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与那国島を中国に占領されても米軍は守ってくれない…台湾侵攻が「戦後最大の危機」を日本にもたらすワケ

プレジデントオンライン / 2022年8月26日 10時15分

久部良港の脇には日本最西端の碑が立つ。冬には、台湾の山並みを見通せることもある=2022年4月23日、沖縄県与那国町 - 写真=時事通信フォト

中国が台湾に侵攻した場合、日本への影響はあるのか。テレビ東京の豊島晋作記者は「台湾に近い与那国島などが制圧される恐れがあるが、そうなっても米軍は日本を守ってくれないだろう。今、日本は戦後最大の危機に瀕している」という――。

■アメリカの要人が次々に台湾を訪問

ナンシー・ペロシ下院議長に続き、複数のアメリカの議員が台湾を訪問した。いずれの訪問も、アメリカは「台湾を軍事的にも経済的にも支援する」というメッセージだ。このため「台湾は自国領土の一部」と主張する中国は強く反発し、台湾島を飛び越えるミサイルを発射し、台湾を“海上封鎖”するかのような大規模な軍事演習を実施して、台湾軍とアメリカ軍を威嚇した。

アメリカ軍の最高司令官であるバイデン大統領としては、最大の脅威である中国人民解放軍との緊張が高まることは迷惑この上ない。あくまで米中関係は大統領である自分が管理すべき問題だ。このためホワイトハウス高官は訪問を止めようとしたが、結局、議会の重鎮で大統領よりも年上である82歳のペロシ議長を止めることは誰もできなかった。

今回の議長らの訪問は、いたずらに中国との軍事的な緊張を高めたと非難する声が一部で出た。しかし議長も議員たちもそんな声はまったく気にしていない。中国の猛烈な反発を引き起こすことなど十分承知の上で訪問したのである。

議員たちの訪問は11月の中間選挙を前にした政治的なパフォーマンスだったという側面はあるだろう。ペロシ議長を含む訪台した6人の議員のうち5人が、党として中間選挙で苦戦が予想される民主党の議員である。しかし、今回のアメリカの動きを、単なる選挙対策や、高齢の重鎮政治家の「レガシー作り」などと矮小化して考えるべきではない。

なぜか。アメリカは台湾を守ることに本気でこだわり始めているからだ。

■「曖昧戦略」をなぜ転換したのか

特に、ロシアによるウクライナ侵攻を見たアメリカは、現在、中国による台湾侵攻をより発生確率が高い現実的な脅威として捉え直している。今回はペロシ議長の訪台を嫌がったバイデン大統領ですらも、“アメリカは台湾を防衛する”という趣旨の発言を何度も繰り返し中国を怒らせている。

もちろん、アメリカには台湾を守る法的義務はない。台湾関係法によって武器などを供与するだけだ。そして台湾を軍事的に防衛するかどうかは、つねに「曖昧」にしておくのがアメリカ政府の基本方針でもある。バイデン大統領がこうした従来方針から逸脱した発言をするたびに、ホワイトハウスは、「アメリカの戦略は何も変わっていない」と火消しに動いている。それにもかかわらず、バイデン大統領はあえて、台湾を守るという趣旨の発言を繰り返してきた。

なぜアメリカは台湾にこだわるのか。台湾の経済力だろうか。やはり世界にとって最も重要な「あの技術」が理由なのだろうか。

■「TSMCを守るため」とも考えられるが…

まず経済力について考える。台湾の経済規模はG20諸国並みで、欧州のスイスやベルギー、スウェーデン、ポーランドなどと肩を並べる。アメリカの9位の貿易相手国でもあり、決して無視できない規模だ。しかし、言うまでもなく中国はその台湾の20倍を超える圧倒的な経済規模を誇っており、アメリカにとっては最大の貿易相手国だ。台湾とは比較にならない。このため「台湾経済」は問題の本質とはならない。

