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アメリカ大統領なら「国葬」は当然だが…安倍元首相の「国葬」に次々と異論が出てくる根本原因

プレジデントオンライン / 2022年9月13日 7時15分

会見で記者の質問に答える岸田文雄首相=2022年8月31日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

9月27日に安倍晋三元首相の国葬が行われる。各社の世論調査では「反対」「評価しない」という意見が多く、岸田政権の支持率低下の要因となってしまった。一体どこに問題があったのか。ジャーナリストの池上彰さんに増田ユリヤさんが聞いた――。(連載第10回)

■旧統一教会の問題で、反対の声が多数に

【池上】岸田政権は、安倍元首相の死去をきっかけに噴出した統一教会の問題、さらには国葬の問題で支持率を大きく減らしています。8月21日に発表された毎日新聞の世論調査では、岸田政権の支持率が36%と、発足以降で最低の支持率になったと報じられています。

新型コロナの感染対策や物価高対策の不十分さに加え、内閣改造後も旧統一教会とのつながりが相次いで判明したことのほか、安倍元首相の国葬を決定したことも支持率低下の要因となっています。

8月8日に発表されたJNNの世論調査では「賛成」が42%、「反対」45%と「反対」が「賛成」を上回ったほか、同日発表のNHKの世論調査でも、「政府が国葬を行うことへの評価」について、「評価する」が36%、「評価しない」が50%となっています。

多くの調査で、安倍さんの死去直後は「国葬賛成」が「反対」を上回っていましたが、これは「選挙演説中に襲われた」「銃撃されたのちに死亡」というショッキングな事態に「安倍さんがかわいそう」と多くの方が思ったこと、そして「演説中を狙うのは民主主義への攻撃だ」という岸田首相の言葉に共鳴したためでしょう。

だからこそ、当初は岸田首相の「国葬に値する」という主張に何となく共感していた人も多かったのです。しかし時間が経つにつれ、ふと冷静になって考えたときに「そもそも国葬とはどういうものなのか」「安倍さんを本当に国葬で送るべきなのか」と思うようになってきたことに加え、事件で一気に注目が集まっている安倍さんをはじめとする自民党と、統一教会の関係が明らかになってきたことで、反対の声が高まってきたのでしょう。

■政権交代でもないかぎり「国葬」は覆らない

【池上】銃撃を加えた山上容疑者が悪いことは言うまでもありませんが、それでもこれだけ自民党と統一教会の関係を裏付ける情報が出てくると、これは安倍さん自身の評価にも影響せざるを得ない。先の毎日新聞の世論調査でも、「自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関係に問題があったと思うか」の問いに9割弱が「問題があった」と回答しています。

国葬は9月27日を予定していますが、おそらく国葬への賛成が反対を上回ることはないでしょう。

【増田】国民からこれだけ反対が出てきている中で、岸田首相は「様々な機会を通じて丁寧に説明していきたい」と述べています。政府は実施理由を具体的にどう説明していくのでしょうか。

【池上】「理解を求める」とか「国葬に値する」と言い続けることに終始するのではないでしょうか。「国葬には税金を使うのだから、国会で議論すべきだ」という声もあり、岸田首相は国会での閉会中審査で説明することになりましたが、岸田政権はすでに7月22日に、国葬を行うことを閣議決定しています。閣議決定というのは大変重いものですから、政権交代でも起きない限り、覆りません。いまから思えば、いささか拙速な決定でした。

■国民が素直に悼むことのできる状況をつくるべきだった

【池上】いち早く国葬を決めたことで党内の結束を固めることはできました。国葬としたことで、安倍派を納得させることはできましたし、9月27日までは喪に服すわけですから、党内抗争はしばらくは止まるでしょう。

しかし、世論はそうはいきませんでした。アベノミクスや集団的自衛権行使の容認にしても、まだ歴史的評価が定まっているとは言い難い状況です。また、安倍さんにはまだ現在進行形の問題もあります。

2016年に学校法人「森友学園」に国有地が破格の安さで払い下げられたり、2017年には52年間もどこの大学も認められてこなかった獣医学部の新設を学校法人「加計学園」に認めたりと、当時首相だった安倍さんと関係の深い人に対して特別の便宜が図られたのではないかという疑惑は残ったままです。また、首相が主催する「桜を見る会」では招待者名簿が短期間で破棄されるなど今も真相は解明されていません。

