日本企業が成長できないのは「ブラック職場」だから…45歳起業家が「週休3日」「朝昼食はタダ」を決めたワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月2日 12時15分
(第2回から続く)
■『24時間戦えますか』と問うCMの衝撃
ラクサスを率いる児玉昇司(45)。起業のきっかけは何だったのだろうか。栄養ドリンク「リゲイン」のCMのキャッチコピー『24時間戦えますか』だ。
テレビでこのCMが放送されたのは1988~92年。バブル絶頂期とちょうど重なる。中学生・高校生として多感な時期を過ごしていた児玉はCMを見て違和感しか覚えなかった。
1970年代の高度成長期に日本人サラリーマンは海外で「エコノミックアニマル」と呼ばれ、1980年代になっても長時間労働にどっぷり漬かっていた。家族をばらばらにする単身赴任も当たり前。今で言う「ブラック職場」が日本中に蔓延していた。
児玉は社会人になっている先輩に聞いてみた。「普通にサラリーマンになったら、私生活はなくなるのですか?」
ワークライフバランスという言葉さえなかった時代だ。先輩はあきれ返った顔をして言った。「有給休暇なんて期待したら駄目。出世するのはまず無理だよ」
そんなことから、児玉は自分が普通のサラリーマンになる未来をうまくイメージできなかった。サラリーマンが嫌なら自分で起業するしかないな、と思った。屈指の進学校である広島大学付属高校では完全に浮いていた。起業家志望のクラスメートは皆無だったからだ。
■自由になるには起業家か地方公務員しかない
サラリーマンが嫌でも例外が一つあった。地方公務員である。
14歳のとき、母親が肺がんで亡くなり、家庭環境が激変した。自分自身は中学生になっていたとはいえ、妹はまだ小学6年生。父親は男手一つで子育てしなければならなくなった。
ここで父親は異例の行動を取った。広島市の市役所職員から広島市安佐北区の区役所職員へ転じたのである。こうすれば区内での転勤しかないから、働きながら子どもたちの面倒を見ることができる、と判断したのだ。
今でも脳裏には当時の父親の姿が鮮明に焼き付いている。例えば、父親は昼休みになると家に戻り、夕食を作るのである。「地方公務員であれば残業もないし、遠隔地への転勤もない。父親のように自由になるためには、地方公務員か起業家のどちらかになるしかない、と思うようになりました」
■「ウィンドウズ95」の発売で大学生活に焦り
結局、児玉は地方公務員ではなく起業家の道を選んだ。1995年に早稲田大学理工学部に入学してから半年後のことである。
心を動かしたのは米マイクロソフトの「ウィンドウズ95」だった。操作性と汎用性の高さから大きな人気を集め、パソコンが世界で爆発的に普及する原動力になったオペレーティングシステム(OS)だ
日本で「ウィンドウズ95」が発売されるのは同年の暮れ。インターネットの普及とも重なり、発売前から異常ともいえるほどの盛り上がりを見せていた。いわゆる「第3次ベンチャーブーム」が幕を開けようとしていた。
当時、彼は早稲田大を卒業後に大学院へ進学し、最終的に米マサチューセッツ工科大学(MIT)へ留学するキャリアパスも視野に入れていた。理工系を選んだからにはIT(情報技術)教育で世界最高峰のMITを目指したい、と思ったのだ。
しかし、「ウィンドウズ95」をめぐる盛り上がりを目の当たりにして、焦りを感じた。卒業するまでにあと4年間早稲田大に籍を置かなければならないのか? MITに行きたいのならなぜ今すぐに行かないのか? 大学院まで待つ必要はないのではないか? さまざまな疑問が湧いてきた。
■父親に黙ったままで「うっかり中退」
「18歳の若者にとって4年後なんて遠い未来。卒業時の22歳はもうおじさんみたいな存在」と児玉は言う。「それまで待っていられないと思いました。MITも魅力的だったけれども、『ウィンドウズ95』を見て一気に起業に傾いたんです」
![1995年、早稲田大を中退して1回目の起業。オフィスは格安マンションで、本棚は押入れだった](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/9/1200wm/img_a97e538eb64c82ced0a23a361738c02d563376.jpg)
