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先輩に「いいえ」と返事するのは許されない…未来の自衛官の心を折る防衛大のハードすぎる生活

プレジデントオンライン / 2022年9月5日 15時15分

防衛大学校本部(写真=あばさー/PD-self/Wikimedia Commons)

心が折れてしまったとき、どのように立ち直ればいいか。元陸上自衛官のぱやぱやくんは「防衛大では、自衛隊を目指す優秀な学生でも途中で脱落してしまう人が続出した。三流高校出身で落ちこぼれだった私が通い続けられたのは、自分に期待するのをやめたからだ」という――。

※本稿は、ぱやぱやくん『弱さを抱きしめて、生きていく』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

■防大は「エリートますらお養成校」

防大は陸・海・空各自衛隊の幹部自衛官となる者を教育訓練する防衛省管轄の学校です。諸外国では、士官学校に該当します。もう少しわかりやすく言うと、防大は「自衛隊のリーダー育成」の学校です。自衛隊のリーダーになるためには、ざっと次の能力が求められます。

・厳しい環境でも乗り越えられる体力
・どんな時でも適切な判断ができる知力
・苦しい時でもへこたれない精神力
・メンバーを引っ張ることができる統率力

自衛隊は、有事の際には砲弾が飛び交う戦場に行く必要があるので、何事にも屈することがなく、任務遂行できる人材が求められます。防大はそうした究極のストレス下でも戦うことができるような有望な若者を集め、教育しています。

力強く立派な人を「ますらお」と言いますが、防大は「エリートますらお養成校」です。教育カリキュラムや生活面は一般大学とは比較にならないほど厳しく、心身ともに鍛えられます。

■重視されるのは整理整頓、服装の手入れ

「得意なことは得意」「苦手なことは苦手」と特徴がハッキリしている私が防大へ進学してどうだったか? もちろん、あっという間に落ちこぼれました。情けない話ですが、正直なところ学生生活初日で「この学校は卒業できないな……」と思ったのです。それほど生活のハードルが高く、厳しい学校でした。

防大では、あらゆる場面で厳格な規則が設けられています。たとえば、小銃などの武器をはじめ、爆薬などといった火薬類の管理。そういった武器類の紛失は、当然ながら許されません。たとえ訓練であっても、少しのミスで大事故に発展することもあるからです。

また、服装や規律の乱れは、「自衛隊は信用できない」という意見にもつながりかねず、国民からの信頼をすぐに失ってしまいます。ですから、「整理整頓」や「服装の手入れ」が非常に重要視されています。そうした事情から、未来の自衛隊幹部候補生は、かなり厳しく教育されていました。

■上級生への返事は「はい or YES」

そのため、防大の生活には細かいルールがたくさんあります。新入生が数日で覚えるのは不可能な量で、ルールを覚えるのにも神経をすり減らしました。帽子の置き方、布団の畳み方、本棚の整理などにもそれぞれルールがあり、自己流で置くと上級生から「どうして言われたことができない!」と厳しい指導を頂くことになります。

自分なりに思うところはあるものの、まずは組織に順応する必要があるので、返事も「はい or YES」しか回答できず、自信満々な「はい」や申し訳なさそうな「はい」を、私は繰り返していました。

基準も厳格です。「だいたいこんな感じかな」と曖昧な感じで行うと、上級生が定規を持ってやってきて「ここは何センチだ?」と問いかけるので、必ず守る必要があります。

「軍隊は要領」と言いますが、まさに防大も同じでした。こうした細かなルールの生活を、いかに少ない時間と労力で、要領よくこなせるかが生き残るために大切だったのです。器用な人は早い段階で指摘されなくなりますが、不器用な人はひたすら苦労します。

■頑張っても褒めてもらえない環境に心が折れる

私の防大生活は、たとえるならスーパーカーのレースに、農家のおじさんから借りてきた軽トラックで挑んでいるようなものでした。どんなにチューンアップや改造しても、軽トラックはもともと660ccしかないのでドンドン引き離されていきます。

競争するイメージのイラスト
写真=iStock.com/erhui1979
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/erhui1979

防大には「努力して当たり前」という不文律があるので、軽トラでレースを一生懸命頑張っても上級生や同期には「お前は頑張っているな」とは言ってもらえません。「こんなの簡単だろ!」「できないほうがおかしい!」と言ってくる人たちもいるので、私の心はすぐに折れたのでした。

そうして希望と夢に目をキラキラにして入校した私ですが、「寮生活」「運動」「学力」と落ちこぼれとなり、しょんぼりした犬のような顔になりました。

そういった経緯もあり、防大に入校してから1カ月ほどで「もう辛いから辞めようかな……」と考えるようになりました。あれだけ自信満々で強くなると誓ったのに「自分には何一つ才能がない」とネガティブモード全開になってしまったのです。