本当に安倍さんのためを思うのなら、国民が素直に悼むことのできる状況をつくることも政府の仕事でしたが、拙速な国葬の決定によって、賛否が割れてしまった面もあります。

■上皇陛下は自身の「国葬」を憂慮

【池上】葬儀費用の全額を国費つまり税金で賄う「国葬」ではなく、政府と自民党と国民有志が費用を分担する「国民葬」、あるいは1980年以降に主流となっている、内閣と自民党が費用を分担する「合同葬」という方法であれば、ここまで批判が高まることはなかったでしょう。

上皇さま。2016年1月27日、フィリピン・マラカニアン宮殿にて
上皇さま。2016年1月27日、フィリピン・マラカニアン宮殿にて(写真=Malacañang Photo Bureau/PD-PhilippinesGov/Wikimedia Commons)

そもそも国葬とは、国家の儀式として、国費で行われる葬儀のことです。日本では明治以降、天皇や皇后、皇太子などのほか、「国家に大きな功労があった者」の国葬が行われるようになり、1926年には「国葬令」が制定。国葬が行われる日は学校や公的機関はお休みとなり、全国民が喪に服す必要がありました。

戦後は民主的な社会になったため、1947年にこの法律は失効しましたが、例外的に、「国民統合の象徴」であり、事実上の国家元首である天皇陛下に関しては「大喪の礼」が国事行為として行われることになっています。上皇陛下は、自分が天皇の立場で亡くなったら大層な「大喪の礼」を実施しなければならないことを憂慮され、簡素化を望む方針もあって生前退位を決断されたと見られています。

■吉田茂の国葬との大きな違い

【増田】戦後、国葬が行われた政治家は吉田茂元首相のみですね。国葬が行われたのは1967年10月31日で、当時、池上さんは高校2年生。当時のことを覚えていますか。

吉田茂元首相
吉田茂元首相(写真=Unknown author/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

【池上】よく覚えていますよ。吉田茂の国葬時には、学校に弔旗を掲げ、1日休校になったんです。国民に対して黙祷の時間も設けられました。仲の良かった同級生は「けしからん」「喪を強制して休校にするのは許せない。登校しよう」と怒っていたのを今でも覚えています。

当時もかなり大きな反対運動がありましたが、結局、政府は押し切って国葬を実施しました。それでも吉田茂の場合には、安倍さんの場合とは違い、亡くなった時にはもう政治家を引退してしばらく経っていましたから、「戦後の日本の基礎を築いた」など、政治家としての歴史的な評価はある程度固まっていました。

【増田】今回、政府は「弔意を強制しない」ことを強調し、学校や公的機関での弔旗掲揚や黙祷についてもそれぞれの自治体に任せる方針を示しており、各府省に弔意の表明を求めるための閣議了解も見送る方向で調整しています。

【池上】岸田首相は国葬の実施に当たり、「国民に弔意を強制することはない」としていますが、一方で8月6日には「世界各国がさまざまな形で弔意を示している。我が国としても弔意を国全体として示すことが適切だ」とも述べています。「国全体」に「国民」は入らないのでしょうか。

学校に関しては各都道府県の教育委員会が方針なり通達を出すことになりますが、例えば安倍さんの選挙区だった山口県なら、実施する可能性は高いでしょう。また、全国一律にしないことでかえって忖度(そんたく)が働いたり、また議論が巻き起こって賛否が割れたりすることになってしまいます。

■「弔問外交」どころか、一触即発の可能性も

【増田】岸田首相は、いち早く国葬実施を決定したことについて、世界から「葬儀に参加したい」という問い合わせが多数届いたからだ、とも説明しています。

バラク・オバマ公式ポートレート、2012年(写真=Pete Souza/Official White House Photo/Wikimedia Commons)
バラク・オバマ公式ポートレート、2012年(写真=Pete Souza/Official White House Photo/Wikimedia Commons)

【池上】各国の首脳が集まるから「弔問外交ができて有意義だ」という点から国葬に賛成している人もいますが、安倍さん自身もあくまで「元首相」ですから、各国が派遣する要人のランクは常識的に考えると中国なら副首相、アメリカなら最高で副大統領となるでしょう。アメリカはオバマ元大統領が参列する方向で調整、ドイツはウルフ元大統領が参列を決めたと報じられていますが、いずれも現役の政治家、首脳ではありません。

