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携帯ショップでiPhoneを買うだけで5万円の利益…転売ヤーの「販売しろ」の怒声に店員が従うしかない理由

プレジデントオンライン / 2022年9月8日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

■昼間から携帯ショップで飛ぶ怒号

平日昼間のドコモショップ。普段は料金を支払う人や、プランの説明を求める人が集まるが、この日は様子が違っていた。

「だ~か~ら、あるんだろ⁉ じゃあなんで売れないんだよ、違法だろ⁉ い・ほ・う‼ さっさとしろよ! 親会社にここで通報してもいいんだからな?」

携帯販売店とは思えない声の荒らげ方で、店員に詰め寄る男。普通なら警察を呼ばれてもおかしくない振る舞いだが、店員は所在なさげに下を向くばかりだ。

いったいなぜ、このようなことが起こるようになったのか。

話は2019年10月の改正電気通信事業法が施行された時点にさかのぼる。当時の総理大臣、菅義偉氏の看板施策だった「携帯料金4割値下げ」を実現するため、この法律が施行された形である。

■「回線契約をする見返りとしての割引」が2万円までに

この改正電気通信事業法で、大きく変わったのは3点だ。

まずは、解約金に関する点。それまで一般的に“2年縛り”と言われてきた解約時の違約金上限が1000円に設定された。これによって、違約金を盾に解約を阻止することが難しくなったため、ユーザーは気軽に回線を解約し、他社へ移ることが可能となった。しかしこれに伴い、長期契約者向けに割引やキャッシュバックといった形で提供される特典も、170円までが上限となった。

2点目が、端末代金と通信料金の完全分離だ。これまでは端末を購入した際に、「月々サポート」や「毎月割」などの名称で通信料金が毎月割引され、実質的に端末が安くなる施策があったのだが、この完全分離によってこうした割引は難しくなった。

総務省の狙いは通信事業者間の競争を活発にすることだった。毎月割引という形で付与される月々サポートは「解約すると割引が受けられない」とも言い換えられる。総務省とすれば、こうした抜け道をふさぐのは当然だろう。

そして次に大きく変わったのが、端末代金の値引き上限である。総務省は携帯料金の下がらない原因に、端末代金の割引にキャリアの資金が使用されている点が大きいと考えており、新規契約時に購入する端末代金の値引き額を税抜2万円までと定めた。この結果、「回線契約をする見返りの割引は2万円(税込み2万2000円)まで」となった。

当時、「月々サポート」「毎月割」などの名称で提供されていた端末購入の補助施策や、セール時の大幅な割引はできなくなり、ユーザーは端末代金のほとんどを自腹で負担することとなった。

■割引がなくなると直販で買ったほうが安い

もともと携帯キャリアが販売する端末の定価はキャリアの利益分が上乗せされており、メーカーの定めた価格より割高であることが多い。

例えば、ソフトバンク版iPhone 13 Pro(128GB)の販売価格は16万9920円だ。しかしこれをAppleから直接購入すると、14万4800円。機能にまったく差はないにもかかわらず、約2万5000円も高い。契約時に2万円の割引が入ってもなおAppleから買ったほうが安いのだから、割引がなくなると積極的に買う理由は見当たらない。

アップルストア 表参道
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

改正電気通信事業法によってプラン料金は下がり、格安SIMを含めた通信事業者間の競争が活発になった面もあるものの、端末は気軽に入手しづらくなるという結果を招いた。

これによって、一般ユーザーが割引施策に頼らず、お得に携帯電話を運用しようと考えた場合、「家電量販店やメーカー直販で(わずかでも割引の入った)端末を買い、格安SIMのSIMカードを挿入して使う」というのが最適解になる。これが日本にとって良いことか悪いことかは私には判断できないが、ミクロな範囲での経済合理性を追求すると、こうなるはずだ。

■大手キャリアをさらに窮地に追い込んだ販売方法

特にライトユーザーほど、こうなるだろう。3大キャリアのプランは基本的に「使い放題でやや高額なプラン」か「ギガ単価のかなり割高な小容量プラン」しかない。そのため、3大キャリアのプランがベストマッチするのは「通信品質の高いプランを無制限に使いたいヘビーユーザー」に限られる。中~小容量のプランを求めるユーザーは、端末の割引もなければプランの優位性もない大手キャリアを使う必要が薄い。格安SIMへの流出が起こるのは当然だといえる。

菅元総理の推し進めた「4割値下げ」施策によって、確かに通信料金は引き下げられた。しかし、それは同時に「端末」という強みを持っていた大手キャリアの強みを放棄させるものだった。

そして、さらに大手キャリアを窮地に追い込んだのが改正電気通信事業法で設定された「移動機物品販売」という販売方法の存在だ。この「移動機物品販売」が冒頭のような騒動につながってくる。

■「移動機物品販売」とは

「移動機物品販売」の「移動機」とは「持ち運び可能な通信端末」を指すため、言い換えれば「ケータイ販売」とも言い換えられる。あまりに当たり前すぎて、どんな販売方法なのかイメージが湧かないかもしれない。