今でこそ大学生の起業は珍しくない。シリコンバレーをモデルにして日本でも「大学発スタートアップ」はブームになっている。とはいっても、大学に籍を置いたままの起業が一般的であり、大学を中退しての起業はリスクが大きいため例外的だ。
彼はなぜ中退したのか。「何かすごいことが起きている。何かしなければならないと思い、居ても立ってもいられなくなんです。起業したい思いが強過ぎて、うっかり中退してしまいました」
シングルファーザーの父親をがっかりさせるのは間違いなかった。そこで父親には何も伝えないままで大学を中退し、北海道で親戚の結婚式が開かれたときに事後報告している。
「怒られましたね。でも、その後も仕送りを続けてくれて、ありがたかったです」
■起業家人生開始も、当初は苦難続き
起業家としてスタートした当初は苦難続きだった。1回目の起業は家庭教師の「CtoC(個人間取引)」。インターネットを通じて先生と生徒をつなげるビジネスモデルだったものの、「先生と生徒の両方を同時に回さなければならず、難しかった」という。
翌年には中古車のインターネット通販で2回目の起業。アメリカではオートバイテルが成功していたから、日本でも潜在需要があるのではないか、との読みがあった。ところが、インターネット利用が期待通りに広がらず、鳴かず飛ばずのままで失敗に終わった。
立て続けに起業で2回も失敗。貯金も底を突いた。児玉は「失敗しなければ学べなかったことも多かった」と話す。
核心を突いた言葉だ。起業家教育の教科書として全米で広く使われる『STARTUP(スタートアップ)』(新潮社)の著者でコンサルタントのダイアナ・キャンダーは「スタートアップの圧倒的大多数は失敗する」としたうえで、次のように指摘している。
〈スタートアップについて学ぶ方法は百万通りある。しかし真に学ぶ方法は一つしかない。起業家自身がスタートアップの失敗・成功を経験することだ〉
■ガールフレンドのワンルームに転がり込む
大学中退の19歳。仕送りに頼り続けるわけにもいかず、故郷の広島に戻って1歳年上のガールフレンド――将来の妻――のワンルームに転がり込んだ。同時にファミリーレストランでアルバイトも始めた。「今でも妻には頭が上がらない」
当時は平成不況で就職氷河期の真っただ中。彼自身は大学を中退していたものの、心の奥底では「学歴は絶対に必要」と薄々感じていた。そこで、ガールフレンドには就職せずに大学院へ行くようアドバイスした。
「学歴はすべてを楽にしてくれるパスポート。だから大学院へ進学して修士号を取得すればいい。修士を取れたら結婚しようよ」
要するに、3回目の起業で成功し、ガールフレンドが修士号を取得できるよう後押しすると宣言したに等しい。
3回目の起業はインターネットとは無関係で、英会話教材「エブリデイイングリッシュ」の通信販売だった。一時は国内売り上げが日本一になるほどの成功を収めた。本人は「運が良かったのかな」と振り返る。
もちろんガールフレンドにプロポーズし、彼女が修士号を取ったタイミングで結婚できた。24歳になっていた。
■「ブラック職場」とは正反対の週休3日制
児玉はブラック職場を嫌って起業しただけに、ラクサスでもユニークな経営を取り入れている。
代表例は2017年に導入した週休3日制だ。人生には子育てや介護など大事なイベントがいくつもある。会社に長く勤務している社員であれば、ほぼ間違い必ずワークライフバランスの問題に直面する。そんなときに本人が望めば週休3日制を選べるのだ。
![計画表カレンダー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/9/1200wm/img_e925003f04d1c41a8bb714a0989c202e569535.jpg)
「経営者の多くは消費者のニーズをくみ取れと号令を掛けている。けれども社員のニーズも十分にくみ取っているのかどうか。ここが出発点だったですね」
週休3日制は人材流出を防ぐうえで効果を発揮している。子育てや介護だけでなく、資格取得のために会社を辞めたいと申し出る社員も多い。児玉は弁護士資格の取得を目指す社員と次のような会話をしたことがある。
