バルト三国すべてが「中国離れ」を決断…欧州で進めていた「一帯一路」が行き詰まりを見せ始めたワケ
プレジデントオンライン / 2022年8月26日 18時15分
中国北京市で2022年7月26、27両日、省部級の主要指導幹部対象の「習近平総書記の重要演説の精神を学び、中国共産党第20回全国代表大会を迎える」特別研修班が開かれ、習近平中国共産党中央委員会総書記・国家主席・中央軍事委員会主席が開講式で重要演説を行った - 写真=中国通信/時事通信フォト
■リトアニアと中国の外交関係が極めて悪化
8月11日、エストニアとラトビアが中国との経済的な協力枠組みである「中国―中東欧国家合作」(通称「16+1」)から離脱すると発表した。
昨年、リトアニアがこの2カ国に先行してこの枠組みから離脱を表明しており、今回のエストニアとラトビアの決断によって、いわゆるバルト三国の全てが「中国離れ」を進めることになった。
とはいえ、バルト三国のこの決断は時間の問題だった。
2021年2月、新型コロナの流行を受けて2年ぶりに北京で開催された「17+1サミット」(当時はまだリトアニアが参加していたため「17+1」だった。)にもバルト三国は首脳の参加を見送り、高官を派遣するにとどめた。当時から、中国に対して徐々に距離を取っていたわけだ。
その後、周知のとおり、リトアニアと中国の外交関係が極めて悪化した。台湾をめぐる問題に端を発したものだが、これにロシアのウクライナ侵攻に伴う地政学的な緊張の高まりも複雑に絡む事態になったと考えられる。
共通してロシアへの対抗意識が強いバルト三国が、中国への対応でも連帯を強めたという側面も大きいのではないだろうか。
それにバルト三国は、これまで「16+1」の枠組みを通じて中国から満足な投融資を得ていなかった。将来的にも、欧州連合(EU)が中国に対する圧力を強めている状況の下では、中国からの投融資が増えるとは考えにくい。
貿易面でも中国に対する依存度はそれほど高くないため、バルト三国は中国との枠組みから離脱できたといえよう。
■中東欧に「選択と集中」をかける中国
しかしながら、中国にとってバルト三国の決断が衝撃だったかというと、むしろ想定内だったはずだ。中国は中国で、2021年2月の北京サミット前後から、経済協力の対象を絞ってきた。
具体的にその対象とは、2019年に当時の「17+1」に参加したギリシャを筆頭に、ハンガリーとクロアチア、そしてEU未加盟の西バルカン諸国となる。
2019年9月に就任したミツォキタス首相の下、ギリシャと中国の関係は良好なものとなっている。そうした中で、2021年10月には中国の国有海運最大手、中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)がピレウス港に対する出資額を引き上げたほか、習近平政権が抱える「一帯一路」構想につき、両国の協力関係を深化させる旨で合意に達した。
こちらも関係が良好なハンガリーに対しては、中国企業による大型投資が相次いでいる。6月にはパソコン大手の聯想集団(レノボ・グループ)がハンガリーに建てた工場が稼働、8月には電気自動車(EV)用電池大手、寧徳時代新能源科技(CATL)が73億ユーロ(約1兆円)を投じ、ハンガリーにバッテリー工場を建設すると発表した。
中国はハンガリーの首都ブタペストと隣国セルビアの首都ベオグラードを結ぶ鉄道の更新プロジェクトも支援している。また建設大手、中国交通建設の子会社である中国路橋工程(CRBC)は、クロアチア南部の沿岸部に巨大な斜張橋(ペリェシャツ橋)を建設したが、これは5億2600万ユーロ(約730億円、うち
2025年のEU加盟が視野に入るセルビアとは、先述のハンガリーとの間の鉄道網の改修以外にも、中国は協力関係の深化を模索している。
つまり中国は、ギリシャを起点として、西バルカン諸国やクロアチアを経由し、ハンガリーに至る一帯に「選択と集中」をかけて、中国は経済協力関係の深化を試みていると整理できる。
■有効な対抗手段を持っていないEU
加えて中国は、上記の国々に対して新型コロナウイルスのワクチン(シノバック社やシノファーム社製)を提供した実績がある。
