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魔法の呪文は「天安門事件」だけではない…中国からの無断転載を防ぐ「闇のライフハック」を考える

プレジデントオンライン / 2022年9月5日 18時15分

9月1日に投稿された、無断転載防止に「天安門事件」の活用を呼びかけるツイートの例。 - ツイッターより

■「天安門事件」と画像投稿サイトの意外な関係性

9月1日、Twitterでなぜか「天安門事件」がトレンドワード入りした。『八九六四』という、同事件をテーマにした著書を持つ私としては、看過できない事態である。

念のため解説すれば、天安門事件とは1989年6月4日未明に中国の北京で発生した、人民解放軍による民主化デモの武力鎮圧事件だ。当時、軍は抵抗する群衆に大量の実弾を発砲し、戦車を突っ込ませるなどした。結果、デモとは無関係なのに流れ弾が命中した一般市民も含めて、おそらく数千人(数百人~数万人まで諸説あり)が犠牲になった。

毎年、事件が起きた6月4日前後にはテレビや新聞で特集が組まれる。だが、30数年前の出来事であるため、普段は多くの日本人が忘れており、そもそも事件を知らない人も多い。それがなぜ、記念日とも無関係な9月上旬に、SNS上でバズることになったのか。

理由は、近年のインターネット上で「天安門事件」という単語が、中国からの無断転載をブロックするための“魔法の呪文”として認知されている事と関係があった。

具体的には、画像投稿サイトpixivの内容を無断でコピーしている中国系と見られるサイト『vpixiv』に業を煮やしたpixivユーザーが、自分のプロフィール欄に「天安門事件」と書き込んでみたところ、それをミラーしたvpixiv側のアカウントが公開停止になる事態が続出、ついにサイトがダウンした(とされている)ことが発端らしい。

閉鎖の直接的な原因が本当に「天安門事件」だったのかは、Twitterの中国ネット事情に詳しい界隈でも諸説が入り乱れている。ただし一般論として、あるサイト内に中国国内で政治的なタブーに抵触する表現を書き入れることで、中国からのアクセスが難しくなったり、サイトを自動的にミラーした中国国内のサイトがBAN(削除)されやすくなったりすること自体は、おおむね確かな話である。

■ネットに広まった「中国人よけのおまじない」

近年の中国で、強力なインターネット検閲体制が敷かれていることはよく知られている。中国国内では、海外サイトへのアクセスが大幅に制限されているほか、政治的に敏感な意味を持つ様々な言葉がネット上で禁句となっており、自由に検索したり、SNSでつぶやいたりできない仕組みが作られている。

詳しくは省略するが、中国のネット検閲はおそらくディープラーニングなどを活用した機械的な技術と、人力の双方でおこなわれている。年々前者の割合が上がり、その精度も向上しているようだ。現代中国史上の大きなタブーである天安門事件は、当然ながらフィルタリング対象の単語となる。

ゆえに7~8年前から、日本の同人誌・ネット絵師界隈では「天安門事件」という言葉をプロフィール欄や作品内に意図的に含めることで、無断コピーを防げるとするテクニックが知られてきた(残念な事実として、ネット上での著作権侵害行為は、中国大陸の人たちによるものがかなり多い)。

ちなみに、天安門事件が日本のネット上で奇妙な使われ方をするようになったのは、おそらくゼロ年代後半の『2ちゃんねる』あたりが発祥だ。「中国人よけのおまじない」といった表現で、ネット右翼系のコピペ爆撃がしばしばおこなわれていたのである。

2009年のコピペ。繁体字で正しい中国語が使われていることや、中国でカルト視されている気功集団「法輪功」系の単語が妙に多いことを考えると、初期には法輪功のシンパが関わって作成したのかもしれない。
『2ちゃんねる』より
2009年のコピペ。繁体字が使われていることや、中国でカルト視されている気功集団「法輪功」系の単語が妙に多いことを考えると、初期には法輪功シンパの日本人あたりが作成したのかもしれない。 - 『2ちゃんねる』より

やがて、2010年代初頭には由来がなかば忘れられ、政治的意味の薄い「魔法の呪文」として、同人・絵師界隈にも定着するようになった。2015~16年には某同人サークルが、無断転載に対抗するネタとして故意に尖閣諸島や天安門事件を作品の題名に含めたり、女の子に迫る「竿役」のおっさんを習近平や毛沢東そっくりに描くなどして話題にもなっている。

■著作権侵害を防げれば、なにを言ってもいいわけではない

ただ、「天安門事件」という“魔法の呪文”の効果は完全には否定しないのだが、私はこの風潮にちょっと違和感も覚える(以前に同人界隈と「天安門事件」がらみの問題を面白がる記事を書いたこともあるので、なかば自戒をこめてだが)。

違和感の最大の理由は、天安門事件でおそらく数千人以上が死亡していることだ。また、戦車に轢かれて手足を失ったり、子どもや友人を亡くしたことで心を病んだり……といった、間接的な被害に現在もなお苦しむ人も、おそらく数千~数万人単位で存在する。非常に重い問題なのである。

