ブッダの教え「どうにも好きになれない上司ほど、人生において大事にすべき存在である」
プレジデントオンライン / 2022年9月1日 12時15分
※本稿は、光澤裕顕『仕事がつらいときに読む仏教の言葉』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■現役の僧侶でも上司への不満はある
お坊さんが上司を語る——「お坊さん」の上司ってピンときませんよね。そこは「師匠じゃないのか」と。確かに仏門の中においては、師弟関係が一般的でしょう。しかし、現代のお坊さんは仏門の中だけで生活しているわけではありません。特に日本のお坊さんは「出家」したといっても、社会との関わりを保ちつつ活動しているのです。
私自身、現役の僧侶ではありますが、今は自分がお預かりしているお寺に住んでおりません。この本を執筆している今日現在、妻子と京都で暮らし、本山に勤めております。宗派によって形態はさまざまですが、私の場合は「本山」といっても、修行をしているのではなく、事務員として働いているのです。参拝される方々の応対はもちろん、経理の仕事や境内の建物の修繕、講演会の準備など、一般的な会社組織とあまり変わりません。
当然、師匠ではなく仕事上の「上司」がおりますし、いろいろとお小言もいただきます。正直、不満が全くないわけではありません。
仲の良い職場の同僚と席を囲むとき、必ず盛り上がる話題が「上司への不満」です。これはどの業界も共通です。耳をすませると、ほら
「○○部長はさ、本当に現場のこと見えてないよね」
今夜も繁華街のあちこちで上司への不満を肴に盛り上がっています。
しかし、結局悪口なんて言う方も言われる方も良いことはありません。上司への不満はただ愚痴をこぼす以外解消する方法はないのでしょうか。
■ブッダは理想の上司なのか
組織やグループで働く以上、上司は必ず必要となります。ですから不満のない、理想の上司はみんなの願いなのでしょう。「上司にしたい有名人」や「上司にしたいキャラクター」が毎年のごとくランキングされています。ざっと高評価の理由を見てみると
•親しみやすい
•優しい
•知的で頼りになる
•話をしっかりと聞いてくれる
といったイメージが挙げられていました。
そう考えますと、もしブッダが上司だったら「理想の上司」になるのでしょうか。優れた指導者であったことに疑いはありませんが、果たして……。
■ブッダを暗殺しようとした男の言い分
実はブッダに不満を持っていた弟子が存在しました。その代表はデーヴァダッタ(提婆達多)です。
デーヴァダッタは仏教のエピソードでは珍しいくらい「悪役」として語られる人物です。過去に過ちを犯してしまった者も、最終的には救われるエピソードが多い仏教説話でも、なんだかデーヴァダッタに対しては容赦がありません。一体どのような人物だったのでしょうか。
デーヴァダッタも最初はブッダの教えに共感した弟子の一人でした。彼はブッダよりも20歳ほど若く、ブッダの従兄弟であったと考えられています。
あるとき、ブッダの留守中、デーヴァダッタはマガダ国という大国のアジャータサットゥ(阿闍世)王子から庇護を受け、かなり羽振りがいい様子でした。大きな後ろ盾を得たデーヴァダッタは、ブッダの後継者は自分であると考えるようになりました。そして、ある事件が起こります。
ブッダが集会で説法を行っているときのことでした。ブッダの説法が終わると、デーヴァダッタが前に進み出ていいました。
「あなた(ブッダ)も高齢になられました。この教団は私に任せて、余生を静かにおすごしください」
驚くことに突然の世代交代宣言です。もちろん、ブッダはこれを拒否しますが、デーヴァダッタもなかなか引き下がりません。繰り返し三度も主張するので、さすがのブッダもついに声を荒げて言いました。
「サーリプッタやモッガラーナ(ブッダの弟子でも代表的な人物)にさえ、任せていないというのに、お前のような者に任せられるか!」
まさに「仏の顔も三度まで」です。大衆の面前で恥をかかされたと思ったデーヴァダッタはこの一件の後、ブッダを恨むようになりました。そして、あろうことかブッダの暗殺を企てて亡き者にしようとします。しかし、これらの計画はことごとく失敗に終わりました。
すると今度は、アジャータサットゥ王子をそそのかし、クーデターを起こさせるために暗躍します。王子の父であるビンビサーラ(頻婆娑羅)王は熱心なブッダの支援者であったため、自分の後ろ盾をより強固なものにしようとしたのでしょう。
結果、ビンビサーラ王はアジャータサットゥ王子に王位を追われ幽閉されてしまいました。一方、デーヴァダッタは教団内で五つの極端な苦行を定め、これを守るよう強要しますが、またもブッダに拒否されます。
そして、ついにデーヴァダッタは修行者500人を連れて、ブッダの教団から独立したのでした。しかし、すぐにサーリプッタやモッガラーナが出向き、彼の留守中に「真実の道」を説いてデーヴァダッタとともに離れた修行者を連れ戻します。その様子に気付き激怒したデーヴァダッタはあまりの怒りに血を吐いたと語られています。
■デーヴァダッタの最大の問題点
ブッダを主軸に考えれば、デーヴァダッタの行動は後世の評価のとおりです。しかし、デーヴァダッタに視点を変えれば、行いの善し悪しはあるとしても、彼なりの主張が読み取れるのではないでしょうか。
例えば、とある会社の中堅社員が実績を積み、有力な顧客を獲得したとします。仕事に対する手応えもつかんでいる。そうなれば、「次は自分がこの会社を引っ張っていくのだ」という自負心も芽生えてくる。まして、リーダーはそろそろ引退を考えても不思議でない年齢になってきていたとしたらどうでしょう。