では、世界を左右する「あの技術」、つまり台湾が誇る「世界最高の半導体技術」はどうか。

周知の通り、台湾には世界最高水準の半導体の製造をほぼ一手に引き受けるTSMC(台湾積体電路製造)の拠点がある。仮に中国が台湾を支配すれば、この最先端の半導体技術が中国の手に落ちることになり、世界の半導体市場は大混乱に陥る可能性もある。最先端兵器から家電製品まで現代のあらゆる工業製品の性能は半導体に依存している以上、当然、アメリカはそうした事態を許さないだろう。

しかし、台湾の半導体技術もまた問題の本質ではない。宇宙開発からバイオテクノロジーまで、世界最多といってもいいほど多くの科学技術分野でイノベーションを起こしてきたのがアメリカだ。半導体という一分野での技術的な問題はいずれ乗り越えられると考えている可能性が高い。

■長らく支配してきた“縄張り”が侵されている

またバイデン政権は将来を見据えてTSMCの米本土への誘致を積極的に進め、8月には半導体産業に巨額の助成金を出す法案を成立させてもいる。確かに現在のTSMCの技術力は圧倒的で、他の企業の追随をまったく許さないレベルだが、アメリカにとっては台湾問題の本質ではないと考えられる。

もちろん、経済力も半導体技術もアメリカが台湾を守る大きな実利的な要因ではある。ただそれよりも、さらに大きく本質的な要因が2つある。

一つ目は、「自分たちが支配している太平洋を中国に渡さない」というアメリカの意思だ。台湾は現在、日本列島やフィリピンと並んで中国海軍が太平洋に出て行く上での地理的に大きな障害となっている。台湾が中国の手に落ちれば、中国は太平洋進出に大きな足がかりを得ることができるのだ。それは、第2次大戦後、半世紀以上にわたって太平洋を支配してきたアメリカの“縄張り”へと出て行くことを意味する。アメリカとしては、当然そんな事態は許容できない。

■香港の二の舞は何としても避けたい

これまでアメリカは長らく海洋国家として、中国は大陸国家として歩んできた。しかし、台湾を支配した中国は、海洋国家へのシフトをより鮮明にするだろう。つまりアメリカと中国の対立は「海洋国家」対「大陸国家」という図式ではなく、将来的には「海洋国家」対「海洋国家」の対決となる可能生がある。当然、太平洋をめぐる争いは激しくなるだろう。

また軍事的な意味では、台湾北東部には、中国からアメリカ本土へ太平洋を越えて飛来するミサイルを探知できると見られるレーダー施設がある。これはアメリカの国家安全保障上、重要な施設とみられており、これが中国の手に落ちることも看過できないだろう。

では二つ目の理由は何か。これこそがアメリカが台湾にこだわる最も根源的な理由である。

それは台湾の政治体制が、「自分たちと同じ」であることだ。つまりアメリカと同じ自由民主主義の国だということである。

2019年以降、アメリカは中国への返還によって香港の自由と民主主義が死に絶える様子を目の当たりにしている。つまり民主主義が権威主義に敗れ去るのをまざまざと見せつけられたのだ。そして仮に中国が台湾を支配すれば、台湾の民主主義制度を葬り去るのは火を見るより明らかだ。アメリカとしては、これこそが絶対に受け入れられない事態なのである。

市内を走る台北MRT
写真=iStock.com/StockByM
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/StockByM

■アジア・アフリカで進む「アメリカ離れ」への焦り

今のアメリカは、自らのアイデンティティーの核ともいえる自由民主主義が、最大のライバル国家に叩き潰されるのを黙って見ていることはできないという、焦燥感にも似た意志を持っている。

では、なぜアメリカは焦燥感を感じているのか。

ソ連との冷戦に勝利したアメリカは、民主主義と市場経済こそが国家の経済発展をもたらすと世界に訴えてきた。しかし、権威主義国家である中国が爆発的な経済成長を遂げる中で、その主張は必ずしも正しくないことが露呈してしまった。

また冷戦後、完全な民主主義とはとてもいえないアフリカ諸国、アジア諸国の経済力が増大するにつれ、自らが率いる西側民主主義陣営の相対的な力は低下していった。アメリカもサウジアラビアなどの権威主義国家とは実利に基づいた関係を持っているが、本当に信用できる同盟国は欧州各国と、アジアでは日本ぐらいしかいないのが現実だ。

