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「女性の社会進出は進んだが、差別と格差は日本よりも深刻」経済成長を遂げた韓国社会の"表と裏"

プレジデントオンライン / 2022年8月29日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jae Young Ju

韓国では経済成長が進み、大卒の初任給が日本を上回った。社会はどのように変化したのだろうか。道上尚史さんは「経済発展を遂げ女性の社会進出も進んでいるが、差別や格差は日本より深刻だ。大学生は『親の経済力によって人生が決まる』と嘆いている」という――。(第4回)

※本稿は、道上尚史『韓国の変化 日本の選択 外交官が見た日韓のズレ』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■この40年で大きくさま変わりした韓国社会

1980年代半ばの韓国には、職のない若い男たちが昼間から路上で賭け事に興じる、よくある途上国の風景があった。スパゲティと注文して出てきたのは細いうどんだった。メロンの現物を知る人は少なく、「犬はうまいぞ、日本人は味を知らないんだな」と得意げだった。

働く女性への差別、そして障害のある人や黒人への冷たい目線は、日本の感覚からすれば驚くべきものだった。ルール無視を堂々と語り、「大丈夫。日本人は几帳面すぎていかん」と笑っていた。しかし、今の韓国はさま変わりだ。

ソウルや釜山(プサン)では、40階以上のタワーマンションが林立する。シネコン、スパ、ゴルフ練習場が入った、日本にはない巨大なデパート(百貨店)がある。コンビニもコーヒー店も東京より多い。多種類の香り高いコーヒーが詳しい説明付きで提供され、値段は日本より高い。環境問題への意識は高まったし、人気タレントがテレビでアフリカ難民への関心を熱く語っていた。女性の地位は上がり、職場での活躍がめざましい。

大卒20代後半では、女子のほうが男子より平均給与が高く、これは兵役がある男子への差別だとの不満が男子からあがっている。大卒初任給は日本より韓国のほうが高い。日本にわたって就職した韓国人の不満は、日本は物価も安いが給料も安いことだ。コロナ下では社会の「同調圧力」が日本より強かった。

かつて韓国はマスクをあまりしない国だったが、今回、電車やバスの中で老若男女ほぼ100パーセントが、マスクを着用していた。オフィスビルや食堂やパン屋に入る際の体温測定や身分証のチェックを厭(いと)う人は見たことがない。ルールにきわめて従順になった。

■東京オリンピックの中継で各国を揶揄した韓国のテレビ局

近年の韓国の外国観のあやうさが外に現れたと感じたのは、昨年7月の東京オリンピック開会式を中継するMBCのテレビ放送だった。この放送が物議をかもし、国内そしていくつかの外国から抗議を受けた。

各国選手団入場にあわせその国を短く紹介するのだが、ルーマニアはドラキュラのワンシーンを、ウクライナはチョルノービリ原発事故の写真を用いた。マーシャル諸島を「米国のかつての核実験場」と紹介し、イタリアはピザの画像、ノルウェーはサーモンの画像を用いた。ウソ偽りではなくても、オリンピック開会式という世界が注目する晴れの舞台にそぐわない、各国への揶揄(やゆ)だ、国際的な欠礼だという批判が内外から相次いだ。

CNNやニューヨークタイムズも、「MBCは侮辱的な偏見を放送した」と批判した。MBCは、「オリンピック精神を傷つける放送。言い訳できない過失」として公式謝罪した。これは、近年の韓国の外国観の危うさの縮図だと私は思う。

外国への礼儀や配慮はいらない、我々はもう弱小国でないので、そんなことに神経を使う必要はない。国内それも仲間うちでふだんおしゃべりしているそのままを外向けに言っていいのだ、というところだ。私が知るかつての韓国には、そういうひとりよがりはなかったのだが。そして、この傾向が最も強く出るのは、日本に対してだ。

