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歌声を聞くと怒りや不安がスーッと消える…音楽とは無縁だった50歳女性が突如ハマった20代歌手の名前

プレジデントオンライン / 2022年8月28日 15時15分

藤井風(Photo by 上山陽介)。藤井風がスペースシャワーTVの3月度マンスリーアーティスト「V.I.P.」に決定したときのプレスリリースより。 - 画像=株式会社スペースシャワーネットワーク

これまで音楽に関心のなかったライターの吉田潮さんは、突然、シンガーソングライターの藤井風(25)にハマった。吉田さんは「優しさと安定感のある歌声がとにかく心地よく自律神経のバランスが整う感じがする。歌詞も素晴らしく、怒りっぽくなったり、落ち込みやすくなった中年にこそ聞いてほしい」という――。

■藤井風を「ホンモノの天才」だと思った瞬間

今もいるだろうか。ちょっと前までは、新宿のゴールデン街や二丁目の飲み屋街、四ツ谷の荒木町あたりで飲んでいると、ギター片手にあるいはアコーディオンを抱え、ふらりと入って来る「流し」がいた。

客のリクエストに応え、確か1000円で2~3曲歌ってくれた記憶がある。正直、若い人の新しい歌は少なかったが、演歌にムード歌謡、レパートリーは数百~数千曲と豪語していたっけ。歌うだけでなく演奏もするのだから、その才能と記憶力には感動した。ま、ちょっと押し売りっぽい営業スタイルの人もいて、「流しの入店お断り!」の店も増えていったが。

え、何の話? と思うかもしれないが、藤井風の話だ。昨年末の紅白歌合戦で、うっかり胸をときめかせてしまった。岡山の自宅から中継というテイで始まったパフォーマンスだが、実はステージに登場するという粋な演出に驚いた。いや、演出よりもその才能に感嘆した。

まるで自分の体の一部のように奏でるピアノ、優しさと安定感のある歌声。岡山弁で語る朴訥さ、スウェット&毛足の長いスリッパでステージにあがる気負わなさと新鮮味(演出が自宅のテイだったので)。

キラキラした衣装で隊列組んで、歌ってる風を装うアイドルやボーカロイドっぽい偽物に辟易していたから、風の演奏を聞いたときに「ホンモノの天才、現る!」と思ったのだ。

■英語と岡山弁の心地よい融合

紅白を入口に、YouTubeチャンネルを観はじめたら、まあ、まるっと風。MVはもちろん、MV撮影の裏側もコンサート映像もライブ配信も、ありとあらゆる風を惜しみなく見せてくれる。そらあ、風見たさにページを手繰るわけですよ。

一人称はワシ。英語と岡山弁を自然に混ぜ込んだしゃべり口調が独特。脳内に浮かんだ言葉を超自然に英語と岡山弁で使い分けていて、不思議な親近感がある。すらすらと流れ出る英語も、英語がわからない人にもわかりやすい気がする。何なんw? あのここちよい雰囲気は。

と思っていたら、ライブ動画(コロナで公演中止となり、急遽ピアノ弾き語りライブを配信)の中で「なぜ英語なのか?」という質問に対して、本人はこう変化球を投げ返していた。

「英語は耳コピ。発音をまねして。恥とプライドを捨てること。ワシ、日本語もへたくそじゃけん、失うものがないんで」

ミュージシャンはどこかでナルシストで、常人にない感覚やとんがったかっこいい部分を商品として売り出すのが定石。

ところが、風がもたらすフラットな雰囲気には、壁も天井もない。高低差も段差もない、同じ地面に立っている感覚。おでこに大きな吹き出物(本人いわくクソデカニキビ)ができていても、歯の矯正をしていても、隠さずありのままの姿で(基本パジャマや家着)ライブ配信を行う風。

ライブ配信の基本は寝そべったり、立て膝だったり、うんこ座りのまま。ジャージやスウェット姿で、じゃがりこ食ったりしてね。観る側は「同じ部屋の中で目の前にいる感じ」を味わえる。

床に置いたキーボードピアノで弾き語るのだが、表情も表現も豊か。歌うことと弾くことが、もうそれこそ呼吸をするように自律神経の一環として行われている。観ている側も心地よく、自律神経のバランスが整う感じがする。

もともと音楽に疎く、さほど興味のない私が、風に吹かれて、すっかり魅了されたのだった。風の魅力を言語化し始めたら、キリがないから、もうええわ。

■なぜか確定申告の作業がはかどる

紅白から入り、ファンの入口にようやくたどり着いた新参者で「にわか」である。ただ、自分でも想像以上に気に入っとるなと痛感したのが、確定申告だった。

毎年1月に確定申告の作業をするときは、YouTubeで柳家喬太郎の落語を聴きながら、が定番だった。毎回同じところで吹き出しながらも(「孫、帰る」の家具のハヤミズとか)、なぜかデータ入力がさくさく進むからだ。

今年は試しに、風の配信動画を聴きながらやってみた。予想以上にはかどったのである。1日がかりの面倒くさい入力も、へでもねーよ、と思えるようになった。今後も、喬太郎&風の二刀流で私の確定申告は支えられていくことだろう。

■藤井風は令和の「流し」

生配信の動画では視聴者のリクエストに応え、ありとあらゆる歌をちょびっとずつ歌うコーナーがある。その領域の広さったら。

KING GNUやDISH//の曲、宇多田ヒカルの新曲も完璧にカバー。ABBAにカーペンターズ、ボブ・ディラン、MJにジャミロクワイ、テイラー・スウィフトからBTSまで、海外アーティストの歌も、新旧・年代を問わず歌える風。

