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【追悼・稲盛和夫氏】なぜ大事な相手の接待に「牛丼の吉野家」を選び、牛皿をゲストと分け合ったのか

プレジデントオンライン / 2022年8月31日 18時15分

俺の株式会社 坂本 孝社長(撮影=永井 浩)

【編集部註】稲盛和夫氏の逝去を受けて、過去の掲載記事を再配信します。本稿は、雑誌「プレジデント」(2014年7月14日号)の掲載記事を再編集したものです。肩書きなどは原則として掲載当時の内容となります。

■「その人のことを好きになりなよ」

業種や時代を問わず、経営に必要なのは、「出会い」と「気づき」です。大きな何かを見逃していた過去の自分が、あるときそれに出会い、「そうなんだ!」「もうちょっと早く学べればよかった」と気づくわけです。

人は誰でも「俺が、俺が」になりがち。人より余計にお金が欲しいし、いい服を着ていい車に乗りたい。だけど、社長業には「周りの人を第一に考えなきゃいけない」という鉄則があります。そこに気付いて、「ああ、そうだよな。運命共同体の社員も自分と一緒に満足して幸せにならなきゃいけない」と思えるかどうかが肝要なんです。

僕が「稲盛フィロソフィ」に出会ったのはブックオフ創業後ですから、50歳を過ぎていました。しかし30代で入塾した塾生たちは、「稲盛フィロソフィ」や塾長の言葉を僕よりも知っています。盛和塾でそれについて書いてみろと言えば、原稿用紙で100枚くらいサラサラ書ける塾生もいます。ところが、その多くは現場の経営に反映させることができていません。

時々、若い塾生に「経営者として何をすればいいのか?」と聞かれると、稲盛塾長は「社長として惚れさせてみさせんか」と。社員に「この社長のためだったら命をかけてもいいと言わせてみろ」ということです。実は、肝心なことってこれだけなんですよ。

では、そのために何をどうするか。もちろん、社内のコミュニケーションが大切ですが、部下から聞くだけ聞いておいて、結局は自分の考えを押し付ける経営者は多いし、相手に猜疑心を持っていたら、絶対にコミュニケーションなど取れません。

実は、やり方は簡単。稲盛さんいわく「その人のことを好きになりなよ」。

「いやぁ、前から酒、飲みたかったんだよ。乾杯!」。カチン。これでいいんです。「おまえのこと大好きだよ」という表情で「俺も刺し身は好きだから。マグロ、食うかい? この店の、美味いんだよ」って。相手のことを好きになるだけで、コミュニケーションというのはガーンと変わります。

稲盛さん自身にも、そういうところがあります。皆がいる場に躍り込んできて「みんなで飲もうよ」とやったら、誰でもイチコロですよ。京セラの各工場には専用のコンパ室があって、上役も新入社員も車座になって飲むんです。僕も2度ほど参加しましたよ。

僕は飲食店を始めるまで、料理人というのは頑固で偏屈で酒飲みで喧嘩っ早くて、「『会議なんて俺は出なくていい。包丁1本でやってきたんだから』という奴が多いに違いない」と思っていました。

ところが、稲盛さんに学んだ「人のために汗を流すこと」「人のために尽くすこと」「誰にも負けない努力」などを、店の料理人に一つひとつ丁寧に話すと、瞬時に伝わるんです。驚きましたね。そのスピードは、ブックオフのときの5倍、10倍でした。

■自分が相手を好きになれば、相手を惚れさせられる

修業を積んできている彼らは、何が世の中で必要か、何が正しいかが経験でわかる。僕も話すときにはその人を好きになる。相手の目を見て「そうなんだよね。もしかするとこの間、俺、悪いこと言っちゃったかもしれないけど、ごめんね。今度は気をつけるからね。乾杯しよう!」「ほら、好きな刺し身があるよ」と。これでいいんです。たった10分間。自分が相手を好きになれば、相手を自分に惚れさせることができるんです。