デーヴァダッタには自惚れもあったでしょうが、彼が「これからは若いオレの時代だ!」と主張するのも無理からぬ話です。まして、人前で叱責されたのであれば、プライドは大きく傷つき不満だって感じるでしょう。
実際、若い実力者が組織の世代交代を進めて、成功する話も耳にします。このデーヴァダッタの教団はその後も、ブッダの教団とは別の教団として残っていたという話もあるそうです。
デーヴァダッタの最大の問題は、ブッダに対して不満を持ったことではなく、自分の主張を退けられた後の行動でした。あのとき、ブッダから諭された言葉を受け止めて、自己の驕りを自覚することができていれば、彼もまた、優れた弟子の一人として後世に名を残していたことでしょう。
■上司への不満は「大人」の涙
上司もまた、「人間」です。職場でのポジションが違っても、完璧な存在ではありません。そんな人と人が付き合う以上、必ずそこに不満が生じます。大なり小なりみな、それぞれの不満を抱えながら働いています。
上司への不満がおさまらないあなたは、自分に対する責任感が強い「大人」なのかもしれません。アレコレと仕事のタスクをこなさないといけない、頑張っているのだけれども、どこかでボロが出てしまう、たちまちそこを上司に指摘される。
上司はミスを指摘するばかりで、何もしてくれない……するとどんどんと不満が募ってきます。あなたの責任感が「できない姿」を見せることをよしとせず、無理を続けた結果、心のSOSが上司への不満として表れているのではないでしょうか。
子どものころは悲しいことがあると、自然と涙が溢れました。泣くことで感情を発散させ、耐えることができました。けれども「大人」になると、理性で感情を抑えることが当たり前になり、いつの間にか「泣く」ことがすごく難しくなる。あなたの口から出る上司への不満は涙の代わりなのかもしれません。
■不満を覚えたときにやってはいけないこと
こんなとき、私たちはつい感情的になり、怒りや嫉みの感情に心を支配されてしまいます。
しかし、いくら不満があったとて、
•相手を陥れるような悪い策略を企てない
•ウソをつかない
•攻撃しない
結局、このような行いは身を滅ぼすばかりか、相手に自分の気持ちを正しく伝えることもできなくなってしまいます。
あなた自身を滅ぼさないために、カッとなって行動するのではなく、「やってはいけないことをやらない」ことがまずは大切です。それでも不満が消えなければ、次のブッダのことばを思い出してみてください。
怒らないことによって怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。わかち合うことによって物惜しみにうち勝て。真実によって虚言の人にうち勝て。
(『ブッダの真理のことば』223)
モヤモヤが少し落ち着いたら、不満を糧とする方法を考えてみましょう。
■不満は自分自身への「問い」である
デーヴァダッタは頭の良い人物だったと思います。しかし、プライドが高く謙虚さに欠け、その力を謀略を張り巡らすことに使用し、正しい方向に発揮することができませんでした。
ブッダに叱責されたとき、素直に「なぜ、私がダメなのかわかりません」と問うことができていれば、変わっていたでしょう。実はあの場面はデーヴァダッタ自身が良い方向に歩み出す好機でもあったのです。仏教が腹に落ちる瞬間というのは、意外と自分の心が乱れ、「問い」を持ったまさにそのときなのです。
私が、まだ仏教を学び始めて間もなかったころ、「仏教」というものがわかりませんでした。そんなとき、私の先生が言ったことばです。
「仏教には《答え》がある。にもかかわらず、私たちがその答えを導くことができないのは、問い方を間違えているからだ。正しい問いを立てられれば自然と答えはついてくる。だから、答えでなく問いを考えるのだ」
この先生は、高名な学者というわけではありません。平生は地方の住職をされている方です。この言葉も、おそらく先生自身が僧侶として生きる日々の中で感じたことでしょう。
ですから、仏教というより「先生の言葉」なのですが、今も私の中で残り続ける大切な問いです。
「不満」というのは、他者を通して私たちに投げかけられる、自分自身への「問い」の形です。
ここまでさんざんデーヴァダッタを「悪役」として語ってきましたが、彼は「悪役」であって「悪」ではありません。自身の行動をもって、私たちに驕ること、感情的に振る舞うことの愚かさを教えてくれる「先生」なのです。それはあなたの上司も同じかもしれません。
なかなかすぐに「問い(不満)」が晴れることはないかと思いますが、どのような「問い」が自分に投げかけられているのか考えること、それが不満を「学び」とする機会なのです。
そして、「問い」の幅が広がれば、今まで気がつかなかった心のSOSを整理し「不満」とは別の形で表現することができるようになるでしょう。
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浄土真宗(真宗大谷派)僧侶
新潟県長岡市生まれ。京都精華大学マンガ学部マンガ学科卒業。僧侶として仏道修行に励むかたわら、フリーのマンガ家・イラストレーターとしても活動中。
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(浄土真宗(真宗大谷派)僧侶 光澤 裕顕)
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