■「安倍総理はうそつきです」と言い放ったニュースキャスター

「没落し、もう重要ではない。外交で気を使うべき国ではない」「戦犯国家日本」「歴史を反省しない、慰安婦の問題を認めない」「独島(竹島)への領有権を主張するという帝国主義の残滓(ざんし)」といった表現が、政治家の発言やメディアで頻繁に用いられる。非礼というのを超え明白に事実に反する面があり、MBCの各国揶揄より悪質だ。

さて、このMBCの件で私が思い出したのは、2013年、KBSテレビの朝7時のニュースで、キャスターが「安倍総理はうそつきです」と言い放ったことだ。キャスターによれば、安倍総理は、竹島を自国領と述べたこと、福島原発事故についての発言等いくつもうそを重ねたというのだ。大使館の同僚から連絡を受け、知人であったKBS副社長にすぐ指摘し、抗議した。ほどなく彼から謝罪があった。

自民党/あいさつする安倍元首相
写真=時事通信フォト
自民党安倍派の政治資金パーティーで、あいさつする安倍晋三元首相=2022年5月17日午後、東京都港区 - 写真=時事通信フォト

「申し訳ない。チェックが働いていなかった。上に相談せず、若いキャスターの一存で言ったのだが、考えられない発言をしてしまった」。何重にも問題のある放送だった。名門大学卒で若く見栄えが良いキャスターとして人気上昇中だったと聞く。

■「いやそんな、政治が絡む話などしませんよ」

1980〜90年代と比べれば、韓国社会には大きな変化があった。経済と社会の発展はめざましい。心から敬意を表したい。職業や男女、人種の差別意識は、目に見えるところでは少なくなった。日本の一部には誤解もあるが、韓国人は周囲の目をとても気にし、学歴や宗教、ときに出身地の話題には神経を使う。「差」「色分け」が現れるのを恐れるのだ。

ソウル大学卒のビジネスマンの知人は、初めて会った人たちとの間で出身大学が話題にならないか、いつもびくびくするそうだ。自分だけがソウル大卒だとわかると気まずいからだという。

もう一つの例。記者出身の知人から「毎月十数人集まって懇談会をする。道上さん、今度来て日本や中国の話をしてください」と声をかけられ、「いいですけど、参加者はどういう人たちですか。保守とか進歩とか?」と聞くと、一笑に付された。「いやそんな、政治が絡む話などしませんよ。考えの違いが出て気まずくなりますし」と。

「豊かな成熟社会」を物語る話なのだろうか。政治の「あるべき論」を熱く議論する、私の知る韓国でなくなったようで、物足りなさも感じた。いい意味での成熟社会というより、「金持ち喧嘩せず」、「人の顔色を見て波風立てない」、小市民的な大勢順応なのか。20年前、「成熟社会だから日本を合理的に見る。非理性的な感情はコントロールできる」と言っていた、その成熟とは違うような気がする。

■韓国の学生には「決定論と絶望とあきらめ」がある

さて、80年代と違い今の私は、高校生や大学生のホンネに接する機会があまりない。そこで、韓国の大学院で学んだ後、大学で教鞭をとり学生たちに日々接する日本人の先生方から話を聞いてみた。

――親の経済力と社会的地位で自分の人生(進学、就職、結婚)もほぼ決まるという思いを、学生は強く持っている。「親の経済力は別の話」が基本である日本とはちがう。決定論と絶望とあきらめがある。大人の世界では、不動産投機の情報、一流デパートやホテル、ゴルフ場等の大幅割引クーポン、海外留学・移住の具体的情報、政財界人脈やゴシップ……。これらが一部富裕層に集中していて情報格差が大きい。それと、子供の頃から外見の良し悪しを過剰に気にする。特に女子は日本の比ではない。
――大学で教え始めたとき、学生を一個人として尊重し丁寧に応対していたら、学科長から叱られた。強く指示・命令し、学生をこき使うくらいでないとだめだと言われた。幼い頃は家庭で、ついで学校、軍隊でと、支配・服従関係が日本より強い。大学の授業で〈両親が結婚に反対したら、あなたはどうします?〉という質問に、ほぼ全員が両親に従うと答えた。日本とはだいぶ違う。外見ではそういう古い体質には見えないんですよ。軍隊からもどって耳にピアスの穴をあけている男子がクラスに二人いて、彼女に言われてそうしたというんです。

