1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「本社が東京にある必要はまったくない」45歳起業家がアメリカで気づいた"日本の王道"の誤り

プレジデントオンライン / 2022年9月2日 12時15分

広島市出身。1995年、早稲田大学入学半年後に初めて起業。会社売却などを経て、2006年に4度目の起業となるラクサス・テクノロジーズを創業 - 写真提供=児玉氏

広島に急成長を遂げているスタートアップがある。日本で初めてブランドバッグの定額レンタルを立ち上げたラクサス・テクノロジーズだ。ラクサスはなぜ東京で起業せず、いまも広島にいるのか。ジャーナリストの牧野洋さんがリポートする――。(第2回)

■カネとヒトが集中する東京に背を向けた

児玉昇司、45歳。早稲田大学を中退して起業し、今では急成長中のラクサスを率いる経営者だ。

一流大学を中退して起業家として大成功と聞けば、アメリカの著名起業家を思い浮かべる人が多いだろう。代表例は米アップルの創業者スティーブ・ジョブズや米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ、米フェイスブック(現メタ)の創業のマーク・ザッカーバーグだ。

もちろん経営規模で見ればラクサスはアップルなどと比較にならないほど小さい。今後も急成長し続けるかどうかも分からない。日本基準では児玉は「大成功した起業家」であるとはいえ、世界基準では「成長途上の起業家」だ。

ただ、彼は大学に籍を置いたまま起業したのではなく、大学を中退して起業している。起業に際してとんでもないリスクと取ったという意味でジョブズらと同類であり、日本では異例の存在だ。

異例という点ではもう一つ付け加えておく必要がある。彼はカネもヒトも集中する東京に移住せず、いまだに生まれ故郷の中国地方――厳密には広島――を本拠地にしている。アメリカであれば、カネもヒトも集中するシリコンバレーに背を向けたようなものだ。

■CEOとは思えないカジュアルないでたち

広島平和記念公園近くにある高層ビルの14階。ここにラクサスの本社がある。

児玉は会議室前の廊下に突然現れ、気さくに声を掛けてきた。「どうも! 会議室の中でお待ちください」。グラデーションの入ったセーターにジーンズというカジュアルないでたち。秘書も従えていないため、見たところ最高経営責任者(CEO)とは似ても似つかない。

私は早速「なぜ広島にとどまっているのですか?」と聞いてみた。すると、一つエピソードを語ってくれた。

■片道12時間のシンガポールへも「すぐに行く」

つい最近のことだ。東京に常駐する外国人スタッフから連絡が入った。

「ショウジ、INSEAD(インシアード)つながりで在シンガポールの大物CEOを知っているんだけれども、会ってみる?」
「そんなCEOが東京に来るならもちろん会うよ」
「東京には来ない。シンガポールなんだけれども」
「何それ……でもいいよ。すぐに行く」

東京からシンガポールまで飛行機で片道8時間かかる。児玉にとっては「8時間もかかる」ではなく「8時間しかかからない」だ。

広島から東京までの移動も考慮しなければならない。新幹線で片道4時間だ。だが、新幹線内では会議も含め仕事が可能であるうえ、飛行機と違って新幹線の本数は多い。実際、東京行きは数十分に1本の頻度で出ている。

児玉は言う。「冷静に考えたら大したことはなんです。基本的にノートパソコンとクレジットカードさえ持っていれば大丈夫。バックパック一つで広島からシンガポールへ行けちゃう。要はマインドセットの問題」

■フットワークの良さで距離のハードルを越える

確かにマインドセットの問題かもしれない。例えば、アメリカ西海岸のIT(情報技術)集積地として知られるシアトルとシリコンバレー。両地域は千キロメートル以上も離れているというのに、アメリカ人ビジネスマンの間では「遠すぎて仕事にならない」といった声はまず聞かれない。ちなみに、広島と東京は700キロメートルも離れてない。

児玉にとってフットワークの良さは大きな強みとなっているようだ。カネとヒトは東京に集中しているから、彼は必要があれば即決で東京に行く。単なる飲み会であっても、である。

東京にカネとヒトが集中しているとはいっても、あくまでの日本での話である。世界に目を向ければ、東京でもまったく力不足。シリコンバレーには世界中から優秀な人材が集まっているし、リスクマネーの規模もけた違いに大きい。

