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アメリカよりもインフレは深刻…「次の世界金融危機は欧州から始まる」とウワサされる理由

プレジデントオンライン / 2022年9月1日 18時15分

2022年7月21日、ドイツ・フランクフルトで開催された欧州中央銀行(ECB)運営理事会後の記者会見で発言するクリスティーヌ・ラガルド欧州中央銀行総裁。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■「落ち着く兆しは全く見えない」深刻な欧州の物価高

米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は、8月26日に米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)で講演した。その際、景気悪化といった痛みを伴ったとしても、インフレが抑制されるまで当面の間は利上げを継続するという方針を表明した。

一方、米国のインフレにはピークアウトの兆しが出てきている。同日に発表された7月の個人消費支出(PCE)価格指数は前年比6.3%上昇と6月(同6.8%上昇)から伸びが鈍化、前月比だと0.1%低下と2年3カ月ぶりに低下した。そのため、9月のFOMC(連邦公開市場委員会)での利上げ幅は7月の0.75%より小幅かもしれない。

いずれにせよ、FRBが当面の間は利上げを継続する方針が確認されたことから、金融市場では金利が上昇、ドル高と株安が進んだ。

こうした動きを受けて、欧州連合(EU)の中央銀行である欧州中央銀行(ECB)の高官は、9月8日に予定されている定例の政策理事会で大幅な利上げを実施すべきだという意見を相次いで表明している。

ECBは7月の政策理事会で11年ぶりとなる利上げを実施、引き上げ幅は0.5%ポイントと、元来利上げに慎重なECBにしては大胆な措置だった。それだけECBのインフレに対する危機感は強いが、8月のユーロ圏の消費者物価が前年比9.1%上昇と過去最高の伸び率を更新するなど、ヨーロッパでインフレが落ち着く兆しは全く見えない。

FRBが利上げ路線を維持する以上、ECBも利上げを進めないとユーロ安が進み、輸入インフレ圧力が強まる恐れがある。そのため、ECBの高官は相次いで大幅な利上げを行うべきだと発言し、投資家の期待の誘導に努めたのだろう。現に金融市場では、ECBが9月の定例理事会で0.75%ポイントの利上げを行うという観測が高まっている。

サイフのお金を数える
写真=iStock.com/cihatatceken
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/cihatatceken

■原因は「脱炭素化」と「脱ロシア化」

ここで2022年に入ってからのユーロの対ドルレートの動きを確認すると、一貫してユーロ安ドル高が進んだことが分かる(図表1)。

ユーロ安の幅は利上げの展望を一向に描くことができない円に比べればまだ狭いものの、今年に入って急速に進んだユーロ安は、ヨーロッパの経済が抱えている構造的な問題を反映した現象だといえよう。

円とユーロの対ドルレート
(出所)日銀、ECB

そうした構造的な問題の最たるものは、高インフレの根底にあるエネルギーの問題だ。EUや英国のインフレは日米に比べても深刻だが、それはヨーロッパ勢が「脱炭素化」と「脱ロシア化」の両立を目指しているからである。そのうち脱炭素化の要である再エネは、天候不良が続いていることもあり、近年は不安定な状況が続いている。

他方で化石燃料に関しては、ヨーロッパ各国が温室効果ガスの排出が多い石炭火力を排除する一方で、比較的クリーンな天然ガスの利用を進めてきた。にもかかわらず、天然ガスの最大の調達先であったロシアとの関係が悪化したため、EUは化石燃料の「脱ロシア化」を目指すと宣言し、第三国からガスの調達に努めるようになっている。

■経済を弱らせる「ユーロ安」と「資源価格高騰」の悪循環

安価なロシア産のガスの利用を止める以上、ヨーロッパ各国のエネルギー価格は上昇せざるを得ない。再エネの普及を図ろうにも時間がかかるし、気象や地形に左右されるため再エネは安定性に劣る。

高いエネルギー価格がヨーロッパ各国の景気を生産と消費の両面で悪化させることへの懸念が、ユーロ安に反映されているといえよう。

事実、ユーロ圏の経常収支は、これまで黒字であった貿易収支が化石燃料の価格の高騰による輸入額の急増で赤字になった結果、赤字に転じている(図表2)。

こうした動きは、実需面からのユーロ安圧力になっている。化石燃料の価格動向次第では、ユーロ圏では経常収支赤字がさらに拡大し、ユーロ安が促されることになるだろう。

ユーロ圏の経常収支
(出所)ECB

■くすぶり続けるイタリアの金利急騰リスク

エネルギーの問題に加えて、重債務国であるイタリアでくすぶり続ける金利急騰リスクもまた、ユーロ安要因になっている。

同時にこのことは、ECBが7月の利上げ時に表明した危機対応策TPI(伝達保護措置)が、投資家の信認を必ずしも得ていないことを意味している。つまり投資家は、TPIが実効性に乏しいと判断しているわけだ。

