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賄賂やリベートが当たり前の世界…逮捕者まで生まれた「五輪ビジネス」に、なぜ血税が投入されるのか

プレジデントオンライン / 2022年8月30日 12時15分

高橋治之・組織委元理事=2020年3月30日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■高橋氏が特捜部に漏らした「本音」

8月17日、東京地検特捜部は紳士服大手「AOKI」ホールディングスから約5100万円の賄賂を受け取ったとして、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会元理事の高橋治之氏を受託収賄の疑いで、AOKI創業者の青木拡憲前会長ら3人を贈賄の疑いでそれぞれ逮捕した。

高橋氏は、組織委のスポンサー契約締結や公式ライセンス商品の製造・販売に関して有利な取り扱いを青木元会長らより依頼され、「みなし公務員」である理事の権限を利用し、2017年10月から今年3月までの間に、自身が経営するコンサルタント会社「コモンズ」の口座に約5100万円を振り込ませ、賄賂として受け取った受託収賄の疑いをかけられている。

高橋氏および青木元会長らは容疑を否定しているが、金銭の授受は認めている。刑事事件としては、特捜部が「みなし公務員」の職務権限をきちんと立証することが不可欠だろう。

ただ、事件の構図自体は極めて単純だ。電通OBの組織委理事が、顔見知りの業者の要望を、電通から組織委に出向している後輩に働きかけ、実現したというだけに過ぎない。

なぜ、それが可能だったのか。スポンサー選定が組織委の裁量に委ねられており、担当する組織委のマーケティング局は電通からの出向者で占められていた。その上、電通が組織委のマーケティング専任代理店であったことが大きな理由だろう。

電通がスポンサー選定を独占しているため、電通出身の高橋氏が働きかけを行うのは容易だったと思われる。

高橋氏は特捜部の調べに対し、「みなし公務員と知っていたら理事にならなかった」と話したと報道されているが、恐らく本心ではないか。

この発言を裏返すと、自らの人脈を利用したスポーツマーケティングの世界における金銭授受を当然視しているに等しいと思える。

■電通とIOCによる「権益システム」

オリンピックのスポンサー制度が始まったのは、1984年ロサンゼルス大会からだ。税金を使わずに大会を開くため、ロス五輪組織委のピーター・ユベロス委員長が編み出した仕組みである。当初はスポンサー価値を高めるために、「1業種1社」に絞っていた。

そのロス大会組織委の独占エージェントになり、スポンサー獲得に動いたのが電通である。電通のスポーツマーケティングが本格化したのはこの時からだ。

言うなら「オリンピックを金に換える仕組み」である。

この仕組みを、IOCが「ワールドワイドパートナー」(TOP)として引き継ぐ。そして、電通は独アディダス創業家と82年に共同で設立したスポーツマーケティング専門会社「インターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー(ISL)」を活用する。

そのISLはIOCの国際マーケティング権を取得。

これにより、電通がIOCと一体化し、オリンピックにおけるスポーツマーケティング権益システムが出来上がった。

■高橋氏は「最も影響力のある企業幹部」

この時、後に電通の社長・会長になった成田豊氏(故人)や電通ISL初代室長の服部庸一氏(故人)らの下で、ロス五輪のスポンサー集めに奔走していたのが、若き日の高橋氏である。

IOCのマーケティング担当だったマイケル・ペイン氏は、著書『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』の中で、高橋氏を「日本のスポーツやイベントに関し、彼は最も影響力のある企業幹部であろう」と評している。

その高橋氏は、その長いキャリアを通じて、スポーツマーケティングに不可欠な人脈を着々と築いてきた。

組織委にもIOCにも顔が利き、スポンサー選定に絶大な権限を持つ。そんな高橋氏の立ち位置が、今回の贈収賄事件を成り立たせたと言っていい。

この立ち位置は、IOCと一体化してスポンサーを集めてきた電通が、スポーツマーケティングの世界で構築した立ち位置そのものと言える。

■「リベートを要求された」康芳夫氏の暴露

「高橋がスポーツマーケティングで独断専行できたのは、成田、服部両氏の後ろ盾があったから」と話すのは、国際的イベントプロモーターの康芳夫氏だ。

康氏はモハメド・アリの日本興行や人間とチンパンジーの中間生物「オリバー君」の来日などを手掛けている。

その康氏は、84年ロサンゼルス五輪の時、テレビ朝日と共に日本での独占放送権を獲得しようと動き、NHKや他の民放側に立った電通によって「話をつぶされた」ことがあると証言している。

こうした因縁で電通をよく知る康氏は、「服部氏の下っ端だった高橋」(康氏)が、服部氏が早逝した後、その国際的な人脈を引き継いだことが、今回の事件の背景にあると見る。

