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ウクライナだけでなく、ユーラシアも支配する…娘を爆殺された「プーチンの教祖」が解説する大統領の野望

プレジデントオンライン / 2022年9月2日 12時15分

2022年8月23日、モスクワのオスタンキノTVセンターで、前週に自動車爆弾の爆発で死亡した娘ダリヤ・ドゥーギナの告別式に出席したロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏。 - 写真=AFP/時事通信フォト

ロシアの著名思想家アレクサンドル・ドゥーギン氏の娘ダリヤ・ドゥーギナ氏が、8月20日、モスクワ郊外で自動車ごと爆殺された。この車をドゥーギン氏が利用する予定だったことから、犯行はドゥーギン氏を狙ったものとみられている。ドゥーギン氏とは一体どんな人物なのか。ロシア思想を専門とするフランス人哲学者、ミシェル・エルチャニノフの著書『ウラジーミル・プーチンの頭のなか』(すばる舎)より紹介する――。

■プーチンを知る上で重要な「ユーラシア主義」という野望

ウラジーミル・プーチンがまだロシアの大統領代行だった2000年、「ロシア 東側諸国の新しい展望」と題された記事で、このように言っている。

「ロシアは自らをユーラシアの国であると認識してきた。私たちはロシアの大部分がアジアの中に位置しているという事実を忘れたことはない。しかし、私たちがこれまでその事実を有効に活用してこなかったことも確かである」

つまり、これからのロシアはヨーロッパではなく、アジアの方を向いた政策に切り替えていく、という姿勢がここで示されたのだ。アジアへの歩み寄りはある計画の始まりを意味する。

ヨーロッパに対抗するような新たな勢力をアジアと協力して作り上げる、という計画だ。ヨーロッパともアジアとも異なる新たな枠組み、ロシアを中心としてヨーロッパとアジアにまたがる地域、つまりユーラシア地域をロシアが支配するという、「ユーラシア主義」のことである。

■なぜシベリアやロシア極東地域の発展を最優先したのか

13年後、大統領としての第3期目が開始した日、プーチンはその新たな一歩を踏み出す態度を表明している。

「私たちは長く困難な道を共に歩もうとしています。私たちは自分自身や自分たちの力に自信を持ち始めました。これまで私たちは国を強く育て上げ、大国としての誇りを取り戻したのです。全世界がロシアの復活を目の当たりにしているのです。(……)私たちはあらゆる手を尽くしてさらに前進してまいります」

いったい彼は何を目標として前進していくというのか。それは、「リーダーとしてユーラシアを束ねていく」ということだ。しかし、この後プーチンが具体的にどのような計画を打ち出すことになるかなど、誰にも予測できてはいなかった。

一人プーチンのみがそれをほのめかしていたのである。

「これから数年間のうちに起こることは、さらにその先、数十年のロシアの行く先を決定する重要なものごとです」。

プーチンの壮大な計画が示されることとなるのは、その年の終わりのことである。プーチンはこの時、シベリアやロシア極東地域の発展こそが、「21世紀ロシアにとっての最優先事項」であると語った。

こうして、東欧、アジア、極東・シベリアというユーラシア地域をまとめるリーダーとなる野望が示されたのだ。

■「ロシアこそがユーラシアを一つにまとめている」

ユーラシア主義の誕生は1920年代である。

ロシア革命の後、プラハやウィーン、ブルガリアのソフィア、ベルリン、パリといった都市へと移住していった思想家たちによって構想されたのだ。その代表者の一人が、地理学者で経済学者のピョートル・サヴィツキーである。

彼によれば、ウラル山脈によってヨーロッパとアジアとを分割するのは誤りであり、両者を合わせたユーラシアをアメリカ、アフリカに次ぐ“第三の大陸”と考える必要がある。その地域は一つのまとまりとして、「地理的に見た場合の独自の世界」を形成している。

そのまとまりが「ユーラシア」であり、ロシアこそがその中心となる。

サヴィツキーはその根拠として、植物相が共通していることを挙げる。ユーラシア地域は東から西にかけて、ツンドラ、タイガ、ステップ、砂漠といった地帯が絡み合い、三つの平原がそれらのユーラシア一帯を北から南までつないでいる。

このような条件下で、ユーラシアは植物相の観点からも一つの地域として見ることができるというのだ。地理的な起伏から言っても(ウラル山脈が便宜的にヨーロッパとアジアを分かつ「偽りの境界線」となっているのを除いて、この地域には大きな起伏は存在しない)、気候から言っても、この一帯には共通性が認められる。

ユーラシア大陸内では多様な要素が共存するだけではない。だからこそ、世界の中でユーラシアを地理的な一つの大きなまとまりとすることができるというわけだ。サヴィツキーはまた、ロシアこそがユーラシアを一つにまとめているとも言う。

「ロシア=ユーラシアは、旧世界(アメリカ大陸発見前の世界、ヨーロッパ・アジア・アフリカ)の中心である。この中心を取り払ってしまえば、ユーラシア大陸の辺境地域(ヨーロッパ、近東、イラン、インド、インドネシア、中国、日本)は『雑多な組み合わせ』に過ぎなくなる」