「弁護士資格を取って自分のスキルをもっと高めたいんです」
「ならば週休3日へ移行したらどう? 働きながら勉強できるのでは?」
「週休3日ならできると思います!」
結局、社員は会社を辞めないで済んだ。弁護士資格を取れなかったからといって非難されることもない。
出産・子育てを理由に退社する女性も少ない。子育て中の女性社員の比率は16%に上る。ちなみに社員はざっと100人で、そのうち女性比率は8割以上だ。
■社員の健康・ウェルビーイングが何よりも重要
ラクサスは週休3日制に加えて、朝食・昼食・軽食を無料で提供したり、社内に運動用のフィットネス機器を設置したりしている。まるで米著名経営コンサルタント、トム・ラスのアドバイスに従っているようだ。
ラスは「経営者は仕事中に運動して汗を流し、社員に対して模範を示せ」と言い、生産性向上のためには社員の健康・ウェルビーイングが何よりも重要と説いている。自著『座らない!』(新潮社)の中で次のように書いている。
〈経営者として社員の健康・ウェルビーイングに投資したら、きっと報われます。意志さえあれば、現在働く社員と将来加わる社員の人生を劇的に変えることができます。(中略)有能であるうえ活力にあふれた社員をそろえ、毎日営業の最前線で顧客対応させたら、企業としても成長します〉
■ワーカホリックだけれども睡眠時間は削らない
児玉自身はどうなのか。実は四六時中働いている。「オフはないと思っています」と断言するほどのワーカホリックだ。
例えば、どこかの店に入れば店員数や顧客数をチェックするし、自宅に戻っても常に調べ物をしている。職場にいなくても、頭の中は常に仕事のことでいっぱいなのである。
だからといってブラックな環境にいるとは全然思っていない。上司の目を気にして無意味に残業しているサラリーマンとは違うのだ。仕事のことを考えるのが楽しいし、それがむしろ活力の源泉になっている。
事実、睡眠を削って長時間労働しているわけではない。夜9時すぎには必ず就寝する。「よく考えてみれば、昔は夜9時すぎになると飲んでいたり、映画を見ていたりしていた。何も生産的なことはやっていなかったですね」
早めに寝る代わりに朝は早い。通常は4時半に起床し、場合によっては3時半に目覚める。「朝方は誰にも邪魔されないから、インプットするには最高の時間」。朝方のインプット時間は8時までで、主に読書に充てられている。
■SDGsへの関心の高まりがIPOへの追い風に
ラクサスは2019年10月、アパレル大手ワールドの出資を受け入れ、資本構成上は子会社になっている。出資額は43億円で、出資比率は6割強。出資以外にワールドからラクサスへ総額100億円の融資も行われた。
ただ、児玉は売り抜けたわけではなく、引き続き発行済み株式数の4割弱を握る個人筆頭株主だ。「ワールドには600万人のアクティブ会員がいる。それをラクサスに呼び込みたい」
将来的にはIPO(新規株式公開)を思い描いている。「SDGs(持続可能な開発目標)」や「ESG(環境・社会・ガバナンス)」に対する関心の高まりを背景に追い風が吹いているかもしれない。ラクサスのビジネスモデルは高級バッグのシェアリング(共有)であり、廃棄物を極力減らして環境負担を軽減する点に特徴がある。
![発送やメンテナンスの拠点「ラクサスベース」。総面積は700坪に上る](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/a/1200wm/img_9a68712e924dfb2308348ba6b4be4c7a859646.jpg)
自然豊かな瀬戸内に本拠を置くSGDs型のグローバル企業――。大きな夢実現に向けて児玉は走り出したばかりだ。
(文中敬称略)
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ジャーナリスト兼翻訳家
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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