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「お金が足りなくて困っている」という人を、禅僧が「家族や知人に頭を下げて借りればいい」と突き放すワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月13日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SAND555

なぜ人は不安や苦しみから逃れることができないのか。曹洞宗僧侶で経営コンサルタントの島津清彦さんは「不安やストレス、恐れや怒りや苦しみなど、およそ人間が感じる苦悩は、自分への執着によって生じている。その執着を減らすには、禅の言葉が役に立つ」という――。

※本稿は、島津清彦『元上場企業社長の「禅僧」に、今の時代の悩みをぶつけてみた。心が回復する禅問答』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■不安や苦しみをもたらす犯人は「自分への執着」

いま、仕事や生活上のストレスから、精神的に疲れてしまう人が増えているようです。例えば、上司と反りが合わなくて毎日仕事がつらかったり、パートナーとの関係がうまくいかなかったり。

そんなときに、新型コロナウイルスのパンデミックがやって来て、かれこれ数年続いています。先がなかなか見通せないときは、不安が募って気持ちが落ち込むのも無理はないでしょう。

そのつらい不安の正体は、いったいなんでしょうか?

実は、あなたがいま抱えている不安の正体は、ひとことでいうと「執着」です。

不安やストレスのほか、恐れや怒りや苦しみなど、およそ人間が感じる苦悩を、禅では執着によって生じていると考えます。

では、なんの執着かといえば、それは「我執(がしゅう)」と呼ばれる「自分への執着」です。自分への執着が強くなればなるほど、不安や苦しみが大きくなってストレスも増していきます。

■生きていること自体が修行である

高価なものを追い求めれば追い求めるほど、他人と比べて心がざわついてしまいます。

住む家があり年収もそこそこ、いい車にも乗っているのに、なぜか心が満たされない。

物質的に満たされていても、そこに心の平穏はなく、むしろ苦しみが少しずつ増していきます。

家族や友人との関係がおかしくなったり、トラブルが降りかかったりするたびに、不安や猜疑心といったストレスにさいなまれ続けるようにもなります。

やがて、他人や身のまわりのものを常に恐れるようになってしまう……。

禅の観点でいうと、それらの正体はすべて、自分への執着というわけです。

残念ながら、執着がまったくない完璧な人間などいません。わたしも毎日修行を続けていますが、まだ執着にとらわれていると感じます。

もちろん坐禅をしたり、禅の考え方を学び実践したりすることで、執着は確実に減っていきます。これは、はっきりといえることです。

しかし、完全になくすことはなかなか難しい。だから、むしろこう考えたほうがいいのではないでしょうか?

わたしたちは、「生きていること自体が修行なのだ」と。「死ぬまで修行は続くのだ」と。

■禅僧が「お金がないなら人から借りればいい」と話すワケ

人が抱える悩みについて、もうひとついえることがあります。

それは、悩みの多くは人間関係から生じているということです。

「あの人がなにを考えているのかわからない」「自分のやりたいことがわからない」……。職場でも、上司や部下との関係にほとほとまいっている人もいるかもしれません。

そうした悩みのほとんどは、人の心がよく見えないために生じるのです。

「でも、お金の悩みだってあるじゃないか」と思う人もいるでしょう。頑張って働いていても、「お金が足りない」と悩むときもあると思います。それは、別に人間関係の悩みではないのでは……?

もし、そんな悩みを打ち明けられたなら、わたしはこう答えます。

「本当にお金が必要なら、家族や信頼できる友人に頼んで、頭を下げて借りればいいではないですか」と。

「そんな負け犬のような振る舞いを簡単にできるわけがない」と思うかもしれませんね。

ですが、それこそがまさに人間関係なのです。

そんな振る舞いができないのは、人様にお金を借りるのは情けない振る舞いだと考えているからです。

「お金を無心するなんて親や友人になんと思われるだろう?」「給料が安いのではないか、仕事がうまくいっていないのではと、友人に思われるのではないか?」と思っているからです。

■あらゆる悩みの原因は人間関係から生まれる

自分のなかにある不安や恐れ、あるいは「人からよく思われたい」という気持ち。そんな他者に対する感情にとらわれるために、自分の心に「蓋」がされてしまうわけですね。

会社での序列、クライアントからの評価、妻や子どもの視線……など、仕事でも家庭でもすべて同じです。わたしたちの悩みの多くは、人間関係からもたらされています。

では、わたしたちは、なぜ人の心によってそんなに苦しむのでしょうか?

