中国の経済成長が日本人の喘息を悪化させている…年間500万トンの黄砂を生む「砂漠化」の根本原因
プレジデントオンライン / 2022年9月16日 12時15分
※本稿は、田中淳夫『虚構の森』(新泉社)の一部を再編集したものです。
■年間約200万トンの砂が日本にやってくる
風が吹けば桶屋が儲かる……という言葉は、風で土が舞うことからスタートする。だが、日本では土が剥き出しのところは少なくなり、また湿っていると土が舞い上がりにくいから、あまり土埃が舞い上がる光景を目にすることはない。
だが世界では風の影響も侮りがたい。とくに乾燥地帯では風によって土が舞い上がり運び去られてしまう。アフリカから中近東にかけての砂漠や、その周辺のサヘルと呼ばれる乾燥地帯では、貿易風や偏西風によって莫大な土が運ばれている。
そしてアジア大陸でも、風による深刻な土壌消失が起きている。
その一つが、黄砂だ。
黄砂は文字どおり黄ばんだ微細な砂だ。春先に中国大陸奥地から季節風(モンスーン)に乗って日本に飛来する。日本では春霞として知られ、洗濯物や車のフロントガラスに付着して汚す。
あまり有り難くはないが、同時に季節の風物詩にもなっている。
だが、舞い上がる砂の量たるや年間で500万トンにも達し、その3分の1から2分の1が日本列島に降下しているという。大雑把に言って200万トン前後の砂だから、凄まじい量だ。
これも日本の土になっていると言えなくもない。
■喘息(ぜんそく)の原因に
この黄砂の害を、あまり過小評価しない方がよい。
とくに最近指摘されるのは、人体の健康への影響だ。
なぜなら日本に届く粒子は、非常に小さい(3~4μm)から肺の奥にまで入りやすいのだ。
また黄砂が日本まで飛んでくるのは、主に3~5月。これはスギとヒノキの花粉症の時期ともろにかぶる。
黄砂自体がアレルギー症状を引き起こすと言われるほか、花粉症などと重なることで悪化させる可能性がある。
もし鼻水や目のかゆみがひどい時、あるいは喘息(ぜんそく)などが起きた時は、花粉症だけでなく、黄砂の影響を疑ってもいいだろう。
一般に花粉症では、喘息や咳は起きないと言われているからだ。
黄砂の主成分は、石英(せきえい)や長石(ちょうせき)、雲母(うんも)、カオリナイト、緑泥石(りょくでいせき)などの鉱物だ。
これらは日本に飛んでくる途中で大気中のPM2.5と呼ばれる微細な排気ガス成分のほか、カビや細菌などを付着させる。これらがアレルギーほかの健康被害をもたらす可能性がある。
■中国の年間被害額は7000億円
ところで、黄砂が飛ぶ原因は、あまり知られていない。
日本では古くからの文献にも「春霞」として春先に遠方が見えなくなる空気の濁りが記載されているから、昔からある自然現象だと思われてきた。
たしかに黄砂が飛ぶこと自体は、古代の中国でも起きていたのだが、近年、その発生頻度と規模は拡大し、大規模な環境問題となっている。
もちろん日本だけでなく、足元の中国の被害は年間7000億円相当に達するとされ、朝鮮半島にも甚大な影響をもたらしている。
農作物被害、視界を奪う生活被害、吸い込むことの健康被害に加えて、エンジンに吸い込まれることで自動車などの故障が増えた。
しかも黄砂の規模は以前より格段に大きくなっている。
中国の環境問題を研究してきた大阪大学大学院の深尾葉子教授によると、日本まで飛んでくる砂は、従来言われてきたタクラマカン砂漠からではなく、より日本に近いモンゴルや内モンゴル、新疆(しんきょう)ウイグル自治区、黄土高原、華北地方からだという。
![モンゴル ユルト ゲル テント](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/d/1200wm/img_cdb7f66aa9067b2b48437b15310cabfb1063536.jpg)
具体的な発生源は、農地や放牧地、道路などが大きかった(『黄砂の越境マネジメント』より)。
つまり中国の農地や草原は、毎年500万トンの土を失っていることになる。
■黄砂を悪化させた「中国の経済成長」
かつては春の風物詩だった黄砂が、近年はなぜひどくなったのか。
風が強くなるなどの自然現象というよりも、表土の攪乱(かくらん)が強まり土が舞い上がりやすくなったからだという。
攪乱とは、過度な耕作や大規模な土木工事である。
乾燥地であるこの地域の農地も、従来はそんなにひどく土壌が剥き出しではなかった。伝統的な農法は、あまり耕さず、また範囲も限られていた。おかげで大部分の表土は守られてきた。