「ロシアは、ヨーロッパの国々の東と、『古い定義における』アジアの北に広がる広大な国で、ヨーロッパとアジアとをつなぐ重要な位置にある。ロシアこそがユーラシアを一つにまとめているという事実はこれまでも明らかであったが、将来、より重要な事実として認識されることになるだろう」

ユーラシア大陸が真ん中に配置された世界地図
写真=iStock.com/kosmozoo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kosmozoo

■プーチンの教祖・ドゥーギン

ユーラシア主義はソビエト時代には注目を集めることはなかったが、冷戦終結後、1990年代になって、再評価されることとなる。

そんな新たなユーラシア主義(ネオ・ユーラシア主義)の思想家の中で、最も有名な人物はアレクサンドル・ドゥーギンだ。

彼はまた、さまざまな誤解にさらされている人物でもある。預言者のような髭を生やし、真っ青な瞳を持つ風貌からくる印象も相まって、プーチンの「教祖」とも呼ばれることもある。2人の個人的交流はそれほど深くないようだが、プーチンがネオ・ユーラシア主義を熱狂的に持ち上げるメディアの影響をいやが応にも受けていることは確かである。

■ネオ・ユーラシア主義の中身

それでは、ネオ・ユーラシア主義の代表者であるドゥーギンの思想を見てみよう。

ドゥーギンの思想は、ユーラシア主義と極右的な思想とを混ぜ合わせたものだ。

2009年に書かれた『第四の政治理論の構築』と題された本の中で、ドゥーギンはユーラシア帝国の理想を掲げ、西側諸国の自由主義や民主主義と争う姿勢を表明している。内容を紹介しよう。

この本の中で彼は、「グローバル化した自由主義」が価値観の多様化をもたらし、「ポストモダン的な分裂を引き起こし、世界を破滅へと導く」と主張する。

「世界の若者たちは既に、破滅の一歩手前まで来ている。自由主義によるグローバル化が、人々の無意識に働きかけ、習慣を支配し、広告、娯楽、テクノロジー、ネットワークといったさまざまな分野に深く浸透している。その結果、世界の人々は自分の国や文化に対する愛着や、男女の違いを喪失し、人間としてのアイデンティティまでをも手放してしまっているのだ」

ドゥーギンの立場は、ユーラシア主義と極右勢力の掲げる「新しい社会秩序」の理論とを掛け合わせたものだ。それだけではない、神秘主義とメシア信仰の混在した思想も彼の特徴である。例えば、彼の著作のある章にはこんな題が付けられている――「反キリストの王国としてのグローバルな民主主義」。

彼によると、ロシアの進む道は二つに一つだ。悪しきグローバル化の波に飲み込まれるか、グローバル化への抵抗運動を主導していくか、である。

■「ウクライナをめぐり西側との争いは避けられない」

2012年以前のプーチンはまだどちらも選択してはいなかった、と彼は言う。

「ロシアの権力者(プーチン)は露骨な西欧主義を取ることはなかったが、かといって別の立場(スラブ主義、ユーラシア主義)を選択することもなかった。態度を決めかねていたのだ」

しかし、「いつまでも問題を先延ばしにしているわけにはいかない。今後の西側諸国との関係を決定づけるような決断を迫られる日がやってくるだろう」。

現在、かつてソビエト連邦の一員だった国々がロシアを離れてヨーロッパやアメリカの方へ歩み寄ろうとしている。そして、それらの国々をめぐって、ロシアは西側諸国と対立している。ドゥーギンはこのような事態を早くから予見していたのである。彼は言う。

「もしもウクライナとジョージアがアメリカ帝国の一員となったならば(……)ロシアの進める領土拡大の計画にとって大きな障害となるだろう」
「ロシアによるウクライナ併合を阻止するという、アメリカ陣営の目論見が既に始まっているのである」

一方、ロシアも2008年にジョージアへ侵攻したのを皮切りに、次なる一歩に向けて準備を固めた。「クリミア半島とウクライナ東部をめぐっての西側諸国との争いは避けることができない」、こう彼は結論づけている。

■ドゥーギンが見た大統領の頭の中

以上、簡単にドゥーギンの思想を紹介したが、私は彼に直接取材を行っている。

プーチンに影響を与えた哲学者について、彼に話を聞いたのだ。彼によれば、プーチンの中には、いくつかのイデオロギーのモデルが何層にも重なって存在している。

「まず、プーチンはソビエト時代に教育を受け、KGBで経験を積んだ、典型的な『ソビエト人』です。ソビエト人としての心性がプーチンの哲学思想の第1の層です。

ソビエト人としての彼は、資本主義世界が敵であるという世界観を持っています。この土台に重なる層として、ロシア革命後の移民たちによって展開された白軍運動、つまり帝政ロシアへの回帰を目指すナショナリズム・保守主義思想があります。

この思想の代表者としては、イワン・イリインが挙げられます。イリインはユーラシア主義と対立する思想家です。しかし、彼は独創的な思想家であるとは言えません。新しい考えを何も提示してはいないのです。哲学者としての彼は無能な人物です。イリインがプーチンへ与えた影響も限定的です。イリインは反共産主義者でしたが、プーチンはそうではありません。イリインはプーチンに思想的な影響を与えたというよりも、国内をまとめる技術を提供したに過ぎません。彼の思想は教養のない人々に向けた、教養のない人間によって生み出された思想なのです」

