水を飲むのも躊躇する…長距離の陸上競技部で「女子ランナーの体重チェック」が異常なレベルにあるワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月1日 11時15分
■女子駅伝の強豪校ほど選手がガリガリである理由
中学、高校、大学の運動部・体育会には独自のしきたりや文化がある。衣食住をともにする寮生活は、その最たるものだ。
そうした閉じた世界の慣習の中で、とりわけ長距離を中心とした陸上部の女子ランナーがひどく嫌うものがある。それは指導者による「体重チェック」だ。ある元女性選手は「食べることが罪みたいな感じだった」と振り返るほどで、女子ランナーには過度なストレスとなっている。
日本摂食障害協会アンバサダーで元マラソン日本代表の原裕美子さんも現役時代の過度な体重制限により、過食嘔吐を繰り返した。現役引退後も体重制限のストレスの影響による摂食障害と窃盗症に苦しみ、スーパーなどでの万引きが止められなかった。
女子ランナーの過酷な体重制限の実態はあまり知られていない。
女子チームの多くは、体重をチェックすることで、選手たちを“管理”している。身長などから設定体重が決められており、それよりも多いと、罰金をとる実業団チームもある。指導者が、体重が重すぎる選手を問題視する理由は後述するが、いずれにしろ、罰則と説教を受ける。その両方が怖いために、多くの女子選手は、「測定日」に合わせて体重を調整することになる。
ある駅伝強豪高校では監督夫人が食事を手作りしており、朝・晩は寮で食べて、昼はお弁当を学校に届けてもらっていた。体重測定は1日2回あり、1回目は起床直後で、2回目は夕方の練習後。“問題”は日々の食事にあった。朝・晩の食事は残さないように先輩たちから厳しく指導されていたからだ。
幸い、監督は体重に関してさほど厳しいことを言わなかったが、選手からすれば「どうやって体重を管理するんだよ」という気持ちになるだろう。
高校駅伝を取材していると、強豪校ほど選手たちはガリガリな身体をしている印象がある。強いチームは寮生活をしていることが多く、日々の食生活も指導者が管理している。もちろん、体重チェックもあり、なかには故障をするとサラダしか食べさせてもらえないというチームもあるという。
■夜中3時ぐらいにこっそりと寮を抜け出して……
大学や実業団の強豪チームは寮生活となり、食事も提供される。その食べ方まで口出しする指導者は多くない。一方で、体重チェックは高校時代のように続く。
ある大学チームでは朝練習の前に体重チェックがあった。ベスト体重から「600g」増えると指導が入ったという。問題は月曜日の朝。日曜日は練習が「休み」となるため、月曜日の朝は体重が増えていることが多いからだ。
せっかくの休日も選手たちは気持ちが休まることはない。月曜日の朝に向けて、各自が体重調整をすることになる。夕方、サウナに行って汗を出す選手もいるという。それでも体重が減っていない場合はどうするのか。夜中3時ぐらいにこっそりと寮を抜け出して、ランニングやエアロバイクで体重を落としてから、朝練習に参加する選手もいるのだ。
![靴紐を結ぶランナー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/1/1200wm/img_01da23dca5ee54f1c13c993d616345e3605249.jpg)
ある元選手は、「測定をクリアするために、ご飯を食べなかったり、サプリメントを飲むための水をどうするか考えたりすることさえありました」と明かす。体重の数字は常に女子ランナーを苦しめていた。
実業団でも同じような体重チェックが続くため、悪夢は終わらない。1週間ほどのフリー期間があると、その間に体重が爆上がりして、そのままチームに帰ってこなくなる選手も出てくる。
体重チェックが厳しいため、ある元選手は、「体重を減らしてオリンピックで金メダルを取れるなら体重を減らします」と指導者に反発したことがあるという。指導者に意見できる選手はまだいいが、大半の選手は指導者の言いなりだ。
過酷な体重制限はランナーたちを徐々に蝕んでいく。
日本代表として世界大会で活躍した元選手は大学時代に過食嘔吐に悩まされていた。寮はトイレが共同のため、嘔吐すると他の部員にバレる可能性がある。その選手はジャージのなかに食べ物を隠し持ち、各自ジョグのときに無理に口に押し込んでは吐く、過食嘔吐を繰り返していたという。その選手が走った後には、嘔吐物があるため、仲間は知っていたのだ。
だからといって改善されることはなかった。その選手は実業団に進むも、ほどなく陸上界を去った。今回、その選手のかつてのチームメイトはこう憤っている。
