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「静かにしてください」では不十分…お隣の外国人住民の生活音をピタッと止ませた"ある呼びかけ"

プレジデントオンライン / 2022年8月28日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Srdjanns74

5割以上を外国人世帯が占める埼玉県川口市の芝園団地では、外国人の生活騒音が日本人住民を悩ませていた。同団地の自治会で事務局長を務める岡崎広樹さんは「外国人は日本と母国の住環境の違いがわからない。『日本の住宅は足音が響きやすい』などと呼びかけたところ生活トラブルの数は減った」という――。

※本稿は、岡崎広樹『外国人集住団地』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■外国人住民を「迷惑な隣人」にさせないための三つの課題

外国人が集住したことによる様々な生活トラブルにより、いつからか芝園団地は様々な問題が山積みした団地として噂になっていた。筆者は2014年に芝園団地に住み始めたのだが、その頃になると団地内の生活トラブルはだいぶ落ち着いていた。とは言え、日本人住民にとっては、まだ生々しい記憶が残っており、中には外国人住民は「迷惑な隣人」であるという先入観を持っている人もいた。

では、外国人住民は日本人住民のことをどう思っていたのか。ある外国人住民は、

「高齢者の日本人と何を話したらいいか分からない」

と言っていた。

彼らの心情を察するに、日本での生活に心配事が尽きなかったであろうことは想像に難くない。家族で異国の地で生活することになった。借りる予定の部屋は知り合いが紹介してくれたところで、収入条件さえクリアすれば借りられる部屋だった。大きな建物だったが住み心地は悪くなさそうだ。外国で働くのは初めてのこと、自分はうまくやれるだろうか。そして、自分の家族はちゃんと外国生活に適応できるだろうか……。

彼らにとって、まずは新しい生活を始めることで精一杯だろう。日本人住民は異国の地の「見知らぬ隣人」でしかなかった。ましてや、相手は高齢者ばかりだ。外国人ならばなおさら何を話題にすればいいのか分からないだろう。

日本人の高齢者と外国人の若者は「見知らぬ隣人」となりやすい。また、隣近所では、お互いの違いが表面化しやすく「迷惑な隣人」にもなりやすい。この状況を改善しない限り、日本人住民と外国人住民との関係づくりは一向に進まない。そう痛感していた。

そこで現状の課題を整理すると、次の3点に絞られた。

[課題1] 生活トラブルの改善
[課題2] 両者の出会いの場づくり
[課題3] 地域活動の拡大方法

筆者はこれまで述べてきたような現状を踏まえたうえで、これら三つの課題に対して取り組みを始めた。その具体的な活動内容を紹介したい。

■外国人住民は何も日本人を困らせたいわけではない

住民は「迷惑な隣人」に対してはそもそも人間関係を築こうとはせずに、隣近所から早く引っ越してほしいとさえ願うだろう。

2010年頃、日本人住民の外国人住民に対する不満がピークに達すると、地元の市議会議員への働きかけなどが行われて、2011年には、自治会、川口市役所、URや居住者約40人などが参加する住民集会が開催された。

自治会からは、敷地内のUR管理事務所に通訳者の配置を要望した。新規入居者はUR管理事務所で鍵を受け取ってから、自分の部屋に向かう。その機会を活かして、中国語の通訳者から団地生活の留意事項を伝えてほしいとお願いした。2012年には通訳者が管理事務所に配置された。通訳者は入居手続きの時に中国語で生活の留意事項を説明した。敷地内の注意書きには中国語も併記されることが普通になった。

ここで再度強調しておきたいのだが、外国人住民は日本人住民を困らせたいわけではなかった。これは次のような状況に似ていると思う。

筆者は関東育ちであるため、エスカレーターに乗ると左側に立つ。初めて関西のエスカレーターに乗った時、いつもと同じように左側に立ち止まっていた。そうすると、後ろから歩いてきた人が嫌そうに横を通っていく。何か悪いことでもしたのだろうかと思い、周りを見回すと、みんな右側に立っていて、左側は急いでいる人のために空けている。

左側に立っていた筆者は、急いでいる人たちの邪魔になっていた。そこで初めて、関西ではエスカレーターは右側に立つのだということを知ったのである。決して誰かを困らせたくて、左側に立ち止まっていたわけではない。それが、自分にとっての日々の習慣だっただけである。

エスカレーター
写真=iStock.com/samxmeg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/samxmeg

■ごみの分別をしたくないのではなく、習慣がないだけ

日本人でさえ、地域による生活習慣の違いはある。ましてや外国人住民には母国との違いがあって当然だ。彼らは日本人住民を困らせたいわけではなく、ごみの分別をしたくないわけでもない。あくまでもごみを分別するという習慣がなく、知らなかっただけなのだ。

それならば、初めて分別する人にも捨てやすい工夫が必要だろう。現在、ごみ捨て場のごみステーションには、日中英の3か国語で書かれた分別用の掲示がある。そこにはイラストが多用されており、捨てていいものが一目で理解しやすくなっている。

■粗大ごみの出し方や防音マットの購入も外国人にとっては至難

さらに、新規入居者がここでの生活習慣について理解しやすくなる方法を考えた。それが、「芝園ガイド」の配付である。

これは、「芝園かけはしプロジェクト」の学生たちによるアイデアだった。「芝園かけはしプロジェクト」は、2015年から芝園団地で活動している学生ボランティア団体である。学生たちの力を活かして「芝園ガイド」を作成し、UR管理事務所の入居手続き時に配付してもらうことにした。

