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「うわっ、ウクライナ人が来た」東欧で"反ウクライナ人"感情が高まっている恐ろしい理由

プレジデントオンライン / 2022年9月12日 7時15分

2022年9月1日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアのカリーニングラードにある博物館・劇場教育施設で、文化、芸術、科学、スポーツの分野におけるオリンピックや競技会の優勝者が参加する公開授業を開催した - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

チェコやポーランド、ルーマニアなどの東欧のSNSで、ウクライナ避難民を巡るニセ情報が拡散されている。「ウクライナ難民は無料で商品券をもらっている」「多額の給付金を得ている」といった情報は、どこから発信されているのか。6月に東欧を取材したジャーナリストの増田ユリヤ氏に池上彰氏が聞く――。(連載第9回)

■シリア難民への不満が爆発し、殺し合いに

【増田】ロシアによるウクライナ侵攻開始から今に至るまで、戦火を避けようと、実に1000万人もの人たちが国外に逃れています。ウクライナ避難民は今のところ「避難先での定住」を考えてはいないケースが多く、私が3月下旬にハンガリーで取材したウクライナ人の人たちも「ウクライナへ帰りたい」と口々に言っていました。

これは2015年の欧州難民危機の際のシリア難民のケースと異なっています。こちらも取材して分かったことですが、シリア難民の場合は、内戦によって家も街も焼き尽くされてしまったことに加え、逃れてきたヨーロッパ諸国の方が経済的にも豊かであること、教育レベルも高いことなどを考慮し、「シリアにはもう戻れないし、戻らない」という思いを抱いていました。

しかし、ドイツに大量にやってきたシリア難民の存在は、ドイツ内でかなり強い摩擦を生む結果となりました。もともとドイツ国内で東西の経済格差に不満があったところに、当時のメルケル首相が難民受け入れを発表した。それによって、「自分たちの年金さえもらえるかどうかわからないのに、なぜ難民に給付金を与えるんだ」という形で一部の人たちの不満が爆発してしまったのです。

しかもキリスト教圏にイスラム教徒であるシリアの人たちが入り込んだことが、問題をより複雑化させました。ドレスデンの少し南にあるケムニッツという地域に取材に行きましたが、難民同士の小競り合いが、殺し合いにまで発展する事態になっていました。さらにはもともとあった不満と、難民受け入れによる軋轢が相まって、ドイツ国内で極右政党が支持を伸ばす結果となりました。

一方、ウクライナはキリスト教圏なので、ヨーロッパに逃れても文化的な摩擦は少ないかもしれません。特にウクライナ避難民は女性や子供が多いことも、受け入れ側の警戒心を低下させる一因となっているのではないでしょうか。

■ウクライナ避難民に対しても不満は爆発するか

【増田】もともとウクライナは豊かな国ではなく、ヨーロッパ最貧国のひとつです。ウクライナからポーランドに出稼ぎに出ていた人たちもいましたが、そのポーランドもそれほど豊かというわけではなく、ポーランド人はイギリスに出稼ぎに出ていたほどです。

この「ポーランド人出稼ぎ労働者」がイギリスのEU離脱のきっかけになったとさえ言われています。2004年のEU加盟以来、実に多くのポーランド人が安い労働力としてイギリスに押し寄せ、その数は2017年には100万人を超えました。イギリス人からすれば仕事を奪われているという意識がありました。そのポーランドにウクライナから出稼ぎに行っていた、と言えば、ウクライナがいかに貧しい国であったかが分かるでしょう。

ではこれから先、ウクライナ避難民に対するヨーロッパの人々の「見る目」は変わるのか。ドイツにおけるシリア難民の時のように「ウクライナ人が給付金を受けるのは納得できない。ウクライナ人ばかり優遇するな」という不満を、受け入れ先の国民が抱くでしょうか。

今年6月にハンガリーを取材した際の感触で言えば、ウクライナ難民に対する反感のようなものは感じられませんでした。ただ、「ロシアのウクライナ侵攻に対して関心が薄れてきている」のは確かです。

■反ウクライナ感情をあおる偽情報の出どころは

【増田】7月29日に、時事通信社がAFP発の〈変容するウクライナ難民への視線、偽情報があおる反感〉という記事を配信しました。記事はこんな言葉から始まります。

「うわっ、ウクライナ人が来た。あっちに行こう」。東欧チェコの首都プラハ北方の町ホルビツェに暮らすドミニカ・ソクルさん(41)は、子どもたちを公園に連れて行くたび、こんな敵意に満ちた言葉を聞くようになった。

チェコやポーランド、ルーマニアなどの東欧で「ウクライナ人差別」ともいうべき現象が起こりつつある、というのです。

しかし記事全体としては、「避難民としてやってきたウクライナ人が、地元に住む『われわれ』の資源や税金を奪っている」と思い込んでいる人たちが少しずつ増えてきているが、その原因になっているのはソーシャルメディアの記事として拡散されている偽情報である、としています。

