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辺境地に"不法侵入"して黙々と整地…グランピングで利益率20%超続ける49歳社長の眼力

プレジデントオンライン / 2022年8月29日 11時15分

橋村氏近影。夏場はこのようなスタイル。 - 写真提供=本人

「人が捨てたものに価値を見いだし、ビジネスのタネに」。コロナ禍でブームになっているキャンプ場の仕掛人に注目が集まっている。「ヴィレッジインク」社長、橋村和徳氏(49)は過疎地、耕作放棄地、廃校、無人駅などを利活用して命を吹き込み、非日常感を演出。自治体や企業を巻き込み、利益を生み続ける活動のキモとは何か――。

■儲からない業界で毎年きっちり儲けている社長の頭の中

日本オートキャンプ協会「オートキャンプ白書2022」によれば、2021年のオートキャンプ人口は前年比23%増だ。増えているのは芸人・ユーチューバーのヒロシの影響を受けたソロキャンパー、また女子キャンパーも。

そうしたコロナ禍でのキャンプ人口の追い風を受け、まるで雨後のタケノコのようにできているのが新規のキャンプ場やグランピング場だ。

事業者としては、田舎で遊んでいる土地があれば、比較的簡単に経営できそうだと気軽に参入するケースも目立つが、現実はレッドオーシャン状態だ。

「普通の経営をしていても、決して儲かる業界ではありません」

そう語るのは、コンスタントに20%超えの利益率を誇る静岡県下田市に本社がある「ヴィレッジインク」社長、橋村和徳氏(49)。人気維持のコツは何なのか。

■ゴリゴリの営業パーソンが魅了された西伊豆の風景

筆者はコロナ禍を機に、全国を旅しながら仕事をする“ワーケーション”(ワーク×バケーションの造語)に身を投じた。辺鄙なローカルを回り、その土地の起業家達をインタビューしていると、クセが強めの奇人・変人に出会うことが多い。

なかでも、パンチが強いキャラの持ち主が、橋村氏だった。

「ビジネスをする相手がたとえ大企業であっても、決して低姿勢に出ない」
「自己肯定感の高さが自慢」
「忙しくてもトラブルがあっても、三度の飯をきちっと食べるし、布団に入ればすぐに眠れる」

と自ら言い放つ強いハートの持ち主。Tシャツ&半ズボンとキャップ姿が定番スタイルで、誰よりも大きな声で話す“陽キャ”。会社が経営的に苦しい時期でも、「彼が落ち込んでいるところをまず見たことがない」と同社の社員は言う。

橋村氏は1973年、佐賀県生まれ。中央大学を卒業後、テレビ局の営業パーソンを経て、ITベンチャーに参画しIPOを経験した。昭和のゴリゴリの営業スタイルで心身を病むメンバーが続出したが「その中で大自然の中で行ったキャンプ体験で心が癒やされた人が多く、チームの絆が高まったのです。離職率が低くなり、生産性が高まったので、これはビジネスチャンスになるなと思っていました」と橋村氏。

その後、中国に渡るも、キャンプ事業への思いが募り退職。静岡県西伊豆で、船でしか行けないグランピングに最適な場所を見つけた。まだ、「グランピング」という言葉が全く世の中に認知されていない時代だ。

AQUA VILLAGEがある場所は島ではないが、地形的に船でしか上陸できない。
写真提供=本人
AQUA VILLAGEがある場所は島ではないが、地形的に船でしか上陸できない。 - 写真提供=本人

■“不法侵入”状態で、一人黙々と整地した伊豆の辺境地

その辺境地に上陸した橋村氏はたった一人夢中で整地して開墾を始めた。ところが、そこは、無人村と思いきや地権者がいて、“不法侵入”という状態に(のちに地権者と和解)。そのうち経済的に苦しくなり、資金をかき集めて2012年に「ヴィレッジインク」を創業。不法侵入した土地は「AQUA VILLAGE」という名称で、最大200人の収容が可能な1日1組だけが楽しめるグランピング場になった。