これは端末の単体購入、つまり「契約なしで端末を販売すること」を指す。たとえば、ドコモユーザーではない人がドコモショップへ行ってドコモ版の端末だけを購入するような行為が、移動機物品販売に該当する。

これ自体はシンプルな行為であるのだが、改正電気通信事業法第27条の3では「端末の単体購入を拒否してはならない」と定められている。つまり、移動機物品販売を拒否することは法律違反なのだ。

これが冒頭のような騒動とどう関係してくるのか。

■「販売条件なしの割引」につけ込まれると…

3大キャリアは端末の安売りという翼をもがれたのだが、抜け道を発見して「安売り」を復活させた。端末の販売価格そのものを引き下げたのだ。

たとえば、キャリアが「他者からの乗り換えユーザーに、定価10万円のiPhoneを0円で特価販売したい」と考えたとする。前述のように、法律で決められた値引きは税込み2万2000円までなので、法律にのっとると7万8000円までしか値引きできない。

銀座にあるソフトバンクのフラッグシップストア
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

しかし、「販売条件なしでの割引」の上限は改正電気通信事業法によって定められてないため、いくらでも値引きができる。

そのため、「新規契約のオマケ」である2万2000円に、「端末を買えば無条件でついてくる割引」の7万8000円を足すと、割引額は10万円になり、0円でiPhoneを提供することが可能になるのだ。

この安売り方法には問題もある。7万8000円の割引は「販売条件なし」の割引なので、新規契約だろうが機種変更だろうが、移動機物品販売だろうが7万8000円が割引され、2万2000円でiPhoneが買えてしまうのだ。

今年3月には、iPhone12 64GBを0円~9800円程度で販売する特価セールが多くの販売店で見受けられた。しかし、これは前述の「端末を買えば無条件でついてくる割引」をうまく利用したものだ。そのため、のりかえ契約時にiPhone0円セールを行っているお店は、客に「端末単体でiPhone12を売ってくれ」と言われたら、2万2000円で売らねばならなくなる。

未使用品iPhone12 64GBの市場相場は、だいたい7万円。回線契約を獲得できずに2万2000円で売ってしまったら、5万円近い大赤字だ。

■売らないのは法律違反…回線契約も獲得できず、安売りする羽目に

言うまでもなく、このセールを打つ目的は安売りの端末を引き換えに自社回線を契約してもらうことだ。契約数が伸びなければキャリアから分配される報奨金は減っていき、最終的には閉店の憂き目に遭う。そのため、端末単体で購入されると端末を安く持っていかれてしまうだけでなく、回線契約を獲得するための武器を失うことになり、二重で痛手となる。ショップにとって単体購入を行う客は「招かれざる客」だ。

実際、単体購入を申し出る客に対し、「在庫がないのでお売りできない」と虚偽の申告を行う販売店は多く存在する。今年3月14日に総務省の「競争ルールの検証に関するWG(ワーキンググループ)」が発表した報告書によれば、情報提供窓口に寄せられた701件の通報の中で、394件が「端末単体販売拒否」「利益提供の超過疑義」に関するものだったという。

【図表】販売代理店に関する情報提供窓口に寄せられた通報について
今年3月14日に総務省が発表した報告書「総務省情報提供窓口に寄せられている電気通信事業法第27条の3関係の通報の状況」。窓口に寄せられた701件の通報のうち、56.2%が「端末単体販売拒否」など「通信料金と端末代金の完全分離違反」に関するものだったという

転売目的の「転売ヤー」からすれば1台買うだけで十分な利益が得られるのだから、ある程度のもめ事を承知で単体購入を強行する気持ちは理解できる。そのうえ、「売らないのは法律違反」なのだから、ある程度強気に出ることもできるし、録音を回して虚偽の証拠をつかめば、恫喝に近い立ち回りも可能だろう。

■転売ヤーの独り勝ち状態

誤解のないように書いておくと、この改正電気通信事業法の施行前から、携帯電話の転売を目的とした契約は存在した。しかし、これはショップと転売ヤーの「共犯関係」であり、今回のように店側だけが一方的に損をするようなものではなかった。

たとえば月末が近くなり、契約数がノルマにどうしても足りない場合。ショップはのりかえ契約時に特価で機種を提供すると、目ざとい転売ヤーが来てのりかえ契約をしてくれる。転売ヤーは契約ルールや手続きを熟知しているから、店頭でモタつくこともない。イチかバチかで店頭に来た“素人”に営業をかけるよりも安全かつ迅速に契約を得て、ノルマ未達のピンチを回避することができるわけだ。

また、携帯電話には「各キャリア1名義あたり5回線まで」という保持の上限がある。これによって、1人が利益を乱獲する状態はある程度抑止されていた。

しかし今回の移動機販売による転売ヤーの跋扈(ばっこ)は話が別だ。移動機販売は回線契約を伴わない販売方法のため、1人で何度でも端末を買うことができてしまう。転売ヤーにとってはやりやすいことこの上ない状況だといえるだろう。