東欧のソーシャルメディアには、ウクライナナンバーの高級車の画像や、裕福そうなウクライナ人が政府の支援に列をつくっているのを見たという出どころ不明の匿名の情報があふれている。(中略)

ポーランドでは、偽情報を広めていることで知られるブログに最近、ウクライナ難民は無料で商品券をもらっているのに、困窮するポーランド人は何ももらえず放置されているという誤った主張が掲載された。 (中略)

難民受け入れ数が人口比で最も多いチェコでは、ウクライナ難民の4人家族が受け取れる給付金は月額9万チェコ・コルナ(約50万円)で、一般家庭の月収よりはるかに多いとする偽情報が拡散された。

2022年3月10日、ワルシャワ行きのバスでウクライナを出発する人々
写真=iStock.com/Joel Carillet
2022年3月10日、ワルシャワ行きのバスでウクライナを出発する人々 - 写真=iStock.com/Joel Carillet

■偽情報が極右と結びついて深刻な対立に発展する

【池上】記事ではその発信源として、特定はしていないものの「反ウクライナ感情をあおるのはロシアのプロパガンダの特徴」と、暗に偽情報がロシア発の可能性を示唆しています。ウクライナ侵攻が非難されている中で「ロシアが正しい」という話を流しても、欧米の人々には受け入れてもらえない。だから「ウクライナ避難民が来るとみんな困るぞ」と反ウクライナ感情をあおっているんだと考えているわけですね。ロシアは国家を挙げて偽情報を拡散させるという“実績”がありますから。

【増田】記事では「偽情報は極右政党とつながりのあるアカウントに書き込まれることが多い」としています。確かにシリア難民についても、「難民への給付金が多すぎる」などの情報がドイツ国内で飛び交いましたが、こうした情報は主に極右派が発信源になっていました。実際にシリア難民にわたっている給付金は、「ギリギリ生活できるかどうか」という額だったにもかかわらず、極右派が「われわれの年金よりも多い額を難民が手にしている」などと対立をあおるような情報をアナウンスしていたのです。

■アメリカでもフランスでもロシアの偽情報が拡散

【池上】ロシアが発生源となって、各地の極右派と共鳴しているというケースもあります。2016年の米大統領選の際に、ヒラリー・クリントンに関する偽情報がウェブ上に溢れましたが、これはトランプを勝たせたいロシアが、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)というロシア軍の情報部を使って組織的に働きかけたものであることが分かっています。

また、2017年のフランス大統領選挙では、極右政党のマリーヌ・ル・ペンを当選させるべく、ロシアが偽情報を拡散していたことが明らかになっています。

【増田】2017年にフランス大統領選の取材に行きましたが、確かにマクロン陣営は情報戦、フェイクニュース対策に手を焼いていました。欧州にはグローバル化の波から取り残された人たちの不満があることは事実です。

さらに今は世界的に食品やエネルギーの価格をはじめとして物価が急激に上がり、生活に打撃を与えています。そうした人たちの一部が、「なぜ自分たちも大変なのに、移民や難民を助けなければならないんだ」と思うようになり、排外主義的な考えを持つようになって、極右化していくのです。

■ロシア発のコロナワクチンの偽情報も

【池上】ロシア発の偽情報はそれだけではありません。例えば新型コロナのワクチンについてもSNS上でデマが拡散されました。

アメリカのファイザー社製ワクチンやモデルナ社製ワクチンなど、ウイルスの遺伝情報の一部を体内に投与するメッセンジャーRNA(mRNA)のワクチンが出てきたときに、アメリカでは「mRNAワクチンを接種すると不妊になる」「2年後に死ぬ」などという情報が一斉に拡散されました。しかしアカウントを調べてみると、アメリカ人を装った、ロシアGRUのアカウントだったことが判明したんです。

ロシアは新型コロナの感染拡大後、急ピッチでスプートニクⅤなど複数のワクチンを開発して承認し、世界に売り込んできました。スプートニクⅤはmRNAワクチンではなく、ウイルスベクターワクチンといって、病原体成分の遺伝情報をウイルスに運んでもらうタイプのものでしたから、mRNAワクチンの妨害をしたわけですね。

【増田】社会に存在するわずかな亀裂や不安に、偽情報を送り込んで、ネガティブな感情をあおっていくわけですね。

メルケル前首相は難民受け入れの覚悟を決めていて、極右などの反発があってもできるだけ難民が快適な生活を送れるよう、住む場所を用意し、ドイツ語やドイツ文化を学ぶためのプログラムや就業支援など幅広いサポートを行いました。また移民が難民を支えるなど、市民による取り組みも実施されていました。

偽情報に惑わされず、適切な支援をしていくことが求められています。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしてテレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)、『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)など。

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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=梶原麻衣子)

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