「子どもをもう1人ほしい」という希望が打ち砕かれている…日本の少子化が加速する根本原因
プレジデントオンライン / 2022年9月8日 15時15分
■若い世代は厳しい経済・雇用環境に置かれている
2016年以降、少子化のペースが加速している。2015年に100万人を上回っていた出生数は、6年後の2021年には81万人となり、2022年は80万人割れが確実視されている。
個人の価値観が多様化するなか、結婚して子どもを持つことが当たり前という考え方が時代にそぐわなくなっていることは確かである。しかし、若い世代が置かれた経済・雇用環境が、結婚や子どもを希望する人から、それらの機会を奪っている可能性を無視すべきではない。
わが国は、バブル崩壊以降の低成長のツケを若い世代に結果として押し付け、彼らの苦境から目を背けてきた。そして、経済的理由から結婚や出産をあきらめる人がいたとしても、それは個人的な問題であるとして、政府が積極的な介入を避けてきたツケが、足元の少子化の加速として表れていると考えられる。
少子化急加速の要因と、若い世代が置かれた経済的苦境の一端をみてみよう。
■2016年以降の少子化の主因は「女性人口の減少」
わが国では少子化が叫ばれて久しいものの、2015年ごろまでの出生数(日本人)の減少率は年平均1.1%と比較的緩やかなものであった。それが、初めて100万人を割り込んだ2016年以降は、下げ足を一気に速め年率3.5%ペースで減少している(図表1)。
少子化加速の要因を明らかにするため、出生数の変化を女性数、婚姻率、有配偶出生率(15~49歳の既婚女性が子どもを出産する割合)の3要因に分解する要因分析を行った(図表2)。
![【図表2】出生数変化の要因分解](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/2/1200wm/img_72cdea17a4825d15849abb149f6cb67c226738.jpg)
その結果、2020年においても、依然として人口要因(女性数の減少)が、出生数減少の主たる要因であったことがわかる。ただし、人口要因による出生数押し下げへの寄与は以前に比べ小さくなってきている。
今後を展望すると、団塊ジュニア世代が出産期をほぼ脱したこと、そして出生数が減ることなく横ばいで推移した1990年代生まれの世代が出産期に差し掛かってきたことによって、出産期女性の人口減少ペースが緩やかとなり、人口要因による出生数の押し下げ効果は、徐々に小さくなっていくことが見込まれる。
■若い世代で有配偶出生率が低下している
2015年までは緩やかに減少してきた出生数が、2016年以降、急減に転じた背景として最も注目すべきは、これまで出生数の押し上げ要因であった有配偶出生率が一転、押し下げ要因となったことである。
押し下げ幅としては、人口要因に及ばないものの、2015年には2万人程度の押し上げ要因であったものが、2020年にはマイナス7000人の押し下げ要因となっており、そのプラスからマイナスへの変化が出生数の減少に与えた影響は小さくなかった。
なお、2005年ごろまでは婚姻率要因、すなわち婚姻率の低下が出生数減少の主因となっていたが、足元では非婚化・晩婚化が少子化に与える影響は小さくなっている。
政策当局者のみならず一般的な社会通念として、わが国では結婚さえしてくれれば、ある程度の出生数は見込めるという見通しがあった。その見通しの拠り所は、婚姻率の低下が出生数減少の主因であった1990年代から2005年ごろにあっても、有配偶出生率は出生数の押し上げ要因であり続けたことである。
そうした見通しを裏切る形で、2016年以降は有配偶出生率が出生数を押し下げる一因となったのである。年齢別に有配偶出生率をみると、20歳代女性で明らかに低下しており、これまで一貫して上昇傾向にあった30歳代も横ばいとなった(図表3)。
![【図表3】女性の年齢別、有配偶出生率の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/c/1200wm/img_5cc3f587fbdccbd2f126a1a84374a126231338.jpg)
わが国の少子化が、「有配偶出生率の低下」という新しいステージに差し掛かったということを認識しなければならない。
■子どもはゼロ、あるいは1人という夫婦が増加
有配偶出生率の低下には、大きく分けて2つの理由が想定される。
第1に、晩婚化、晩産化によって妊娠の適期を逃し、子どもが欲しくてもできない夫婦が増えている可能性である。しかし、2015年以降、女性の平均初婚年齢と第1子出産年齢には全く上昇がみられておらず、晩婚化等による有配偶出生率の低下は大きな要因ではないと考えられる。