中国製のワクチンは重症化しにくいとされるオミクロン株の流行や欧米製のワクチンに比べた場合の有効性の低さなどから需要が減退したが、友好関係の深化という意味では一定の役割を果たしたといえよう。
EUは立法機関である欧州議会を中心に、対中姿勢を硬化させている。
一方で、中国は引き続きヨーロッパの市場へのアクセスを重視している。その足場として、バルカン半島からハンガリーを一体的にとらえているように考えられる。これらの国々がロシアとも比較的友好的であることも、中国にとっては都合がいいといえるのではないか。
インフラ投資といったハード面のみならず、公衆衛生でのサポートという一種のソフトパワーも行使した中国に対して、EUは有効な対抗手段をまだ用意できていない。EU版一帯一路ともいえる「グローバル・ゲートウェイ」構想下での支援対象からEU加盟済みの中東欧諸国は外れているし、EU未加盟の国々への支援の展望も描きにくい。
EUによる開発支援は、当然だがEUの経済観が色濃く反映される。新興国ではインフラの建設には経済性よりも政治性が重視される傾向が強いが、EUは支援に当たり経済性の高さを強く要求する。さらに「グローバル・ゲートウェイ」構想では、EUが重視する「デジタル化」と「脱炭素化」にかなう領域でのサポートを念頭に置いている。
とはいえ、新興国でそうした諸条件をクリアできるプロジェクトなど、まずない。欧米諸国が「債務の罠」につながると警告を繰り返したところで、新興国にとって話が早い中国からの投融資は魅力的である。結局のところEUは、有効な手立てをとることができないまま、バルカンからハンガリーにかけて中国の進出を許し続けている。
■岐路に立つ中国の「一帯一路」
そもそも「16+1」は、習近平政権の「一帯一路」構想の延長線上にあったものだ。
中国がもともと「一帯一路」構想に確たるビジョンを持っていたわけでもないが、バルト三国が離反したことや、コロナ禍で中国が中東欧の「選択と集中」を進めていたことは、この「一帯一路」構想そのものが岐路に立っていることの証左といえよう。
時を同じくして生じたスリランカの国家破綻も、中国の「一帯一路」構想が岐路に立っていることをよく示している。スリランカは7月5日、国家が破産したと宣言した。スリランカのハンバントタ港は、その建設から運営までが中国の手によって行われており、スリランカが陥った「債務の罠」を象徴する存在としてよく知られている。
もともとは長期にわたって政権を担っていたラージャパクサ一族によるバラマキ政策が、スリランカが国家破綻に陥った直接的な原因だ。それにハンバントタ港に関しては、中国の貸し手責任と同様にスリランカの借り手責任も問われるべきである。
さらにいえば、ハンバントタ港は中国にとって本当に資産性があるのか、議論の余地があろう。
■「債務の罠」は中国にとっての「不良債権の罠」
スリランカから海を隔たればインドがある。そのインドと中国は是々非々で協力し、反目もする特有の緊張関係にある。8月中旬に中国軍の調査船がハンバントタ港に入港したが、当然ながらインドの強い反発を招いた。
両国が軍事的な緊張を回避したいという思惑を持つ中で、中国にとってハンバントタ港の使い勝手は必ずしもよくない。
それに、国家破綻に陥ったスリランカでは社会が不安定化している。ハンバントタ港やその周辺の治安維持のコストも急増せざるを得ないはずだが、そのコストを負担するのはもちろん中国になる。
またスリランカは、債権者に対して債務再編を要請すると考えられる。中国が簡単に応じるわけもないが、出方を間違えれば新興国の支持も失う。
ハンバントタ港でさえこの状況である。中国が「一帯一路」構想の下で投融資を行った海外のプロジェクトの多くは、中国にとって使い勝手が良くない資産が多いはずだ。
つまり、新興国にとっての「債務の罠」は中国にとっての「不良債権の罠」と裏返しである。中東欧やスリランカの事例は、そうした「不良債権の罠」の序章かもしれない。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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