しかし、道路は大渋滞で動かないのでクルマでの移動は無理です。そもそも多くの都会人はクルマを所有していませんし、運転免許も持っていません。歩いて首都圏を脱出するしかありませんが、下手すると途中で行き倒れてしまうかもしれません。
そこで、私がお勧めしたいのは電動アシスト自転車を持つことです。
もちろん、普段から買い物や散歩に使えばいいのですが、そういう環境ではなかったとしても、折りたたみ式の小型自転車くらいなら押入やベランダの片隅に押し込んでおけますから、緊急時避難用に持っておくのです。
満充電で30~40kmくらいは走れますから、危険地帯からの脱出に十分使えます。途中で屋外設置コンセントのある場所で充電させてもらえれば、さらに遠方にまで行けます。充電が切れても、多少ペダルの重い自転車としては使えます。渋滞している道路の横を抜けていけるので、クルマよりも早く移動できるかもしれません。
避難先での足としても心強い道具になります。荷物を運べるように前籠と荷台はつけておいたほうがいいです。ついでに、丈夫なバックパックも用意してください。
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1955年、福島県生まれ。1991年、『マリアの父親』(集英社)で第4回「小説すばる新人賞」受賞。執筆ジャンルは小説の他、狛犬アートの研究やデジタル文化論など多岐に渡る。50代から福島県双葉郡川内村に居を移すも、東日本大震災で被災し日光市に移住。「緊急時避難準備区域」で全村避難した村の自宅に戻って普通に生活をしながら詳細にリポートした『裸のフクシマ』(講談社、2011年)が、各書評、メディアで話題になった。著書に『デジカメに1000万画素はいらない』(講談社現代新書)、『医者には絶対書けない幸せな死に方』(講談社+α新書)、『3.11後を生きるきみたちへ』(岩波ジュニア新書)、『マイルド・サバイバー』(MdN新書)など。
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(作曲家/作家 たくき よしみつ)
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