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このまま中途半端な状況がいちばんいい…「中国から独立したいか」の質問に台湾人が即答を避けるワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月6日 9時15分

台湾の書店には日本の翻訳本も並ぶ - 筆者撮影

中国は台湾を取り囲んで軍事演習を行うなど、圧力をかけ続けている。台湾の人々はこの状況をどう感じているのか。ジャーナリストの姫田小夏さんは「中国から独立したいという気持ちが根底にあるが、かといって中国市場は無視できないという葛藤がある」という――。(後編/全2回)

■中国は怖くないが、独立したいとも思えない

(前編から続く)

8月初旬、中国は台湾を包囲し、大規模な軍事演習を行った。台湾市民は、阿鼻叫喚の大パニックになっているのではないかと想像したが、至って“どこ吹く風”だった。

8月16日に台湾の民間シンクタンク「台湾民意基金会」は、大規模軍事演習について世論調査(8月8日~9日、20歳以上の1035人が対象)を行った。それによると、78.3%が中国の軍事演習を「怖くない」と回答した。

今回の軍事演習はペロシ米下院議長の訪台直後に行われ、中国からの圧力が強まるのではないかと危ぶまれていた。しかし、台湾周辺での軍事演習は今に始まったわけではないこともあり、台湾の人々が「いつものことだ」と“慣れっこ”になっている様子が見てとれる。

また、このアンケートからは台湾人による「独立支持」が減少したことも分かる。3月の調査では52.7%だったが、8月には50%に減った。「両岸統一(台湾と中国の統一)」を支持する割合は、3月の16%から11.8%に減った。その一方で、「現状維持を望む」とする回答は3月の16.9%から、8月には25.7%にまで増えた。

これらの結果を総合すると、中国の威嚇は怖くないが、かといって「独立だ」ともはっきり言えず、現状維持を望む人が増えている状況が分かる。なぜ台湾の人々は「現状維持」を選ぶのだろうか。

■「台湾>中国」の立場が逆転した日

前編では、中台の経済関係に蜜月が訪れたところで話は終わった。その後、両岸関係がどうなったかについて触れておきたい。台湾と中国の実力の差に“逆転現象”が起き、台湾人の心の中に“モヤモヤ”とした感情が生じ始めるのである。この“モヤモヤ”は日米の国民にも共通するが、昨今のナショナリズムの高まりはこうした割り切れない感情と無縁ではない。

台湾で親中派といわれる馬英九政権(2008~2016、国民党)が発足し、さらに中台間のヒトモノカネの往来が活発化したまではよかった。ところが、台湾から大陸に人や資金が流れ込んだように、今度は大陸から台湾に向かって大波が逆流してきたことに台湾人は面食らった。

■マナーの悪さ、遠慮のなさに嫌悪感

象徴的だったのは、経済力をつけた中国人観光客だった。マナーに乏しい大陸の観光客が「台湾は遅れている」と率直な感想を述べ、大陸の資本が台湾のインバウンド市場に入り込み、ホテルや旅行会社、さらには土産店や土産工場までも根こそぎ買収した。そんな遠慮のなさを目の当たりにすると、台湾の人々の中国のイメージは急激に悪化した。

かつて多くの中国人観光客が野柳地質公園を訪問。一部のマナーの悪さに台湾人からは悲鳴が上がった
筆者撮影
かつて多くの中国人観光客が野柳地質公園を訪問。一部のマナーの悪さに台湾人からは悲鳴が上がった - 筆者撮影

「私の台湾の友人はみな、この頃から『私たちは中国人ではない』という強い意識を持つようになりました。中国への思いは急速に冷めてしまったのです」(都内在住で台湾出身の張玉英さん)

気がつけば台湾はいつの間にか中国に追い抜かれ、取り込まれ、中国の顔色を見るようになっていた。特に、習近平政権発足(2012年)以降は、台湾のみならずアジアの小国は中国を恐れるようになっていた。2017年に公開された中国映画『戦狼ウルフ・オブ・ウォー』は中国で大ヒットを記録したが、これに象徴される“攻撃的な外交スタイル”は世界の国々をおびえさせた。

台湾で売られているキーホルダー。近年、市民の間で「台湾アイデンティティ」が強まっている
筆者撮影
台湾で売られているキーホルダー。近年、市民の間で「台湾アイデンティティ」が強まっている - 筆者撮影

■中国からすれば「独立への既成事実を積み重ねている」

2016年に発足した民進党の蔡英文政権で中国との対立はさらに先鋭化した。2018年以降、対立を先鋭化させる米中関係の狭間で、台湾は米国に足並みをそろえ「サプライチェーンの脱中国」を政策として実行するようになった。新冷戦構造がさらに深化する2020年代、台湾は米中の二大国の覇権争いの渦中に置かれている。

「中国を封じ込めたい米国と、“抗中保台“を掲げる民進党政権が急接近している現状は、中国からすれば、台湾独立への既成事実を積み重ねているように見えます」

こう話すのは、清代末期生まれで、中華民国の世を生きてきたという祖父母を持つ旺志明さん(仮名)だ。“抗中保台”とは「中国に抵抗し台湾を守る」という意味を持つ。

■何度も米国に見捨てられた“苦い過去”がある

目下、米国議会は1979年に制定された「台湾関係法」を43年ぶりに全面的に見直し、「2022台湾政策法案」の成立を目指している。今年6月、上院の外交委員会が提出したその中身は「今後4年間で45億ドル(約6300億円)の軍事支援を台湾に提供する」というものだ。

