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どれも雲をつかむような話ばかり…岸田首相の「原発で電力不足を解消」を信じてはいけない理由

プレジデントオンライン / 2022年9月11日 14時15分

記者団の取材に応じる岸田文雄首相=2022年9月6日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

日本の電力不足が深刻化している。国際大学の橘川武郎教授は「岸田文雄首相は原発の新増設や運転期間延長に言及し、あたかもこれで電力不足を解消できるように受け止められているが、今冬には到底間に合わない。今後の具体的な計画も示されておらず、政策転換として評価するのは時期尚早だ」という――。

■「次世代革新炉」に踏み込んだ岸田首相

8月24日のGX実行会議で岸田文雄首相と西村康稔経済産業相が行なった原子力に関する発言が、一部のメディアで「原子力政策を転換したもの」ととらえられ、大きく報道されている。そこで岸田政権が原子力政策遅滞の解消に向けて年末までに政治決断が求められる項目とし挙げたのは、

(1)次世代革新炉の開発・建設
(2)最長60年と定められている運転期間の延長を含む既設原子力発電所(原発)の最大限活用

などの諸点であり、あわせて

(3)原子力規制委員会の許可(原子炉設置変更許可済み)を得ながら再稼働を果たしていない7基の原子炉の来夏・来冬以降の再稼動についても言及した。

このうちとくに「政策転換」とみなされているのは、(1)の点である。「原発のリプレース(建て替え)・新増設はしない」という政府の従来の方針を転換したものではないか、と言うのである。

本当にそうだろうか? 本稿では、この点を掘り下げてみたい。

■政策転換と判断するのは時期尚早

結論から言えば、「政策転換」と判断するのは時期尚早だと考える。そう考える根拠としては、以下の3点を挙げることができる。

1 誰(どの事業者)が、どこ(どの立地)で、何(どの炉型の革新炉)を建設するのかについて、まったく言及がない

2 電気事業者も、重電メーカーも、国内での次世代革新炉の建設について、具体的な動きを示していない

3 「次世代革新炉の開発・建設」を本気で行うのであれば、「既設原発の運転延長」を行う必要はなく、上記の(1)と(2)の両者を同時に掲げるのは論理矛盾である

■今回は共鳴する事業者の動きがみられない

これまで政府がエネルギー政策を本気で転換した時には必ず、それに先行して政策転換につながる電気事業者の具体的な動きがあった。

2020年7月、安倍晋三政権の梶山弘志経済産業相が新しい送電線接続ルールとして空き容量を柔軟に活用できるノンファーム型接続を採用した際には、東京電力パワーグリッドがその前年から千葉県でそれと同じ接続方式を実践していた。

20年10月、菅義偉首相が所信表明演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルをめざす」と宣言した際もそうだ。直前に日本最大の火力発電会社であるJERAが、石炭火力をアンモニア火力に転換し、LNG(液化天然ガス)火力を水素火力に変える「カーボンフリー火力構想」を発表し、風力や太陽光という変動電源が拡大しても二酸化炭素を排出しない形でバックアップを行うことを可能にする仕組みを明示していた。

しかし、今回は様相が違う。次世代革新炉の開発・建設と言っても、それと共鳴する事業者の動きはない。だから、「誰が、どこで、何を」という具体的な言及がないのである。

厳しい見方をすれば、次世代革新炉の開発・建設を掲げてはいるが、本当のねらいは既設原発の運転延長にあるのではないか、とも言える。

■「古い原発の運転延長」を語るべきではない

技術者の育成等の観点から、次世代革新炉の開発は、国民的支持を得ることが相対的に容易である。それを一種の「目くらまし」にしながら、実は既設原発の運転延長を企図する。このようなねらいがなければ、論理的に矛盾する(1)の次世代革新炉の開発・建設と(2)の既設原発の運転延長とを、セットで打ち出すことはなかったのではあるまいか。

原子力発電所
写真=iStock.com/paprikaworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paprikaworks

そもそも、既設原発の運転延長は、きわめて筋が悪い議論である。原子力発電を何%であれ使い続けるのであれば、危険性の最小化が大前提となる。そのためには、古い炉よりも新しい炉の方が良いことは、論をまたない。その意味で、原子力政策としては、「リプレース・新増設」を語るべきで、「古い原発の運転延長」を語るべきではない。

確かにアメリカ等では既設原発の運転延長が進んでいるが、「地震・津波・火山リスク」がある日本にこれをあてはめることは危険であろう。1971年3月に運転を開始した東京電力・福島第一原子力発電所1号機は、まさに40歳の誕生月(2011年3月)に水素爆発した。これを教訓に、自民党や公明党も賛成して、原子炉等規制法を改正し、「40年廃炉基準」を導入したことを忘れてはならない。

