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世界中の投資マネーが中国から離れつつある…習近平氏の「異例の3期目続投」を待ち受ける前途多難

プレジデントオンライン / 2022年9月11日 9時15分

2022年9月4日、北京の中国共産党歴史展覧館で、中国の習近平国家主席を映したスクリーンの前を通り過ぎる人々。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■習氏の「共同富裕」が看板倒れになっている

異例の3期目入りをねらう、中国の習近平国家主席。10月16日には、その可否を正式に判断する党大会が迫る。続投の線が濃厚との見方もあるが、肝いりで推進してきた「共同富裕」の失策は一定の冷や水となりそうだ。

今年1月、その苦境を象徴するかのような一幕があった。習近平がめずらしく自らの政策を弁明したのだ。世界経済フォーラムが主催するダボス会議にリモート出演した習近平は、貧富の差の解消をうたう「共同富裕」政策の停滞について釈明する形となった。

習近平は「私たちの望む共同富裕は、平等主義ではない」と述べ、経済格差に改善の兆候がみられない現状について弁明した。「まずはパイを大きくし、それを公的な計画を通じて適切に分配してゆく」と述べ、格差解消から経済成長重視への転換を仄めかした。

これは実質的に、経済格差の拡大を招いたとして批判を浴びた旧政策への後戻りとなる。英BBCは、「中国の国家主席である習近平は、景気への強い弾圧とみられている『共同富裕』政策について、世界的な場でめずらしく弁明を行った」と報じ、政策の後退を指摘している。

政権は経済格差の解消に躍起だ。BBCは、習近平が「(格差を)放置すれば中国共産党による統制を脅かしかねない」との認識を示したと伝えている。不平等が危機的なレベルに達していると理解しながらも、何ら有効な施策を示せない中国共産党指導部の焦りが透けてみえるかのようだ。

■「先富論」で成長を優先してきた過去

中国国民は長年、富める者とそうでない者の二極化に不満を募らせてきた。共同富裕は、こうした国民感情に応える政策となるはずだった。

世界第2の経済大国にまで駆け上がった中国だが、国民全員が豊かになったわけではない。むしろ経済格差は拡大している。その元凶となったのが、過去に実施された「先富論」の政策だ。

1980年代半ば、中国共産党の鄧小平は、先に豊かになれる者から豊かになるべきだとする基本原則「先富論」を唱えた。大胆な民営化施策と市場原理主義の導入を持ち込んだこの方針は、2000年代までの急速な経済成長の原動力となり、一定の成果を生んだ。

一方、2008年のリーマンショック以降は評価が一転。貧富の差を拡大した要因だとして問題視されるようになる。

中国の先富論の考え方は、経済一般にいわれるトリクルダウン理論にも共通するものがある。トリクルダウンとは、水滴が上から下へと滴り落ちる様子を意味する。企業や一部の国民など上位層が豊かになれば、やがて消費が拡大し、いずれは低所得層にも恩恵が及ぶという考え方だ。

ただしトリクルダウン理論には、現実には富めるものがますます富むだけに終わるとの批判もある。中国の先富論政策は、見事にこの失敗例に陥った。国民から不満が噴出し、まさに「中国共産党による統制を脅かしかねない」状態になっていたわけだ。

世界不平等研究所が発表した『世界不平等レポート2022』によると、1950年代に大きく是正された中国の収入格差は、80年代を境に拡大へと逆戻りした。2021年時点の資産ベースでは、上位1%の富裕層が国全体の富の30.5%を独占する不均衡が生じている。

■「地球上で最も不平等な社会のひとつ」に

そこで習近平は2021年8月、政策を大幅に見直した。「共同富裕」のスローガンの誕生だ。経済成長の裏で後回しになっていた公平性の問題を直視し、皆で共に豊かになろうというメッセージを明確にした。

しかしふたを開けてみれば、その実態は何ら新規性のある施策ではなかった。主として、富める者への締め付けに終始する内容だ。好調なIT大手を弾圧し、ただでさえ先行き不透明な不動産市場にさらに厳しい規制を導入するなど迷走している。

バラックの向こうには高層ビルが立ち並ぶ
写真=iStock.com/CHUNYIP WONG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CHUNYIP WONG

現在の中国市場は、順調だった景気拡大がひと段落し、不動産など一部セクターでは陰りがみえてきている。そんな状況下で導入された共同富裕の政策は、景気にさらに水を差す愚策だとして、国民の失望を招く結果となった。

米シンクタンクの大西洋協議会は、中国は「地球上で最も不平等な社会のひとつ」であると断言し、格差軽減への取り組みは避けられないと説く。公平な社会を目指す共同富裕においては、富の再分配をいかに実現するかが鍵となるはずだった。

その中核として習政権が描いたのが、抜本的な税制改革だ。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「中国の税制は先進国のものよりも累進性が低く、低収入の労働者に負担がのしかかっている」と指摘し、税制改革の必要性を論じている。

■挫折した税制改革

だが、肝心の税改正は棚上げとなり、試験実施の域を出ていない。同紙によると中国は、上海と重慶において、固定資産税課税の拡大を試験導入している。富裕層をターゲットとした税を拡大し、弱者への社会福祉制度の財源に充てるという、まさに共同富裕の理想を体現する計画だ。

だが、本来は今年3月に他の地域にも拡大する予定であったところ、中国財務省は延期を宣言している。企業上層部の締め付けが景気減速を招いているとの見方が広がり、早期の普及を断念した格好だ。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「しかし、テック産業の締め付けはある程度続いているものの、中国は停滞する成長率の下支えを優先するようになっており、これ以外の政策は立ち消えとなった」と指摘している。格差社会の解消がまた一歩遠のいた。

