北海道のサンマ不漁は「ロシアの嫌がらせ」ではない…ウクライナ戦争前から続く「資源管理」という大問題
プレジデントオンライン / 2022年8月30日 13時15分
■日本の排他的経済水域内で取れたサンマはわずか6%
日ロ関係の悪化が、漁業に悪影響を及ぼしています。
まず、秋の味覚を代表するサンマです。北海道の東の沖合で、8月中旬から棒受け網漁が始まりました。棒受け網漁というのは、魚群探知機とサーチライトで群れを探し、集魚灯を使って網の中へ誘導する漁法です。
サンマの漁獲量は、昨年まで3年連続で過去最低を更新しています。漁場は次第に沖合へ移動していて、昨年の漁獲量のうち94%は、日本の排他的経済水域(EEZ)の外の公海で取れたものでした。
温暖化の影響で海水温が1℃上がると、魚にとっては10℃の上昇に匹敵するそうです。2℃上がれば20℃分です。好漁場だった海域に魚が寄り付かなくなって、漁場はロシア側へ異動していきます。
サンマの漁場となる公海は、根室の花咲港から東へ千キロ以上も離れています。しかも多くの船が、ロシアが主張するEEZを南から迂回(うかい)するルートを取ると決めています。ロシアのEEZを通過する直線ルートに比べ、距離と燃料代が3割増しになります。直線なら5日で往復できるところが、7日かかってしまいます。
根室東方沖は、日ロの双方がEEZだと主張している海域です。EEZ内を航行するのは自由ですが、違法操業があれば取り締まる権利が、双方に認められています。日本のサンマ漁船は、この海域でロシア側に拿捕(だほ)される危険を避けるため、迂回する航路を取らざるをえないのです。
■ウクライナ侵攻前から起きている問題
8月8日付の北海道新聞の朝刊が、経緯を説明しています。
【根室】全国さんま棒受網漁業協同組合(全さんま)は8日、道東沖サンマ棒受け網漁船によるロシア主張の排他的経済水域(EEZ)内航行について、ロシア側から7月に「直線的に、停止せずに進む必要がある」と指摘があったことを明らかにした。ロシア主張EEZ内で漁獲を疑われない行動を求めたものとみられ、全さんまは10日のサンマ漁解禁を前に漁業者に注意喚起した。
全さんま幹部が、根室市で開かれた漁業者に対する非公開の指導会議の後、明らかにした。ロシア側の指摘は日本側の問い合わせに対するものという。
全さんまはこの日の指導会議で漁業者に、ロシア側の回答を示した上で、EEZ内でのソナー使用や、蛇行など魚群探索と疑われる行動を取らないよう注意喚起した。八木田和浩組合長は「(違法操業の)疑義を持たれる操業はやめ、航行を十分に気をつけてほしい」と語った。
こうなった原因はロシアのウクライナ侵攻を巡って日本が非友好国に認定されたからだとする報道がありますが、事実ではありません。これは、一昨年から続いている事態だからです。
■ロシアに「送金」「書類送付」ができない事態に
私が水産庁の資源管理部に確認したところ、ロシアが主張するEEZ内において、日本の漁船が魚群を探索したことがあったそうです。漁はしていないというのですが、探索するというのは取ることが前提だと見なされても仕方がありません。
つまり日本側にマナー違反があったために、ロシア側は態度を硬化させた。拿捕される心配はないと私は思っていますが、日本の漁船はトラブルを恐れて、ロシアのEEZを迂回すると決めたわけです。燃料費も高騰していますから、そうやって増えたコストが小売り価格に上乗せされてしまうとすれば、残念なことです。
8月14日の日経新聞は、別の問題を報じています。
ここで〈この合意〉と言っているのは、日ロ間に4つある漁業協定のうち、「日ロ地先沖合漁業協定」のことです。おおむねこの記事の通りです。
すべての金融機関が制裁を受けているわけではありませんから、支払い手段として使える金融機関を探せばいいんです。必要な書類は、ロシアから来る分はスムーズなのですが、ロシア向けの国際宅配便サービスは制裁の対象なので、停止しています。そのため、漁業許可証を出してもらうための書類が送れないのは事実です。
しかし人が直接行き来することは可能です。工夫すれば、方法はいくらでもあるはずです。
■突然ロシアに突き付けられた「履行停止」
現在差し迫っている問題は、9月16日から北方四島周辺で行われるホッケ漁です。
ロシア外務省のザハロワ報道官は6月7日、日ロ間で結んだ「北方四島周辺水域操業枠組協定」(安全操業協定)の履行を停止すると発表しました。