中国は秋に共産党大会が、アメリカは11月に中間選挙が控えているので、バイデン大統領や習近平国家主席が来日するということはまずないでしょう。

そうなると「弔問外交」の効果も限定的なものにならざるを得ません。トランプ前大統領も来たがるかもしれませんが、8月9日に家宅捜索を受けるなど身辺が騒がしいので、それどころではない状況になっています。

むしろ台湾から誰が派遣されるかによっては難しい舵取りを迫られる可能性もあります。台湾の頼清徳副総統が安倍さんの葬儀に参列するために来日した際に、中国外務省が「台湾は中国の一部であり、いわゆる『副総統』は存在しない」と反発すると、林芳正外相は記者会見で副総統を「ご指摘の人物」と表現して、中国へあからさまな配慮をしました。もし蔡英文総統が来日することになれば、日本側がどういう受け入れ方をするかが注視されるでしょう。

■アメリカ大統領経験者が国葬をするのは当然のワケ

【増田】アメリカは、大統領経験者に対しては国葬を行うのが通例ですね。

【池上】アメリカ大統領は国家元首ですから、日本で言えば天皇に当たります。政治的評価に限らず、国葬の対象になるのは当然でしょう。

【増田】大統領ではありませんが、2020年9月に亡くなった連邦最高裁判事(陪席判事)のルース・ギンズバーグさんの場合は、27年間にわたって判事を務めた功績もあって、棺が米連邦議会議事堂内に安置される異例の措置が取られました。公職にある女性では初めてのことで、追悼式典も行われています。これに対して、米国世論が割れたという話は聞きません。

もちろん、判決や価値観に対する賛否はあったでしょうが、ご本人が対立する意見の持ち主との交流を重んじていたことなどもあり、ギンズバーグさんに対しては「議会を挙げての追悼式典という取り計らいを受けて当然だ」という認識を多くの人が持ったのでしょう。

【池上】安倍さんの場合は、国会での追悼演説も9月に先送りされてしまいました。当初は甘利明議員が「遺族の意向」を理由に演説を行う予定でしたが、与野党から異論が出たため取りやめとなり、まだ誰が追悼演悦を行うか、決まっていません。

■与野党問わずみんなが涙した追悼演説

【増田】本来は、野党議員が行うのが慣例と言われていますよね。身内が自画自賛的に称えるよりも、政治的には対立関係にあった立場の人がよきライバルとして客観的に評価する方が、議会での追悼演説の意味合いも増します。

【池上】中選挙区制の時代には、同じ選挙区から出た他党の候補が追悼するのが慣例になっていたそうですが、小選挙区制になってしまったのでできなくなり、「党内から」ということになったようです。

1960年に浅沼稲次郎が現役の社会党委員長の立場にあって山口二矢に刺殺された際には、当時の池田勇人首相が追悼演説を行いました。これはものすごくよくできた演説でした。演説の一部を紹介します。

君は、また、大衆のために奉仕することをその政治的信条としておられました。文字通り東奔西走、比類なき雄弁と情熱をもって直接国民大衆に訴え続けられたのであります。

沼は演説百姓よ
よごれた服にボロカバン
きょうは本所の公会堂
あすは京都の辻の寺

これは、大正末年、日労党結成当時、浅沼君の友人がうたったものであります。委員長となってからも、この演説百姓の精神はいささかも衰えを見せませんでした。全国各地で演説を行う君の姿は、今なお、われわれの眼底に、ほうふつたるものがあります。

街頭演説を頻繁に行っていた浅沼を称える内容に、与野党問わずみんな涙した、と言われています。

安倍さんの追悼演説は誰がやるのか。野党党首で言えば、共産党の志位和夫委員長は安倍さん死去の一報を受けた直後に、かなりショックを受けた様子を見せていました。志位さんは安倍さんと当選同期ですから、追悼演説をやるという「ウルトラC」もあるか、と思いたいのですが、共産党が受けるかどうか。自民党が納得するか。岸田首相の手腕が問われています。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしてテレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)、『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)など。

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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=梶原麻衣子)

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