■「最も成功した企業」を弾圧、経済は失速

共同富裕の具体的政策のうち、実際に広く実行された数少ない例のひとつに、IT産業への弾圧がある。だが、IT企業経営者らの収入に歯止めをかけるねらいとは裏腹に、中国経済を混乱させただけに終わったようだ。

テック産業への締め付けは、とくにオンライン販売のアリババとソーシャルメディア運営のテンセントに打撃を与えた。90年代後半に設立され、好況を支えた両社を、米フォーチュン誌は「最も早く、最も成功を収めたプラットフォーム企業のひとつ」であったと評価している。

しかし、習近平がプラットフォーム企業をねらい撃ちにした「継続的で組織的な規制の暴力」を浴びせたことで、好調だった中国プラットフォーム企業らの「パーティーは終わりを迎えた」と同誌は述べる。

習近平政権は2020年、アリババのグループ企業のIPOを唐突に中止させた。翌年には独占禁止法違反を名目として、アリババとテンセントに数十億ドル規模の罰金を課している。これらに加え、ゼロコロナ政策による経済の混乱が両社を苦しめた。

アリババのビル
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

■共産党を守るため、景気が犠牲に

中国が駆け抜けてきた高度経済成長期の終わりがささやかれる現在、稼ぎ頭を叩く政策は悪手だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「共同富裕が立ち消えになりつつある理由のひとつは、習氏が中国経済を堅調に保つべき時であるにもかかわらず、導入された政策が企業経営者らを恐怖させ、成長を鈍化させているからだ」と指摘する。

共同富裕全般についても同誌は、各業界を締め付けているだけであり、イノベーション加速のための施策がないとの厳しい見解を示している。

一方、混乱を招いた習政権は涼しい顔だ。シンガポール経営大学のヘンリー・ガオ准教授はフォーチュン誌に対し、中国共産党指導部はこうしたテック企業への打撃を意に介さないだろうと語っている。「ビッグテックの終焉を……(中国政府は)おそらくいい厄介払いだと考えるでしょう」

中国共産党は、国内で育ちゆく巨大企業を祝福するどころか、党の指導力を超え得る脅威とみなしてきた。共同富裕を口実にこうした成功企業を締め付け、巨大プラットフォームの活力を奪う目算だ。

■自転車操業だった不動産業界にとどめ

厳しい規制は、中国大企業の株価急落を招いた。BBCは、「しかしその実施に伴い、中国政府が新たな規制を導入した結果、中国最大の部類に入る複数の企業の価値から数十億ドルが消え去った。海外投資家らを動揺させている」と報じている。

不動産業界に走った激震も記憶に新しい。不動産開発大手の恒大集団(エバーグランデ)は2020年9月、経営危機に陥った。負債比率など政府が突如導入した3つの基準、いわゆる「3つのレッドライン」が障害となり、資金繰りが困難となったためだ。混乱は他の大手デベロッパーにも波及している。

大西洋協議会は、すでに危うい不動産業界に対し、拙速な負債削減を強制したことは失策だったとみる。「巨大かつ負債を抱えた不動産業界の負債軽減をもくろんだ大規模な試み」が、結果として「経済を揺るがす恐れ」を生んだとの分析だ。

中国不動産業界では、物件の完成前から購入者にローンを支払わせる方式が横行するなど、すでに資金繰りの危うい状況が続いていた。3つのレッドラインの導入後、資金繰りに行き詰まった開発業社らは、各地の建設工事を中断しはじめた。

結果、入居前からすでにローンを支払ってきた購入者たちの怒りがピークに達している。ニューヨーク・タイムズ紙は8月、購入者らが住宅ローンの支払いをボイコットしていると報じている。

記事は「数十年にわたり、不動産の購入は中国において安全な投資だと考えられてきた。いまや不動産は、同国の中産階級の富の礎となるどころか、不満と怒りの源となった」と述べ、人々の不安と憤りを強調する内容だ。

■「異例の3期目続投」を狙う習氏の大誤算

不平等の解消を掲げた共同富裕だが、いまやその実現が危ぶまれている。

中国政府は現状、各産業への圧力を強める政策に終始している。好調なIT大手に制裁を課し、伸びていた家庭教師事業を全面的に禁止するなど、花開く産業とその創業者をねらい撃ちにした懲罰的な規制が目立つ。

共同富裕の理想である富の再分配にはほど遠く、「出る杭は打つ」方式で経済全体のパイを縮小させているのみだ。ゼロコロナ政策ですでに弱体化しきっている市場に対し、さらなる負荷をかける愚策で国民の財を危険にさらした。果ては海外投資家らまでをも困惑させている。

新型コロナ陽性患者が確認されたため、ロックダウンされた中国・上海の街並み
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

3期目をねらう習近平としては、先富論からの大々的な転換を誇示することで、経済格差に苦しめられてきた国民の心をつかみたい意向だったのだろう。しかしその実、実効的な成果を生み出せず、ITや不動産など基幹産業に危機をもたらしたのみだ。

市場を荒らすだけ荒らし窮地に陥った習近平は、先富論への後戻りさえ仄めかす状況となった。10月には党大会が控えるが、共同富裕という失策が再任への好材料となることはないだろう。仮に続投するにせよ、歪んだ経済をどう立て直すのか。国内外からの圧力は高まる一方だ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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