■「韓国のマネー志向は日本より強い」

「韓国のマネー志向、何でもカネカネという悪弊(あくへい)は、日本より強い」と嘆いたのは、国会議長まで務め引退した元政治家である。韓国に住む日本ビジネスマン夫婦が言った。

「韓国の友人も多く、仲良くしています。でも、息子が子供の頃から昆虫が好きで大学は生物学部。大学院に進んで昆虫を勉強すると言ったら、みな声をあげて笑うんです。虫だって、馬鹿じゃない。そんなのカネにならない、どこにも就職できないじゃないと」

ご夫人は憤慨していた。なんでもカネという風潮、それで人を判断する傾向が、たしかに強いと思う。

私の見るところでは、勉強でもビジネスでも、目の前の目標に向かって集中力を発揮し達成する能力が韓国は高い。日本より高い場合もあると思う。しかし、中長期的なこと、目に見えないことは後回しだ。日本人のノーベル賞受賞者が多く(2000年以降20人)、韓国は科学部門でまだゼロなのも理由があると韓国の友人は言う。

ノーベル平和センター
写真=iStock.com/rrodrickbeiler
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rrodrickbeiler

「科学の基礎研究は20年30年やっても成果が認められる保証はない。認められてもそれが生きているうちか死後かはわからない。カネや個人・組織の名誉ではできないことです。日本のように人類のため科学の発展のため、自分の損得でなくコツコツと励む姿勢が韓国にはまだ少ない。目端(めはし)が利いてしまう」のだと。

■いまでも差別意識は日本よりも深刻

夫が韓国人、妻が日本人の夫婦はこう話した。

道上尚史『韓国の変化 日本の選択 外交官が見た日韓のズレ』(ちくま新書)
道上尚史『韓国の変化 日本の選択 外交官が見た日韓のズレ』(ちくま新書)

「うちの子は、集団行動や勉強にうまく適応できなかったけれど、日本の小学校では先生の目が届いていた。一人ひとりケアしてくれた。韓国の小学校ではそんなケアはない。韓国の学校は、勉強のできる子のための場所だと感じた」

目に見える差別がずいぶん減ったと書いたが、水面下では、差別や格差、特権意識が色濃く残っている。どの国にもあるとはいえ、日本より深刻だ。日本通の年配の識者によれば、「日本の江戸時代の士農工商より、朝鮮時代の身分差別のほうが厳しかった」という。

儒教の影響がやはり大きい。先述の、80年代には日常的に見られた性別、職業、人種等による各種差別の根もそこにある。儒教によって出世意欲、向上心、勉強重視というドライブは日本より強く働くが、支配と差別と特権、剝奪感と怨嗟(えんさ)という要素は日本より強いと思われる。それを軽減すべく努力もしているのだが。

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道上 尚史(みちがみ・ひさし)
駐ミクロネシア連邦大使
1958年大阪生まれ。東京大学法学部卒。ソウル大学研修後ハーバード大学修士。韓国で5回計12年勤務し、外務省きっての韓国通。在中国大使館公使、在韓国大使館総括公使、在ドバイ総領事、在釜山総領事、日中韓協力事務局長を経て現職。最新刊『韓国の変化 日本の選択』(ちくま新書)のほか、『日本外交官、韓国奮闘記』『外交官が見た「中国人の対日観」』(共に文春新書)など日韓計5冊の著書あり。中韓両国で公使を務めた外交官第一号。

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(駐ミクロネシア連邦大使 道上 尚史)

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