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エリザベス女王も何度も命を狙われた…イギリス王室があえて「見せる警護」を最低限にする理由

プレジデントオンライン / 2022年9月11日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vchal

イギリスの王室はどのように警護されているのか。ロンドン在住ジャーナリストの木村正人さんは「イギリス王室は国民との距離感を大切にしているため、『見せる警護』を最低限にしている。そのため、ジェームズ・ボンド型の腕時計などさまざまなテクノロジーを使って警護を工夫している」という――。

■王族、皇族を狙った事件が頻発

安倍晋三元首相が街頭演説中に射殺された事件で要人警護のあり方が見直されている。週刊新潮によると、米ニューヨークでは小室圭さんと、小室さんとの結婚を機に皇室を離れた眞子さんの警備を地元民間会社に委託する案も浮上しているという。英国ではメーガン夫人とともに2020年に王室を離脱したヘンリー公爵(王位継承順位6位)が「以前と異なる警護は不当」と裁判中だ。日本の皇族や英王室の警護はどうなっているのか。

9月6日に静養先の英スコットランド・バルモラル城で交代する首相ボリス・ジョンソン、リズ・トラス両氏に引見したばかりのエリザベス女王(96)の体調が8日急変し、同日午後6時半(日本時間9日午前2時半)、ご逝去が発表された。王位継承順位1位のチャールズ皇太子が国王に即位し、カミラ夫人が王妃となる。

エリザベス女王からチャールズ皇太子への王位継承作戦「ロンドン橋」は「ロンドン橋が落ちた」という暗号が首相に伝えられることで開始される。 かつて7つの海を支配した大英帝国の象徴だった英王室に憎しみが向けられることは今でも少なくない。

 昨年のクリスマス、エリザベス女王が滞在していたウィンザー城で、マスクをしてクロスボウを持ち、警備員に「女王を殺しに来た」と話す男が反逆罪で逮捕、起訴される事件があった。男は数カ月かけ「王室テロ」を計画していたとされる。

日本では2019年に、皇位継承順位2位の秋篠宮家の長男、悠仁(ひさひと)さまの通われるお茶の水女子大付属中学校(東京都文京区)で悠仁さまの机の上に刃物2本が置かれる事件が起きている。建造物侵入容疑で逮捕された男は「刺すつもりだった」と供述し、皇族警護の難しさを改めて浮き彫りにした。

■皇籍を離脱し海外で暮らす小室眞子さんの警備は難しい

毎日新聞によると、05年に結婚して皇籍を離脱、民間人になった上皇ご夫妻の長女、黒田清子さんは警察庁から「個人警戒対象者」に指定され、警護が続けられたという。だが眞子さんの場合、日本の警察権が及ばない海外で暮らしているため、日本の警察官が身辺警護を実施するのは難しい。日本の警察官が警護で誰かに危害を加えた場合、訴訟や刑事告発に発展する恐れがあるからだ。

今年2月には、小室さん夫妻が暮らすマンションそばで銃撃事件が起きた。週刊新潮は政府関係者の話として「日本の警察からNY総領事館に出向している警察官2人が毎日小室さん宅の周囲の見回りを行っている」「2人の警備をNYの民間警備会社に委託する案も浮上しており、その費用にいわゆる外交機密費を充てる案も検討されている」と報じている。

小室さんの母親の金銭問題を巡り、世間の批判にさらされた眞子さんは結婚に際し1億円超とされる「一時金」を辞退した経緯がある。その眞子さんが血税を原資にした民間警備会社による「年間8億円超」(週刊新潮)もの高額警備を望むとはとても思えない。「そもそも皇室の公務を担わない元皇族に身辺警護をつける必要などあるのか」という指摘もある。

