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優秀で高学歴なのに35歳過ぎまで安定できない…若手研究者を大事にしない「日本の大学」のブラックさ

プレジデントオンライン / 2022年9月7日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

日本の研究力が下がっているのはなぜか。脳神経科学者の毛内拡さんは「若手研究者は35歳過ぎまで安定したポストに就けず、ようやく教授になっても定年で退職しなければいけない。そのため、海外に研究拠点を置き、日本に帰ってこない研究者が増えている」という――。

※本稿は、毛内拡『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

■超ブラックの可能性を秘めている裁量労働制

若手博士が晴れて研究者として第一歩を踏み出した際の最初にして最大のハードルが、任期です。つまり、ポスト・ドクトリアル・フェロー(ポスドク)や助教として雇われるが、決められた期間しか雇われないという契約です。業績によっては契約延長ということもあります。

労働契約は、裁量労働制で、好きな時に働いて好きな時に休んで良いという聞こえの良い条件ですが、逆に言うと超ブラックになる可能性もあります。お給料が年俸制ということも少なくないので、時間当たりの給与に換算すると、「私の給料低すぎ!」という事態にもなりかねません。それでも暴動を起こさずに、黙々と仕事を続けているのは、自分の好きなことをやらせてもらっているという気持ちからなのかもしれません。

この任期の期限は、日本特有のものかといえばそんなことはなく、欧米の方がもっとシビアだと聞いています。欧米では、終身在職権のことをテニュアと言いますが、このテニュアを得るために熾烈(しれつ)な競争があります。アシスタント・プロフェッサーなどは、若くして研究室を任せられるキラキラした憧れのポジションではありますが、期間内に審査をクリアしないと、容赦なくクビになるそうです。

そのかわり、永久在職権を手に入れると、定年などにかかわらず、研究資金を得ている限りは、80歳だろうが90歳だろうが職が保証されるという日本とは異なるしくみもあります。

■お試し雇用中の若手教員は死に物狂いで働く

日本では、テニュアといっても結局定年があるので、教授になっても65歳など定められた年齢に達すると退職しなければなりません。長年、大学に貢献すると名誉教授という職位が与えられますが、それは名誉職であり、実質的には研究室は解散となります。

最近では、大学の教員も終身雇用ではなく、任期制を敷いているところが増えています。特に、若手教員をお試し的に雇用し、決められた期間内の業績を評価してからテニュアを付与する、テニュア・トラックと呼ばれる制度が利用されています。

これは、上述の欧米の制度を部分的に模倣したものと理解しています。雇う側の立場に立てば、確かに雇用したはいいけど全く仕事をしない人だと困るので、そういう制度を導入したのだと思います。しかし、このテニュア・トラックの審査は非常に厳しく、ようやく職を得ても最初の5年くらいは死に物狂いで働かなければなりません。

■最も脂ののった時期を不安定な足場で過ごす

年齢の話を時系列的に考えてみましょう。学位を取得するのが27歳で、5年ほどポスドクをすると32歳。30代前半で大学教員になる場合が多いですが、ここでさらに5年間の任期付職です。しかもその後、安定したポストが得られる保証もありません。

このご時世、安定した身分など存在しないに等しいですが、それでも35歳過ぎまで定職に就けないというのはなんとも辛い職業です。

ちょうど人生でも最も脂ののった時期で、結婚や子育て、家の問題や親の介護などいろいろなライフイベントが同時に降り掛かってくる時期でもあります。

コインの山の上に立つ人のフィギュア
写真=iStock.com/hyejin kang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hyejin kang

■研究後、帰宅してから本当の仕事が待っている

私自身は、博士課程の途中で結婚を決め、ちょうど30歳の時に子供が生まれました。

妻の育休が明けると、妻の方が仕事が忙しかったので、時間に比較的自由の利く私が育児を主に担当することにしました。理研の所内に開設されている保育所に子供を預けて、お迎えに行くという生活を1年間しました。この間も1年任期ではありますが、10時から17時までしか働くことができません。しかしおかげで、効率的に仕事するというのが骨の髄まで染みつきました。

その後、公立の保育園に移ってからも、8時に預けてから延長して18時までと、少しは仕事の時間に余裕ができたものの、子供中心で動いていたことは間違いありません。さらに、家に帰ってからが本当の仕事で、食事やお風呂や洗濯などさまざまな家事をこなして、疲れ切って床で伸びていたこともあります。