■「逃げるくらいなら早く辞めたほうがいい」

人は環境が変わって、劣等感を感じるようになると「自分には欠点しかない」と思うようになり、どんどん気持ちが落ちていく経験を、ここで初めて味わいました。

ただ、同期の新入生も学生生活について行けずに脱落者が続出していました。厳しい学校生活に耐えきれず、土日に外出した同期が帰ってこないで、小原台劇場からフェードアウトすることもよくあったのです。

そのような経緯もあり、当時の学内には「逃げるぐらいなら早く辞めたほうがいい。ここは厳しいところだから」という雰囲気があったので、防大を辞めることは簡単でした。

ストレスが限界になったある日、私は「対番学生」のKさんに「退校したい」と相談することにしました。対番学生とは「新入生をマンツーマンで面倒を見る二学年」のことです。新入生の生活をサポートしたり、アドバイスするポジションで、ゲームでたとえるなら「チュートリアルモード中のサポート役」といったところでしょう。

■先輩の優しい言葉も心には響かず

Kさんは正直なところ「デキる学生」ではありませんでした。どちらかと言えば要領が悪く、一学年の時は「避雷針」と言われるぐらい上級生に雷を落とされている人だったようです。

ただ、とても優しく、よく話を聞いてくれる人でした。

ある日の夜、Kさんに自分の悩みを話して「もう辞めようと思います」と伝えたところ、Kさんはこう言いました。「それは他人と比べているから思う悩みだよ。優秀な誰かと自分を比べる限り、君はずっと負け組だ。でも、昨日の自分と比べれば、君はずっと勝ち組だ。最初はできなかったアイロンも裁縫もできているし、成長は感じないか?」

漫画や映画ならばここで、K先輩に泣きながら言うでしょう。「その通りです! 自分、もっと頑張ります!」。そして、翌日から人が変わったように励み始めると思います。ところが、疲れ切っていた私は「そう思いますが疲れました。やっぱり辞めます」と天邪鬼を炸裂させました。にもかかわらず、Kさんは優しく「自分がみんなよりできることを1週間探してみな。なかったら辞めてもいい」と返してくれました。

まだまだヒヨコだった私は「そんなことあるわけないだろ。本当にKさんはクサイことばっかり言うよな。自分に酔ってるな」と思って、その日はさっさと寝ました。

■「自分は防大で最底辺だ」は勘違いだった

翌日からは「もう辞めるぞ」と決意し、冷めた態度で学生生活を送ることにしました。今までは気持ちを全開にやっていましたが、50%ぐらいにし、怒られないギリギリのラインでやることにしたのです。最後ぐらい学生生活をドライに見るかな……と思ったら、あることに気がつきました。

まず、冷静に同期を見ると「寮生活・運動・勉強」を人並み以上にできているのは10人に1人でした。空手部の同期は、運動はできても勉強に苦労し、勉強ができる同期は寮生活で苦労をしていました。彼と私は「人よりもちょっとでも優れた点があるから、なんとか頑張っている」くらいの差でしかなかったのです。

また、退校予備軍もかなり多かった印象です。同期の3分の1ぐらいは退校予備軍で、ギリギリで頑張っている状況でした。つまり「自分は防大で最底辺だ」と思っていましたが、上級生から見れば「その他大勢の新入生」に過ぎなかったのです。

「みんな苦しいのだな……」と思った時に私の心は少し気がラクになりました。

自分の期待値があまりにも高かっただけということに気がついたからです。

■優秀な同期ではなく、「昨日の自分」と比較する

ただ、それがわかったからといって不器用、勉強ができない、運動ができない、怒られてばっかりの三流高校出身の自分が卒業できるわけがない。そう思った時に一つの考えが浮かびました。

「こんなダメな自分が1年乗り切ったら面白いな」と。

勉強と運動ができ、要領がよい学生であれば、自分への期待値を高く設定できるので、「首席で卒業できたら面白い」と考えるでしょうが、私は落ちこぼれだったので「防大を卒業できたら面白い」と一気に目標を下げることにしました。

そして私は「こんな刑務所みたいな学校に、残っているだけですごい」という思考に変えました。むしろ、「できる同期はまともじゃない」と思うことにしたのです。

自分に対する期待値を大きく変え、「自分はできない人」という基準で物事を考えました。

比べる基準も「昨日の自分との戦い」にしました。周りの同期には勝てなくても、昨日の自分との戦いであれば勝てるはずです。結局、Kさんの言葉は正しかったのでした。

こう考えれば、他の同期がどんなに良い成績を取ろうが、賞賛されようが、私には関係のないことです。私はトップを目指しているわけではなく、1年間乗り切れば面白いと思っているので、乗り切ればいいだけです。