康氏は、アリの日本興行を巡り、電通幹部から個人的なリベートを要求されたことも暴露している。

電通批判をためらわない康氏に対し、友人を介して、高橋氏から「大人しくしてほしい」と警告されたこともあるという。

■招致の決め手となった「高橋人脈」

そんな康氏は、スポーツマーケティングで高橋氏が発揮する力の源泉は、オリンピックだけではなく、「サッカーワールドカップ(W杯)日韓共催だ」と指摘している。

当時、国際サッカー連盟(FIFA)のアベランジェ会長(当時)は、日本単独開催の方向で動いており、日本サッカー協会も追従していた。

一方、「反アベランジェ」で、日韓共催に動いていたブラッター事務総長(当時、後に会長)と、高橋氏が呼応、以後はブラッターとよしみを深めた。

当時、FIFAへの働きかけの実行部隊となったのが、前述したISLだ。ISLはオリンピックだけでなく、W杯と世界陸上のマーケティング権も押さえていた。

高橋氏はISL副会長も歴任しており、ISLが経営破綻した際、FIFAや国際陸上競技連盟(IAAF、現WA)の残務処理を助けている。

FIFAのブラッター会長や国際陸連会長を務めたラミーヌ・ディアク氏と高橋氏の関係は、この時に一層深まったと言われている。

高橋氏のサッカー人脈が生きたのが、東京2020オリ・パラ大会の開催地決定だった。

13年のIOC総会では、当時IOC委員を務め、投票権を持っていたブラッター氏に、高橋氏は票固めを依頼したという。

その甲斐あって東京開催が決まると、高橋氏は翌年、ブラジルで開かれたW杯に出向き、ブラッター氏に改めてお礼をしたという。

また、日本サッカー協会は、ブラッター会長と親睦を深めて2002日韓W杯招致を決めたとして、高橋氏が電通退任時に感謝状を贈ったという。いずれも高橋氏本人がインタビューで明かしている。

■「2億2000万円の贈賄」高橋氏の関与は

この東京大会の招致でも「贈賄」容疑があり、高橋氏の名前が取りざたされた。

招致委員会は、13年7月と10月に、シンガポールのコンサルタント会社「ブラック・タイディングス(BT)に、計2800万シンガポールドル(約2億2000万円、当時のレートで約200万米ドル)を支払ったが、これがディアク元世界陸連会長の買収に使われたと疑われている。

ちなみにBT社を招致委に紹介したのは電通だ。

フランス司法当局は、招致委元理事長だった竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)元会長を捜査している。竹田氏は記者会見で嫌疑を否定し、「私自身はブラック・タイディングス社との契約に関していかなる意思決定プロセスにも関与しておりません」と述べた。

では、誰が東京五輪の招致のための2億2000万円を差配したのか。

2016年リオ大会の招致を巡り、リオ組織委会長だったカルロス・ヌズマン氏は、200万米ドルをディアク氏に渡し、投票を依頼したとされている。

そのヌズマン氏は21年に、贈賄容疑などで、ブラジルの連邦裁判所から禁錮30年11カ月の有罪判決を受けた。

また、買収資金を提供したリオ州元知事も有罪判決を受けている。

東京大会招致委が支払ったコンサルタント料とリオ大会のIOC委員買収額が同額なのは偶然ではあるまい。

高橋氏は20年、ロイター通信のインタビューで、ディアク氏にセイコーの腕時計などの手土産を渡したことを認めている。

金銭授受については言及していないが、高橋氏はディアク氏と付き合いがあり、資金は招致委からコモンズを通じて受け取ったとしている。

コモンズとは前述の高橋氏が代表を務めるコンサルタント会社だ。

コンサルタント会社を経由した金銭授受、および高橋氏との関係は、今回の贈収賄事件と全く同じ構図と言っていい。

高橋氏、竹田氏、電通の名誉のために明記すると、招致委がBT社に送った資金をディアク氏が受け取っていたとしても、日本の刑法上は罪に問われない。しかし、フランスの刑法は民間同士の贈収賄を処罰対象としているため、司法当局の捜査が行われている。

ディアク氏は21年に亡くなっている。フランスで立件されるかどうかは、特捜部の今後の捜査協力次第だろう。

東京都庁とオリンピックエンブレム
写真=iStock.com/voyata
疑惑に揺れた東京五輪。組織委の透明化は避けられない - 写真=iStock.com/voyata

■「2030札幌大会」このまま招致すべきでない

オリンピックを巡り電通や高橋氏の名前が取りざたされたケースは他にもある。

東京都は2016年大会招致した際、150億円の招致活動費のうち3分の1以上の約53億円分を電通に委託している。そのほぼ100%が入札なしの特命随意契約だった。

しかも、招致委が抱えた6.9億円の赤字は、複雑な資金のやり取りの結果、電通が実質的に負担した。

これを見る限り、電通は招致段階から資金面でも一体化していると言っていい。

オリンピックは、IOCと電通のためのビジネスと化している。日本において、その電通が組織委と一体化して手掛けた、スポーツマーケティングの歪な構造が、今回の贈収賄事件を生んだことは、この40年の歴史が証明している。

康氏は今回の贈収賄事件をきっかけに、「スポーツビジネスが将来的に浄化される」と期待する。ノウハウを知る高橋氏がいなくなれば、「電通も一からやり直すしかない」という。

このように、東京大会を巡る贈収賄事件の真っ最中にもかかわらず、札幌市は2030年冬季大会の招致方針を変えていない。

だが、人脈とカネで動くスポーツマーケティングの構造的欠陥が、高橋氏の逮捕によって明らかになった今、IOCや電通が従来のビジネスモデルを放棄して透明化を進めない限り、税金を投入するオリンピックを、日本は招致すべきではない。

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後藤 逸郎(ごとう・いつろう)
ジャーナリスト
1965年生まれ。毎日新聞社大阪経済部デスク、特報部編集委員などを歴任したのち、フリーに。著書に『オリンピック・マネー』(文春新書)、『亡国の東京オリンピック』(文藝春秋)。

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(ジャーナリスト 後藤 逸郎)

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