つまり、イリインの思想は権力に素直に従う人々を生み出すための道具というわけだ。ドゥーギンによればこれがプーチンの哲学思想の第2の層である。

第3の層として、ドゥーギンはジャン・パルビュレスコの著作や、ジャン・ティリアートの革命的ナショナリズム運動との交流から導き出した考えを披露している。キリスト教を土台とした保守主義連合への野望だ。

「プーチンはヨーロッパのキリスト教国同士の連合を実現させたいと願っています」

この野望の元となったのは、ロシアの哲学者ウラジーミル・ソロヴィヨフが提唱したとされる「保守主義的ユートピア」という概念である。

その理想は、キリスト教の価値を再認識したヨーロッパの伝統的な国々が集まり、「反キリストに戦いを挑む」ことである。それだけではなく、「ロシアがそれらの国々を主導して戦いを展開していく」必要があるというものだ。

セルビア・ベオグラード、2014年3月9日。セルビアの民族主義政党の支持者は、プーチンの写真を持っている
写真=iStock.com/Leko975
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Leko975

■最も重要な「第4の層」

ドゥーギンによれば、次の第4の層こそが最も重要なものである。

それこそがユーラシア主義なのである。

ユーラシア主義は、「他のイデオロギーとは全く別のものです。この理想はスラブ主義、特に第2世代スラブ主義と呼ばれる、コンスタンチン・レオンチェフやニコライ・ダニレフスキー、そして作家のドストエフスキーの思想が元になっています。

しかし、ユーラシア主義はスラブ主義よりも完成されたものです。ユーラシア主義の思想家たちはロシアの文化をより理論的に、より知性的に研究しています。ユーラシア主義はロシアの歴史の最も奥深いところにまで響く思想です。それは白軍や赤軍、帝政支持や社会主義、どんな立場にも当てはまる要素を持っています」

彼によると、ユーラシア主義は、歴史上のどのような時代にも有効な思想である。

「アメリカを中心とした西側諸国とユーラシアとの対立が激しさを増している中で、ユーラシア主義の思想は最も現代性のあるものなのです」

ドゥーギンによれば、プーチンは、ソビエト人としての心性、イリインの反共産主義・帝政支持、キリスト教に基づいた保守主義、そしてユーラシア主義、これらの要素を併せ持っている。

■ウクライナ侵攻の理由

また、忘れてはならないことがある。

これらの思想を持ちながらも、「国際舞台において、プーチンは現実を見据えた行動を取っている、ということです。だからこそ、ロシアという国が世界に対して強い影響力を行使することができているし、タイミング良くクリミア半島を併合することができたのです」

ユーラシア主義はプーチンの理想を体現するだけではなく、現実を見据えた戦略なのだ。アメリカの勢力に対抗する政治的な戦略として「プーチンはユーラシア帝国の建設を宣言したのです」

ミシェル・エルチャニノフ『ウラジーミル・プーチンの頭のなか』(すばる舎)
ミシェル・エルチャニノフ『ウラジーミル・プーチンの頭のなか』(すばる舎)

さらに、ドゥーギンはユーラシア主義をめぐって、ロシアとウクライナの複雑な関係を指摘している。「3年以内にプーチンは、ウクライナの一部、ドニエプル川右岸の地域をロシアに統合するでしょう」(インタビューはウクライナ侵攻以前に行われたため、ドゥーギンの予想は現実となった)

プーチンはウクライナを一つの国家として認めていない。プーチンにとって、キーウを中心としたウクライナの親ヨーロッパ地域は、「もはやウクライナという国を象徴する地域ではありません」

「これらの地域は民俗学的な意味においてはウクライナとしてのアイデンティティを残してはいるでしょうが」、もはや政治的な独立を手放してしまった、とドゥーギンは言う。

つまりユーラシア連合の実現にとって、ウクライナの親ヨーロッパ地域こそが、大きな障害になっている、ということである。

小林 重裕(こばやし・しげひろ)
1979年生まれ。フランス語翻訳家。國學院大學文学部哲学科卒業。訳書にナタリー・サルトゥー=ラジュ『借りの哲学』(共訳・太田出版)、ジャン=ガブリエル・ガナシア『虚妄のAI神話「シンギュラリティ」を葬り去る』(共訳・早川書房)、オリヴィエ・レイ『統計の歴史』(共訳・原書房)がある。

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ミシェル・エルチャニノフ 哲学者
哲学の教授資格と博士号を持つ。『死のテレビ実験 人はそこまで服従するのか』(共著・河出書房新社)、『レーニンは月を歩いた ロシアの宇宙主義者とトランスヒューマニストたちの狂気の歴史』(未邦訳)などの著書がある。2015年、本作にて「両世界評論賞」を受賞。現在、『フィロゾフィー・マガジン』の編集長を務めている。

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(哲学者 ミシェル・エルチャニノフ)

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