■弱さを認めたら、自分を責めなくなった

また、自分の居場所を見つけるために、「3分の1の退校予備軍の同期たちを励まそう」と考えました。この役割は学生生活が順調な人たちにはできません。これが私の役割だったのです。

そこから「この理不尽な学校をどうしたら楽しめるか?」を研究するようになりました。この発想は「自分はダメでどうしようもない」という視点がなかったら見つけられませんでした。私は自分の弱さを認めることによって、少なくとも『車輪の下』のラストのようにお酒に酔って、川に落ちてしまうことを防げたのです。

防大生活は毎日失敗しては怒鳴られ、時間もなく、ストレスフルです。そしてテレビも見られないので、基本的に娯楽がありません。

そこで私は「防大生活は喜劇だ」と考えました。「チャーリー・チャップリンの映画みたいなものだから、ミスしたら美味しい話ができたと思おう」とみんなに言ったのです。自分は喜劇の主人公だから、防大はあくまでもドタバタコントに過ぎないと思うようにしたのです。

ステージでスポットライトを浴びて演説する人
写真=iStock.com/tunart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tunart

■ルールを多少間違えたぐらいじゃ人は死なない

みんなで「貴重品のロッカーを閉め忘れていたら、激怒した上級生がやってきた。なまはげ祭りかと思った」「『渡る世間は鬼ばかり』よりひどい人間関係」などと茶化すようになりました。

すると怒られている時でも「これは美味しいネタになるかも……」と思えて、ネガティブなことを笑いに変えたり、視野を広げられるようになりました。笑いながら自分のミスを誰かに伝えると「実はオレも……」という話が出てくるので、同期との仲間意識も深まりました。

また、防大生活の数えきれないルールを完璧にこなすのは不可能なので、「覚えきれない自分を責めるのはやめよう」と自分に言い聞かせることにしました。細分化されたルールを多少間違えたぐらいじゃ人は死なないし、誰かに大きな迷惑がかかるわけじゃないからです。

結局のところ、防大は次のルールだけ守れば、多少はなんとかなることに気がつきました。

■四大ルールだけ守り、自分に厳しい考え方は捨てる

・事前の準備はする
・時間は守る
・嘘をつかない
・仲間を売らない

防大はこのルールを破ると一発アウトの致命傷なのですが、この四大ルールは一生懸命やっていれば、そうそう破ることはありません。ここを守れば細かいことは多少抜けていても、次から直せばいいだけです。

最後に「男は黙って辛いことに耐える……」「防大生なら我慢する」という考え方を捨てることにしました。私は「次の給料をもらったら辞める」「連休が終わったら辞める」「9月に辞める」と毎日のように「防大を辞める」と言っているような学生になりました。

ただ「辞めると言う人に辞める人はいない」というように、私と同じように「辞めたいな~」と言っている学生は、レベルはともかく残っていました。一方で、愚痴一つこぼさず愚直に頑張る同期はドンドン辞めていきました。

■辞めていった同期と私の大きな違い

その違いは、「気持ちの抱え込み」にあったと思います。「自分は強いヤツになるんだ!」という想いを持つほど、自分の感情とのミスマッチが生まれ、そのダメージが心に蓄積していったのです。彼らは強くなろうと頑張るほど弱くなり、最終的には心が折れて退校しました。

ぱやぱやくん『弱さを抱きしめて、生きていく』(PHP研究所)
ぱやぱやくん『弱さを抱きしめて、生きていく』(PHP研究所)

ただ私は強い自分を目指さなかったので、結果として残ることができました。「辞めたい」「辛い」という気持ちを隠さずにいました。そもそも「こんな生活で、辞めたくないというのは、人としておかしい」と、正直思っていたくらいです。

こうして私は「1年間乗り切ったら面白い」「1週間後に退校しよう」を延々と繰り返し、なんとか「もっとも厳しい」と言われる防大一学年を終えました。成績はあまり芳しくはなかったのですが、目標達成した嬉しさはありました。多分、まともに考えていたら辞めていたのではないでしょうか。

良くも悪くも、事態を正面から受け止めなかったことが功を奏したと言えるでしょう。

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ぱやぱやくん 元陸上自衛官
防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊にて幹部自衛官として勤務をしていたが、退職後にのら犬になった男。文章を書く事が好き。「意識低い系」で、自分が主役になるのが嫌い。ミリタリーよりもかわいいものが好き。名前の由来は、幹部候補生学校で教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。

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(元陸上自衛官 ぱやぱやくん)

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