なぜ人や仕事の"東京離れ"が止まらないのか…世界中が「瀬戸内ルネサンス」に注目する本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年9月1日 8時15分
■世界が熱い視線を注ぐ「しまなみ海道」
海外から中国・四国地方に熱い視線が注がれている。正確には、海外では中国・四国地方ではなく、圧倒的に「Seto(瀬戸)」あるいは「Setouchi(瀬戸内)」だ。
原動力となっているのは、瀬戸内海に浮かぶ島々をつなぐ「しまなみ海道」だ。瀬戸大橋や明石海峡大橋と同じように本州と四国をつないでいるものの、全長70キロメートルのサイクリングロードを兼ねている点で別格だ。
口火を切ったのは、世界最大の自転車メーカーであるジャイアント(本社台湾)の創業者、劉金標(キング・リュー)氏。2012年にしまなみ海道を自転車で走破し、「ここは世界最高のサイクリングパラダイス」と宣言。その後、同海道の終点である今治市に直営店を設けた。
続いて米ニュース専門局CNN。2014年に「世界で最も素晴らしい7大サイクリングコース」を厳選し、この中にしまなみ海道を入れた。「自動車道から完全に分離したサイクリングロード。小さな島々が浮かぶ瀬戸内海の多島美をバックにしながらサイクリングを楽しめる」と評価している。
■アカデミー受賞作品で描かれる瀬戸内海の島々
続いて米ニューヨーク・タイムズ紙。2019年1月に「今年訪ねるべき世界52カ所」をまとめ、日本から唯一「瀬戸内の島々」を選出して第7位にランクインさせた。理由として、現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」とともにしまなみ海道のサイクリングを挙げた。
最後に世界的な高級ホテルチェーンであるアマンの創業者、エイドリアン・ゼッカ氏。新ブランド「Azumi(アズミ)」を立ち上げ、2021年3月に第1号店を開業した。場所はしまなみ海道沿いの生口島(いくちじま)・瀬戸田地区だ。
2022年に入ると、日本から世界へ向けて瀬戸内を発信するチャンスが訪れた。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞国際長編映画賞を受賞。広島がロケ地になり、映画の中では主演の西島秀俊が瀬戸内海の島々をドライブしているシーンが出てくる。
■瀬戸内を「再発見」できるかもしれない
ちなみに私は4年前に東京から広島に移り住んだ。
あるとき、海外からの熱い視線に思いを巡らせながら、広島大学でアントレプレナーシップ(起業論)を担当する妻と話し込んでいた。そのうちにふと思った。「瀬戸内ルネサンス」として中国・四国地方を再評価できるかもしれない!
今年の夏にはイタリア・フィレンツェを訪ね、ミケランジェロの「ダビデ像」をはじめルネサンス期の芸術を見て圧倒された。ルネサンスとは一言で言えば「古代ギリシャ・古代ローマ文化の再発見」であり、暗黒時代と位置付けられる中世ヨーロッパとの決別でもある。
戦前の広島県呉市が戦艦大和の建造拠点であったように、瀬戸内は歴史的に造船や鉄鋼など重工業を軸にして発展してきた。ところが、アジア勢の追い上げで日本は重工業の競争力を失った。
呉市は大きく人口を減らし、2020年の国勢調査では市町村別の減少幅で見て全国7位になった。日本製鉄が呉製鉄所の閉鎖を決めているだけに、今後空洞化が一段と進む恐れが出ている。
瀬戸内は海外では大きな注目を集めているというのに、国内では暗いニュースに埋もれてしまっているのではないか? 瀬戸内のポテンシャルをめぐる認識で海外と国内に大きな「内外格差」があるのではないか? いろいろ疑問が湧いてきた。
新しいビジョンを持つ起業家や実業家、首長にスポットライトを当てて取材していけば、これまでとは違う瀬戸内を「再発見」できるかもしれない――。こんな思いから「瀬戸内ルネサンス」の連載に着手した。
■「東京からの移住に興味がある」は46.6%
奇しくも、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に東京一極集中に変化の兆しが出ている。
総務省の住民基本台帳データによれば、2021年には東京23区で転出者数が転入者数を1万5千人近く上回り、初の転出超過となった。コロナ以前には5万~7万人の転入超過が長らく続いていただけに、人の流れが大きく変わったのかもしれない。
専門家の間では「コロナ禍が続いて地方移住に関心を持つ人が増えている」という声が多い。テレワークが進んだことで地方移住のハードルが下がり、「脱大都会」に拍車が掛かる可能性がある。
リクルートが2021年8月に実施したアンケート調査が興味深い。対象は東京在住の会社員(2479人)。「地方や郊外への移住に興味あるか」という質問に対して、46.6%が「興味ある」と回答。多くが「テレワークなど柔軟な働き方が可能になったため」と説明している。
地方の魅力は住空間が広くて生活費が安いうえ、豊かな自然に恵まれているという点だ。受け皿の一つが瀬戸内だ。愛媛県では2021年度に県内への移住者数が前年度と比べて倍増し、過去最多(4910人)を記録。移住者全体の4割以上は東京・大阪圏の8都道府県出身者で占められた。
