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年金受給は何歳まで先送りしたほうがいいのか…利用者の少ない「繰り下げ受給」を専門家が勧めるワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月4日 13時15分

出所=『ほんとうの定年後』

老後にはどう備えておくべきか。リクルートワークス研究所研究員の坂本貴志さんは「年金は受給を遅らせる『繰り下げ』をすると、受給額を増やせる。利用者は少ないが、予定より長生きするリスクを考えれば、積極的に繰り下げを利用したほうがいい」という――。

※本稿は、坂本貴志『ほんとうの定年後』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

■結局、定年後にいくら稼ぐべきなのか

定年後の支出額は定年前と比較して大きく減少する。そして、60代中盤以降はなんといっても年金給付が受けられる。結局、定年後にいくら稼ぐべきなのか。すでに引退して労働収入がない2人以上世帯の家計収支の差に着目することで、定年後に必要な収入の額を導き出す。

家計の収入と支出を比較し、その差額を算出したものが図表1である。

若い頃から歳を取った時までの家計収支全体の推移をざっくりとみていてわかるのは、生涯を通じて家計の支出額と収入額は強く連動しているということである。つまり、収入が増えればその分支出を増やそうとするし、支出が増えるのであればその分稼ぐ必要が生じる。

家計の収入と支出には双方向に因果関係が働いている。こうしたなか、ここで着目したいのは、まず家計に必要となる支出額が先にあって、それに連動して収入が増減する流れである。なぜなら、40代、50代で教育費や住居費が急増することは、多くの世帯にとっては不可避であるからである。

データからは、特定の時期に個人が受け取る収入は、その時期に必要になる家計支出額に応じて決まることがわかる。人生で最も稼ぎが必要な時期があって、それに応じて高い報酬が支払われる日本型の雇用慣行は、こうしてみると実によくできた仕組みともいえる。

■月10万円程度の収入があればやっていける

定年後の家計に目を移していくと、仕事から引退した世帯の65歳から69歳までの収入額は、合計でおよそ月25万円となる。その内訳は、社会保障給付(主に公的年金給)が月19.9万円、民間の保険や確定拠出年金などを含む保険金が月2.7万円、そのほかの収入が月2.2万円である。一方で先述の通り支出額は32.1万円であるから、収支の差額はマイナス7.6万円となる。

壮年期には世帯で月60万円ほどの額が必要とされる労働収入であるが、定年後は年金に加えて月10万円ほど労働収入があれば家計は十分に回るということがわかる。

■夫婦共働きなら年金に頼る必要はない

月10万円稼ぐにはどのくらい働けばいいか。時給1000円の仕事につくのであれば、月100時間働く必要がある。この場合、たとえば、週4日勤務で一日6時間、もしくは一日8時間働くのであれば週3日勤務することになる。これが、時給1500円になれば同じ勤務体系でもう5万円追加で稼げる。

そこまで稼げれば平均的な世帯と比べても十分に裕福な暮らしができるのが現実なのである。また、黒字額も生じることから、働けなくなる頃に備えてさらに貯蓄を積み立てることもできる。定年後の年収額の中央値は100万円台半ばであるというデータがあるが、これは冷静に考えれば、多くの人にとってはその程度の収入で生活が営めるということにほかならない。

さらにいえば、夫婦がともに月15万円から20万円を稼ぐことができれば世帯で月30万円超の収入となるため、そもそも年金の給付を受ける必要がなくなる。厚生年金を含む公的年金の支給開始年齢はまもなく65歳で統一されるところであるが、同年齢は本人の意思で繰り下げあるいは繰り上げすることが可能である。

厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報」によれば、令和2年度における老齢厚生年金の繰り下げ率は1.0%。現状、繰り下げ受給を選択する人はごくわずかである。

年金手帳
写真=iStock.com/tamaya
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tamaya

■繰り下げ受給は長生きしてしまうリスクに強い

しかし、65歳以降も一定額の収入を無理なく稼ぐことができるのであれば、年金の繰り下げ受給はもっと積極的に検討してよいのではないか。

2020年5月に成立した年金制度改正法においては、年金の受給開始時期の選択肢の拡大が行われ、年金の受給開始時期を60歳から75歳までの間で選択できるようになった。さすがに75歳まで繰り下げられる人は少ないだろうが、自身の可能な範囲で年金の受給年齢を遅らせることで、高齢期の生活をより豊かなものにすることができる。

