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「ロシア撤退」を完了させた企業は2%だけ…非友好国からビジネスを切り離すのが難しくなる3つの理由

プレジデントオンライン / 2022年9月5日 9時15分

2022年6月4日、ロシア・モスクワの閉店したマクドナルドの店舗前を歩く人々。米国の世界的なファストフードフランチャイズは2022年5月16日、プレスリリースで「ロシア市場から撤退し、ロシア事業を売却する手続きを開始した」と発表した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

ウクライナ危機後、ロシアから自発的に撤退する西側企業が増えていると報道されている。実態はどうなのか。亜細亜大学の久野新教授は「ロシアに進出している多国籍企業のうち、撤退を表明した企業は14%、完了させた企業は2%にとどまっている。西側の制裁やロシア側の報復により、撤退したくてもできないケースも多い」という――。

■多国籍企業による「自発的制裁」

2月にロシア軍がウクライナに侵攻すると、西側諸国はロシアとの貿易・金融取引などを大幅に制限する一連の対ロ経済制裁を発動した。こうした動きに呼応するように、ロシアでビジネスを展開していた多国籍企業もまた、現地事業の停止や撤退を次々と表明した。いわゆる企業による「自発的制裁(self-sanctioning)」である。

これら企業のなかには、西側の制裁の影響で現地でのビジネスが立ち行かなくなった企業のみならず、ロシアに対する抗議行動として、あるいは「ロシアに経済面で貢献し続けること」のレピュテーション・リスクを嫌って事業の停止・撤退を表明した企業もあろう。

企業の自発的制裁の動きに拍車をかけたのは、米国イェール大学のジェフリー・ソネンフェルド教授が2月末に公開した「在ロシア多国籍企業の撤退状況」に関するデータベースの存在だ。

■「恥の殿堂入り企業」リストの公開

研究者としてのみならず、経営者に対して企業の倫理的責任を問う活動家としても知られる同教授は、ロシアでビジネスを継続しようとする企業を「恥の殿堂入り企業」と命名。3月初旬にフォーチュン誌やワシントンポストに取りあげられると、データベースの存在は各国メディアやSNSによって一気に拡散され、教授の元には「撤退を表明した企業として自社の名前も加えてほしい」との要請が各国企業から殺到したとされる。

2月末の公開当初、データベース掲載企業はわずか数十社であったが、3月末には約500社、9月1日現在は1385社(うち日系企業は64社)にまで増えている。撤退状況の内訳は「現状維持」が242社(18%)、ロシアでの「新規投資中止または事業縮小」が331社(24%)、「事業停止」が499社(36%)、そして「撤退表明」が313社(23%)である。

イェール大のウェブサイト上では「1000社以上の企業がロシア事業を縮小・撤退」と大々的に宣伝され、また日本の報道では「ロシアから撤退した外資系企業は1000社を超えた」と誇張される場合もあり、あたかも多国籍企業のロシア撤退が順調に進んでいるような印象を与えている。

■より正確なデータベースの登場

ところで、イェール大学のデータベースには2つの問題点がある。第一に、掲載企業の網羅性の低さだ。たとえば日系企業。東洋経済の『海外進出企業総覧 国別編 2022年版』によると、2021年末時点でロシアに進出していた企業は161社とされるが、同データベースには64社しか掲載されていない。

第二に、ロシアからの撤退を実際に「完了」させた企業の数を特定できないという点だ。撤退を「表明」することと、現地子会社が保有する株式や権利を第三者に譲渡して(または会社を清算して)撤退を完了させることとのあいだには、大きな隔たりがある。

そうしたなか、在ロシア多国籍企業の動向を知るための、より正確なデータベースを構築・公開する取り組みがウクライナのキーウ経済大学(Kiev School of Economics:KSE)によって進められている。

KSEのチームはロシアの登記簿情報を日々監視し、撤退を表明した企業の現地法人の株式が第三者に譲渡され、撤退が「完了」したかどうかも確認している(※)。掲載された企業は2841社(うち日系は153社)とイェール大学の情報量を圧倒的に上回り、網羅性も高い。そこで以下ではまず、KSEの最新のデータを用いて多国籍企業の撤退状況を確認したい。

(※)ロシアに現地法人をおかず、フランチャイズ契約などにより間接的に事業を行っていた多国籍企業(一部外食産業など)が当該契約を解消した場合、当データベースでは「撤退完了」でなく「撤退表明」に分類されている。また極わずかではあるが、KSEのデータベースには各国の非営利組織の撤退情報も含まれている。

■撤退を「完了」させた企業は2%

9月1日現在、ロシアで事業を継続している企業は1664社(59%)と全体の約6割、事業を停止し「様子見状態」の企業は720社(25%)である(次ページの図表1)。一方、撤退を表明した企業は406社(14%)、撤退を「完了」させた企業にいたっては51社(2%)しか存在せず、多国籍企業の撤退は必ずしも進んでいないことがわかる。