第2の理由は、いわば「出生意欲の低下」と呼べる現象が生じている可能性である。たとえ結婚をしても、子どもがいらない、あるいは1人など、夫婦の希望子ども数が低下しているということである。
■「希望する子どもの数」はどの層でも右肩下がり
足元で若い世代の「出生意欲の低下」が進行していることを示唆するデータは、すでに国立社会保障人口問題研究所(以下、社人研)がおおむね5年ごとに実施している出生動向基本調査(以下、調査)にみることができる。
最新は2015年の第15回調査で、第16回はほどなく発表される予定である。直近の出生意欲の状況を確認するにはその発表を待つしかないが、第15回調査にも、若い世代の「出生意欲の低下」を示唆するデータがある。
図表4には、第15回調査までの男女別、未婚者の希望子ども数と夫婦の予定子ども数の推移を示した。未婚者の希望子ども数に関しては、結婚意思のある対象者だけに絞った状況も併記した。
![【図表4】既婚者の予定子ども数と未婚者の希望子ども数の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/1/1200wm/img_a105f364d770a33e970a930f79007851407638.jpg)
2015年の調査で最も大きな落ち込みがみられたのは未婚の男性で、1.74人となった。2010年調査では2.00人であった未婚女性も、2015年調査では1.88人まで低下している。結婚意思のある未婚者に絞っても、男性1.91人、女性2.02人と低水準であった。
2015年の調査で希望子ども数の低下がみられた世代が、その後結婚、出産期を迎え、足元の低い有配偶出生率をもたらしていると考えられる。
■「子どもをつくらない」理由は経済・雇用環境
出生意欲の低下をもたらす最大の要因は、若い世代の経済環境の悪化と考えられる。
図表5に示した通り、社人研の第15回調査によれば、妻の年齢が30〜34歳の夫婦では、理想子ども数まで子どもをつくらない理由として、およそ8割が「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」を選択している(複数回答可)。
![【図表5】夫婦が理想の子ども数を持たない理由(妻の年齢30~34歳)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/1/1200wm/img_21b116fe34be23097fcc028efbe23fad400496.jpg)
自らの収入に対して高すぎる子育て費用や教育費が、出生意欲の低下に影響を及ぼしていると考えられる。実際、社人研の調査によれば、子どもの数別に夫婦の割合をみると、2人以上の子どもを持つ夫婦の割合が低下し、0人あるいは1人の夫婦が増加している。
そこで、若い世代の経済・雇用環境の一端を概観してみたい。
■若くなればなるほど、実質年収は低くなっている
図表6は、大卒の男性正社員の年齢別実質年収(2021年価格)を、生まれた年代別にみたものである。出生年が遅い世代ほど、実質年収が低下していることがわかる。1963~67年生まれの世代に比べて、1973~77年生まれ(おおむね団塊ジュニアに該当する年代)が属する40歳代後半の平均年収が150万円程度少ない。
![【図表6】出生年別、大卒男性正社員の実質年収の変化](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/2/1200wm/img_e28d42816669978137d619c7d5da81ef396997.jpg)
これほど大幅な賃金水準の低下は、定期昇給が実質的になくなったことや同一の仕事でも単純に賃金が低下していることだけでは説明できない。大学進学率の上昇に、高度人材向け雇用の受け皿の拡大が追い付いていないという要因もある。
バブル崩壊以降の経済成長の長期停滞により、高度人材向けの仕事が増えず、以前は高学歴者が就くことは想定されていなかった職種や仕事に、大卒者が就く例が少なくないため、結果として大卒者の平均賃金が押し下げられている面がある。しかも、大学進学のために奨学金制度を利用している学生も多く、借金を持った状態で社会に出てくる若者も増えている。
■「安定した男性正社員」も子どもを持つことに後ろ向き
職種別に男性の希望子ども数をみると、それまで横ばいで推移してきた男性正社員も、2015年には大きく下振れした(図表7)。賃金が比較的高く、雇用も安定していると考えられる「正規職員」であっても、「子どもは0ないし1人」など、多くの子どもを持つことに前向きなイメージが持てない男性が増えていることになる。
