大学陸上部に門前払いされた"日陰者ランナー"が世界1位に上り詰めるまでの感動的ネバギバ精神
プレジデントオンライン / 2022年8月26日 13時15分
■“最底辺”に落ちながら日本の頂点に立った男
実力がすべてのスポーツの世界で、“最底辺”に落ちながら日本の頂点に立った男がいる。岡山春紀(27・コモディイイダ)だ。
岡山は約10年前、正月の箱根駅伝に出場する古豪の大学チームの入部を断られたにもかかわらず、その後、「日本代表」に成り上がった。8月27日には、ドイツで開催される「IAU(国際ウルトラランナーズ協会)100km世界選手権」に日本代表として出る。
挫折を何度も経験しながら、夢に向かって自ら道を切り開くことができたのはなぜなのか。同選手権を前にした本人に取材した。
市民ランナーだった父親の影響を受けて幼少の頃から走り始めた岡山。中学で陸上部に入部し、5kmロードレースで15分50秒台の好タイムを残して、熊本県の駅伝強豪校である鎮西高に特待生として入学した。
だが、ここで最初の挫折を味わうことになる。故障が多く、ほとんど走ることができなかったのだ。高校時代の5000mベストは3年時の秋にマークした15分25秒。それでも大学では箱根駅伝を目指そうと考えていた。
「実家が農家だったこともあり、東京農業大学に憧れていました。勉強と競技を両立できますし、当時の東農大は強くて、カッコよく見えたんです」
東農大は箱根駅伝に第2回大会から参戦して、69回(歴代7位)の出場を誇る古豪だ。近年は低迷しているが、2010年の箱根駅伝では総合5位に入っている。中学生の岡山にはキラキラ輝いて見えた。
東農大で箱根駅伝を走り、卒業後は九州の実業団で競技を続けて、オリンピックを目指す。それが岡山の目標であり、夢だった。
ただ高校時代の競技実績では東農大にスポーツ推薦で入ることはできない。それでも一般推薦入試を受けて、見事合格を果たした。これで、箱根駅伝での活躍の道が開けたと思われたが……。
顧問の先生が東農大のコーチに「入部したい」意志を伝えていたものの、そのコーチが大学を去ることになり、すんなりと入部することができなかったという。タイミングが悪いことに入学時は故障中だったため、入部には一定の基準をクリアすることが求められる体育会陸上部に入れなかった。しかたなく一般のランニングサークルに入り、競技を続けた。
1年後、東農大陸上部に仮入部するも、7月までに5000mで15分00秒を切るという入部条件を課された。岡山は同級生である2年生に敬語を使い、1年生と一緒に行動した。そうした中で条件クリアに挑んだが、またも練習中に故障。悪いコンディションながらも、なとか出場した7月の記録会。岡山は15分の壁を突破できず、失意のまま陸上部を去った。
■「見返してやる、絶対に勝ってやる」
普通なら、ここで諦めるだろう。だが、岡山の場合は違った。当時をこう振り返った。
「本当に悔しかったですね。でも悔やんでも仕方ない。気持ちを切り替えて、『東農大の陸上部には負けない』『見返してやる、絶対に勝ってやる』という気持ちでした。そのときに、自分はチームにいるとケガをしてしまう傾向があるから、ひとりで自分のペースでやってみようと決断したんです」
高校時代は朝練習で10kmをキロ4分ペースで走り、大学でも朝から10km以上を走り込み、授業後に本練習を行っていたという。その結果、故障に苦しんできた岡山は練習スタイルを大幅にチェンジした。参考にしたのが当時、「公務員ランナー」として大活躍していたプロランナーの川内優輝(あいおいニッセイ同和損害保険)のトレーニングメソッドだった。
「川内さんに憧れていたので、練習メニューなどを参考にして、2部練習から1部練習に変えたんです。すると全然ケガをしなくなって、身体も軽くなり、動き始めた。5000mもすんなり15分切れちゃったんです。自分でもビックリしましたね」
朝の時間や授業のスケジュールに合わせるかたちで、1日1回のトレーニングで岡山は急成長した。大学3年(2015年)の4月には佐渡トキマラソンで初マラソンに臨み、2時間37分16秒で優勝。“市民ランナー”として大活躍を続けることになる。
川内を真似して連戦にもチャレンジした。2015年10月から11月にかけては6週レースに挑戦。つくばマラソン(2位/2時間25分00秒)、富士山マラソン(3位/2時間28分20秒)と2週連続でフルマラソンにも出場した。
「マラソンでオリンピックを目指そう。そう思ったんです。大学生は(1区間約20kmの)箱根駅伝を目標にしているので、先にマラソンを経験できるのはアドバンテージになる。大学生のうちにマラソンをいっぱい走れば、経験では負けないんじゃないかと思ったんです」
自分はこの方法しかない、と信じつづけて、ひとりで練習を続けた岡山は大学4年時にサイパンマラソン(2時間42分12秒)と新潟シティマラソン(2時間26分10秒)を制すと、地元・熊本城マラソン(2時間22分45秒)でも優勝。ローカルレースで数々の記録を打ち立てた。ただ、就職活動はうまくいかなかった。
「大学卒業後は実業団で競技を続けたいと思っていたんです。でも、自分でいろいろ連絡してお願いしたんですけど、全然ダメでした」