もちろん70~80年代の昭和歌謡曲やムード歌謡もお手の物。「木綿のハンカチーフ」「かもめが翔んだ日」「勝手にしやがれ」「ワインレッドの心」なんて、おじさんとおばさんは絶対反応するわな(私が反応)。

他にもサザエさんやちびまるこちゃんのテーマソング、ドンキホーテの店内でかかる販促歌にリーブ21のCMソング、タケモトピアノCMの一節など、風が歌うとなんだかムーディで素敵に聴こえるから不思議だ。

曲やアーティストへのリスペクトを忘れず、即興のすごさと風アレンジの心地よさは、ぜひ一度体験してほしい。

ということで、冒頭の「流し」につながる。私の中では藤井風は令和の「流し」。全ジャンル・全世代OKの凄腕「流し」なのだ。25歳だが、中身は60代、団塊かバブル世代じゃないかと思うほどのレパートリー。

■ライブなのに観客はみなリラックス状態

カバー力が凄すぎる話ばかりではいけない。藤井風のオリジナルの曲も本当に耳心地がよくて、耳心地? 聞き心地? とにかく副交感神経を優位にさせる曲だ。

英語の歌も多いが、個人的には日本語の歌の方が全身の細胞にいきわたるような気がする。さらにMVで見せるダンスもキレがあって美しい。そもそも二枚目でスタイルもよく、神は風にすべて与えたとしか思えず。

生で観て聴いたらすごくいいだろうなと思っていたら……ライブのチケットを入手できたのだ。一生分の運を使い果たした。もう二度と当たらないかもしれない。

(以下、ツアーのライブ内容に触れています)

世田谷にある会場だったが、ステージ上は「風の家」風味。やはりリラックスした家着で登場した風は、部屋の中央にあるピアノを奏でて歌う。着替えるときは脱ぎ散らかしたり(ズボンをぶん投げる)、「マイ・ガーデン」と呼ぶプランターにじょうろで水をぞんざいにあげたり、徹底した「アット・ホーム」感。ライブに来ているのに観客全員がリラックス状態。心の奥は大興奮なのに、なんだか心地いいわけよ。そんなライブがあるのか、と心底驚いた。

ミュージシャンたちはステージでロック音楽を演奏しています
写真=iStock.com/Nutthaseth Vanchaichana
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nutthaseth Vanchaichana

舞台上でAmazonからキーボードピアノが届いたら、待望のリクエストコーナーへ。会場で回収したリクエストカードから数曲、寝そべりながら演奏。個人的にはDISH//の「猫」、キリンジの「エイリアンズ」、オリジナル・ラブの「接吻」がぐっときた。

風が観客の中から「ピュア」に見える人を直接選び、リクエストに応えるという粋なはからいも。ピュアに見られた男子も大喜びだったに違いない。

■風の歌詞はダメな自分も小さい自分も認めてくれる

正直、「若い女性が多いんだろうな、自分のようなにわか中年女が来ちゃって浮かないかしら」と思っていたのだが、会場を見渡すと案外年齢層高め。白髪の老夫婦もいれば、子連れママもいる。ざっくりだが40代が多いかもという印象。「風の全方位的引力、やば。」と思った次第。

席は後ろの方だったが、途中ゲストで登場した山田健人監督とエリザベス宮地監督により、生の映像がスクリーンに大写しに。風の表情も、きらりと光る汗もしかと拝見。

ミラーボール登場でカラオケ状態という演出はあったし、観客の心の中はおまつり状態なのだが、全体的にはゆったりとした時間が流れていく。大きな仕掛けや派手な演出など特にない。それでも微風が観客の心をほぐしていく。

観客に語り掛ける言葉は優しさにあふれていた。風自身もコロナに感染して復活したタイミングのライブで、今は「規則正しい生活を送っている」と言う。

正確な文言は忘れたが、「お天道様が出たら起きて、沈んだら寝る。心も体も健康で過ごして、自分を愛して、大切にしてあげてください。その愛はまわりに伝わるはず」的なことを言っていた。一緒に行った女友達の心にダイレクトに刺さったようで、ちょっと涙ぐんでいた。鼻をすする音で気づいたのだが、風よ、その優しさには人を虜にしてしまう罪の香りがするよ……。

もはや「風」教の教祖と書こうと思ったが、今のご時世それでは、怪しくなってしまうのでやめておこう。

実は私も救われた。ものすごく頑張っても報われないことがあって、人を呪いそうになっていたから。藤井風の歌詞は、「癒される」とか「優しい気持ちになる」だけではない。「あるがままでいい」という1本の筋が通っている気がする。

紅白でも歌った「燃えよ」の歌詞は、怒りで埋め尽くされそうになった私を凪の状態に戻してくれた。一言でいうなれば「自己認容」。ダメな自分も小さい自分も、ゆるしてみとめる、みたいな感覚だ。

というわけで、1回ライブに行ったくらいで調子のっちゃって、ファン気取りで原稿を書く幸運に恵まれたのだが、音楽に無縁の中年が魅了された理由はおわかりいただけましたでしょうか。怒りっぽくなったり、落ち込みやすくなった中年の皆さんにはさりげなくお勧めしたい。とりあえずYouTubeのライブ配信を。

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吉田 潮(よしだ・うしお)
ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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(ライター 吉田 潮)

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