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強い馬ほどキレイな花が咲く…廃棄に困っていたサラブレッドの馬糞が園芸界で注目を集めているワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月8日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sportlibrary

全国にある馬牧場では、毎日、馬糞が大量に出る。どう処理すればいいのか。この悩みを解決しようと、茨城大学農学部と「つくば牡丹園」では、サラブレッドの馬糞の商品化に挑み、成功しているという。法政大学人間環境学部の湯澤規子教授が取材した――。

※本稿は、湯澤規子『ウンコの教室』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです。

■毎日出る馬のウンコをどうすればいいのか

「学生食堂から社会を変えてみたいんです」大学で担当している「食と農の環境学」という講義の後、相談があると言って私のところへやってきた学生Aさんは開口一番、そう言って話し始めました。

その話というのは、大学の馬術部の馬糞で野菜を育て、その野菜を食材として学食に戻す「環」の仕組みを創れないか、という相談でした。

なぜ、馬糞なのか? 私が所属する大学の馬術部では、現在、競走馬を引退した馬を引き取って、10頭ほど飼育しています。言われてみれば当たり前のことですが、馬は毎日、食べては馬糞を出します。

馬術部がある東京の多摩地域には周辺に農家が多く、これまではその馬糞を肥料として引き取ってくれる農家があったそうです。しかし、昨今の農家や農業の減少に伴い、その引き取り手が少なくなり、馬場に馬糞が残ってしまい、その処理をめぐって頭を悩ませる事態になりました。

■馬術部のある大学には共通する悩みだった

馬術部の知り合いからその悩みを聞いたAさんは、かつて日本では下肥を活用していたことや、糞壌についてあれこれと話す私の講義を聞いて、馬糞を肥料として活用することを思いついたそうです。

大学で「食」と社会の関わりについての講義を聞いたり、考えたりしているわりには、自分たちが毎日使う学生食堂についてはあまり関心がない、というのはあまりにももったいない、ということにも気づいたと言います。

そして、Aさんの頭に浮かんだのは、馬糞と畑と食堂をぐるっと一つの環でつなぐというプロジェクトでした。

調べてみると、多くの大学には馬術部があり、その中でも特に都内の大学の馬術部にとって、「馬糞問題」は共通の悩みであることもわかってきました。

放置はできないけれども、処理に十分なお金をかけることもできない。誰かが活用してくれれば……、という切実な呼びかけが各大学の馬術部のホームページから発信されています。

ということは、馬糞と畑と食堂をつなぐことができれば、それは一つの大学の小さな試みというだけでなく、同様の悩みを抱える現場へのヒントになるかもしれません。

あまりにも興味深い話だったので、私も一緒にその世界を探訪しながら考えてみることにしました。

■競争馬のウンコはどこへ行くのか

年末のイベントの一つに、日本中央競馬会(JRA)が主催する華やかなレース、「有馬記念」があります。

出走馬の毎日のウンコはどこへ行っているのだろう、などと考えながらこの日のレースを見た人はおそらく私以外にはいなかったと思いますが、馬術部の馬糞問題を聞いたばかりだったので、その問いが頭から離れませんでした。

馬術馬小屋の床とスライディングストールドアをほうく若い男
写真=iStock.com/NicolasMcComber
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NicolasMcComber

では、あらためて、サラブレッドのウンコは、いったいどこへ行っているのでしょうか。

その謎を解くために、有馬記念を見届けた翌日、私は3人の学生(Aさん、馬術部の馬糞係の学生、この取り組みを取材したいという学生)と茨城県にある「つくば牡丹園」に足を運びました。

馬糞堆肥についての情報を集めていたところ、その実践者が同園にいるという情報にたどり着いたからです。その人とは、競走馬として育成されているサラブレッドの馬糞を堆肥にして農業利用につなげている関浩一さんです。

関さんは土づくりの技に長たけた土職人で、「つくば牡丹園」の園長でもあります。最近、これまでの花栽培の実践をもとに博士論文をまとめたばかりで、牡丹や芍薬(シャクヤク)についての論文を多数発表されています。

開花時期を迎える春先まで、冬の間は休園している園の事務所に到着すると、関さんは自家製の温かい芍薬茶を出してくれました。園内の芍薬は無農薬有機栽培であるため、お茶に加工することができるのだそうです。

つくば牡丹園ではすべて自家製の堆肥を用いて土づくりを行っています。藁、落ち葉、雑草、藻類などをブレンドして発酵させた堆肥は、園の植物を健康に保つためには欠かせないといいます。

その関さんが4年前から取り組んでいるのが、茨城県稲敷郡美浦村にある、日本中央競馬会の東日本における調教拠点「美浦トレーニング・センター」から出る「馬糞」を堆肥にして農地還元するという仕組みづくりです。

■なぜサラブレッドの馬糞がいいのか

サラブレッドはドーピング検査に備えて医薬品使用量が非常に少ないため、馬糞は質の良い有機物になります。

トレーニング・センターには約2000頭、またその近隣の育成牧場にも約2000頭もの馬が飼育されています。馬牧場にとっては、毎日大量に出る馬糞の処理が課題となり、農家は馬糞を入手してもすぐにはうまく活用することができません。