個人だけでなく企業レベルでも脱大都会の動きが出ている。代表例はパソナグループ。コロナ禍真っただ中の2020年9月、瀬戸内海最大の島・淡路島へ本社機能を移すと発表した。翌年には米半導体大手マイクロン・テクノロジーが日本法人の東京本社を工場のある東広島市へ移転させている。
■コロナ禍で脱大都会が世界的な流れに
脱大都会は世界的な流れでもある。コロナ死者数で世界最大のアメリカ。「グレートレジグネーション(大量離職)」という現象が鮮明になり、社会問題にもなっている。
大きな要因の一つが大都市から地方への移住とみられている。それを裏付けているのが国勢調査局の集計データだ。
全米56大都市(人口100万人超)を大都市圏としてくくり、コロナが猛威を振るった2020~21年(2020年7月1~2021年7月1日)を点検してみよう。大都市圏は1990年以降で初の人口減に見舞われた一方、非大都市圏は過去10年で最高の人口増加率を記録。人口減が特に大きかったのはニューヨーク(33万人)、ロサンゼルス(18万人)、サンフランシスコ(12万人)だった。
コロナ禍でテレワークへシフトし、自宅の狭さに音を上げたホワイトカラー労働者が続出したようだ。米イリノイ大学経済学部のグレッグ・ハワード准教授は米フォーチュン誌に対して「データを見る限り、脱大都会は長期的な流れになりそう。人は仕事がある場所に住むのではなく、住みたい場所に住むという時代がやって来る」とコメントしている。
■ルーラル(田舎)起業家の時代が来ている
そんななか、起業の世界で面白い動きが出ている。その一端は米ベンチャー学会「USASBE(ユサスビー)」に見て取れる。
ルネサンスの本家本元イタリア。今年7月中旬、同国中部の小村ウルバニアがにわかに国際的なにぎわいを見せた。無理もない。USASBEの一行がウルバニアを訪れ、10日間にわたってさまざまな活動を行っていたからだ。テーマはずばり「ルーラル起業家」。
![イタリア中部にあるウルバニアの旧市街](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/6/1200wm/img_76cb8a297ce1ec00e188d6fd2e71be8d1148097.jpg)
ルーラル(田舎)という点でウルバニアは最適だ。人口はわずか7千人であり、周囲は豊かな自然で囲まれている。ショッピングモールやファミリーレストランは皆無だ。
USASBEは「全米中小企業・アントレプレナーシップ協会」の略称であり、世界最大のベンチャー学会だ(会員数は起業家や大学教員を中心におよそ千人)。有力起業家を多数生み出す米国生まれであるだけに、起業家教育で大きな影響力を持つ。
USASBEがルーラル起業家をテーマに会員向け研修プログラムを実施したのは初めてのこと。なぜルーラル起業家なのか。
私は個人的に同プログラムに参加したこともあり、USASBEのジュリエン・シールズ最高経営責任者(CEO)に直接疑問をぶつけてみた。すると次の答えが返ってきた。
「ルーラル起業家という言葉は昔からあるけれども、新たな意味合いを持つようになっている。アメリカでは大都市と比べて田舎は長らく取り残されてきた。これを変える決定打になり得るのがルーラル起業家。多くの人が注目し始めている」
■活性化の決定打は観光業や企業誘致ではない
確かに地方は取り残されてきた。シリコンバレーをはじめ一部の大都市が豊富な雇用機会を提供し、優秀な人材を吸い寄せてきたためだ。結果として地方は国土の97%を占めているにもかかわらず、人口では20%未満という状況に置かれている。
地方がこれまで打ち出してきた伝統的対策は観光業強化や大企業誘致だった。しかし、現実には地方は大きな成果を出せないまま、人口流出に苦しんできた。
シールズ氏の考えでは、ルーラル起業家こそ地域活性化のエンジンになる。地域のエコシステムに組み込まれ、一心同体となっているからにほかならない。サステイナビリティ(持続可能性)という面で心強い存在なのだ。
日本は深刻な少子高齢化時代を迎えている。そこから中国・四国地方を思い浮かべる人も多いのではないか。実際、2020年の国勢調査によれば、人口減少率でも高齢化率でも全県が全国平均を上回っている。
中国・四国地方で経済規模が最大の広島県を見てみよう。住民基本台帳データによれば、2021年には転出者数が転入者数を上回る転出超過数が7千人を超え、都道府県別で最多となった。
■中国・四国地方の未来は「空洞化」か「再生」か
いわゆる「消滅可能性都市」にも中国・四国地方の市町村が多数含まれた。2014年5月に民間シンクタンク・日本創成会議が「2040年までに消滅する可能性が高い市町村」一覧を発表し、世の中に衝撃を与えた。中国・四国地方は地方消滅論と無縁ではいられなくなった。
本当に地方は消滅してしまうのか。もちろん反論は出ている。
