西側諸国の経済制裁は効いていない…ロシアがエネルギー輸出で戦費以上の収入を稼ぎ出せるワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月10日 11時15分
■欧州のエネルギー不足は深刻
この冬のエネルギー不足を懸念するニュースが、ドイツを中心としてヨーロッパから頻繁に伝わってきます。
ロシア産天然ガスの不足による価格高騰に伴い、ドイツでガス料金に上乗せして徴収する賦課金の基準額が15日発表された。欧州メディアによると、平均的な4人家族世帯で年間480ユーロ(約6万5千円)程度の負担増となる。(8月16日・共同)
ロシアは6月中旬以降、ヨーロッパ向けの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の供給量を6割削減させ、7月11日から保守点検を理由に供給を中断しました。7月21日に再開しましたが、輸送量は供給能力の約2割にとどまっています。
■ヨーロッパがロシアを切り離せない根本理由
「国際エネルギー機関(IEA)」は、アラブ諸国の「石油輸出国機構(OPEC)」に対抗して西側が1974年に作った組織で、29カ国が加盟しています。
今年の冬の暖房事情は危機になる恐れがある、というのがヨーロッパに共通する見通しです。
日本は、天然ガスをマイナス162℃まで冷やして液化したものを、船で輸入しています。液化すると体積が約600分の1に減るので、輸送や大量貯蔵に便利なのです。しかしロシアからパイプラインで天然ガスが送られてくるヨーロッパには、液化してから再度ガスに戻すような設備がありません。ロシア頼みに見切りをつけようとしても、急に他国からの調達へ切り替えるわけにいかないのです。
■ロシアが欧州への石油・ガス輸出で得た利益は倍増した
原子力に関しても、ロシアと縁を切ることはできません。
国際原子力機関(IAEA)の報告書によると、2020年末時点で建設中の世界の52の原発のうち、ロシア企業は13を手がける。燃料となるウランも豊富で、EUの統計によると、EU域内で使われているウランの2割はロシアから輸入されている。(中略)
3月にEUが決めた制裁では、「ロシアのエネルギー産業への新たな投資の全般的禁止」が盛り込まれたが、「原発エネルギーは例外とする」と記された。(8月13日・朝日)
前述した日経の記事は、こう結ばれています。
石油とガスの価格が上がったからです。一方、6月14日のBBCは、フィンランドに拠点を置く独立系の「エネルギー・クリーンエアー研究センター(CREA)」がまとめた報告書の内容を報じています。
CREAの報告書によると、ロシアはウクライナにおける紛争が始まった2月24日から6月3日までの100日間に、化石燃料の輸出で970億ドルの収入があった。このうちEUが61%を占めており、輸入額は約590億ドルだった。
ロシアの石油とガスは、全体としては輸出が減少している。ロシア政府のエネルギー販売による収入は、1日あたり10億ドルをはるかに超えていた3月をピークに下落している。
それでも、開戦から最初の100日間でみると、収入が戦費を上回った。CREAはロシアの戦費を、1日あたり約8億7600万ドルと見積もっている。
エネルギー販売だけの収入でも戦費を上回っているのでは、西側諸国による経済制裁の効果が出ているとはいえないでしょう。
ロシアは、インドという新しい供給先を見つけたので、制裁措置の影響を免れているのです。
■ロシアから原油を大量に買い付けるインドの本音
5月24日、東京で日米豪印で構成する「クアッド」の首脳会合が行われました。日本政府の説明によれば、
自由や民主主義という基本的価値観を共有した4カ国の協力体制のはずなのに、この首脳会合後に発表された共同声明に、ロシアを非難する内容は含まれませんでした。日米豪と、インドの立場が違うからです。
インドの本音は、中国に対して日米豪と連携して対抗し、実利を得ることです。日米豪の民主主義対権威主義という価値観の対立軸に対して、インドは地政学的な勢力均衡の原理を重んじているのです。
アメリカのバイデン大統領は、クアッドを、中国とロシアに対抗する準軍事同盟に転換したいと考えていました。そのもくろみは外れました。ウクライナ戦争に関して、インドが日米豪やEU諸国と共同歩調を取らず、ロシアから原油を買い付けるのは、もっともなことです。
■アメリカへの対抗軸
西側諸国は、エネルギーの価格高騰とインフレを招き、自らの首を絞めている格好です。経済制裁に対抗するカードとして、ロシアはエネルギーを巧みに使っているのです。
プーチン大統領は、7月19日にイランを訪れました。同じくイランを訪れているトルコのエルドアン大統領とウクライナへの侵攻後、初めて対面で会談し、黒海を経由したウクライナの穀物輸出を再開させる道筋をつけました。最高指導者のハメネイ師からはウクライナ侵攻への支持を取り付け、北大西洋条約機構(NATO)を「危険な同盟」だとする発言を引き出しました。さらに、
具体的には、ロシア国営の天然ガス企業ガスプロムが、イラン国営石油会社に対し、ガス田開発やパイプライン建設などに関して約400億ドル(約5兆5000億円)相当の事業協力を行うことになりました。イスラーム共和国通信によると、イラン経済史上最大規模の国際投資協定になるとのことです。
エネルギー問題に関しても、プーチン大統領がアメリカへの対抗軸を築こうとしているのは明らかです。そこで注目されるのは、11月に行われるアメリカの中間選挙です。バイデン大統領率いる民主党が大敗すれば、世界情勢はドラスティックに変わるでしょう。エネルギー不足と物価高で厭戦(えんせん)ムードの漂い始めたEU諸国から、アメリカについていかなくなる国が出てくる可能性もあります。
日本企業の権益が維持できたロシアの石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」からいまのところ天然ガスを輸入できている日本も、もちろんひとごとではありません。天然ガスの奪い合いが世界中で起こり、価格も上がっているからです。
付け加えれば、こんなに暑い時期から冬の暖房問題を心配しているドイツのエネルギー自給率は35%で、日本のエネルギー自給率は11%にすぎません(2020年)。2019年で言えば、OECDに加盟する36カ国中、ルクセンブルクに次ぐ35位という低さなのです。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)
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