旺さんは米台中の動きを注意深く見ている。

「米国は戦後、内戦で国民党が劣勢になると『国民党政府の腐敗によるものだ』と中華民国を見捨て、さらに1979年の断交で見捨てた。1952年のサンフランシスコ講和条約で台湾や澎湖諸島を日本に放棄させたが、その帰属先を『中国』だとは言っていない。米国には、台湾の地位をあえて曖昧にし、自国の国益につなげるという深謀遠慮もあったのではないでしょうか」

ちなみに、台湾民意基金会が行った「アメリカが台湾を守るために軍隊を送ると思うか」という調査に対して、47.5%が「信じない」と回答し、44.1%の「信じる」を上回った。そう簡単に“国益重視の米国”を信じない台湾人の「用心深さ」が滲(にじ)み出る。

■憲法改正したとたんに中国との戦争が始まる

とはいえ、台湾が中国と手を取り合うシナリオも現実味を失いつつある。中国は台湾統一を「平和的手段による一国二制度の実現」と構想するが、香港の今を見れば「一国二制度」は有名無実化している。習近平氏の時代が3期目に突入すれば、“暗黒時代”がこの先も続くことになる。

そうだとしても、その中国に台湾が背を向けるということは、「市場を失い、生活を失う」ことをも意味する。中国には世界最大の半導体受託製造の台湾積体電路製造(TSMC)やスマートフォンなどの電子機器を受託生産するホンハイが進出する。これ以外にも、コンピューター周辺機器やネットワーク通信設備などの電子産業や医療やエネルギーなどの分野に、台湾企業が裾野を広げた。

台湾にとって中国は最大の輸出市場であり、台湾は2008~19年まで、常に上位3位以内の中国投資国(地域)だった。一説によれば、中国の台湾企業は26万社あるといわれている。

しかしペロシ氏訪台をきっかけに、一部の「独立支持派」の台湾企業が中国からの制裁を受け取引が禁止される事態となり、今後の展開が危ぶまれている。

台湾製の靴。「メイドイン台湾」で産業競争力の強化に乗り出す
筆者撮影
台湾製の靴。「メイドイン台湾」で産業競争力の強化に乗り出す - 筆者撮影

さらに、難しい問題がある。憲法問題について、旺さんはこうも語っている。

「中華民国憲法では台湾は『台湾省』のまま。中華民国の主権は大陸全土に及んでおり、現状、その中の省を治めているという扱いです。憲法を改正しないことには独立もできないわけですが、改正したとたんに中国との戦争が始まる……。中華民国が台湾に渡ってきて70年余り、台湾の人々が過去の歴史にどう向き合うか、現実との狭間で非常に難解な命題を突きつけられているのです」

実際のところ、台湾ではこれまで7回にわたり憲法が改正されたが、陳水扁政権の2005年に行われた第7次の改正では、主権、領土、統独の問題には至らず、省政府の存廃も未解決の課題として残された。

■世界が対立を煽る中、冷静に現実を見ている

台湾の人々の“悲しい運命”というのは、「台湾は国なのか、そうでないのか」という根本問題の解決でさえも、米中の二大国の思惑に握られているところにある。台北出身で東京に在住する陳淑華さん(仮名)は、「戦後、多くの国が独立国になった。台湾も日本の植民地支配から解放されたが、いまだ国にはなれない。“誰か”から国だと認められない限り、国を名乗れないのでしょうか」と問いかける。

台湾の人々に残された選択肢がおのずと「現状維持」に傾くのは、上記の複雑な事情からだ。そんな市民の心に響くのは「小確幸(目の前の小さな幸せ)」。コロナ前に里帰りしていた張玉英さん(仮名)は、台湾市民の心情についてこう受け止めている。

「未来を展望することが困難な台湾人にとって唯一確実なのは、大切な家族とともに築いた“今の生活”。その生活を犠牲にしてまで台湾の人々が戦うとは思えない」

廟で祈る人たち。市民の心に響くのは「小確幸(目の前の小さな幸せ)」
筆者撮影
廟で祈る人たち。市民の心に響くのは「小確幸(目の前の小さな幸せ)」 - 筆者撮影

前掲のアンケートには「中国がいつでも台湾に対して戦争を開始することは可能だと思うか」という調査もあった。実に52.7%が「不可能」だと回答している。日本の世論調査では、台湾侵攻を「懸念する」と答えた日本人が75%以上に上っているが、台湾市民は心のどこかで中国は攻めてこないと思っているのだろう。対立を煽(あお)る米国や地元メディアとは対照的に、台湾の人々は冷静に現状を分析している様子が分かる。

台湾人であれ中国人であれ、「家族の団欒」こそが最大の価値であり、安定や平和をみすみす壊してしまう戦争など誰も望んでいないのである。

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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
フリージャーナリスト
東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。1990年代初頭から中国との往来を開始。上海と北京で日本人向けビジネス情報誌を創刊し、10年にわたり初代編集長を務める。約15年を上海で過ごしたのち帰国、現在は日中のビジネス環境の変化や中国とアジア周辺国の関わりを独自の視点で取材、著書に『インバウンドの罠』(時事出版)『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)など、近著に『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)がある。3匹の猫の里親。

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(フリージャーナリスト 姫田 小夏)

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