■台湾陥落は「価値観の否定」を意味する

これに対し中国は、2030年代には経済規模でアメリカを超えて世界最大の経済大国となる見通しだ。軍事力でも、21世紀ではアメリカ以外で初めて、複数の大規模な空母機動部隊を運用する海軍大国になると見られている。外交分野では、ロシアなど世界中の権威主義国家と関係を強化し、場合によってはそれら国々のインフラを支配し、インド太平洋地域での軍事基地の建設を推し進めている。まさにアメリカの覇権に挑戦しているのは明らかなように見える。

このため、今のアメリカは中国の急激な台頭に本能的な「不安」を感じている。そして、その中国との、ちょうど中間点に位置するのが民主主義国の台湾であり、その防衛は非常に重要な意味を持つと考えているのである。つまりアメリカにとって、台湾の自由民主主義を守ることこそが、自らの価値観を守ることであり、自らが率いる自由主義陣営を守ることでもある。米中は異なる世界観をもとに根源的な対立に陥っているのだ。

仮にアメリカが台湾を守るために中国との戦争に突入する場合、大統領は「民主主義を守るため」という大義は口にしても、「半導体工場を守るために米兵の命を犠牲にする」とは決して言わないだろう。米中が戦争に突入すればすさまじい犠牲が出ることは容易に予想できるが、米国民に犠牲を求めるには大義が必要なのである。

■「米中戦争は起こらない」とは言い切れない

もっとも、両国が核兵器を持つ中で中国の台湾侵攻が米中戦争に発展するかは分からない。最終的にはそのときの互いの指導者がどう判断するかであり、アメリカの外交安全保障上の建前としては、台湾を防衛するかはあくまで「曖昧」なのだ。

ただ、ここでよく引き合いに出されるのが、「トゥキディデスの罠」という言葉だ。ハーバード大学の政治学者グレアム・アリソンの造語で、古代ギリシャで覇権国として君臨していた都市国家スパルタと、新興の都市国家アテネが戦争に陥った史実に由来する。トゥキディデスはこの戦争を『戦史』という書物にまとめた歴史家である。

これは既存の覇権国と新たに台頭する強国は戦争に突入せざるを得ないという見方であり、覇権国スパルタをアメリカに、台頭する国家アテネを中国に当てはめ、アメリカと中国が戦争に陥るリスクが大きいことを示している。

このギリシャにおけるアテネとスパルタの対立は「ペロポネソス戦争」という大戦争に発展し、最終的にはスパルタの勝利で終わった。現代の大国間戦争では核兵器の使用可能性という重大な変数が作用するため、古代ギリシャの歴史をそのまま当てはめることはできない。しかし戦いの発端はアテネの勢いに対するスパルタの「不安」だったという分析があるのはやや不吉である。

■日本が侵攻されても米軍は守ってくれない

そして、この現代のペロポネソス戦争の発火点となり得る台湾のすぐ近くに位置するのが私たちの住む日本だ。中国による台湾への軍事侵攻、つまり台湾戦争は、おそらく戦後の日本が直面する最大の危機になるだろう。

仮に中国が台湾に軍事侵攻する場合、航空戦力と海軍戦力によって周辺海空域を封鎖すると見られている。そうなれば、台湾からわずか110キロほどしか離れていない与那国島や、尖閣諸島は中国海軍によって制圧される可能性が出てくるのだ。台湾有事が日本有事といわれるゆえんである。

そうなれば日米安全保障条約が発動され、アメリカ軍が動くと思いたくなる。しかし、現実はそう単純ではない。アメリカ軍にとっては約1万キロの太平洋を移動して大部隊を展開する大規模作戦であり、あくまで台湾の防衛が最優先である以上、日本の離島奪還がどの程度まで重要視されるかは不透明だ。

このため、与那国島などの離島奪還作戦は自衛隊単独の作戦となる可能性が出てくる。戦争は不確実性の集合体であり、事前の想定がどこまで通用するかは誰にも分からないのだ。

もちろん、自衛隊の軍事行動は米軍との共同作戦の中で実行されるだろう。ただ、いずれにせよ日本は中国との戦争に突入することになる。これはおそらく、戦後の日本が下す最大の政治決断となるだろう。