■王室を離脱したヘンリー公爵は警護レベルが下がった

NYに移り住んだ小室さん夫妻とよく比較されるのが自由を求めて英王室を離脱して米国で暮らすヘンリー公爵夫妻である。

ヘンリー公爵とメーガン夫人は「フルタイム」から「パートタイム」の王族になって公務を減らす一方で経済活動の自由を求めたが、王室との交渉は決裂。2020年1月、公務をすべて投げ出して英王室を離脱した。翌2月、英内務省が管轄する王室・公人警護執行委員会(RAVEC)はヘンリー公爵にこう告げた。

「ヘンリー王子とその家族に対して“フルタイムの現役王族”として受けていたレベルの個人的な身辺警護はもはや与えられない」――。08年と12年に英陸軍の一員としてアフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバン掃討作戦に従軍したヘンリー公爵はイスラム過激派のテロに狙われる恐れがある。そのためヘンリー公爵は妻や子供の安全を求めている。

金の王の王冠と背景にユニオンジャック
写真=iStock.com/Moussa81
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Moussa81

■ヘンリー公爵は同等の警護を求め司法審査を請求

昨年9月、ヘンリー公爵はRAVECの決定を不服としてプリティ・パテル英内相(当時)を相手取り司法審査を請求した。英高等法院の判事は今年7月、請求の一部を認め、英BBCは「これでヘンリー公爵はRAVECの意思決定とその方針の透明性の欠如、身辺警護レベルに関する決定が合理的であるかどうかを争う権利を獲得した」と伝えた。

しかし異議申し立てが認められることと、異議申し立てに勝つことの間には天と地ほどの大きな開きがある。英国の事務弁護士で法律評論家兼ジャーナリストのジョシュア・ローゼンバーグ氏は有料コラム「法律家が書く」の中で「もしヘンリー公爵が敗訴すれば、政府の訴訟費用まで負担しなければならなくなる」と指摘する。

以前と同じレベルの身辺警護が受けられないことが不服なのか、それとも現役王族でなくなった現実を受け入れることができないのか、とローゼンバーグ氏は首を傾げる。RAVECは王室や公人のために警察が提供する公費による身辺警護レベルを決定する委員会だ。

■王室の身辺警護レベルは4段階に分けられる

王室や公人の身辺警護レベルは、合同テロ分析センターが、機密情報を共有する枠組みである「ファイブアイズ」に加盟する英国、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの各情報機関からの情報を分析した脅威評価に基づきRAVECが個別に決定する。RAVECのメンバーには内務省、警察、王室などの代表が名を連ねる。ローゼンバーグ氏によると、RAVECは警護対象を以下の4つのカテゴリーに分けている。

(1)リスクや脅威の有無にかかわらず、その地位にあるため保護される要人。エリザベス女王、チャールズ皇太子(新国王)、首相は確実に含まれるとみられるが、ウィリアム王子(王位継承順位2位)がカテゴリー1かどうかは分からない。
(2)RAVECが「襲撃の可能性と、襲撃が成功した場合の影響に関するリスク評価に対する適切な対応」と判断したため保護される要人。ヘンリー公爵は20年3月末までこのカテゴリーに入れられていた。
(3)ケースバイケースで保護される要人。ヘンリー公爵は王室離脱後、このカテゴリーに移されたとみられている。
(4)判事の判断で機密扱いとされるカテゴリー。この中には他の保護手段が与えられているにもかかわらず、身辺警護が行われない要人も含まれている。

■王族にはパートタイムは認められない

「現役王族」にパートタイムは認められないというのが英王室の公式見解だ。ローゼンバーグ氏によると、ヘンリー公爵は20年2月に「現役王族」ではなくなったことから、同月末、RAVECの委員長が「ヘンリー公爵とメーガン夫人は公務を返上したため、4つのカテゴリーのどれにも容易に当てはまらない」とエリザベス女王の私設秘書に書き送った。