「日本政府は、この協定が機能するために不可欠な、サハリン州に対する無償の技術支援の提供に関する文書への署名を遅らせ、協定に基づく支払いを『凍結』する方針をとった」
などと一方的に非難し、
「日本側がすべての財政的な義務を果たすまで、1998年の協定の履行を停止する決定を下さざるをえない」
と通告してきたんです。
■サハリン州の援助金と安全操業協定の関わり
突然のことでしたから、私はすぐ調べてみました。すると、日本がほぼ毎年ロシアに提供してきた「サハリン州経済改革促進等特別援助費」が、昨年度だけ支払われていないことがわかりました。
サハリン州の援助金は、安全操業協定の条文には含まれていませんが、北方領土周辺海域での安全操業のために、いわばセットとして作った仕組みです。協定の調印前の1997年12月にロシアが要求し、「安全操業協定によって漁場を奪われるのではないか」というサハリン州の漁業団体の不安を和らげるために日本が合意した経緯があります。「初年度限り」を想定していましたが、ほぼ毎年支出しています。
岸田内閣は私の質問主意書に対して、「サハリン州に対する支援が安全操業協定の実施の前提条件であるかのように両者を結び付け、一方的に『協定の履行を停止する』としたことは遺憾」と回答していますが、両者はセットになっていたのが実態です。
しかも、2021年度予算として計上済みだったお金です。役所というのは、なるべく年度末まで予算を執行せずに置いておく習慣があります。このお金も、年度末の3月までに払えばいいと思っていたら、2月にロシアがウクライナへ攻め込んでしまったため、支払いのタイミングを逸してしまったということでしょう。
だからロシア側は、「約束を守らないならば、安全操業協定を停止しますよ」と言ってきた。これが真実です。
■外務省は動き出しているが、間に合うか
そもそもこの協定は、北方四島の周辺12カイリ(約22.2キロメートル)内における、わが国漁船の操業に関する協定です。現状をロシア側から見れば、北方領土は自国の領土ですから、領海内での操業となります。自国の領海内で他国に魚を取らせている例はほかにないはずです。日本も、他国に対して全く認めていないことです。
ザハロワ報道官の発表に対して、松野官房長官は記者会見で、
「まず第一に、漁業関係者の操業の安全を確保するために全力を尽くしたい」
と言いました。ロシアは魚を取らせないと通告してきたのですから、「操業の安全を確保する」も何もありません。まったく的外れの答弁でした。
北方領土周辺水域内での操業に関して、日本は毎年ロシアと交渉して、漁獲量や支払う協力金の額を決めています。今年度分に関しても、漁獲枠はホッケやスケトウダラなど計2177トン。協力金は2130万円などの条件で、すでに合意に達しています。
ところが昨年度にサハリン州に支払うべきお金、その予算に計上されている「サハリン州経済改革促進等特別援助費」が執行されていません。そのため、ホッケ漁が実施できるかどうか、危ぶまれているのです。
9月16日から漁を始めるためには、8月中に許可証を取得しなければいけません。サハリン州との協力事業は、経済制裁とは別なのです。外務省は動き始めていますが、一刻も早くケリをつけ、漁業関係者を安心させてほしいものです。
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参議院議員/新党大地代表
1948年、北海道足寄町生まれ。拓殖大学政経学部卒業。1983年、衆議院議員に初当選(以後8選)。北海道・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、衆議院外務委員長などを歴任。2002年、斡旋収賄などの疑惑で逮捕。起訴事実を全面的に否認し、衆議院議員としては戦後最長の437日間にわたり勾留される。2003年に保釈。2005年の衆議院選挙で新党大地を旗揚げし、国政に復帰。2010年、最高裁が上告を棄却し、収監。2019年の参議院選挙で9年ぶりに国政に復帰。北方領土問題の解決をライフワークとしており、プーチン大統領が就任後、最初に会った外国の政治家である。
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(参議院議員/新党大地代表 鈴木 宗男 構成=石井謙一郎)
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