研究者は、裁量労働なので比較的働き方に自由が利くとはいえ、子育てなどと両立するのは大変です。生物系だと、生き物を飼育していることも多いので、その事情でどうしても土日出勤しなければならない状況もあります。

うちの子もようやく小学生になりましたが、低学年ではすぐに帰宅しますので、学童がお休みの時はやむを得ず子供を研究室に連れてくるとか、子どもが寝静まった深夜にひっそり実験をするとかするしかありません。子供が研究室に遊びにくることに寛容なところもありますが、もちろん危険もたくさんあります。

■男性の育児を応援することが「リケジョ」を助ける

私が勤めている大学は、比較的育児に寛容ですし、私自身が研究室を運営している立場というのもあり、比較的自由に子供が出入りしています。それでも、休日出勤した際などは、お留守番する我が子とオンラインで会話しながら実験をしていたこともあります。

学会や打ち合わせなどでの出張も一筋縄ではいきません。最近では、学会会場に託児所などが併設されている場合もありますが、割と料金設定が高く、研究費からは支出できないなどの問題もありました。現在では、少しずつ改善されていると聞いています。

毛内拡『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)
毛内拡『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)

広いポスター展示会場に、抱っこ紐で子どもをあやしながら発表している姿や、企業展示の中を走り回っている子どもなんかもいますが、それが認められるのは良い風潮だと思います。

リケジョという言葉が市民権を得ていますが、一般企業と同様に、女性研究者のキャリアパスを考慮する動きも増えています。もちろん育児をするのは女性だけではありません。男性研究者の育休を認める動きもあります。

私自身は、大学から育児支援の補助金を2年間いただきました。このお金で、研究を補助してくれる方を雇用して、私がいない間に事務作業などをお手伝いしてもらったことで、だいぶ身の回りが楽になりました。このように、男性の育児を支援することが、ひいては女性を支援することにも繋がると思うので、ぜひこのような取り組みが今後も増えていってほしいと願っています。

■ロックミュージシャンのようにギャンブル性が高い

高学歴ワーキングプアという言葉があります。せっかく青春時代を研究に捧げてPh.D.(博士号)を取ったにもかかわらず、思ったほど高給でもないですし、身分も安定しません。

世間からすると、研究者は好きなことをやっているのだからその代償だろうと思われることもありますし、親世代からするといつまで夢を追いかけてフラフラしているのかと叱責(しっせき)を食らうこともあります。

私自身、いつまで遊んでいるんだとか、好きなことができていいねなどと様々な声を浴びながらやってきました。

昔から、博士号は足の裏の米粒と揶揄されることが多々あります。つまり、「取っても食えない」です。ロックミュージシャンとしてバンドでやっていくと言えば、親族総出で反対されるのが相場ですが、博士になって研究者として食っていくと言えば、頑張れと言われるのが不思議です。しかし、その根っこは同じで、あまりにもギャンブル性が高いのが現状です。

■一流の研究者が帰国しないケースが増えている

国内で職を得られなかった研究者は海外に職を求めることになります。最近では、そもそも日本で就職することを初めから視野に入れずに、海外に活躍の拠点を置いている研究者も少なくはありません。昔は、そうやって海外で一流の技術を身につけた研究者が帰国して、また一流の弟子を育てるという良いサイクルがありましたが、帰国できない、帰国しない研究者が増えています。

中国では、海外の一流研究室で研鑽を積んだ研究者を、破格の高待遇で呼び戻す取り組みがありました。その結果、今では、国内で一流の研究室がどんどん質の高い研究を行っているだけでなく、国内で育った優秀な研究者を海外に派遣するという取り組みもなされているようです。

これは予算と制度の問題だと思いますので、我が国でも早急に改善されてほしい問題の一つです。

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毛内 拡(もうない・ひろむ)
お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 助教/脳神経科学者
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科 博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員を経て、2018年より現職。生体組織機能学研究室を主宰。脳をこよなく愛する有志が集まり脳に関する本を輪読する会「いんすぴ!ゼミ」代表。著書に『脳を司る「脳」』(ブルーバックス)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)がある。

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(お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 助教/脳神経科学者 毛内 拡)

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