起業に不可欠なベンチャーキャピタル(VC)を見てみよう。日本ベンチャーキャピタル協会の調べによれば、VCによる投資総額は2021年にアメリカで36兆円に達しているのに対し、日本では8千億円にとどまっている。日本のVC市場は実にアメリカの2%でしかない。ヘッジファンドの代わりに郵貯(現ゆうちょ銀行)と簡保(現かんぽ生命保険)が君臨してきた「金融社会主義」の罪は重い。

■日本では斬新なビジネスモデルが理解されず…

児玉は広島どころか日本を飛び越え、VC大国のアメリカでチャンスをつかんでいる。

ラクサスが高級バッグのサブスクリプションサービスを開始する1年前の2014年のことだ。彼は東京へ頻繁に出張し、資金調達に向けて1年間にわたって数々のピッチ(投資家相手のプレゼン)を行っていた。洋服が使い放題のシェアリング(共有)を目玉にしたところ、まったく関心を持ってもらえなかった。ならば洋服ではなくバッグでどうか……やはり駄目だった。

ラクサスのビジネスモデルは斬新だった。ルイ・ヴィトン、エルメス、シャネル――。会員は月額6800円払えば、好きなバッグを無制限に使い放題で楽しめる。自由に交換できるし、汚れたり傷がついたりしても無料で対応してもらえる。

月額定額制で60ブランドのバックが使い放題となるラクサスのサービス(ラクサス公式サイトより) 
月額定額制で60ブランドのバックが使い放題となるラクサスのサービス(ラクサス公式サイトより) 

新サービスは2015年2月にスタート。順調な滑り出しを見せたものの、追加的なインフラ投資なしでは限界に突き当たりかねなかった。言い換えれば、ラクサスは外部資金を調達する必要に迫られていた。

ところが、である。児玉がどんなにピッチに力を入れても、日本の投資家はそっぽを向いたままで、なかなか首を縦に振ってくれなかった。ラクサスのビジネスモデルが斬新すぎて、理解できなかったのかもしれない。

■アメリカでの救世主に「今でも感謝しきれない」

そんなとき、救いの神がアメリカで現れた。シリコンバレーを本拠地にするVC「ワールド・イノベーション・ラボ(WiL)」だ。児玉は「今でも感謝しきれない」と話す。

「このビジネスモデルならうまくいくんじゃないかな」――。

ラクサスに可能性を見いだしたのはWiL共同創業者の一人、松本真尚だった。ヤフーの元最高新規事業責任者(CIO)であり、ソフトバンクグループ創業者である孫正義の右腕として活躍したことで知られている。

新サービス立ち上げから8カ月後、WiLはラクサスの第三者割当増資を引き受け、総額3億円を出資することで合意した。松本も含めWiL共同創業者3人はそろって日本人であり、日本人起業家を支援することに熱心だ。

「誰もが『分からない』『何なのそれは?』と言っているときがチャンス。逆に誰もが『賛成』『異議なし』と言っていたらもう遅過ぎます」と児玉はみる。誰からも相手にされないからといって諦めてはいけない、ということなのだろう。

■英語が得意でないのに「得意」にマル

そんないきさつもあり、児玉にとってアメリカ行きは必然的ともいえた。アメリカにカネとヒトが集中しているのなら、自らアメリカに飛び込んで世界展開の足掛かりをつかむ――。こんな発想が生まれたのだ。

たまたま2015年暮れになり、経産省が「グローバル起業家等育成事業米国派遣プログラム」の公募を開始。同プログラムに参加する起業家はアメリカのイノベーション先端地域を訪ね、ネットワークづくりに取り組む。児玉は応募し、起業家6人で構成される東海岸派遣団の一員に選ばれた。

2016年3月、東海岸派遣団はアメリカ入りした。ニューヨークで起業家も含めてさまざまなテック関係者と意見交換したほか、ボストンでは起業家教育の名門校バブソン大学を訪問。同時並行で数々のピッチも行った。

2016年、経産省の米国派遣プログラムに選抜されてボストンを訪問
写真提供=児玉氏
2016年、経産省の米国派遣プログラムに選抜されてボストンを訪問 - 写真提供=児玉氏

児玉は英語があまり得意ではなかった。にもかかわらず、書類を手渡されて「英語が得意か?」という質問項目を目にすると、迷わずに「得意」にマルを付けた。「ピッチをやるというのに英語が不得意と書くわけにはいかないと思いました」と回想する。