稲盛さんは塾生の前で、酔って帰って奥さんとモメて、「そんなことでおまえを嫁にもらったわけじゃない」「出てけ!」って怒鳴った、という新婚当時の話をされたことがあります。そのとき、奥さんは本当に出ていっちゃった。稲盛さんはその後を追っかけて、木造アパートまで連れ帰って「ごめんね、ごめんね」と謝ったそうです。

そんな経験は誰でもありますし、そんな嫁を追わない男もいるでしょう。だけど、稲盛さんは「しまった、と思ったら追え」「自分の失敗はすぐ謝れ」「二度としませんから、と言え」と教える。例えとはいえ、そういう自分の姿を隠さずマイクで話すわけです。外部にも漏れちゃうのに。普通はそんな話、できないでしょう? これをナマで直接聞いたら皆が信者になりますよ。人間・稲盛の赤裸々な実話ですから。

■ラモスも府知事も吉野家で牛丼

今、世の中で一番必要なのは「GNN」と「TTP」。GNNは「義理、人情、浪花節」で、TTPは「徹底してパクる」(笑)。これがある会社は絶対に伸びます。僕は「飲食の京セラ」になりたいし、ブックオフの頃も「古本屋の京セラ」でありたいと思っていたので、今も京セラや稲盛さんの真似をしています。

ただ、それも実地で真似しなければ意味がない。しかし真似には相当な技術が要ります。例えば、ある店の美味い蕎麦と同じものを、別の店のそば職人が作ろうとしてもなかなかできない。フランチャイズもそう。加盟店に「本部の優秀店舗がやっていることを真似ろ」と言っても、優秀な加盟店なら一生懸命真似ようと努力し続けるが、そうでない店は勝手なやり方をした揚げ句、ほかに行っちゃうんです。

稲盛さんの“実践”例を一つご紹介しましょう。あるとき、稲盛さんがサッカー選手のラモス(瑠偉、元サッカー日本代表)さんを食事に誘ったのですが、訪れたのは牛丼の吉野家だった。最初はそれぞれ「並・ツユだく」を食べ、その後「牛皿」1皿を追加して2人で食べた。一つずつ食べていくと最後の一切れが残る。稲盛さんは「どうぞどうぞ、お食べください」と勧めるわけです。そこまで言われたら、相手は食べますよ。残った一切れを自分にくれたことに恐縮しながら。

これ、凄いでしょ。当時、「並」は380円、「牛皿」が120円だったと思いますが、このコストで相手に「自分のために大切な時間をつくってくれた」という印象が残るんです。別の機会に京都府知事を招いたのも、吉野家だったそうです。僕なんかがやったら蹴飛ばされそうだけど、稲盛さんがやるとサマになりますね。

どんなにいいことを知っていても、実際に真似したり実践する人は少ない。でも稲盛さんは、「費用を最小に、効果は最大に」という誰もが知る言葉を、このような形で実践しているんです。肝心なのは、こういう話を「知っている」だけか、実際に自分も「やっている」か。実践し血肉化していけば、組織も活性化していきます。

もっとも盛和塾でも、「誰にも負けない努力」「人間として最も必要なことは人のために尽くすことである」といった稲盛さんの言葉を、自社の社員にそのまま話しているだけの塾生もいます。「おまえたちさ、経営者のつもりになってみろ」「社長になったつもりで働け」「社長のつもりになって勉強しろ」とか。でも、それは単に他人に要求しているだけなんですね。社員は経営者じゃないですよ。まずは自分からやらなきゃ。

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坂本 孝(さかもと・たかし)
俺の株式会社 名誉会長
1940年、山梨県生まれ。諸事業を経て90年、ブックオフ創業。91年、ブックオフコーポレーション設立。2007年同社退社、09年バリュークリエイト(現俺の株式会社)設立。11年、東京・新橋に「俺のイタリアン」オープン。その後もフレンチ、和食バージョンを次々と展開。2022年1月に死去。

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(俺の株式会社 名誉会長 坂本 孝)

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