かつて香港の六四記念館に展示されていた、事件で死亡した21歳の夜間学生の持ち物。なお、現在は政治情勢の変化を受けて、この記念館自体も閉鎖に追い込まれている。2015年6月1日。
筆者撮影
かつて香港の六四記念館に展示されていた、事件で死亡した21歳の夜間学生の持ち物。なお、現在は政治情勢の変化を受けて、この記念館自体も閉鎖に追い込まれている。2015年6月1日。 - 筆者撮影

中国人による著作権侵害の防止を目的として「天安門事件」を持ち出す行為は、たとえば日本人出張者の酒癖の悪さやセクハラのひどさに辟易した海外の飲食店が、日本人避けを目的に「福島原発メルトダウン」や「広島八・六原爆投下」などと書いた張り紙を店先に出すのと、感覚的にはかなり近いものがある。

もちろん、著作権侵害なりセクハラなりは憎むべき行為なのだが、それを避けるために、多くの人の生命を奪ったり人生の歯車を狂わせたりした事件の名前を、ことさらに持ち出さなくてもいいはずだろう。

■天安門事件はあまり「天安門事件」とは言わない

もうひとつの理由は、中国語オタクや歴史オタクとしての個人的な違和感だ。実は「天安門事件」という単語は、もちろん中国語として意味は通じるし実際の使用例もあるが、この表現を使う中国人はあまり多くないという問題がある。

往年の香港の天安門追悼デモ。「六四」表記があふれる一方、「天安門事件」表記はひとつもない。なお、このデモは現在は政治的事情から実施できない。2015年5月31日。
筆者撮影
往年の香港の天安門追悼デモ。「六四」表記があふれる一方、「天安門事件」表記はひとつもない。なお、このデモは現在は政治的事情から実施できない。2015年5月31日。 - 筆者撮影

すなわち、中立的な呼称ならば、事件の発生日に由来する「六四(事件)」や「六四天安門事件」。中国当局寄りの見解から言及するなら「八九年政治風波」(=1989年の政治トラブル)。反当局的な立場から言うなら「六四鎮圧」や「六四屠殺」「六四血案」(=6月4日の虐殺)あたりの書き方が普通である。

事件を表記するのに、漢字で「天安門事件」とだけ書く用法が最も一般的なのは、実は日本語世界だけだ。

ちなみに余談を述べると、天安門事件の実態は「天安門広場を占拠していたデモ学生を、あらゆる手段を用いて無血退去させよと命じられた人民解放軍が、広場に向かう途中の市内各地で、進撃を妨害した市民や学生を武力排除・殺傷した事件」である。なので、「天安門事件」よりも「六四事件」のほうが、より事実に即した表現だったりする。

■「政治的に正しい天安門事件」も存在する

また、ややこしい話として、実は「天安門事件」はふたつある。すなわち、1976年に周恩来の追悼と四人組政治への反発を理由に天安門広場に集まった市民が暴力的に排除された「第1次天安門事件」(四五事件)と、1989年の「第2次天安門事件」(六四事件)だ。

しかも、第1次については、鎮圧を行わせた文革派グループ(四人組)がその後に失脚したことで事件の名誉回復がおこなわれ、中国共産党が肯定的な評価を確定させている。

近年は「おまじない」「魔法の呪文」の用法が中国側に知られたことで、中国のネット民の間で「日本人はバカのひとつ覚えみたいに『天安門』を連呼する人たち」という理解も広まりつつある。上は中国のネット民が作成したとされる画像。
筆者提供
近年は「おまじない」「魔法の呪文」の用法が中国側に知られたことで、中国側で「日本人はバカのひとつ覚えみたいに『天安門』を連呼する人たち」という理解も広まりつつある。上は中国のネット民が作成したとされる画像。 - 筆者提供

つまり、中国には「政治的に正しい天安門事件」と「正しくない天安門事件」のふたつが存在する。そのため、やや苦しい理屈になるとはいえ、「天安門事件」という単語だけならば、実は現代の中国においても完全なタブーとは言えない(第2次であることを指す「六四天安門事件」ならば禁句になるが)。

■「天安門事件」よりも効果的な呪文を考える

さて、同人誌などに対する著作権侵害を防ぐために「天安門事件」を持ち出す行為について、効果は決してゼロとまでは言わない。

ただ、道義的に問題があるうえ、中国語としても歴史用語としても若干ピンときにくい単語なので、肝心のBAN効果が限定的である可能性がある。加えて「天安門事件」だけを連呼していると、当の中国人の著作権侵害犯からもバカにされかねず、悔しいという心情的な問題もある。

つまり、「魔法の呪文」としてはあまり出来がよくないのである。

そこで以下、もっと中国側の言論検閲システム(大雑把にこう呼んでおく)からフィルタリングされやすく、「天安門事件」よりも効き目が強い“魔法の呪文”の使い方について、中国ライターとしての立場から考察してみることにしよう。下記に挙げる点を踏まえて、タブーワードをサイト上に記載したり同人誌やイラストの内部に入れたりすると、より高い効果を見込めるはずだ。