当時の入居手続きでは、注意書きを配付していた。注意書きはA4サイズ1枚の紙である。その中に、注意事項が中国語で箇条書きされていた。筆者は中国語を読めないが、同じ内容の日本語版には次の記述があった。

「引っ越しする際の粗大ごみ(一辺が概ね40cmを超える大きさのもの)は、必ず市収集課に申し込んでください。そして、公民館または市内コンビニストアで納付券を購入して粗大ごみに必要な枚数を貼ってから粗大ごみ置場に出してください。なお、書いてある受付番号は申し込んだ時の番号と一致しないと回収してもらえませんので、お気を付けください」
「フローリング床は音が響きますので、防音マットなどを敷くなどをお勧めします。なお、ドア、窓の開け閉めや歩く際も、周囲のお住いの方の迷惑にならないよう、静かにお願いします」

中国人住民にとっては初めての注意事項も多いはずで、これをもらっても、

「公民館って何? どこにあるの?」
「防音マットがお勧めと書いてあるけど、防音マットって何? どこで手に入るの?」

と疑問だらけに違いない。注意事項を理解してもらうだけではいけない。それに沿って行動してもらわなければならない。

■丁寧すぎるほどの説明とイラストを交えたガイドを配布

そこで、「芝園ガイド」では二つの工夫をした。一つ目は、留意事項の内容をイメージしやすくしたことである。たとえば、筆者は初めて芝園団地を来訪する人に対して、次の道案内をメールで送る。

「当日は、芝園団地自治会の事務所にお越しください。最寄りの蕨駅からいらっしゃる場合の行き方は、次の通りです。蕨駅から芝園団地までは、徒歩約10分です。蕨の改札を出ましたら、左側にお進みください。階段を下りて真っすぐに進みますと交番が見えます。そこは左側に進んで、角のお店のところを右側に曲がります。そして、真っすぐに進み、“ぶぎん通り商店街”にも入らず真っすぐに抜けてください。道なりに進むと、大きなマンション“芝園ハイツ”があるので、そこも真っすぐに進んでください。マンションの下には八百屋があります。マンションの終わりのところも曲がらずに真っすぐ進みます。左側にピザ屋が見えましたら、その右側の広場が芝園団地商店会広場になります。スーパーが御座いますので、その横を真っすぐ抜けると15号棟が御座います。そこの一階に自治会事務所が御座います」

だが、こうした文字情報だけでは分かりにくくて当然である。しかし、地図や目印の写真付きの道案内にすれば、簡単に場所が分かる。そこで、「芝園ガイド」では、イラストを用いながらここでの生活習慣をイメージしやすくしている。

■日本と母国の住環境の違いを認識していない外国人住民も多い

二つ目は、生活トラブルが起きやすい理由を具体的に記載したことである。既述の通り、芝園団地では、上階のトイレの水を流す音が深夜に聞こえてくるほど、上下階の間の床と天井は薄かった。

岡崎広樹『外国人集住団地』(扶桑社新書)
岡崎広樹『外国人集住団地』(扶桑社新書)

筆者は中国出身の知人から次のような話を聞いていた。中国には上下の壁が厚い建物もあり、子どもの飛び跳ね音は下に響くことが経験的に分からない人もいる。防音マットを敷く必要性が分からない人もいるかもしれない、というのだ。音が響くという状況が理解できなければ、静かにしなくてはならないとは思いつかないだろう。

日本語の注意事項を母国語へ翻訳するだけでは、その真意が伝わるとは限らない。目的は伝えることではない。芝園団地での最低限の生活ルールを理解し、守ってもらうことである。

そこで、「芝園ガイド」では次のように表現した。

「日本の住宅は、中国よりも壁や床が薄い傾向にあります。中国よりも、足音や物音が響きやすいのです」

「音が響きやすいので静かに」と記述するだけではなく、騒音の原因が母国の住宅と芝園団地との違いにあることを伝えることにより、なぜ静かにしてほしいのかを理解してもらいやすくなる。そうすれば、行動にも結びつくことだろう。

このように芝園団地では、外国人住民に最低限の団地生活の留意事項が伝わるように、母国との生活習慣の違いを伝える工夫をしてきた。

こうした地道な努力の甲斐あって、古参の日本人住民も、「以前と比べれば住環境がだいぶ改善した」と言ってくれている。騒音問題を中心に生活トラブルはまだあるが、住環境は少しずつ改善されてきた。生活トラブルは少なくなり「お互いに静かに暮らせる関係」の「共存」にだいぶ近づいてきた。

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岡崎 広樹(おかざき・ひろき)
芝園団地自治会事務局長
1981年、埼玉県上尾市生まれ。早稲田大学商学部卒。三井物産で海外業務を経験し外国人との共生に関心を持つ。2012年退社後、松下政経塾で学ぶ。2014年から埼玉県川口市芝園団地に住み、2017年から自治会事務局長を務める。自治会として2017年度国際交流基金「地球市民賞」などを受賞、個人として2018年日本青年会議所「人間力大賞総務大臣奨励賞」を受賞。

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(芝園団地自治会事務局長 岡崎 広樹)

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