橋村氏が“不法侵入”して造った「AQUA VILLAGE」。彼の思い入れの強いグランピング場だ。
写真提供=本人
橋村氏が“不法侵入”して造った「AQUA VILLAGE」。彼の思い入れの強いグランピング場だ。 - 写真提供=本人

西伊豆の海と夕陽を独り占めできる絶景と、船で海から上陸するというワクワク感&特別感が人気を呼んだ。しかも、天候が悪くて乗船できなければ、ゲスト自らが急な山道を登り降りしてキャンプ場に行かなければならない。場合によっては、ゲストにしんどい思いをさせる“ドSタイトル滞在”に。しかしこれもまたいい思い出になりうる。

■故郷に錦…佐賀県の行政から指定管理事業者に選ばれる

「最初に出会った頃、橋村はキャンプ場の普通の管理人でした」と語るのは、ヴィレッジインクの古参社員。“普通の管理人”の会社は順調に成長し、各地にキャンプ場やグランピング場をつくっていく。

同社のモットーは「何もないけど何でもある」。前述のAQUA VILLAGEのような辺境地や過疎地、耕作放棄地、廃校、無人駅などを利活用して命を吹き込み、非日常感を演出。これならば初期投資が比較的少なくて済み、なおかつ「廃れていくローカルの活性化に結果的に寄与できます」と橋村氏は意義を感じている。

例えば……。

橋村氏の故郷、佐賀県唐津市にある波戸岬キャンプ場は、過疎化で廃れる一方だった県営波戸岬海浜公園の中にある。佐賀県からのオファーでアドバイザーに就任し、県営公園のリブランディングを計画した後、指定管理者として選定されてキャンプ場運営に乗り出した。

西伊豆に比べるとごく一般的なリーズナブルさが売りのキャンプ場だが、雄大な玄界灘がすぐ目の前。2022年5月には、コロナ禍の中で、九州初のキャンプフェスの開催にこぎつけ、奥田民生、氣志團、トータス松本、PUFFYといった著名アーティストを迎えて大盛況のうちに終了。まさに故郷に錦を飾った。

Karatsu Seaside Camp 2022 in 玄界灘
写真提供=本人
九州地方初のキャンプフェスは、佐賀県唐津の波戸岬キャンプ場で開催された。 - 写真提供=本人

■人が捨てたものに価値を見いだし、ビジネスのタネに

現在ヴィレッジインクが運営するキャンプ場やグランピング場は、全国5箇所で展開されている。

群馬県みなかみ町のJR土合駅は、下りホームがトンネルの中、上りホームが地上という独自の構造で、地下要塞のような「日本一のモグラ駅」として知られる。そこは無人駅であり、駅構内も利用した「DOAI VILLAGE」というグランピング場をスタート。“鉄オタ”をはじめ、ファミリー、カップル、女子会など、さまざまな層に人気を博している。

2021年の日経トレンディヒット予測第1位に選ばれた「DOAI VILLAGE」。
筆者撮影
2021年の日経トレンディヒット予測第1位に選ばれた「DOAI VILLAGE」。 - 筆者撮影

このDOAI VILLAGEは「無人駅&辺境グランピング」というコンテンツで「日経トレンディ2021」ヒット予測ランキング1位になった。

2022年春からは、福岡県うきは市で、使用しなくなった老舗酒蔵の母屋をリノベーションして酒宿経営にも乗り出す。さらには、うきは市内の廃校を利用したオートキャンプ場運営、無人駅の運営の業務委託などをも順次予定している。