高齢期の家計における最大のリスクは、当初の予定より長生きしてしまう可能性にあると言える。もちろん、このリスクに対応するためにストックとしての貯蓄をするという選択肢や、投資によって資金を増やすという選択もあり得る。

しかし、高齢期のリスクに対して最も有効な対策は、月々の収入のフローを増やすということではないだろうか。それにあたって最も信頼に値するのが公的年金であることに異論はないだろう。そう考えると、多くの人が現実的に取り得るあらゆる選択肢のなかで、最も人生のリスクに強い選択の一つが公的年金の受給開始年齢の繰り下げだと私は考える。

■短命に終わることを心配しても仕方ない

もともとの年金受給額が月20万円の世帯の場合、受給開始年齢を70歳まで繰り下げると年金受給額が月28.4万円に増える。さらに、75歳まで延長すれば、月36.8万円に増える。ここまで年金受給額を増やすことができれば、老後のための蓄財はほとんど必要ないだろう。

もちろん、思いもかけず短命に終わった場合は、年金の受給年齢の繰り下げは結果としては損につながる。しかし、公的年金もあくまで保険である以上、これを損だと嘆いても始まらない。

リスクを最小化し、高齢期に安心して暮らせるために、働けるうちは働いて年金は働けなくなったときのために残しておくという選択肢は、多くの人がもっと積極的に検討してもいいと思うのである。

将来は年金財政が逼迫(ひっぱく)して年金がもらえなくなるのではないかという人もいるが、過度な心配をする必要はない。仮に、現在平均的な世帯で月20万円もらえている年金支給額が、年金財政の悪化によって月数万円程度減額となったとしても、このような対策を考えておけば平均的な家計は十分に持ちこたえられると考えられる。

■「現役時代と同じように稼げ」はあまりに酷

現代日本ではこれだけ高齢者が増えているのだから、定年を過ぎても現役世代と変わらず稼ぎ続けてもらう必要があるのではないか。そういう声も近年では高まっている。しかし、経済や財政の持続可能という観点からみても、定年後に「小さな仕事」で月10万円から十数万円程度の所得を稼ぐ人が増えていくことは、社会的にみても大きな意義がある。

支えられる側から支える側になってほしい。こうした考えは財政が危機的な状況にまで逼迫している現在の状況にあって、政府の切実な願いであるし、その気持ちはよくわかる。

たしかに、定年後にあっても現役時代と変わらずに稼ぎ続けてくれることは社会的にも理想である。しかし、すべての人に現役時代と同程度の働きを要求するのは無理があるのではないかと思うのである。

実際に、定年後も変わらずにバリバリと働き続けられる人はそこまで多くはない。であれば、大多数の人には定年後の十数年間において、自身が食っていけるだけのお金を稼いでもらい、社会的に支えられない側になってもらうだけでも、それはそれで十分に大きな貢献なのではないか。

■無理なく働くことが社会的にとっても重要

長寿化が進む現代において、家計のライフサイクルがどのように変化しているのかを模式的に表したのが図表2となる。

【図表】家計のライフサイクルの変化
出所=『ほんとうの定年後』

寿命が延びた分、新たに稼がなくてはならない部分は図表2の三重線の部分になる。この時期は子供の教育費も住宅関連費用もさほどかからない時期で、寿命の延伸によって新たに必要となる負担というのは実はさほど大きくはない。

坂本貴志『ほんとうの定年後』(講談社現代新書)
坂本貴志『ほんとうの定年後』(講談社現代新書)

もちろん、高齢化によってどうしても働けない人も増える。それは社会全体の生産性の向上によって吸収していかなければならない。しかし、実際には、定年後の就業者が支える側にまで回らなくても、大半の人が定年後も無理なく働いてくれれば、財政的にも十分にやっていける。

定年後から健康寿命までは無理なく仕事を続け、年金に頼らず自分でその支出を賄えるだけの収入を稼げば、日本の経済は十分に持続可能なのである。

定年後にたとえ多くなくとも自身ができる限りの仕事で一定の稼ぎを得ることが、個人の生活にとっても、社会にとってもいかに重要であるかということをここで強調しておきたい。

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坂本 貴志(さかもと・たかし)
リクルートワークス研究所研究員/アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。著書に『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)、『ほんとうの定年後』(講談社現代新書)がある。

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(リクルートワークス研究所研究員/アナリスト 坂本 貴志)

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