その答えは、やはり「自分に執着しているから」という真理に戻ってきます。

自分という存在のなかに、なんらかの実体(我)があると考え、それに執着してしまう。この「我執」が、際限のない苦しみをもたらす原因になっているのです。

■現代は承認欲求に振り回されている

たしかに、いまの時代は「自分にこだわらなければ生きていくのが難しい時代」になっている面があるのかもしれません。

わたしたちはつねにまわりから評価されるし、自分の強みをアピールし続けなければならなくなっていて、我執を駆り立てる世の中になっているともいえます。

そうして、なんでもかんでも「評価される」時代では、仕事に限らず、本来コミュニケーションの楽しみのためのSNSでも、とにかく「いいね!」がほしくなってしまう。

承認欲求を満たしてくれるものに、つい夢中になってしまうわけですね。

スマートフォンでいいねを押すイメージ
写真=iStock.com/Tonktiti
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tonktiti

そこで自分をかりそめにでも認めてもらえれば、気持ちが落ち着いて、不安や悩みを少しだけ忘れることができる。そうして、繰り返し同じような承認を求めてしまうのです。

いまの世の中にはそんな仕掛けが多過ぎると感じませんか? モノであれ情報であれ、他者からの承認であれ、自分の外側にあるものがあまりに多く、選択肢が増え過ぎていて、わたしたちは駆り立てられるようになにかを得ようと必死になっています。

でも、そのなにかを手に入れた結果、なぜか自分の心が満たされていないことに気がついてしまう。だからこそ、その心の空洞を埋めるように、またなにかを求めてしまうのでしょう。

つまり、先の「お金が足りない」という悩みに戻ると、「お金が足りない」というのは、悩みの本質ではないということです。

例えば、いま手元にお金がなくても、自分の生き方やあり方を見て、自然と応援してくれる人が現れることだってあります。

もちろん、他人がかかわることはタイミングの問題もありますが、自分の心の蓋を取り払っていれば、その人間の生きざまや価値観などは、表情や振る舞いから伝わるものです。

もっと直截(ちょくせつ)にいえば、「○○のためにいまどうしてもお金が必要なんです。○○までに必ず返しますから、貸していただけないでしょうか?」と、誰かにお願いすればいいでしょう。

それができないのは、やはり自分にこだわっているからです。

■自分を飾ることなく、ありのままの姿を見せよ

人に借りをつくることの是非はともかくとして、我執をゆるめれば、お金などの問題は案外すぐに解決する可能性があります。お金もまた、自分の外側にあるものに過ぎないからです。

たとえお金を借りられなくても、あなたが自分を飾ることなく、ありのままの姿を見せていれば、親身になって相談に乗ってくれたり、新しい人や仕事を紹介してくれたりするかもしれません。

そこから、新しい出会いや機会が生まれて、ゆくゆくの収入につながっていくかもしれません。

そのようにして、ものごとは「あなた自身から」動かしていくことが大切なのです。

そのためには、もっと我執をゆるめて、「こだわり」を手放すことです。これは自分の強みやいいところ、可能性などを捨てろという意味ではありませんよ。

それらに、もう「こだわるな」ということです。

自分にこだわらなければ、自分からものごとを動かすなんて余計に難しくなるような気がするかもしれません。

ですが、別に自分のこだわりがあるからといって、他者を自在に動かすこともできません。

いや、相手に「右を向いてください」といって右を向かせることすらできないかもしれません。相手はそれを聞いて、あえて左を向くかもしれませんよね?

そう、本質的に他者はコントロールできないものなのです。

■他者をコントロールできると思ってはいけない

会社などでは、上司の指示に部下が従わなければ組織は成り立ちません。その意味では、誰かの意図のもとに、他者を動かしているともいえます。

しかし、それは上司が部下をコントロールしているのではなく、部下がそうすることを「自ら選んでいる」ととらえるべきではないでしょうか?