繰り返しになるが、無人駅、過疎地、廃校など、人が捨てたものは橋村氏にとっては“宝の山”である。そこに価値を見いだし、ビジネスのタネとしているのだ。

■開業2年目で通期黒字、初期投資は5年以内に回収

ここでヴィレッジインクが運営している代表的な2つのビジネスモデルの事業収支の一部(2021年版)を紹介したい。

●西伊豆・秘境プライベートグランピング型
年間売上 数千万円
初期投資 4500万円
稼働率 40%
客単価 2万円前後
投資回収 4年

●九州・一般キャンプ場型
年間売上 数千万円
初期投資 2800万円
稼働率 45%
客単価 2000円前後

客単価が2万円の価格が高いモデルは西伊豆のプライベートグランピング型。天候に左右されがちで厳寒期(12月中旬から2月)は休業するにもかかわらず、健闘している。一方、稼働率が45%となっているのは九州の一般型で、低価格ゆえ誰でも利用できるカジュアルさと、アウトドアブームによりビギナー層の取り込みで裾野が広がったのが奏功した。しかもヴィレッジインクは指定管理者ゆえに設備投資は自治体、管理と運営はヴィレッジインクという、官民でリスクを分散する事業モデルなのでバランスがよいと言える。

ちなみに、日本オートキャンプ協会発行の「オートキャンプ白書2022」によると、2021年の日本全体のキャンプ場の稼働率は20.4%で、ヴィレッジインクの2つのビジネスモデルは軽くその2倍以上だ。それでも飲食業や旅館業など他のサービス業に比べて低いことを、橋村氏は課題としている。

福岡県うきは市の酒宿。人間を酒米に見立て、酒造体験ができるというコンセプトが面白い。
写真提供=本人
福岡県うきは市の酒宿。人間を酒米に見立て、酒造体験ができるというコンセプトが面白い。 - 写真提供=本人

筆者は以前、千葉県のキャンプ場経営に今年新規参入したA氏を取材したことがある。そこはキャンプとグランピングのハイブリッドスタイルで、キャンブ用具会社からテントとその周辺のギアを借り、ショールームのようにしてユーザーに使ってもらう取り組みが新しい。

A氏は以前会計事務所に勤務していたので、数字の見方、経費削減や利益率を上げる戦略には自信があり、アウトドア好きが高じてキャンプ場経営をスタートした。

しかし「自然相手のビジネスは予想ができないことが多くて本当に難しい。台風や大雨は、ハイシーズンであろうとお構いなしにやってくるので」と彼は嘆いていた。

■平日や冬季の稼働率が低く人件費が高い割に生産性低い

一方、茨城県の老舗キャンプ場を経営するB氏が「儲かっています!」と豪語していたのも思い出した。B氏はキャンプ場の仕事が好きで好きでたまらないというオタク気質の持ち主で、1日のほとんどの時間をキャンプ場の管理に費やしている。

ビジネスには“数字=ソロバン”も“情熱=ロマン”も両方大事。どちらもバランスよく保ちたいと願う橋村氏は、自社の資金力だけでは投資が続かないと判断。他企業とコラボレーションをすることにした。

コロナ禍で赤字になるも、大手企業4社より第三者割当による増資を受けるヴィレッジインクは2018年から2019年にかけて創業以来最高益を上げたが、2020年、2021年は連続して赤字に。コロナ禍での利用客の減少、新規拠点への投資がまだ回収できていないなどの理由による。

しかし、この年に同社は大手企業4社より第三者割当増資を受け、新株を発行した。JR東日本スタートアップ、西日本新聞社、不動産ポータルサイトの運営を行うLIFULL、地方ゼネコンの加和太建設だ。

ヴィレッジインク一社だけでは新規拠点の投資が続けられないという判断があったためだが、4社とは「地方活性化に寄与する自社のミッション」で合意し、赤字でも事業の将来性を見込まれたゆえの結果だ。

今夏から運営するようになった、南伊豆の海の家「双葉食堂」。
写真提供=本人
今夏から運営するようになった、南伊豆の海の家「双葉食堂」。 - 写真提供=本人

「ゲームアプリを世に出そうと思えば、いきなり100万ダウンロード達成のような“跳ね方”が可能です。ですが、キャンプ業界は天候やコロナなどに左右される、平日や冬季の稼働率が低い、人件費が高い割に生産性が低いなど、“跳ねる要素”がほとんどありません。だからすぐにEXITを狙うベンチャーキャピタルや銀行からの投融資は望めないので、同じ想いを持つ企業とタッグを組んだほうがいいと考えました」

