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「サントリー史上最悪」の大失敗から伊右衛門という大ヒットが生まれたワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月1日 12時15分

出典=『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)

ヒットを飛ばすライバル企業に追いつき、追い越すにはどうすればよいのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「相手の長所を評価できる良い嫉妬がヒット商品を生み出すカギとなる」という――。

■「良い嫉妬」はビジネスを成功させる

意外なキーワードから考えてみることで、これまで気付けなかったヒットの仕掛けや成功理由が見えてくる。今回は「嫉妬」という視点から、エンタメ事例とビジネス事例のマーケティングの裏側について紹介しよう。

嫉妬というと心理学の話に思われがちだが、「働く人・組織の嫉妬」はマーケティングの研究テーマだ。嫉妬と聞くと反射的に、自分から遠ざけたい悪い感情に思えるだろう。しかし、じつは嫉妬には「悪い嫉妬」と「良い嫉妬」の2種類あり、「良い嫉妬」はビジネスを成功させるカギになってくれる存在だ。

嫉妬は、「自分よりも上にいる」と感じる相手の「自分にはない何か」に対して抱く感情である。嫉妬の解消法の1つは、上にいる相手が失敗して、自分よりも下に落ちてくるように願うことだ。もっと直接的には、相手が失敗して落ちてくるように邪魔をして足を引っ張る行動に出る。これが、嫉妬が悪い感情とされてきた最大の理由だ。この「悪い嫉妬」は攻撃性に繋がり、自分も周囲も不幸になりやすい。「誰かに嫉妬されたらどうしよう」という恐怖心から、人々が努力や成功を求めなくなり、社会全体の発展がストップしてしまうため、嫉妬は諸悪の根源とさえ言われた。

■「良い嫉妬」はビジネス成功のカギとなる

一方、近年の研究で指摘されてきているのが、人・組織の起爆剤になる「良い嫉妬」の重要性だ。自分と上にいる相手の差が埋まることを願う嫉妬において、相手を下に落とすことで差を埋めようと考える「悪い嫉妬」に対し、「良い嫉妬」は自分を上に高めて差を埋めようと考えることで、成長するエネルギーとなり、良い結果を生みだしてくれる。この「良い嫉妬」は、憧れている人に追いつこうとしたり、憧れの物を入手しようとしたりする積極的な欲求だ。良い嫉妬は、上を目指して努力する達成モチベーションとなり、経済をより良くする原動力になってくれる。職場に良い嫉妬があれば、働こうとする意欲と活発な競争が生まれ、仕事のパフォーマンスを向上させる。ビジネスを成功に導くカギとなるのだ。

■「良い嫉妬」と「悪い嫉妬」の分かれ道

2種類の嫉妬の分かれ道になるのは、相手の「どこを見るか」だ。自分と相手を比較して悔しく思い、そこで相手の短所・弱みを探して安心すると、「なんで上にいるんだ、気に食わない」と不平不満を口にして、グチを言って一時的なストレス発散で済ませてしまう。そして、「どうせ自分なんて」と諦めモードでイライラだけが積み重なり、停滞する。このように相手の短所を探す「減点思考」に陥ると、「悪い嫉妬ルート」に乗って停滞しやすい。

それに対して、相手の長所・強みを探して認める「加点思考」を選択すると、「良い嫉妬ルート」に乗ることができる。嫉妬対象の長所を探し、「すごい!」と偏見なく受け入れる。「追いつこう!」「追い越すぞ!」と奮起し、そのための戦略を練る。そして戦略を実行し、挑戦していく。つまり、加点思考によって良い嫉妬を抱き、挑戦と成長へ結びつけられるようになるのだ。

アスファルトに描かれた矢印
写真=iStock.com/stockarm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockarm

上にいる相手には、何かしらの成功理由がある。ビジネスで成果をあげているライバル(競合他社・同僚)も、ヒットしているライバル(ブランド・商品・サービス)も、「成功に理由あり」だ。その理由を明らかにするには、まず相手の長所を探す加点思考が重要になる。

【図表2】「良い嫉妬」と「悪い嫉妬」の分かれ道
出典=『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)

自分(自社)とライバルを比較し、悔しく思い、ライバルの長所を正当に評価して認めたうえで、追いこすための戦略を作成・実行する。これが「良い嫉妬ルート」の成功プロセスだ。「良い嫉妬」を抱くことで、個人も組織も向上心を持ち、分相応や現状維持を良しとせずに、目標を更新して挑戦し続けることができるようになるのだ。

■停滞している企業はライバルに対して十分に良い嫉妬ができていない

停滞している企業や商品は、じつは「ライバルに対して十分に良い嫉妬ができていない」状態にあることが多い。良い嫉妬は、ライバルの本当の強みを明らかにして、人・組織・ビジネスに自己変革を促し、ヒットを生み出す原動力になってくれる。ライバルへの良い嫉妬からヒットを実現した成功事例について見てみよう。