3月末を期限に警察の身辺警護は打ち切られ、2人は米国に移り住んだ。昨年6月、ヘンリー公爵が亡き母ダイアナ元皇太子妃の銅像の除幕式に出席するため英国に帰国した際の警護がヘンリー公爵には気に食わなかったようだ。結婚に際し君主の承諾が必要な王位継承順位6位以内の王族なのにこれまでと同じ警護が与えられないのは不当というのが彼の言い分だ。

しかし公務を放棄した人に血税でフルの身辺警護をつけることに同意する納税者がどれだけいるのだろうか。また、英王室の公務と身辺警護の関係はどうなっているのだろうか。英大衆紙デーリー・メールによると、エリザベス女王をはじめ主な王族が昨年果たした公務の件数は次の通りだ。コロナによる接触制限でバーチャル形式での公務が多くなっている。

主な王族が2021年にこなした公務件数
出所=「MailOnline」をもとに筆者作成

■24時間態勢のSPの年収は1600万円以上

実際に王族を警護するのはどのような人物なのか。

ロンドン警視庁には「ロイヤリティ・プロテクション・グループ」という王室警護専門の部署が置かれている。また、王室警護班には英陸軍特殊部隊(SAS)で訓練を受けた185人が所属している。SP(警護官)は私服で行動し、常に自動拳銃グロック17(口径9ミリメートル)で武装、無線機、救急用具を肌身離さず持っている。

24時間態勢のSPの年収は高く、年10万ポンド(約1620万円)を超えるケースもある。王室SPのための航空券予算は年間460万ポンド(約7億4600万円)に達し、ホテル滞在費は200万ポンド(約3億2400万円)もかかる。

反君主制団体リパブリックの試算によると、納税者は王室の警備に年間1億600万ポンド(約172億円)を負担している。王室を維持するための年間費用の30%超だ。ちなみに日本の皇宮警察予算はその半分程度だ。

エリザベス女王
写真=iStock.com/kylieellway
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kylieellway

■「財政難」のイギリス王室は警護対象が絞られている

英王室は第一次世界大戦で財政が逼迫したため、「現役王族」の枠を制限した経緯がある。ウィリアム王子の子供には王子や王女の称号が与えられているが、ヘンリー公爵の子供にはチャールズ皇太子が即位するまで王子や王女の称号は与えられない。

英王室が生き延びるには無駄を切り詰め、英国や英連邦王国国民の理解を得る必要があるからだ。そうでないと、フランスの国王ルイ16世のようにギロチンのかけられてしまうという危機感が英王室にはある。

このため、身辺警護の対象も絞り込まれている。1年を通じ24時間身辺警護がついているのはエリザベス女王、チャールズ皇太子、カミラ夫人、ウィリアム王子、キャサリン妃。公務の際に身辺警護がつくのはアン王女、エドワード王子、ソフィー夫人に限られている。

■事故死したダイアナ元妃は身辺警護を自主返上していた

ヘンリー公爵とメーガン夫人と同じように身辺警護がつかないのは未成年者性交疑惑で公務を解かれたアンドルー王子(同9位)とその長女ベアトリス王女(同10位)、次女ユージェニー王女(同12位)。アン王女の長女ザラ・ティンダルさん(同21位)だ。

ベアトリス王女とユージェニー王女には2011年まで年間50万ポンド(約8100万円)の費用で身辺警護がついていたが、エリザベス女王が大学卒業後は自分たちのキャリアを歩むことを望んだため、2人の身辺警護は解かれた。

チャールズ皇太子との離婚後、自分の人生の決定権を取り戻したダイアナ元妃は警察の身辺警護を自主返上した。パリで悲劇の交通事故死を遂げるまで、警察はダイアナ元妃に身辺警護を復活させるよう説得を試みたが、かなわなかった。

■ボンド・ウォッチでSPを呼び不審者を撃退

英国では将来の君主が宮殿の外に出て教育を受けたのはチャールズ皇太子が初めてだった。皇太子が学んだ学校の校長は「皇太子の子供の頃は警官の警備も必要なかった。今は国際テロの危険もある。メディアの過剰取材、情報漏洩、プライバシー侵害、他の児童への対応など、どのように王室、学校、警察が対応するのか想像もつかない」と筆者に打ち明けた。