![【図表7】従業上の地位別、35歳未満男性の希望子ども数](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/c/1200wm/img_4c011de12063327b703532fa9657c5da336682.jpg)
男性同様、女性も厳しい環境に置かれている。社人研の調査(2015年)によれば、35歳未満の未婚女性で、自らのライフコースとして「非婚就業継続」を理想のライフコースとする人は5.8%しかいないが、実際にはそうなってしまうだろうと考える人(予定ライフコース)は21.0%いる。
すなわち、結婚を希望しながら、希望はかなわないと考えている人が一定数いるということになる。特に、非正規雇用の女性は、正規雇用者に比べて「非婚就業コース」の選択率が高い傾向にある。結果として、非正規雇用者で、2010年から15年にかけて希望子ども数の低下が顕著となっている(図表8)。
![【図表8】従業上の地位別、35歳未満女性の希望子ども数](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/1/1200wm/img_01590bd030a5c7e422a95bb4c7a1b3a8301565.jpg)
■男性も女性も収入が下がり、広がる「あきらめ」
非正規雇用の女性が結婚や出産に後ろ向きとなる要因としては、収入の低さと無縁ではない。男性の実質年収が下がっていることもあり、近年、男性が経済力のある女性を求める傾向が強まっている。
社人研の調査によれば、男性が結婚相手となる女性に求める条件として「経済力」を考慮・重視する割合は、1992年の26.7%から2015年には41.9%に高まっており、低収入の女性にとって、結婚に向けたハードルは高くなりつつあるといえよう。
若い世代が子どもを生み、育てていくことに対する中長期の展望を描きづらくなり、彼らの一部に一種の「あきらめ」が広がっている可能性がある。少子化対策を考えるうえで、男性、女性を問わず、若い世代の収入や就業状況に注目することが不可欠である。
■2030年までが、少子化対策のラストチャンス
わが国の人口構成を考えると、1990年代に生まれた世代が、今まさに出産期に差し掛かっている。少子化といわれながらも、1990年代には毎年約120万人の出生数があり、その世代は現在20~30歳となっている。出生数の変化を要因分解した図表9の通り、2017年以降、わが国の年齢構成要因が出生数を押し下げる効果は徐々に減り、2020年にはわずかながら押し上げた。
![【図表9】わが国の出生数変化の要因分解(含む:年齢構成要因)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/b/1200wm/img_0b92ddcb453ce260c129f3fae73da0c7319550.jpg)
すなわち、少子化にブレーキをかけるという面からみれば、若い世代の人口が大きく減ることのない今後10年程度は、本格的な少子化対策を講じるラストチャンスと考えるべきである。
2000年以降に生まれた世代の出生数は、年率1%ずつ減少し、2016年以降は、さらに減少ペースが加速している。すなわち、2030年ごろまでの好機を逃し、2000年以降に生まれた世代が出産期の中心世代となってしまえば、たとえ出生率を引き上げることができても、人口の絶対数の面から、出生数の減少にブレーキをかけることは困難となる。
わが国に残された時間は、1990年代生まれの世代が出産期にある2030年ごろまでとの認識のもと、総力戦で少子化対策に取り組むことが望まれる。
出生意欲を引き上げていくためには、若い世代の所得や就業状況を改善させて「日本で子を生み育てたい」と思える社会を作る以外に方策はなく、財源の問題を含め、これまでの少子化対策の在り方を根本から見直すことが必要となる。
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日本総研上席主任研究員
専門は人口問題・地域政策、および環境・エネルギー政策。1992年、東京農工大学大学院を修了後、株式会社東芝に入社。東芝を退職後、1999年にさくら総合研究所(現在の日本総合研究所)に転職。現在、日本総合研究所調査部に所属。途中、山梨総合研究所への5年間の出向を経験。2015年より上席主任研究員。著書に、『「北の国から」で読む日本社会』『人口減が地方を強くする』『地方都市再生論』(いずれも日経出版)がある。
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(日本総研上席主任研究員 藤波 匠)
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