■成功事例1:映画『ジョーカー』

2019年に公開された映画『ジョーカー』は、ライバルであるマーベル映画へ良い嫉妬を抱き、別の強みを作ることで作品の評価と興行収入の両面で素晴らしい成功を収めた。

白い背景に描かれたJOKER
写真=iStock.com/DOMSTOCK
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DOMSTOCK

マーベルは2008年の『アイアンマン』を皮切りに、12年間で23本ものヒーロー映画をヒットさせ、1つのフィナーレを迎えた2019年公開の『アベンジャーズ・エンドゲーム』では世界歴代最多となる興行収入27億9780万ドル(約3000億円)を達成した。この王者マーベルに対し、もう1つの漫画原作ヒーローものであるDCコミックスは、シリーズ全体の売上や評判で大きく差をつけられていた。特に2017年の『ジャスティス・リーグ』の失敗により、製作スタッフの人員削減まで行われ、「マーベルは非常に優れた仕事をしており、彼らと同じ闘いはすべきでない」と公言して、今後の軌道修正を余儀なくされていた。

■マーベルとの徹底的な差別化が映画『ジョーカー』を生み出した

映画監督のトッド・フィリップスは、バットマンの宿敵として人気の高いジョーカーを主役にした新企画を提案した。「マーベルはすごい怪物で、同じ方法ではDCはまず勝てない」、「だから彼らにはできないことをやろう」とスタジオ幹部を説得したのだ。

マーベル映画の長所として次の3点が考えられる。

① 沢山のヒーローを結びつける物語で、老若男女を広く楽しませる
② CGを多用し、フィクションとしての面白さを追求する
③ 多額の予算をかけ、製作費や宣伝費を惜しまない大作にする

これらを踏まえ、『ジョーカー』では異なる強みが追求されている。

① 独立した作品として、キャラクターをより深く生々しく描き、大人向けの作品にする
② 極力CGは使わずにリアル路線を追求し、現実と結びつく物語にする
③ 実力派のキャスト・スタッフを集めた低予算作品にする

ライバルに良い嫉妬を抱き、相手の長所を認めたうえで、徹底的に差別化したのだ。この企画はスタジオに認められ、前例に縛られない自由な脚本が作られた。フィリップス監督は約1年をかけて脚本を練りあげ、社会的に恵まれない心優しい男が希望を持って生きようともがき苦しみ、その果てに悪のカリスマへ変貌していく姿を過激に描く、原作とは大きく異なる新たなストーリーを生みだした。

『ジョーカー』はベネチア国際映画祭で初めて披露されると、「世界はこの作品の以前と以後に分けられる」と評されるほどの大絶賛を受け、漫画原作として史上初となる金獅子賞(最高賞)を受賞した。その後も名だたる賞を総なめにし、アカデミー賞でも作品賞・監督賞など11部門でノミネート、主演男優賞と作曲賞で受賞を果たした。

一般公開では、世界各国で賛否両論の社会現象を巻き起こしながら大ヒットした。最終的な世界興行収入は10億ドルを突破し、15歳未満が鑑賞できない「R+15指定作品」として史上初の快挙を果たした。これは、内容の過激さから世界最大級の映画市場である中国での公開が禁止されたなかでの快挙でもあった。さらに、製作費や宣伝費を抑えた大ヒットでもあり、漫画原作映画として史上最高の利益率を達成した。2024年には続編の公開が予定されている。

■成功事例2:サントリー「伊右衛門」

良い嫉妬をすることで飛躍を遂げたブランドの事例としては、サントリー「伊右衛門」を取り上げよう。日本の緑茶市場では、1989年に発売された伊藤園「お~いお茶」が大ヒットし、緑茶飲料の代名詞になるほど、王者「お~いお茶」の一強時代が長く続いていた。そこに割って入り、一強時代から二強時代に変えたのが伊右衛門だった。

緑茶
写真=iStock.com/kazoka30
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazoka30

烏龍茶の王者であるサントリーは、緑茶の王者「お~いお茶」の牙城をなかなか崩せずにいた。そこで、ある種の変化球で勝負に出たのが、緑茶・ウーロン茶・紅茶に次ぐ第4のお茶であるプーアール茶の商品開発だった。自社の開発技術を結集させて最高の味を追い求め、オンリーワンの究極の商品として2001年に「熟茶」が発売された。しかし、この熟茶は、試しに飲んでもらうファーストステップに失敗し、「サントリー史上最悪」とまで言われる大失敗に終わってしまう。その結果、苦境に陥った開発チームが、次でダメなら会社を去るという思いで新たに企画したのが、伊右衛門の企画だった。