ビクトリア女王(1819~1901年)は5度も暗殺されかけたが、いずれも未遂に終わっている。1974年にはバッキンガム宮殿につながる大通りでアン王女が武装した男に狙われる誘拐未遂事件が発生。94年にはオーストラリアでチャールズ皇太子に向かってスタート用ピストルが発射される事件が起きている。

砲身中
写真=iStock.com/Natalia_80
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Natalia_80

ジョージ王子が通う学校に中年女性が忍び込み、覆面警官に逮捕される事件もあった。2017年にはジョージ王子をターゲットにジハード(聖戦)を唱える過激派組織「イスラム国(IS)」シンパの男が逮捕された。男はオンラインにジョージ王子が通う学校の住所を書き込み、「ロイヤルファミリーでも例外ではない」とテロを呼びかけていた。

1999年、地中海のキプロス沖で泳いでいたチャールズ皇太子ら王族2人にボートで近づいてきたキプロス系ギリシャ人の男たちが銛銃を振りかざしながら「(50年代の反英運動の)教訓を教えてやる」「お前の母親は殺人者だ」と騒ぎ出した。この時、チャールズ皇太子は手首に巻いたペンダントのような小さなアラームを作動させた。

近くの豪華ヨットではカミラ夫人やウィリアム王子、ヘンリー王子がくつろいでいた。少し離れた海上で警戒していた警備艇のSPのベルトに装着されたポケットベルが作動。警備艇は問題のボートに急接近、SPが話しかけたところボートは離れて行き、事なきを得た。チャールズ皇太子はショックを受けた。ちなみにSPはダイアナ元妃の身辺警護を担当していた。

英紙ガーディアンはこのアラームは完全防水が施された“ジェームズ・ボンド型腕時計”で、ウィリアム王子も着用しているとみられると報じている。チャールズ皇太子は毎年恒例のスキー休暇でもこのアラームを携帯している。スキーストックには帰着装置が装着され、はぐれたり雪崩に埋もれたりした場合でも警護チームが追跡できるようにしている。

■国民との距離が近いため「見せる警護」は最低限

バッキンガム宮殿への侵入未遂事件も数回発生しており、1982年にはバッキンガム宮殿の隣に160万ポンド(約2億6000万円)をかけて王室警護班の詰め所が設けられた。

英王室を取材していて痛感するのは王族と国民の距離が極めて近いことだ。それだけ身辺警護は難しくなるが、私服警官や“ジェームズ・ボンド型腕時計”など最先端テクノロジーを使って「目に見える身辺警護」は最低限に抑え、ソフト警護に徹している。英王室主催の競馬「ロイヤル・アスコット」の警備ではドローン(無人航空機)も投入されている。

英国には2020年時点で520万台の防犯カメラが設置されている。ロンドン警視庁は都心で顔認証システムを試験導入。クレジットカードやデビットカード、ICカード乗車券の追跡を含めた最先端テクノロジーはすでにテロ防止策に活用されており、目に見えないところで王族の身辺警護に応用されていたとしても何の不思議もない。

「開かれた王室」と「王族警護」を両立させるのは難しい。予算上の制約もある。安倍元首相の身辺警護は果たして十分だったのか。小室さんと眞子さんの警護は必要なのか。透明で適切な判断を確保するためには日本にも英国のRAVECのような制度が必要なのかもしれない。

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木村 正人(きむら・まさと)
在ロンドン国際ジャーナリスト
京都大学法学部卒。元産経新聞ロンドン支局長。元慶應大学法科大学院非常勤講師。大阪府警担当キャップ、東京の政治部・外信部デスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

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(在ロンドン国際ジャーナリスト 木村 正人)

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