例えば、農政学・農村政策論に詳しい小田切徳美・明治大学教授。2014年出版の自著『農村は消滅しない』(岩波新書)の中で中国山地を取り上げ、「空洞化のトップランナー」であると同時に「再生のフロンティア」であると指摘。中国山地をモデルケースにした農山村再生論を唱えている。
「里山資本主義」も忘れてはならない。中国地方を舞台にして人間と自然との調和に根差したシステムが生まれているとする『里山資本主義』(角川書店)は2013年に発売になり、40万部突破のベストセラーになった。その後、汚染された瀬戸内海の再生に注目した「里海資本主義」という言葉も生まれた。
底流としてあるのはサステイナビリティへの関心の高まりだ。気候変動や格差拡大などを背景に、政府レベルでは「SDGs(持続可能な開発目標)」、企業レベルでは「ESG(環境・社会・ガバナンス)」が合言葉になりつつある。
■半世紀前のシリコンバレーは里山・里海だった
里山・里海――あるいはルーラル起業家――とは対極にある存在は何だろうか。一つ挙げるとすれば、「世界のIT(情報技術)首都」と呼ばれるシリコンバレーだろう。アップルやグーグルなど巨大IT企業を擁し、物価高や慢性渋滞など大都市特有の問題も抱え込んでいる。
とはいえ、半世紀前に時計の針を戻せば、シリコンバレーも里山・里海と変わらなかった。ニューヨークなど東海岸の大都会の若者が西海岸の青空と田園風景に魅せられて、現在のシリコンバレーと呼ばれる地域にどっと流れ込んでいた。
歴史家のレスリー・バーリン氏は自著『トラブルメーカーズ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中で「1969年、現在のシリコンバレーはシリコンバレーとさえ呼ばれていなかった。主にプラムとアンズの栽培で知られる農業地帯だった」としたうえで、次のように記している。
〈今でこそシリコンバレーは世界のITハブと見なされているが、1969年当時は違った。主要産業は製造業であり、地元のエレクトロニクス産業で働く人の60%はブルーカラー労働者で占められていた。ハイテク企業はロッキードやGTEシステムズなど防衛関連に限られ、高度な世界的サプライチェーンもまだ築かれていなかった。一方で、年金基金は高リスク・高リターンのスタートアップ企業へ投資できなかった。連邦法で禁じられていたのだ。そもそも起業家は真面目なサラリーマンとして出世できない変人・奇人と思われ、信用されていなかった〉
![サンフランシスコ スカイライン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/1200wm/img_aac01cc4a6b9714ab63739c218e1ffbd1125920.jpg)
繰り返しになるが、瀬戸内は造船や鉄鋼など重工業を伝統にしてきた。同時に、風光明媚な瀬戸内海の島々を内包し、ミカンやレモンの一大産地としても知られている。
半世紀前のシリコンバレーはどうだったか。防衛関連産業を主体にすると同時に、プラムとアンズの栽培で知られる農業地帯だった。現在の瀬戸内と何やら似ていないか。
■「瀬戸内ルネサンス」の息吹が出ている
本連載で「瀬戸内ルネサンス」というキャッチコピーを使っているのは、瀬戸内で新たな起業家が続々と生まれて地元経済に新風を起こしつつあるからだ。
里山・里海やルーラル起業家から想像できるように、キーワードはSDGsやESG。グローバル性も欠かせない。一地方で完結するのではなく、グローバルな広がりがあってこそ未来への懸け橋になる。
瀬戸内には起業の伝統もある。瀬戸内を代表する起業家の中には、100円ショップ「ダイソー」を展開する大創産業の創業者・矢野博丈氏もいれば、ベーカリー「アンデルセン」を展開するアンデルセン・パン生活文化研究所の創業者・高木俊介氏もいる。
矢野氏は国際的な評価を得ている。2018年に「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー(EOY)」に選出され、日本代表としてモナコの世界大会に出席しているのだ。EOYは国際会計事務所アーンスト・アンド・ヤングが1986年に創設した起業家表彰制度だ。
果たして瀬戸内は大きなイノベーションを起こし、半世紀後には日本――あるいはアジア――をリードする地域になっているだろうか?
現状では「そんなことあり得ない」と一蹴する人がほとんどだろう。だが、半世紀前に誰かが「シリコンバレーはいずれ世界のIT首都になる」と予測したとしたら、まともに取り合ってもらえなかったのではないだろうか。
一番重要なのは、既存秩序に安住せずに何かに挑戦しようとするアントレプレナーシップ(起業家精神)だ。それでこそイノベーションが起きるし、新たな産業や機運が生まれる。その面で瀬戸内に変化の息吹が出ているのは間違いない。
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ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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