ベンチャーの創業者はEXITしないと大金を手に入れにくいが、現段階の橋村氏には、選択肢の一つでしかなさそうだ。

JR東日本スタートアップとはDOAI VILLAGE、西日本新聞社とは福岡県糸島にある「唐泊VILLAGE」、LIFULLとは同社が開発したインスタントハウスでのグランピング事業やワーケーション施設等で連携している。企業ではないが、前述の福岡県うきは市のビジネスモデルのような地方行政と組んだローカルエリアプロデュースもスタートしたばかり。企画力と運営力があるベンチャーと、資本・熱い想い・リソースがある企業や行政とは相性がいい。

「西伊豆の直営キャンプ場はそのままですが、これからは『民×民』『官×民』のコラボ一辺倒で狙っていきます」と橋村氏の鼻息は荒い。

■“金太郎飴”のグランピング場では、リピート率は低い

全国グランピング協会によると、2022年中に開業を予定しているグランピング施設は全国で200前後に及ぶという。

この、昨今のグランピング場飽和状態にも、橋村氏は苦言を呈する。

「最近は半透明のドームを使っているところが多くて、まるで金太郎飴状態。手ぶら宿泊OKとか、お風呂とトイレの水回りが完備とか、どこもスペックが似たり寄ったりです。それはそれでいいけれど、高級ホテルと違いが感じられません。ユーザー側からは『一体どこに行ったのか、後になると記憶が曖昧』『料金が高いから1回行けばもう十分』という感想を聞きます。

つまり、最初は物珍しさで行くけれど、リピートしようと思う人が少ない。しかも、ホテルほどではないにせよ、初期投資や人件費にコストがかかり、投資を回収するまでに相応な時間がかかります。利益だけをねらっているのであれば、やはり参入はしないほうが賢明かもしれませんね。儲け主義だけで参入したキャンプ場やグラピング場は、そのうち淘汰されるでしょう。でも、アウトドアサービスが大好きで、ローカルでイノベーションを起こそうと思う熱い想い、他とは違う特別感を創造できる事業者にとっては、そのうち市場がブルーオーシャンになるかもしれません」

■キャンプ場でクスリを売っているという噂が立つも……

順調に舵取りしているように見えるヴィレッジインクだが、もちろん山あり谷あり。経営が破綻寸前までになったこともあり、とある地域では、住民から猛烈な抵抗に遭いキャンプ場の進出を諦めたこともある。

また、本社がある下田市では「西伊豆のキャンプ場で違法なクスリを売っているらしい」との噂を立てられ、実際に酒場で吹聴している人を筆者は見た。

橋村氏はもともとよそ者であり、それなのに地元業者が獲得できない南伊豆の海の家の運営の案件を任されるなど、保守的な土地にあってはやっかみの存在なのだろう。

しかし、橋村氏は全く意に介さない。

「“出る杭”は打たれますが、“出すぎた杭”なら打たれません。出すぎた杭になれるように展開していくだけです」

冒頭に書いたとおり、地方にはクセが強めの奇人・変人がゴロゴロいる。橋村氏もその一人だが、彼がコラボする相手もまたしかりで、橋村氏は彼らを「変態」と呼ぶ。橋村氏が定義する変態とは、人がやりたがらないことを喜んでやるが、仁義や信頼を大事にする人々のこと。

ビジネスは“何を誰とするか”が重要であり、橋村氏は今後も愛すべき変態たちとの邂逅、そしてコラボを望んでいる。

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東野 りか フリーランスライター・エディター
ファッション系出版社、教育系出版事業会社の編集者を経て、フリーに。以降、国内外の旅、地方活性と起業などを中心に雑誌やウェブで執筆。生涯をかけて追いたいテーマは「あらゆる宗教の建築物」「エリザベス女王」。編集・ライターの傍ら、気まぐれ営業のスナックも開催し、人々の声に耳を傾けている。

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(フリーランスライター・エディター 東野 りか)

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