ところが中国の経済成長が続くと、より農地を増やそうと草原の耕地化が進んだほか、畜産でも放牧頭数を増加させたため、草を根こそぎ食べられてしまう。
さらに地下資源(金や石炭)の採掘なども大規模に行われた。
こうした開発が急速に進んだことこそ、黄砂の激化の原因と考えられる。
■薬草の採取で草原が砂漠化
深尾教授が挙げる具体例は、内モンゴルの草原に生える「髪菜(はっさい)」の採取である。
髪菜は、見た目は黒いモズクかヒジキのような形状だが、その正体は原始的な生物であり光合成をする藍藻(らんそう)の一種のシアノバクテリアだった。これが内モンゴルの草原を覆っていて、表土の飛散を防いでいたのだが、近年薬膳料理の素材として持て囃(はや)されるようになった。
そのため健康食として価格が高騰し、競って採取するようになったのだ。
![テーブルの上の古代中国医学の本とハーブ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/3/1200wm/img_c36ed324b9a33c3a73e230073cc7a4f01181423.jpg)
だが長い年月の末に形成された大地の被覆だけに、一度採取されると回復しない。土が剥き出しになり水分も奪われやすくなる。そのため草原の砂漠化を進めてしまった。
ほかにも漢方薬の材料となる「甘草(かんぞう)」も根こそぎ採取される。
また採取者は野営しながら採取するが、その際にヤナギなど在来の植物を掘り取って燃料にする。それが植生の破壊に拍車をかけた。
なお黄砂からはアンモニウムイオン、硫酸イオン、硝酸イオンなども検出されている。飛散途中で人為的な大気汚染物質を吸着しているからとされるが、耕地に散布された化学肥料由来の可能性もある。
いずれにしろ、人為的要素が高い。そして、それらが健康被害をもたらしている。
逆に黄砂はアルカリ性であり、それが酸性雨の発生を抑えているという報告もあるから環境とは複雑だ。
中国政府も、黄砂を抑えようと耕地に植林をして森にもどす「退耕還林」政策や、放牧禁止を打ち出している。だが、これも逆効果になりがちだ。
乾燥地に木を植えたら、樹木は水を吸い上げて余計に乾燥を進めてしまう。
地下水の汲み上げは、塩類集積を伴い大地を不毛にしかねない。植える樹種も、本来その地に生えていた低木や草ではなく、人間に有用な樹種を選びがちだ。しかも植えるために、乾燥地に根付いた草木を刈り取ってしまう。
■植林しても逆効果
日本からも中国の砂漠に木を植える植林ツアーが催されていて多くの人が参加している。木を植えに行くボランティア活動と美しく語られがちだが、実はこれも乾燥を進めて黄砂を拡大する危険な行為ではないか。
![田中淳夫『虚構の森』(新泉社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/1200wm/img_678554585d934f5fa0ade065c5ebe25a352745.jpg)
また草原での放牧を禁止したことで、遊牧民は許された狭い範囲に多くのウシやウマを放すことで植生をより破壊してしまう。
これまでの放牧には、草の量と生える季節を考えて循環させる知恵があったのが、それを壊してしまったのだ。あるいは餌としてトウモロコシなどを栽培せざるを得なくなり、草原を耕地にしてしまう例もあるそうだ。
黄砂に限らないが、中央アジア、南北アメリカやアフリカなど各地で不毛の地の拡大が世界的な問題となっている。
対応を誤ると、より被害を拡大させてしまうだろう。
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1959年大阪生まれ。静岡大学農学部を卒業後、出版社、新聞社等を経て、フリーの森林ジャーナリストに。森と人の関係をテーマに執筆活動を続けている。主な著作に『絶望の林業』『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)、『森林異変』『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『樹木葬という選択』『鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』(ごきげんビジネス出版・電子書籍)ほか多数。
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(田中 淳夫)
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