■実業団で競技継続ができない選手生命の“危機”に直面
市民ランナーから見れば「すごい結果」だが、トラック種目やハーフマラソンでは箱根駅伝ランナーにはかなわない。大学陸上部ではない選手を雇う実業団チームは見つからなかったのだ。
せっかくひとりで努力を積み重ね実績を残してきたにもかかわらず、このままでは競技継続ができない。選手生命の“危機”に直面した。こうなるとモチベーションが下がり、下を向く選手が大多数だろうが、岡山はここでも強靭な精神力で立ち向かう。
1都3県にスーパーマーケットを展開するコモディイイダに駅伝部があることを知ると、なんと選手としてではなく、一般社員として入社したのだ。
同社はニューイヤー駅伝を目指すチーム。駅伝部には箱根駅伝出場経験者やトラックを得意とする選手が多く、ケニア人ランナーも在籍している。「強化選手」になると競技に集中しやすい環境になるが、岡山は「一般部員」で通常業務をこなしながら競技を続けた。
最初は「青果部」に配属され、埼玉県の朝霞店でスーパー店員として働いた。7時~16時が基本の労働時間(8時間勤務)のため、合同練習のタイミングも合わず、仕事前にひとりで練習することが多かったという。
学生時代よりも競技に費やせる時間が少なくなったこともあり、思うような結果を出すことはできなかった。3年間は一般部員として競技を続けたが、「限界」を感じていたという。
それでも2020年2月の愛媛マラソンで自己ベストを3分以上も更新する2時間14分53秒のチーム新(当時)をマーク。一般業務が大幅免除となる「強化A」に“昇進”した。
「あまり結果が出ていなかったので、実は退社しようかなと思っていたんです。市民ランナーでいいかな、と。自分のなかでは最後の挑戦として挑んだ愛媛マラソンが人生を変えました」
しかし、トラックの記録はさほど伸びず、1年後には一般業務を6時間こなす「強化B」に“降格”させられた。現在は「とくしまる事業」という部署に所属。軽トラックによる移動スーパーの営業を担当している。
「僕の仕事はお客さまを集めることがメインです。自宅訪問をして、チラシを渡して、説明するんですけど、話を聞いてもらえないことが多くて……。夏場は本当にきついです」
仕事はなかなかハードだが、岡山は夢を追い続けた。そして今年5月には以前から挑戦したかったというウルトラマラソンに初出場。秘められた才能が開花することになる。
■100kmを走り抜くウルトラマラソンで“日本代表”ゲット
江戸川河川敷を東京・柴又公園から茨城・五霞町まで往復100kmを走る「第10回記念大会柴又100K」を6時間16分47秒の大会新で優勝。同大会は第31回IAU100km世界選手権の選考会になっており、岡山は初のウルトラレースで“日本代表”を見事ゲットしたのだ。
「練習では最高53kmしか走っていなかったので、未知の世界でした。70kmぐらいでめっちゃきつくて、手脚がしびれてふらふらになりました。もうやめようかなと思ったんですけど、ちょっとペースを落としたら、また元気になって。それで走りきれた感じです。世界選手権を意識したわけじゃなかったんですけど、ちょうど選考が絡んでいたのはラッキーでしたね。でも世界大会の代表は信じられません。6時間40分ぐらいで走れたらいいなと思っていたので、タイムにも驚いています」
コモディイイダはニューイヤー駅伝に3年連続で出場中だが、岡山は一度もメンバーに選ばれていない。しかし、IAUワールドチャレンジ日本代表になったこともある会沢陽之介監督からは「100kmの才能がある」とポテンシャルを評価されていた。
「憧れの川内さんと会ったときに、『岡山君、すごい。素質あるね』と言われて、自分は100kmに向いているんだと思いましたね」
そして岡山は今夏、冒頭で触れた世界大会にデビューする。8月27日にベルリン・ベルナウで日の丸をつけて戦うのだ。
「今季の世界ランキング(タイム)がトップみたいなので、優勝を目指したい。普通に走ればいけるのかなと思いつつ、海外レースなので食べ物も違う。コンディションをいかに整えてスタートラインに立てるかがポイントかなと思います。今後もウルトラに挑戦したい。来年はサロマ湖100kmマラソンで世界記録(6時間9分14秒)を狙います!」
東農大の同期は箱根駅伝の予選会で敗退し、本選を走った者はいない。実業団に進んだ選手はいたが、現在も競技を続けているのは岡山だけだ。それどころか箱根駅伝古豪チームの入部を断られた男が世界選手権の金メダリスト、そして世界記録保持者になるかもしれない。
「とにかく諦めないことが大事ですよね。僕はそう実感しています。もうやめようかなと思ったときに結果が出たりしましたから。陸上部に入れなくて挫折しました。それでも好きで継続していけば自分の想像を超える結果や道が開けてくるんです」
人生には諦めの悪い男だからこそ、つかめる“果実”があるようだ。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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