■サントリーに欠けているものを導き成功した「伊右衛門」

伊右衛門の企画は、当初「NZ」企画と名付けられていた。Nは「日本茶」、Zは「開発に失敗したらもう後はない」を意味し、背水の陣の日本茶企画だった。「熟茶」では、ライバルや飲む人のことよりも、自社発想で技術力を重視して開発する「プロダクトアウト」の発想で失敗した。その反省を活かし、「お~いお茶」に勝つため、徹底的にライバルや飲む人を分析して開発する「マーケットイン」の発想を採用した。

開発チームは、「トップシェアに君臨するメーカーには、サントリーに欠けているものが何かあるはずだ。その何かを突き止めることが成功へのカギ」と考え、ライバルに対して良い嫉妬を抱き、その長所を正当に評価したうえで、商品企画を考え抜いた。その結果、日本人にとって「本当のお茶」として、急須で飲む安らかな「新しいけれども、ど真ん中の緑茶飲料」を目指した。企画の柱となったのは、日本的スローライフ感の具現化、急須で入れた本格的な味わいの具現化、そしてお茶の作り手の顔が思い浮かぶことの3つだ。

この3つの柱を実現させるためには老舗茶舗との提携が不可欠と考え、サントリーが口説いた相手が京都の老舗・福寿園だった。福寿園は、「伝統とは、歴史と未来を融合させる足し算の発想で継承できるもの」という考えを持ち、伝統と革新の「二兎を追う」経営をする革新的な老舗であり、最良のパートナーとなった。

新たな取り組みに伴う数々の困難を乗り越え、4年がかりで伊右衛門は開発された。お茶の老舗とのコラボによる斬新さと本物感、突き抜けた美味しさの実現、竹筒の形が特徴的なボトルの採用、福寿園の創業者の名前である「伊右衛門」を商品名にする英断、そしてお茶づくりに没頭する「伊右衛門」と寄り添う妻の静かに実直な本物感を伝える広告。すべての要素が合わさり、2004年の発売時には即座に売り切れ、発売4日目には出荷停止となる異例の大ヒットとなった。

■成功事例3:マイクロソフト

嫉妬心から這い上がった企業の事例として、マイクロソフトを紹介しよう。マイクロソフトは、パソコンOS「ウィンドウズ」とビジネス用ソフト「マイクロソフト・オフィス」で、パソコン時代の世界トップの座を掴んでいた。しかし、パソコンからスマートフォン(以下、スマホ)へ時代が移るにつれ、新しいベンチャー企業のGAFAに次々と追い抜かれていってしまった。

ネット検索はグーグル(G)、スマホはアップル(A)、SNSはフェイスブック(F)、クラウドビジネスではアマゾン(A)がそれぞれ王者となり、マイクロソフトは「スマホ時代に乗り遅れた過去の王者」と言われるようになった。ここで、「もう自分たちの時代じゃない」と、敗北を受け入れて停滞する未来もあっただろう。しかし、マイクロソフトは自社を大改革して、弱みを克服し、新たな強みを作ってGAFAに挑んでいく道を選択した。

■「パソコンにこだわらない」が成功のカギに

GAFAに良い嫉妬を抱き、マイクロソフトは売上高10兆円、社員12万人という巨大組織のミッション(存在理由)、カルチャー(企業文化)、そしてビジネスを劇的に変革していった。まず、「すべてのデスクと、すべての家庭に1台のコンピュータを」としていたミッションを、「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」へ変更した。つまり、もうパソコンにこだわらないことを宣言したのである。これを上層部から現場まで全社員に浸透させ、企業全体の意識をガラリと変えた。

保守的な大企業体質になっていたカルチャーも、ベンチャーマインドへ一新した。「成長しよう!」「リスクを取ろう!」と呼びかける「グロース・マインドセット」と、スマホとクラウドの領域に挑戦者として挑んでいく「モバイルファースト、クラウドファースト」。この2つの単語を社内で多用し、現場にチャレンジ精神を取り戻させた。

そして、ビジネスそのものも変革した。自社のパソコンOSだけで使えるソフトをやめ、どのパソコンでもスマホでも使えるクラウドサービス「オフィス365」を開始した。そのために社長自らがライバル各社を訪れ、アップルとも提携を結んだ。こうした改革が実を結び、2018年11月、マイクロソフトは8年ぶりにアップルの時価総額を上回って世界トップに返り咲いた。

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部准教授
1986年生まれ。専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『嫉妬を今すぐ行動力に変える科学的トレーニング』(秀和システム)、『リープ・マーケティング 中国ベンチャーに学ぶ新時代の「広め方」』(イースト・プレス)などがある。

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(高千穂大学商学部准教授 永井 竜之介)

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