■日本の漢字より、簡体字や半角英数字のほうがいい

【表記】

日本の漢字ではなく中国語の簡体字や半角英数字のほうが、問題のある表現をフィルタリングする中国側のクローラーに見つけてもらいやすくなる。たとえば習近平の娘の名前である「習明沢」という単語の場合、日本の漢字よりも「习明泽」や「XiMingze」と書くほうが確実だ。

日本の漢字から簡体字への変換は、ネット上を探せばいくつもサイトがあるが、面倒な場合は「Chinazi」(中華ナチス)、「Heil Xitler」(ハイル・習トラー)などの半角英数字の単語でもいいだろう。すでにネットに流出している、習近平や習明沢の身分証番号や電話番号の文字列をさりげなく入れてしまう方法もある。

【数】

ひとつの単語を連呼するよりも、政治的に敏感な単語を複数詰め込むほうが、中国側の言論検閲システム(人力にせよ自動システムにせよ)からの警戒度は上がると思われる。

そうした単語を大量に取得したい場合は、中国のネット上のタブーワードを大量に収集・公開している『China Digital Space』(CDS、中国数字空間)内のカテゴリー「敏感詞庫」から拾ってくるのがおすすめだ。

中国の人気SNS『小紅書』のタブーワード一覧。「皇帝梦」(皇帝の夢)から「SB包子」(アホ肉まん)までお好きな単語をどうぞ。
『China Digital Space』より
中国の人気SNS『小紅書』のタブーワード一覧。「皇帝梦」(皇帝の夢)から「SB包子」(アホ肉まん)までお好きな単語をどうぞ。 - 『China Digital Space』より

■習近平体制に直結するタブーのほうが効果的

【内容の方向性①】

文化大革命や天安門事件といった、中国が長年抱えていて批判され慣れているタブーよりも、現代の習近平体制に直結するタブーのほうが問題視されやすいと考えられる。すなわち「天安門事件」よりも「新疆集中营」(新疆再教育キャンプ)、「打倒共産党」よりも「光复香港时代革命」(香港デモのスローガン)のほうが、検閲側が本気で嫌がるはずだ。

【内容の方向性②】

タブーワードではあっても、人が亡くなった往年の事件や、迫害された死亡者の名前(劉暁波など)といった単語は、道義的な問題としてあまり使わないほうがいいだろう。

ちなみに、中国を指すとある差別表現は、近年になり反体制派の中国ネット民が好んで使うようになっているため、実は「天安門事件」よりも当局から睨まれる言葉になっている可能性がある(参考)。だが、日本人が用いるのはやはり道義的に好ましくない。

【画像】

中国では画像もフィルタリングの対象になる(識別しやすいマークや画像内の文字、特定の人物の顔などは特にそうだ)。また、中国系サービスのクラウド上に保存されたデータは常に検閲の対象になり得る。なので、たとえば政治的なタブーワードがコマの内外に書き込まれた同人誌の違法コピーPDFのデータを保存した場合、データの所有者は面倒な目に遭う可能性がある。

そこで、4ページ目で紹介したCDSのサイト内に掲載されている「集金pay」「邪大大」「习正日」……などの怪しい言葉を、「耳なし芳一」の怪談さながらにびっしり書きこんだページを同人誌のなかに入れておくと、違法ダウンロードした相手の身にはなにか困ったことが起きるかも知れない。

■「仕返し」にはいいが真面目な人がかわいそう

もっとも、中国において政治的に問題のあるデータを保有していたり、そうしたサイトにアクセスしたりしても、特別に危ない人(人権活動家や法輪功のシンパなど)や当局が捜査中の案件に触れた人などでない限り、そのことだけを理由に投獄されることはまずない。もちろん死刑にもならない。

ただし、パソコンのデータが破壊されてしまったり、運が悪ければ公安に呼び出されたり叱責されたり、档案(当局が保有する全国民の身上調査書、本人は閲覧できない)になにかを書かれたりと、多少の困った目には遭う。手法の是非をひとまず措くなら、著作権侵害に対する牽制や反撃としては、適度な強度の「仕返し」ではある。

とはいえ、中国の非人道的な言論統制システムを逆手に取って嫌がらせをおこなうという行為自体、あまり褒められたことではない。

なにより、ウェブサイトや同人誌が敏感な政治ワードだらけになった場合、いちばん気の毒なのは、対価を支払って正規の方法でそのコンテンツに触れているまともな中国人だ。この記事では「天安門事件」の連呼よりはマシな手法を紹介こそしたものの、最善の解決策はまだ見つかっていないと考えるべきだろう。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第5回城山三郎賞と第50回大宅壮一ノンフィクション賞、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)が第5回及川眠子賞をそれぞれ受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『八九六四 完全版』(角川新書)、『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)など。

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(ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)

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