■転売ヤーは「ズルい」のか

ここまで読んでいただいた方の多くは「法律の不備を突いて儲けるなんて、転売ヤーは汚すぎる」という感想を持ったのではないか。もしくは、「なんか込み入った話で、大変そうだな」くらいの感想だろうか。いずれにしても、自分とはあまり関係のない世界という感がある。

だが、日本に住んでいる人でこの問題と関わりのない人は、ほとんどいないと断言できる。それはなぜか。キャリアが端末を割引販売する原資は、当然ながらキャリアの得た営業収益から捻出されているからだ。それはつまり、「あなたが転売ヤーの食い扶持を支払っている」ということに他ならない。

格安SIMユーザーであっても同様だ。格安SIMはキャリアから回線を間借りすることでサービスを提供しており、収益の一部はキャリアに還元されている。そのため、「私はドコモもauもソフトバンクも使っていないから、関係がない」とは言えないのである。

携帯キャリアがスマートフォン本体をいくらで仕入れているのかは不明だが、前述のようにiPhone12を2万2000円で販売したら、赤字なのは間違いないだろう。大サービスの割引原資は、あなたが支払った料金だ。

私自身も不健全な状況ではあると思うが、転売ヤーを批判するつもりはない。法律で認められた範囲であれば、誰もが自らの利益のために最善手を打つ権利があると思う。

■ふるさと納税の返礼品に金券を選ぶのは「ズルくない」のか

私の家の近所には、スーパーが数件ある。その日の気分でどこに行くかを決め、肉や野菜などの食材を買うのだが、スーパーへ行く前にチラシをチェックして、安い方のスーパーを選ぶようなことはしない。おそらく、ご近所の主婦から見れば無駄遣いだろう。この場合、私がスーパーマーケットに対するリテラシーを持っていないから、無駄なお金を払っていることになる。では、チラシを比較して「スーパーマーケットでお得に買い物する主婦」はズルいのだろうか。

以前、ふるさと納税(そういえば、これも菅元総理の肝いり施策だ)で大阪府泉佐野市や静岡県小山市が返礼品に金券を用意し、多数のふるさと納税を集めたことがあったが、「換金性の高いプリペイドカード」の返礼品は総務大臣による通知で禁止されていた。

しかしながら納税者にペナルティーはないため、多くのメディアで取り上げられたし、実際にふるさと納税でこれらの自治体を選んだ人も多いだろう。これも感情的な面で言えば「ズルい」と思うし、国の財産である税金を盗んでいるわけだから、ある意味では携帯キャリアから金を(間接的に)奪う移動機販売よりも悪質だと思うのだが、なぜかこちらを批判する声は少ない。

■「端末代金と通信料金の完全分離」は愚策だった

私個人の意見で言えば、回線と割引のセット販売自体は所持できる回線数に上限がある以上、無限に特価を享受することはできないため、これを廃止してしまった「端末代金と通信料金の完全分離」は愚策だったと思っている。

しかし一度禁止となった施策が復活するとは思えないので、「1名義、もしくは1機種につき特価販売は年間〇回まで」と、割引が適用できる回数に上限を定めてしまえばこうした状況は緩和されると思う。既に一部キャリアでは、こうした運用を行う動きも出ているようだ。

もちろん、これでも一部の転売ヤーは名義を借りるなど、何らかの方法で突破を図ってくるだろうし、販売履歴を審査するキャリア側の負担は増える。それでも現状よりはマシになるはずだ。ただし、これだけでは前述したような「端末を割り引いてくれない大手キャリアを使う理由がない」という問題は解決していないため、応急措置にしかなりえない可能性は残る。

■制度の隙が、人を転売ヤーに変えてしまう

転売ヤーは制度の隙を突いてくる。転売行為を止めたいのであれば、制度そのものを変えるしかない。……と、きれいに結論付けたいところだが、移動機販売が流行してからはインターネット上では移動機販売で端末を購入し利益を出すためのマニュアルなどが販売されるような状況になっているし、SNS上で携帯電話の転売に関するトピックを大っぴらに話す人も増えた。

携帯電話の転売シーンは、電気通信事業法の改正前後で状況が大きく変化したように感じられる。恫喝を行うような行為がまかり通るようになったのも、法改正が行われたからだ。

そうなると「転売ヤーが制度の隙を突いてくる」のではなく、「制度の隙が、人を転売ヤーに変えてしまう」のではないだろうか?

そうなると、転売行為が行われないような制度設計を行う必要があるのだが、利益を目的とした携帯電話の購入や販売はポケベルやPHSの時代から存在している。短絡的に「これを変更すれば、すべてうまくいく」という簡単な話ではない。

今まで一般人から見て携帯電話の世界は「複雑で難しいから」という理由で、非常に身近であるにもかかわらずスルーされがちな分野だった。今回の転売問題で多少なりともスポットライトが当たり、前向きな議論が行われることを祈っている。

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山野 祐介(やまの・ゆうすけ)
行動するお金博士
1991年生まれ。自らの節約生活をもとにした「1%でも安くしたいっ!」を月刊誌で連載中。節約術やお金の最新事情に精通。

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(行動するお金博士 山野 祐介)

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