だからといって馬糞を野ざらしにしておくと、地中に成分が大量に流れ込み、水質汚染の原因になる場合もあります。そうした問題を解決する方法はないかと美浦の馬牧場協議会から相談がありました。

そこで、「馬糞」を短期間で堆肥化、活用するサイクルを提案し、茨城大学農学部と、つくば牡丹園の運営主体である株式会社リーフの技術・事業力を融合し、馬糞の堆肥化を実現させました。

2019年からは堆肥の商品化、ホームセンターなどでの販売開始、堆肥ハウスの増設、成果・成分分析も実施しています。その肥料には「サラブレッドみほ」という魅力的な名前がつけられ、販売されるまでになっています。

最初の問いであった「サラブレッドのウンコはどこへ行く?」に対する答えとして、堆肥になって牡丹園の牡丹や芍薬を咲かせる養分になる、そして、作物を作る農地にも還元されている、という事実にたどり着くことができました。

■1グラムの堆肥に12兆の微生物

土づくり職人の技園内には約6万株の牡丹と芍薬が植えられ、その規模は日本最大級、あるいは世界最大級ともいえるかもしれません。

健康で美しい花を咲かせるには、健康な土壌が欠かせないという考えのもと、関さんは土づくりのノウハウを、30年間かけて培ってきました。藁、落ち葉、雑草、藻類、そして馬糞などをブレンドして発酵させ、微生物の力で分解し、堆肥にしていきます。

関さんは、通常は1年程の熟成期間が必要になるところを、酵素の力を活用して分解を早める方法を、「酵素農法」として確立させました。実際に堆肥をつくっている過程も見せてもらいました。

一見すると、静かなひと塊の黒い土に見える熟成中の堆肥の山は、じつは多種多様な微生物たちが賑わいながら生きている世界なのです。

ローム質の土壌に触れます
写真=iStock.com/Suphachai Panyacharoen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Suphachai Panyacharoen

「サラブレッドみほ」の最高品質のデータでは、1グラムの堆肥になんと12兆の微生物が含まれているそうです。微生物が元気に活動すると分解も進み、ウンコが土を介して循環する世界が生まれます。

■いい土づくりは料理と似ている

では微生物が元気に活動する環境を作るにはどうすれば良いのでしょうか。

湯澤規子『ウンコの教室』(ちくまプリマ―新書)
湯澤規子『ウンコの教室』(ちくまプリマ―新書)

さまざまな特性を持つ微生物たちが「共生」できるように、空気が好きな微生物には空気を、空気が嫌いな微生物には空気を与え過ぎないように、紫外線が苦手な微生物には遮光を、活動の補助剤としてマグネシウムなどのミネラルを加え、水の量、風通しにも注意すること。田んぼと畑では活躍する微生物が異なり、また作物によってもブレンドする配合の塩梅を変えなければならない、などなど。聞いているうちに、土づくりは料理のようだと思えてきました。

味噌を仕込んだり、漬物を漬けるように、または毎日ぬか床を混ぜるイメージが頭に浮かびます。そういえば、江戸時代の農書(農業の技術書)にも、田畑に肥料を入れることをまさに料理にたとえて「和え物を作るようなもので、材料がそれぞれの調味料とうまく調和しないと、味わいのよいものはできない」という説明がありました。

また、生きているものは「水」「油」「塩」「土」が結合したものであるということも江戸時代にはすでに記されていたことも思い出されます。

■馬糞と食卓を繋げる

関さんはこうしたノウハウや実践を共有することを目的に、「土壌改良プラットフォーム」を立ち上げました。これまで、農業に関する「土より上」の技術開発と情報共有は進んできた一方で、「土より下」つまり、土中の環境をいかに理解し、整えるか、という研究や情報共有はあまり進んでいない状況です。

土壌改良プラットフォームは、そこを一歩前に進めるための「知」の集積と活用の場でもあります。今回は私も学生たちと一緒にこのプラットフォームを訪れたことで、馬糞と畑と食堂をどのようにつなぐことができるのか、考える機会を得ることができました。

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湯澤 規子(ゆざわ・のりこ)
法政大学人間環境学部教授
1974年大阪府生まれ。筑波大学大学院歴史・人類学研究科単位取得満期退学。博士(文学)。明治大学経営学部専任講師、筑波大学生命環境系准教授を経て、現職。主な著書に『在来産業と家族の地域史 ライフヒストリーからみた小規模家族経営と結城紬生産』(古今書院、経済地理学会著作賞、地理空間会学術賞、日本農業史学会学会賞)、『胃袋の近代 食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会、生協総研賞、人文地理学会学会賞)、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか 人糞地理学ことはじめ』(筑摩書房)、『ウン小話 世界一たのしくてまじめでちょっとクサい授業』(ホーム社)などがある。

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(法政大学人間環境学部教授 湯澤 規子)

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