2014年の太平洋配備時に撮影されたUSS駆逐艦と沿海域戦闘艦
写真=iStock.com/Benny Winslow
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Benny Winslow

■「意図」と「能力」を揃えたかつてない状況にある

台湾戦争の発生に伴って日本が直面するリスクのパターンは膨大であり、天文学的な数になると考えられる。日本にとって戦争を避けることが最重要課題だ。もちろんアメリカも中国も共に戦争を避けたいのは同じだ。しかし、21世紀の「新たな現実」がそれを許さないかもしれない。

それは中国が史上初めて、台湾を軍事的に侵攻する「意図」と「能力」を同時に持つことになる、という現実だ。

今のところ、中国人民解放軍は台湾を完全制圧できるだけの十分な能力を持っていないとされる。上陸作戦のための大部隊を台湾海峡を越えて輸送する十分な手段がない、といった理由がよく挙げられる。

しかし、2022年は7%超という国防費の大幅増額を決めた中国人民解放軍は、いずれそうした能力を獲得する可能性が高い。多くの民間船舶も動員するだろう。そして習近平指導部が台湾統一の意志を繰り返し表明している以上、将来的に中国は台湾侵攻の「意図」と「能力」を揃(そろ)えることになるのだ。国際政治学では特に「能力」を重視するが、この両方が揃うことは極めて危険であり、アメリカが不安になる最大の理由がまさにここにある。 

■お互いの“牽制”がどんどんエスカレートしている

かつてアメリカにとって、中国の台湾侵攻の「意図」と「能力」が不透明な状況であれば、議員の訪問などで、いたずらに中国を刺激することは得策ではなかった。中国国内の強硬派が台湾に強い態度に出る口実を与え、危機を醸成するリスクがあったからだ。同時に現状維持を主張する中国国内の穏健派を窮地に追いやってしまうことにもなった。

豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)
豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)

しかし中国に「意図」と「能力」が両方あるのであれば、アメリカとしてはもはや、中国への政治的かつ軍事的な「抑止」に動くしかない。バイデン政権としては当面は中国との緊張緩和に動くだろうが、いずれ軍事的な「抑止」をかつてないレベルで強化する方針へと転換するだろう。

一方の中国はどう動くか。もちろん現状維持を主張する“穏健派”が共産党内部で勢力を拡大してくれることが一番望ましい。しかし中国がこれだけ軍事的な「能力」を高めている以上、そうした穏健派の意図に期待するのは楽観にすぎるだろう。詳しくは、このほど上梓した『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)でも解説しているので、興味のある方はぜひお手に取っていただきたい。

■緊張状態の間、日本は十分に備えられるか

この8月、共産党の最高幹部と長老らが集まる「北戴河会議」で習近平主席が政策をめぐって党内から大きな批判を浴び、守勢に回っているとの情報も伝わっているが、これで習主席が目指す台湾統一は遠のくだろうか。あるいはゼロコロナ政策などの経済失策を挽回すべく、万が一にも彼が数年後に台湾侵攻という“政治的ギャンブル”に打って出る最悪シナリオへとつながってしまうだろうか。

当面、異なる世界観を掲げる米中は緊張と緩和の政治プロセスを繰り返していくだろう。それでも今後5年から10年は、常に火種を孕(はら)んだかつてない緊張状態が続くことになる。

その緊迫した月日の間に、日本は十分な備えを持つことができるだろうか。

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豊島 晋作(とよしま・しんさく)
テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター
1981年福岡県生まれ。2005年3月東京大学大学院法学政治学研究科修了。同年4月テレビ東京入社。政治担当記者として首相官邸や与野党を取材した後、11年春から経済ニュース番組WBSのディレクター。同年10月からWBSのマーケットキャスター。16年から19年までロンドン支局長兼モスクワ支局長として欧州、アフリカ、中東などを取材。現在、Newsモーニングサテライトのキャスター。ウクライナ戦争などを多様な切り口で解説した「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」の動画はYouTubeだけで総再生回数4000万を超え、大きな反響を呼んでいる。

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(テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター 豊島 晋作)

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