登記簿情報から撤退完了が確認された51社のなかには、米国のマクドナルドやオーチス(エレベーター製造)、フランスのルノーやソシエテ・ジェネラル(金融)などのほか、日系企業では、無線技術などを扱う電子機器メーカー1社が含まれている。

ルノーは100%子会社の株式に加え、出資していた現地自動車メーカー(アフトヴァース社)の株式68%もすべて売却した。後者は6年以内に買い戻し可能なオプション付きの契約であるが、ウォール・ストリート・ジャーナルによると売却価格はわずか1ルーブル、撤退に伴い同社が被った損失は23億5000万ドルとされる。

■虎視眈々と「後釜」を狙う中国企業

撤退状況は企業の国籍や業種によってバラツキがある。国籍別では、英国や米国など欧米企業との比較でアジア企業は撤退が遅れており、日系企業についても、撤退を表明または完了した企業の割合は4%と低い。

対ロシア経済制裁に参加していない中国の企業にいたっては9割以上が事業を継続しており、西側企業が撤退した後のビジネスチャンスを虎視眈々(たんたん)と狙っているようだ。

業種別にみると、「製薬・医療機器」では9割、「エネルギー」や「金属・鉱業」では7割以上の企業がロシアでの事業を継続しているほか、「電子機器」や「自動車」でも撤退を表明した企業の割合は1割弱と低い。特に「製薬・医療機器」分野では多くの多国籍企業が「人道的見地」からロシア市場での医療物資の供給を継続すると表明したが、それらが軍に流れていく可能性を懸念してか、「(一部の企業が)ロシアの戦争遂行を支援している」とキーウ経済大学は非難している。

【図表】国別・業種別の撤退状況

■そう簡単にはビジネス権益を手放せない

西側企業の完全撤退が進まないのはなぜか。以下では主な理由を3点指摘したい。

第一に、これまで収益面でロシア市場に依存していた企業にとっては、現地ビジネスの権益を簡単には手放したくないという切実な事情がある。ひとたび撤退すれば、ロシアや第三国の競合に顧客を奪われることは明らかだ。仮に将来、ロシア市場に戻るチャンスが訪れたとしても、一度奪われた顧客を取り戻すことは容易でない。

また西側政府は制裁の一環として、ロシアへの新規投資や軍事転用可能な物資の輸出などを禁止しているが、ロシアでの商取引を全面的に禁止したわけではないし、撤退に伴う損失を補塡(ほてん)してくれるわけでもない。

在ロシア米国商工会議所の会員向けアンケートによると、米国企業でさえ、85%の回答企業がロシア市場にとどまると表明している。西側諸国の消費者や投資家から注目を浴びないよう細心の注意をはらいつつ、できればロシアでビジネスを続けたいと考える企業は少なくないということだ。

■「サハリン2」への出資を継続した理由

第二に、特定の資源や物資の調達をロシアに依存している国(企業)にとっては、物資の安定供給の観点から、供給網をただちにロシアとデカップリング(分断)させられない場合もある。

たとえば8月5日、三井物産と三菱商事が参画していた極東の資源開発事業「サハリン2」の運営がロシアの新会社に移管され、両社は出資を続けるか否かの判断を迫られた。最終的には日本政府の要請もあり、液化天然ガスの権益維持の観点から両社とも出資を継続する方針を固めた。日本政府は対ロ経済制裁よりもエネルギー安定供給を優先させたのだ。

問題は第三の理由、つまり「撤退したいのにできない」ケースだ。国内で製造業が十分に育っていないロシアでは、生産・雇用・技術のあらゆる面で多国籍企業が大きな役割を果たしてきた。西側諸国による経済制裁に加え、国産品での代替が難しい産業で多国籍企業の国外流出が続くと、深刻な物不足、価格高騰、雇用悪化、そして最悪の場合、政権への不満につながる恐れもある。

こうした経済的・政治的リスクを回避すべく、ロシア政府は多国籍企業の撤退阻止にむけた対抗措置を次々と講じてきている。

曇天のクレムリン宮殿
写真=iStock.com/Oleg Elkov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleg Elkov

■撤退したいのに許可されない場合も

たとえばウクライナ侵攻から約一週間後の3月1日、日本を含む非友好国の企業がロシア政府の許可なしに株式や不動産を売却することを禁ずる大統領令第81号が発効した。8月5日には、資源・エネルギー・金融など重要分野の非友好国企業について、大統領の許可なく撤退することを禁止する大統領令第520号も発効した。

また現在、外国企業がロシアでの活動を停止する結果として雇用や生産に悪影響が生ずるおそれがある場合、国営銀行VEBなどが外部管財人として資産を接収することを可能にする法案も検討されている。多国籍企業が撤退を希望しても、ロシア政府の許可なしには撤退できないよう、外堀が着々と埋められつつあるのだ。