その代わり、「楽しい」「分かりやすい」を基準にして動画も取り込んだカラフルなスライドを多数作成し、ピッチの中心に据えた。もちろん英語をまったく話さないわけにはいかなかった。ただし、回りくどい説明を一切省き、何か話す必要があるときも中学生が使うような簡単な英語に限った。大正解だった。

児玉は「短いピッチなのにくどくど説明しても相手には何も伝わらない。超シンプルにいくのが一番」と語る。実際、ピッチを終えると「こんなビジネスモデルは世界で初めてだから、アメリカでもやってみるべきだ」といった提案を受けた。

■「日本で教わっていた王道」とは全然違う道

児玉がアメリカ訪問で得た収穫は何だったのか。まずは、ピッチを通じて得られた手応えだ。ラクサスが展開するビジネスモデルの有効性を再確認し、海外展開への道筋を描けるようになった。

それだけではなかった。起業や経営についての考え方が一変したのである。本人の表現を借りれば、「アメリカに来て、自分のやり方が間違っていなかったということが初めて分かった」という。

児玉は言う。「日本で教わっていた王道は、大企業で修業を積んで、満を持して起業するということ。そうすれば大銀行や国民政策金融公庫から融資してもらえる。自分が歩んでいた道は全然違っていのです」

■履歴書には「失業中」ではなく「起業準備中」と書け

では、どんな道を歩んでいたのか。修業も積まずに起業し、親族や友人からカネを借りて創業資金にしたのだ。バブソン大学を訪問した際には講義で「創業資金はまず親族、次に友人から調達」という話を聞き、心の中で「そうだろう!」と叫んでいた。

日本では銀行が大きな役割を果たしている。実際、VCへの資金の出し手として銀行は最大勢力だ。しかし、銀行は元本保証の預金を資金源にしている点を忘れてはならない。高リスク・高リターン型のスタートアップ投資とは構造的に相いれない。

アメリカ訪問でもう一つ腑に落ちた点があった。児玉は4回も起業しているだけに、日本では履歴書に「失業中」と書かなければならない状況に何度も置かれた。ところが、バブソン大学では「失業中ではなく起業準備中と書け」と教えられたのだ。

「日本では会社に勤めていないと無職のレッテルを張られる。『半年間何をしていたの?』『遊んでいたの?』とか聞かれる。敗者ですよね」と彼は言う。「でも、起業を目指しているのなら堂々と『起業準備中』と宣言すればいい。こんなところから日本は変わっていくべきだと思います」

■ラクサスの成長のカギを握る海外展開

ラクサスの会員数は40万人(有料会員2万人)を突破し、継続率は95%以上。売上高は毎年20%前後で増えている。流通総額で見れば年商1000億円だ(注:20万円のバッグを一つレンタルすれば20万円とカウントするのが流通総額)。今後もさらなる成長が続くのだろうか。

カギを握るのが海外展開だろう。ラクサスはすでにニューヨークに進出しており、ヨーロッパやアジア市場にも目を向けている。児玉は次のように語る。

「洋服だと世界展開が難しい。流行や文化の違いからアメリカとフィリピンではニーズが異なりますから。でも、ラグジュアリー(高級)バッグは世界中どこでも全部同じ。どこでも通用するという意味で、世界共通語の英語みたいなもの。だからポテンシャルは大きいと思っています」

■「広島を世界本社にするグローバル企業」

世界に打って出るからといってラクサスは広島から本社を移転するわけではない。インターネットで全世界がつながるなか、広島が世界本社になったとしても何の問題もないと考えている。

社長の児玉は広島について「ここは豊かな自然に恵まれ、食べ物もおいしい。逆に言えば、住みやすいから人々は内輪で固まり、閉鎖的になりがち」とみる。それでも広島から脱出するつもりはない。アメリカに留学している長女を除けば、家族も全員広島だ。

そもそも「閉鎖的」とはいっても程度の問題であり、広島に限らず日本全体の問題でもある。「日本は島国であるうえ日本語でも守られている。アメリカ人経営者と話していると分かるのだけれども、日本人のメンタリティーがなかなか分からないみたい。英語が通じるフィリピンではこうはならない」

児玉は必要ならばフットワークを生かして世界中どこにでも行く用意がある。だから「広島を世界本社にするグローバル企業」という構図に何の不都合も感じていない。

むしろ、未来を見据えれば、本拠地が瀬戸内というのはベストの選択かもしれない。ルーラル(田舎)起業家や里山・里海資本主義の主舞台になる可能性を秘めているのだから。(第3回に続く)

(文中敬称略)

----------

牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。

----------

(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください