朝6時にラッパが鳴ったら5分で寝具を片付ける…防大生が「24時間規則だらけ生活」を耐えられるワケ
プレジデントオンライン / 2022年8月31日 11時15分
※本稿は、國分良成『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■防大生の日常は“学生舎”と“校友会”にある
防衛大学校には、槇初代学校長の時代から語り継がれるいわゆる3本柱と呼ばれるものがある。教育・訓練、学生舎、校友会だ。この3本柱のうち、学生舎と校友会がまさに防大生の日常生活そのものを表わすともいえる。それくらい、学生たちにとっては重要な柱だ。学生舎は学生たちが寝食をともにする場であり、それだけでなく大隊、中隊、小隊、そして各部屋での生活空間が広がっている。朝・昼・晩と日常的に学生同士が接し、喜怒哀楽をともにし、同期の仲間や先輩・後輩、そして彼らを日常的に指導する若い指導教官たちに出会う場でもある。
また、校友会は一般の学校のクラブやサークルなどの部活動にあたり、ほぼ全員がいわゆる体育会に属することになるが、同時に上級学年になると文化系の部などにも所属する。もちろん体力を鍛え、団体活動を実践することで集団行動の意義を学ぶ場ではあるが、これが重要なのは、同時に校友会は学生たちのもつ別の個性や特技を発揮する場ともなっているからだ。
■英国パブリック・スクールの精神がモデルになっている
草創期、防大では池田潔『自由と規律―イギリスの学校生活』(岩波新書)が必読書の一つであった。それは槇初代学校長の推薦によるものであった。本書は、英国におけるエリート教育の本質ともいうべきパブリック・スクールの歴史、制度、生活を紹介した教育書である。
パブリック・スクールの中心を成す「ノブレス・オブリージュ」の精神として、「自由と放縦の区別は誰でも説くところであるが、結局この二者を区別するものは、これを裏付けする規律があるかないかによる」(同、156頁)と語る。「ノブレス・オブリージュ」は繰り返し槇が防大精神として語った格言であり、現在でも、防大学生舎の前に鎮座する槇の胸像にはこの言葉が刻み込まれている(槇『新版 防衛の務め』、43頁)。「自由のなかに規律があるのではなく、規律のなかに自由がある」、これが『自由と規律』の要諦だが、防大生の日常生活そのものだ。
『自由と規律』では校長の役割も論じられている。「実際の運営に当っては関係者の見解をきき、その意志を尊重する雅量をもつからに外ならない。しかも、最後の決断が校長に懸り、彼一人の責任において下されることに変りはない。パブリック・スクールを動かすものは、端的にいって、独裁者による善政である」と(池田、110頁)。
私はもともと中国政治研究者で、自称、民主化論者なので、「独裁者による善政」という言葉には抵抗感があるが、防大校長が絶大な権限を持つことは否定しない。周りから見れば、実は私も「独裁者」だったのかもしれないが、「中途採用」なのでわからないことも非常に多いために皆の意見を集約することに専念したので、気の小さな「独裁者」だったような気がする。
■8人1部屋の学生舎での生活
さて、防大生は学生舎と呼ばれる学生寮で、このパブリック・スクールを地で行くような規則正しく礼儀を重んじる生活を送っている。2000人の学生が現在は4個大隊に分かれて生活している。
![國分良成『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』(中央公論新社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/6/1200wm/img_c6963905ffeaa0fa897276d6e48bd0c0395318.jpg)
学生たちは基本的に8人1部屋であり、寝室と自習室の2つを共同で使う。1学年から4学年まで、そして留学生も一緒で、4学年が部屋長となる。実際のところは、留学生や女子学生などの増加により8人のところが10人になったりしている。その結果、学生同士の距離感が近くなるのはよいが、あまりに密になりすぎると一人一人の学生のわずかなプライバシーの確保もさらに難しくなるし、生活や衛生の環境も悪くなる。それがもう一つの学生舎を建設することになった理由だ。
なお、女子に関して現状では、同じ学生舎の端の部分に居住するように配置している。男女を仕切るのは、敷居ではなく天井の監視カメラである。女子は女子で建物を分けて暮らしたほうがいいのではとの意見も強い。実際、自衛隊の各部隊の多くではそうなっているが、防大の女子学生たちに意見を聞くと、多くは男女一緒がいいと答える。でないと「大隊への帰属意識が弱まる」のは確かだが、「女子だけだと結構きついのです」という率直な意見もある。いずれにせよ、今後第5学生舎が完成したとき、女子の配置については、人数の増加をかんがみて大きく変わることになりそうだ。
■朝は午前6時のラッパが鳴るまで起きてはいけない
学生たちの平均的な一日の生活は図表1の通りだが、終日かなり慌ただしいのが現実だ。朝6時に起床ラッパが鳴るまで起きてはいけない。ラッパと同時に5分で寝具の片づけ、そのあとすぐに大隊の隊舎前に駆け足で整列、号令と発声訓練(号令調整)、そして乾布摩擦で目を覚ます。女子はもちろんTシャツを着ている。それが終わるとすぐに隊舎にもどって清掃、上級生が監督しているので、特に1学年は大変だ。最近では上級生も掃除に参加するよう指導されているはずだが、どうだろうか。
![学生の一日](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e4164b50266acf1e65cdaa87b5182366377969.jpg)
防大の1学年は肉体だけでなく精神的にも鍛えられる。高校までののほほんとした生活がいきなり規則だらけの生活に変わるからだ。ただし、入校と同時に新入生一人一人に2学年の世話係がつく。これを「対番制度」と言い、新入生が防大生活に習熟するまで続けられる。
この制度があるがゆえに「上対番」も「下対番」もいることになり、これを繋いでいくと統合幕僚長やら航空幕僚長まで繋がってしまうこともある。年代を超えた「対番会」なるやけにタテ長の会も次々と誕生している。退校などで途中で途切れる対番関係もあるが、いろいろ理由をつけて繋ごうとしている話をよく聞く。防大は卒業後もヨコにもタテにもナナメにもいろいろ繋がりができる組織で、これが一生続くある種の強力な相互扶助組織となるのだ。
■1日3400キロカロリーでは足りずコンビニが大活躍
掃除が終わると、朝食。2000人の学生が一斉に入ることのできる食堂があり、そこで自分で米食やパン食を選択して棚に並んだ食事を取って食べる。エネルギー補給の関係か、ラグビー部員やアメフト部員には米食のほうが人気は高いようだ。概して上級生たちは米食を好むので、準備に追われてあとで急いで食べなければならない1学年は残ったパン食になりがちだそうだ。
昼と夜も基本的に同じだが、2カ月に1度の産土祭(さんどさい)と呼ばれる、その前後の2カ月に生まれた学生たちの誕生会(以前は第3土曜日にやっていたので産土(うぶすな=さんど)祭と呼ぶ)と、日本と留学生各国の建国記念日や独立記念日の祝賀会などがある。その際には、学生全員と関係教職員がみんなで昼食をとって祝うことになっている(写真)。全学生を前にした各国留学生たちのスピーチは、その流暢な日本語だけでなく、祖国愛と防大愛に満ち溢れていて、感動的なものが多い。「母国は×××、母校は防大」等々。
![食事風景](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/5/1200wm/img_b57cba4ac636253e200efff8b2219a20588595.jpg)
ちなみに、防大生の一日の食事は約3400キロカロリーが目安。一般人には相当にヘビーなカロリーだが、学生たちには足りないようで、校内にあるコンビニにほとんどの学生がお世話になっている。そのおかげで、防大内のコンビニの売り上げはエリアナンバーワンだとの噂。特に、母の日の売り上げは全国一だったとの噂もあるが、本当だとすれば何とも美しい話だ。
学生たちにとって食事は最も楽しい時間の一つなので、給食担当の職員の責任は重大だ。しかも、3食合わせて一日の糧食費は一人当たり1000円にも満たない。将来のこの国を守り抜く若者たちに、もう少し良いものを食べさせてあげられないだろうか。財務省さん、よろしくお願いします。
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元防衛大学校長
1953年生。81年慶應義塾大学大学院博士課程修了後、同大学法学部専任講師、85年助教授、92年教授、99年から2007年まで同大学東アジア研究所長(旧地域研究センター)、07年から11年まで法学部長。12年4月から21年3月まで防衛大学校長。法学博士、慶應義塾大学名誉教授。この間、ハーバード大、ミシガン大、復旦大、北京大、台湾大の客員研究員を歴任。専門は中国政治・外交、東アジア国際関係。元日本国際政治学会理事長、元アジア政経学会理事長。著書に『中国政治からみた日中関係』(2017年樫山純三賞)、『現代中国の政治と官僚制』(2004年度サントリー学芸賞)、『アジア時代の検証 中国の視点から』(1997年度アジア・太平洋賞特別賞)などがある。
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(元防衛大学校長 國分 良成)
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