もし上司が、「自分が部下をコントロールしていると思っている」なら、その上司はリスクマネジメントができていないどころか、そもそも人間の本質についての洞察が欠けているといわざるを得ません。

そして、そういう人が、思わぬときに足をすくわれるのです。

部下にパワハラをする上司
写真=iStock.com/RRice1981
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RRice1981

大切なことは、他者をコントロールしようとするのではなく、「いま、ここ、自分」に集中することです。

■悩みが一気に晴れる禅の言葉

「即今(そっこん) 当処(とうしょ) 自己(じこ)」という言葉があります。禅の教えの根幹は、いまここにいる自分にフォーカスすることです。

実は、ほとんどの人は、いまこの瞬間の自分から離れて、過去や未来について悩んでしまっています。

「なぜあのときにしっかり勉強しておかなかったのか……」「将来の生活はいったいどうなるのだろう?」などと妄想や雑念が入り乱れて、頭のなかで思考が暴れています。

つまり、自分でコントロールできないことばかりを悩んでしまい、どんどん止められなくなって、大きな苦しみの原因になっているのです。

しかし、いまこの瞬間にしっかりと集中することができれば、実は悩みはなくなります。

実際のところ、いまこの文章を読んでいる瞬間に、あなたは将来やお金について悩んではいないでしょう。なにかをしながら、同時に将来やお金について深く悩めるわけがないからです。

そして、いまこの文章を読んでいるあなたこそが、まさに「いま自分の人生を生きているあなた」だということです。

あなたが、「いま、ここ、自分」に集中して過ごすこと、それがあなたの生の本質なのです。

■悩むなら、いまここで真剣に悩み抜くべき

禅の教えでは、過去や未来はそもそも存在しないとまでいわれています。正確には、悩むなら「いま、ここ、自分」に集中して悩めばいいということですね。

悩むなら、いま真剣に、徹底的に、全身全霊をかけて悩み抜けばいい。でも、たいていの場合、人は「いま、ここ、自分」をなおざりにして、過去や未来についていつまでもくよくよと悩んでしまうのです。

もちろん、長年の考え方や習慣を変えるのは一朝一夕にはできませんから、しばらくのあいだ「真剣に悩み抜く」練習は必要でしょう。

でも、あなたはいま「気づく」ことはできるはずです。

あなたは、過去と未来をコントロールすることができますか? 他者やまわりの環境をコントロールできるでしょうか? 嫌いな上司をコントロールし、将来を好きなようにコントロールできるでしょうか?

島津清彦『元上場企業社長の「禅僧」に、今の時代の悩みをぶつけてみた。心が回復する禅問答』(プレジデント社)
島津清彦『元上場企業社長の「禅僧」に、今の時代の悩みをぶつけてみた。心が回復する禅問答』(プレジデント社)

そんなことは誰にもできません。それなのに、コントロールできないものにいつまでもこだわってしまう。なぜでしょうか?

それは、やはり「我執」があるからです。我執が強いから、いつまでも過去を後悔し、未来に不安を感じてしまうのです。

そうではなく、あなたはコントロールできる世界をすでに手にしています。それは「内なる自分の世界」です。

深い意味では、これも“ある程度”コントロールできるに過ぎませんが、いずれにせよ、禅の教えの真髄は、いまここにある自分にどれだけ真剣に向き合えるかにかかっています。

いまこの瞬間に集中するから、過去や未来を思い煩うことがなくなり、やがて我執も減っていくのです。

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島津 清彦(しまづ・きよひこ)
経営コンサルタント、僧侶
1965年、東京都生まれ。ZENTech代表取締役CEO、シマーズ社長、禅メソッドアカデミー学長、曹洞宗僧侶。東日本大震災での被災を機に上場企業の社長というキャリアを捨て、2012年に経営人事コンサルタントとして独立起業。その後、多くの世界の一流リーダーが禅に辿り着くことを知り、自らも出家得度し仏門入り。著書に『元上場企業社長の「禅僧」に、今の時代の悩みをぶつけてみた。心が回復する禅問答』(プレジデント社)、『仕事に活きる禅の言葉』(サンマーク出版)、『翌日の仕事に差がつくおやすみ前の5分禅』(天夢人)など。

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(経営コンサルタント、僧侶 島津 清彦)

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