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社員が感動しない商品で、お客が感動するはずがない…ソニーをワクワク企業に再生させた社長のひと言

プレジデントオンライン / 2022年9月23日 10時15分

2012年04月12日、ソニーの経営方針について説明する平井一夫社長(東京・港区)※肩書は当時。 - 写真=時事通信フォト

2012年度まで4期連続で赤字だったソニーの業績が急回復している。直近の決算では連結営業利益が1兆円を超え、過去最高益を更新した。一橋大学の野中郁次郎名誉教授は「『元気なソニー』へと再生を成し遂げた立役者は、平井一夫氏(前会長)だ。平井氏が定めた『感動』というパーパスが、社員の煮えたぎる情熱のマグマを解き放ち、ソニーを変えた」という――。

※本稿は、野中郁次郎『野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■ソニーは4期連続の赤字から過去最高益にまで復活した

最近のニュースで久しぶりにワクワクしたのは、ソニーグループとホンダがEV事業で提携したニュースだ。戦後日本の復興を支え、世界における日本企業のイノベーション力を顕示し、地位向上に貢献した2社がタッグを組んだのである。100年に一度と言われる大変革期の自動車産業において、どんな新たな展開を見せてくれるだろうか。

ソニーグループは、リーマン・ショック後の2009年3月期に最終赤字に陥り、2012年度までに四期連続で赤字を計上した。しかしその後、2016年3月期に黒字に転じたあとは、順調に業績を回復していった。2021年3月期決算でソニーグループは初めて純利益が1兆円を超え、時価総額も15兆円を超えて21年ぶりに過去最高を更新し、2022年3月期決算も連結営業利益で1兆円を超え、こちらも過去最高を更新した。

■「会社の存在価値は何か」社長就任直後にはじめたこと

「元気なソニー」へと再生を成し遂げた立役者は、平井一夫氏(前会長)だ。社長に就任したのは、2012年4月である。平井は、看板事業だったテレビ事業を別会社化し、パソコン事業の売却を決断した。ソニーの生き残りには、技術一辺倒ではなく、コンテンツとの融合を志向することが不可欠、そう考えた平井は、高付加価値路線を徹底し、韓国・台湾・中国勢とのコストの過当競争を避けた。思うように業績が回復しなかった当初は、「エレキ(エレクトロニス)を知らない」「アメリカかぶれ」などと社内外からバッシングの憂き目にあう時期もあったが、本社部門も含めた人員削減などの荒療治も行ないつつ、業績を急回復させた。

復活劇を駆動する原動力となったのは、平井が制定したミッション、ビジョン、バリューであり、その核となるコンセプトが「感動(KANDO)」である。ソニーには、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達(かったつ)にして愉快なる理想工場の建設」という「設立趣意書」がある。会社にとってもっとも重要な「価値」が何か、そしてソニーがなぜ存在しているのかという存在意義をわかりやすく示す経営理念が必要だと考えた平井は、社長就任直後から「設立趣意書」を何度も読み、考え抜いたという。

■求めたのは同調する人ではなく「異見」をくれる人

そして平井は、多様化するソニーのビジネスの方向性を凝縮し、「社員の煮えたぎる情熱のマグマを解き放たせる」ことができるのは「感動」であるとの考えに至った。それは、「ユーザーの皆様に感動をもたらし、人々の好奇心を刺激する会社であり続ける」というミッション、「テクノロジー・コンテンツ・サービスへの飽くなき情熱で、ソニーだからできる新たな『感動』の開拓者となる」というビジョン、社員一人ひとりに求める姿勢をバリュー(行動指針)というかたちで表現された。ここで平井がいう「社員の煮えたぎる情熱のマグマ」は、人間の「野性」にほかならない。

平井の構造改革を支えたのが、現・社長の吉田憲一郎だ。平井は、自分に同調する相手ではなく、率直に「異見」をいう相棒を求めていた。前稿で異質なもの同士のぶつかり合いや葛藤から、新しいブレークスルーが生まれると述べたが、まさに二人はその典型であった。音楽やゲームなどエンターテインメント畑出身の平井と、財務畑出身で分析能力に優れていた吉田は、いわばアートとサイエンスを綜合するクリエイティブペアだったのだ。

■犬型ロボットに組織の持てる技術・知識を結集させた

犬型ロボット「aibo(アイボ)」復活プロジェクトは、平井が推進した「感動」のモノづくりを象徴するプロジェクトだ。新しいaiboでは、感性価値を徹底的に追求し、人は共感する生き物であるという人間の本質に訴えた。