こうした政府の措置に加えて、ロシアの消費者に販売した製品・サービスの契約上の義務(サブスクリプションやアフターサービスなど)を無責任に放棄した場合、ロシアの消費者から損害賠償を請求されるリスクもある。ロイター通信によると、ロシアでストリーミング・サービスを一方的に停止したネットフリックス社は4月に集団訴訟を起こされている。

■西側の制裁のせいで撤退が進まないという皮肉

最後に、ロシア政府から撤退の許可を得やすい分野であっても、株式や事業の売却が順調に進まずに撤退できないケースも少なくない。

たとえば外食産業に注目すると、「バーガーキング」ブランドを運営する米国RBI社は現地法人の株式を売却する方針を3月に発表したが、依然として撤退できていない。本来であれば現地合弁パートナーのロシアVTBキャピタルが有力な売却先候補となるが、同社が西側の制裁対象となったことで、選択肢から除外せざるを得なくなった。

約800店舗のフランチャイジーであるアレクサンダー・コロボフ氏もまた合弁企業の株式を保有しており、このことが事態をさらに複雑化させた。ウクライナ危機後、RBIは所有する店舗を閉鎖するようコロボフ氏に要請するも、同氏は「一方的に営業停止や契約変更をせまる法的根拠はない」とこれを拒否、バーガーキングはいまだ店舗を閉鎖できずにいる。

8月31日、モスクワ駐在の知人に筆者が確認を依頼したところ、依然として店舗は営業中とのことであった(写真参照)。

現在もモスクワで営業を続ける西側チェーンの様子
写真=筆者提供
現在もモスクワで営業を続けるバーガーキングの様子 - 写真=筆者提供

KFCブランドを運営する米国ヤム・ブランズ社もまた、ロシアからの撤退に苦戦している。ロシア国内に同社の直営店は70店舗しかなく、その他900以上のフランチャイズ店舗はアムレスト・グループ(ポーランド系)やVTBキャピタル傘下のロシア系フランチャイジーによって運営されている。

このアムレスト社もVTBキャピタルへの事業売却を検討していたが、EU(欧州連合)もVTBを制裁リストに加えたため交渉は頓挫した。ヤム社とアムレスト社による売却先との交渉は続いており、多くの店舗は現在も営業中だ。バーガーキングもKFCも、「自国の制裁のせいで株式を売却できず、撤退できない」という皮肉な状況に直面したのだ。

■参入も撤退も速かったマクドナルド

外食産業のなかで最速でロシア撤退を完了させたのは、冷戦終結後のソ連(当時)にいち早く進出したマクドナルドであった。同社はロシア国内の850店舗のうちの8割以上を直営店として所有・経営しており、権利関係がさほど複雑でなかったことも幸いした。

マクドナルドは5月19日、ロシアからの撤退と25店舗のフランチャイジーであった実業家アレキサンダー・ゴボル氏への事業売却を発表すると、6月2日には政府から撤退の許可が下り、6月12日には後継ブランド「フクースナ・イ・トーチカ」が開店するという異例のスピードで撤退を実現させた。売却価格は「破格の安値」とだけ報道されたが、撤退に伴う損失は12億ドルに及んだ。

■日系企業は台湾有事にどう備えるべきか

ロシア政府による対抗措置の効果なのか、撤退を表明した多国籍企業は依然として2割にも満たない。その背景には、ロシアからの撤退を希望する企業の前に、あまりにも多くの困難が立ちはだかっているという現実もある。

消費者や労働者からの訴訟リスクを回避しつつ、また撤退時の自社技術や機密情報の流出の可能性にも留意しつつ、西側の制裁に抵触しない買い手候補を見つけ、売却条件について交渉・合意したのち、最後には自国政府と敵対するロシア政府から撤退の許可を得る必要がある。西側企業の幹部が国外に退避している場合、一連の意思決定を海外からリモート環境で下す必要もある。

有事の際、非友好国から企業が撤退するための道のりは長くて険しい。また「経済制裁」という伝家の宝刀を抜いた場合、無視できない規模の損失と負担が制裁発動国の企業にも重くのしかかることが改めて確認された。

地政学的リスクが高まるなか、次なる有事、すなわち台湾をめぐる有事の可能性もささやかれている。ロシアでの経験をふまえ、官民が連携しつつ、日系企業の中国や台湾からの撤退シミュレーションや具体的な戦略策定を早期に行っておくことが必要かもしれない。

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久野 新(くの・あらた)
亜細亜大学 国際関係学部 教授
慶應義塾大学経済学部卒業。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、経済産業省通商政策局(出向)などを経て、慶應義塾大学大学院経済学研究科に入学。同大学院にて博士号(経済学)を取得。2020年より現職。専門は国際経済学、特に国際貿易論、通商政策、グローバル化と経済安全保障など。一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)客員研究員、公益財団法人環日本海経済研究所(ERINA)共同研究員などを兼任。

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(亜細亜大学 国際関係学部 教授 久野 新)

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