「女性の体だから1~2kgは変動するじゃないですか。それすら許されない雰囲気があるんです。無理に押さえつけようとするから、それが大きなストレスになるんです」
体重チェックには比較的苦しまなかったという別の元選手もこう話す。
「引退した今でも体重測定は夢に出てきます。水を飲んじゃったという罪悪感で、深く眠れない日もありますね。常に体重を気にして、生活しないといけないので爆発するのも早い。そういう生活は何年ももたないですよ」
■鉄剤を打ちすぎて内臓ボロボロで走れなくなる
なかにはお菓子など間食をしていないか、ごみ箱をチェックする指導者もいるというから、選手たちのストレスは半端ではない。それどころか、指導者が選手の体形のことをからったり、なかには裸で体重計に乗せられていたというチームもあったようだ。
![友人とご一緒にランニング](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/c/1200wm/img_dc09d09d0554b090bd97597fe3316c2d1288681.jpg)
近年は体脂肪率などが測定できる体重計(体組成計)が普及しているが、いまだに「体重」がターゲットのままだという。
それはなぜなのか。ボディが軽いほうが速く走ることができるからだ。過度な体重制限は貧血や骨の強度にも影響してくるが、それは「鉄剤」でカバーする。サプリメントでの補給は当たり前で、なかには注射で投与するチームもある。あまり明るみに出ることはないが、「鉄剤を打ちすぎて、内臓がボロボロになって走れなくなってしまう選手もいます」と元選手は打ち明けた。
一方で女性は体脂肪率が15%を割り込むと月経不順が増え、10%以下になると無月経になりやすい。月経不順や無月経になると、骨がもろくなり、疲労骨折などが起きやすくなる。それなのに、指導者は選手の体重を徹底的に管理する。女子ランナーはそんな“矛盾”と戦いながら、水すら我慢して競技を続けている。
水分摂取が十分でないと、当然だが脱水症状になりやすい。老廃物が体内に残りやすく、疲れもとれない。スポーツ選手にとっていいことは何もないどころか、その状態でハードな練習を続けるのは非常に危険だ。それでも選手たちは水を飲むのも躊躇するような状況に追い込まれている。
鉄剤については、日本陸連が2018年12月に「鉄剤注射原則禁止」を打ち出した。さらに日本陸連は昨年2月にアスリートの身長・体重を非公開にすると発表。情報の収集も控えるように通達している。これは身長・体重を非公表とすることで、女子アスリートの過度な体重制限の防止と鉄剤注射の根絶につなげようという狙いもあるのだ。
■問題山積…体重の数値だけチェック、監督は男性ばかり
近年は女子ランナーを取り巻く環境は少しずつ変わり始めている。
しかし、取材をしていて感じることだが、指導者のなかにはウソをつく者がいる。たとえば「選手の自主性を大切にしています」と公言しながらも、その裏では選手たちを縛り付けているのだ。
体重チェックも同じ。「選手に任せています」と言いながら、厳しい体重制限を課しているチームはまだまだ少なくない印象だ。
![ランニング後の心拍数とパフォーマンスを測定する](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/3/1200wm/img_a3db832c0a474801ddf596c87846d2a4562396.jpg)
女性特有の悩みは男性の指導者には相談しにくい。しかし、女性の監督が非常に少ないのも問題になるだろう。昨年12月の全日本実業団女子駅伝に出場した全28チーム中、女性の監督は4人のみ。高校や大学に目を移しても、強豪陸上部の指導者は非常に少ない。昨年の全国高校女子駅伝に出場した全47チーム中、女性の監督は6人だけだった。
かつては体重をギリギリまで落として、世界大会で活躍した女子ランナーがいた。しかし、心身ともにボロボロになり、若くして燃え尽きてしまった。
過度な体重制限で、「常に喉が渇いていて、お腹が空いている。人間らしい生活が送れなかった」と元選手は漏らしている。
令和の時代になっても体重の「数値」だけでチェックするのは時代錯誤も甚だしい。指導者が意識を変えるだけでなく、選手自身も正しい知識を身につけて、健康的に強くなっていく道を探ってほしい。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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