自律型エンタテインメントロボットaibo(アイボ)
出典=PR TIMES
自律型エンタテインメントロボットaibo(アイボ) - 出典=PR TIMES

オーナーとaiboは共感という相互作用によって絆を深め、ともに成長する。メンバーたちは、身体の動作を使って表現される「ドギーランゲージ」を理解するために、犬に共感し、「犬の気持ち」になりきろうとした。本物の犬の動きを観察し、四足で歩いてみたり、四つんばいになって議論したりしてみた。感情移入しすぎたメンバーは、調子が悪い試作機に「どうしたんだ」と声をかけたりもした。

こうした開発工程を支えたのは、ソニーが蓄積してきた技術・知識(センシング技術、メカトロ技術、AIやクラウドとの連携など)である。これらの技術・知識を「感動」のものづくり、という共通目的のもと知の体系として総結集し、「生命感」を実現して完成へと至ったのだ。

■1人の天才よりも100人のアイデアを集める工夫

2014年に平井がスタートさせたのは、社内から新規事業アイデアを吸い上げる「Seed Acceleration Program(SAP)」だ。SAPは、「感動」というキーワードのもと、一人の天才に頼るのではなく、多くの社員から新規事業のアイデアを集め、徹底的に検討できる場として機能した。いまでは、社内だけでなく社外の知も結集する場へと進化している。

分社化を進める一方で、平井はトップレベルでスクラムを組む関係性づくりにも注力した。たとえば、年に数回は、エンターテインメント領域と半導体やデバイスなどエレクトロニクス領域の各々のトップたちが一堂に会する場をつくった。一国一城の主として独立させて責任と権限をもたせるのと同時に、壁を超えた連携がいつでも組めるようにしておいたのだ。平井は、AIなど新しい技術は、事業を超えた協働が必要になることを見抜いていたのである。

現場レベルでも、平井は全世界の現場に足を運んで話を聞いた。対話を大事にしていた平井は、月1回のペースで、現場のマネジメントに近い人たちを4~5人集めて、お弁当を食べながら、問題意識を共有してもらい、議論する場をつくっていたという。

■経営方針説明会で「数値」を語らなかったワケ

2018年に社長になった吉田は、平井がつくったミッション、ビジョン、バリューを「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパス(存在意義)に進化させた。

吉田はインタビューで「ソニーの多様な事業のすべての基盤として、テクノロジーがある。そして人の心を動かすのはクリエイティビティであり、それを作るのは人ですね。感動を作るのも“人”であり、感動するのも“人”です。経営の方向性は『人に近づく』ですが、関わるすべての“人”に近づくことで、あらゆる領域で感動を創り出したい」と答えている。

感動させる製品・サービスをつくるには、作り手である社員自身が感動しなければならない。2021年6月の経営方針説明会でも、吉田は数値目標を語らずに「感動」という言葉を多用した。組織の生き方をパーパスとして定めたことで、従業員一人ひとりの生き方も変わったのである。

2019年、定義されたソニーのアイデンティティは「テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブエンタテインメントカンパニー」。そこには「技術のソニー」としての矜持も表れている。2021年4月、ソニーは「ソニーグループ」へと移行し、第二の創業に挑んでいる。

パーパスによってソニーの存在意義は明確になった。「感動」という概念は、社員も組織も自由に解放すると同時に一枚岩にした。アイデアをもつ社員たちがスクラムを組んで潜在能力を結集し、錬磨する場もできた。ソニーの「野性」が再び覚醒することになったのだ。

■「ソニーのEV」は世界を制圧できるか

野中郁次郎『野生の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』(KADOKAWA)
野中郁次郎『野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』(KADOKAWA)

aibo復活後、同チームが取り組んだのはEV(電気自動車)の試作車開発だった。「人に寄り添う」という「共感」を追求する点、ハードではなくソフトがコア技術になる点が、aiboと通底していた。わずか2年で彼らは実走行が可能なレベルの試作車を開発した。

そして2022年、ソニーグループはEV事業への本格参入に動き出し、ホンダとの提携を発表。すでに自動車大手に新興企業を加え、世界的な激戦になっているビジネス領域だが、aiboチームも率いた常務は、ソニーは「EVではなくモビリティ」をやろうとしており、それは「ソフトウエア・デファインド・カー(ソフトが定義する車)」である、と明言している。

ソニーの「野性」が今後もいかに発揮されるのか、これからも目が離せない。

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野中 郁次郎(のなか・いくじろう)
一橋大学名誉教授
1935年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造(現・富士電機)を経て、カリフォルニア大学バークレー校経営学博士(Ph.D.)。南山大学教授、防衛大学校教授、一橋大学教授などを歴任。著書に『知識創造企業』(東洋経済新報社)、『組織と市場』(千倉書房)、『失敗の本質』(ダイヤモンド社)、共著に『野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える』(KADOKAWA)などがある。

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(一橋大学名誉教授 野中 郁次郎)

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