9月25日に実施されるイタリア総選挙では、「イタリアの同胞」党を中心とする右派連立政権が成立する見通しである。同党は反EUの立場であり、また拡張財政志向も強い。同党を中心とする右派連立政権が成立したのち、実際にバラマキ政策が行われるか定かでないが、財政悪化への懸念からイタリアの金利は他国より高いままだ(図表3)。

ユーロ圏主要国の長期金利
(出所)各国中銀

TPIは金利が急騰した国の国債をECBが買い支える政策であるが、発動要件が極めて厳しいという特徴がある。非常に簡単にいえば、EUの財政ルールに従っていても財政悪化した国でないと、TPIは発動されないという仕組みになっている。とはいえ、EUの財政ルールに従っていればそもそも金利は急騰せず、TPIは発動されないだろう。

ECBがこうした発動要件を設置した背景には、資産購入に批判的なドイツ連銀への配慮があるようだ。しかし、これではTPIが実効性に乏しいと投資家に判断されても仕方がない。中銀も脱炭素化に注力すべきとアピールするなど、何かとパフォーマンスが目立つクリスティーヌ・ラガルドECB総裁だが、市場との対話は必ずしもうまくない。

確かに、いつまで経っても進まない財政統合のツケをECBが払い続けるわけにもいかない。とはいえヨーロッパで金融不安が起きたときに、即効性がある政策を打てるのはECBだけだ。いずれにせよ、ラガルド総裁が満を持して発表したTPIは投資家の安心感にはつながらず、かえってECBに対する不信感につながったと考えられる。

■「大寒波」なら景気の下振れは必至

今冬のヨーロッパ各国ではガス不足が懸念されており、ドイツや英国では計画停電の可能性さえ叫ばれている。暖冬ならまだしも、大寒波に襲われた場合、ヨーロッパの景気には強い下振れ圧力がかかる。

そのリスクに備えて、ヨーロッパ各国はガスの備蓄と節制に努めている。いずれにせよ、ヨーロッパの経済は今冬に一つの山場を迎える。

EUは9月9日にブリュッセルで臨時のエネルギー相会合を開き、高騰した電力料金を引き下げるための措置について検討する。一定の基準の下で企業や家計に対して補助金を出すのだろうが、短期のうちに27カ国の全てが足並みをそろえるのは至難の業だ。それにこの政策では、問題の本質であるエネルギー供給の不安定は解決しない。

日没時の電気変電所
写真=iStock.com/pmiguel2
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pmiguel2

経済の苦境を冬になぞらえるなら、ヨーロッパの冬は厳しく、また長期にわたると考えざるを得ない。

「脱炭素化」と「脱ロシア化」の両立を目指す以上、ヨーロッパのエネルギーコストは短期的な増加は免れず、また中長期的にも高止まりするだろう。当然、ヨーロッパの産業競争力はその分だけ低下し、経済の成長力も失われる。

それに、これまでの利上げを受けて、頼みの綱であるアメリカの景気も先行き後退局面に入ることが確実視されている。

■欧州の金融不安が「危機の引き金」になりかねない

このように世界経済の成長が鈍化する状況の下で、ECBの危機対応策が機動力を欠いていることもあり、イタリアの財政問題に端を発した金融不安が、グローバルなショックの引き金になりかねない点に留意したい。

そうなった場合、ユーロは一段安を免れないはずだ。ドル高が続いた分、円が多少なりとも買い戻されるだろう。株価については、景気悪化への懸念が下押し要因になる一方で、金融緩和への期待が下支え要因になるかもしれない。いずれにせよ、さまざまなリスク要因がある中で、金融市場はボラタイル(大きな変動または乱高下の予想される相場のこと)な状況が今後も続くと予想される。

なお、ロシアとの関係悪化が嫌気されてヨーロッパの天然ガスの価格が一段高となった場合、日本がオーストラリアなどから得ている液化天然ガス(LNG)の価格にも上昇圧力がかかることにも気を付けたい。

契約の方式が異なるので影響は限定的なものになるだろうが、日本もまたヨーロッパの厳しい冬の影響から免れないのである。

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

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