■古い原発を新しい炉に建て替える「リプレース」

筋が悪い「既設原発の運転延長」論とは対照的に、原子力政策において「リプレース・新増設」を語ることには意味がある。ただし、ここでは、2つの点に留意すべきである。

1つは、今日の日本においては、原発の新規立地はきわめて困難であるから、現実には「新増設」は既設原発と同じ敷地内で行われる点である。もう1つは、「リプレース・新増設」を行うことは、「原発を増やす」ことを意味しない点である。

「リプレース・新増設」の本質的な価値が原発の危険性を小さくすることにある以上、「リプレース・新増設」を進めるに際しては、並行して、より危険性が大きい古い原子炉を積極的にたたむべきである。つまり、既設原発と同じ敷地内で行われる「新増設」は、古い炉を新しい炉に建て替える「リプレース」として行われるべきなのであり、「リプレース・新増設」という表現ではなく、建て替えを意味する「リプレース」という言葉に集約すべきだということになる。

日本は、2018年に閣議決定した第5次エネルギー基本計画を契機に、「再生エネルギー主力電源化」の方向に舵を切った。「再生可能エネルギー主力電源化」は、「原子力副次電源化」と同義である。これらの事情をふまえるならば、わが国の原子力政策の主眼は、古い炉を新しい炉に建て替える「リプレース」を進めながら、原発依存度を徐々に低下させることに置かれるべきである。

■次世代軽水炉と高温ガス炉は実現する価値がある

「リプレース」を進めるにあたって、筆者が注目している炉型が2つある。次世代軽水炉と高温ガス炉だ。

日本の原発設備は、最新鋭であるとはとてもみなせない。全体の半分強(17基)を占める沸騰水型原子炉については、最新鋭のABWR(改良型沸騰水型軽水炉)が4基存在する(東京電力・柏崎刈羽6/7号機、中部電力・浜岡5号機、北陸電力・志賀2号機)。だが、残りの半分弱(16基)の加圧水型原子炉については、最新鋭のAPWR(改良型加圧水型軽水炉)やAP1000(第3世代の加圧水型軽水炉)が皆無である。

中国では、2018年にAP1000やEPR(欧州加圧水型炉)が稼働したにもかかわらず、である。このような状況を改善するためには、とくに古い加圧水型原子炉を次世代軽水炉にリプレースすることが、重要な意味をもつ。

いわゆる「新型炉」のなかでは、高温ガス炉に期待したい。電力だけでなく、900℃以上の熱を利用して水素を生産することができるからである。水素は、日本のカーボンニュートラル戦略の帰趨を決するキーテクノロジーであるが、製造コストが高い点に問題がある。

製造コストを下げるために、現在進行中の水素プロジェクトの大半は、グリーン電力の料金が日本国内より安い海外での生産を予定している。しかし、それでは水素を輸入することになり、わが国のアキレス腱であるエネルギー自給率の低さを解消することにはならない。もし、高温ガス炉が国内に建設されれば、低コストで大量の水素を生産することに道を開く。水素国産化の展望が開けるのである。

■具体的な建設計画が出て初めて「政策転換」となる

本稿の冒頭で、岸田政権が8月に示した原子力に関する方針は、「誰がどこで何を建設するか」について言及していないから、政策転換とみなすには時期尚早だと書いた。

しかし、もし年末までに、「関西電力が(場合によっては中部電力や九州電力の協力を得て)、美浜発電所で原子炉のリプレースを行い、古い加圧水型原子炉の3号機を廃止して、次世代軽水炉の4号機を建設する」とか、「日本原子力発電(原電)と関西電力が、空き地となっている原電・敦賀発電所の3・4号機の予定地で、高温ガス炉を建設し、あわせて水素発電を行う」とかいうような具体的な方向性が示されることになれば、「政策転換」が本物になったと評価してよいだろう。

夜間の高電圧電源線
写真=iStock.com/happyphoton
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/happyphoton

■いま原子力政策を動かそうとするのはなぜか

それにしても岸田政権は、なぜこのタイミングで、原子力に関して一歩踏み込んだ発言を行ったのだろうか。

もちろん、7月の参議院議員選挙で与党が大勝し、今のところ2025年7月まで国政選挙が予定されていない「黄金の3年間」が始まったという事情は、考慮に入れているだろう。しかし、それ以上に、ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー危機が世界に広がり、電力不足への懸念が強まって、原発の稼働に対する期待が高まっている状況を重視したと言っていいだろう。

ドイツでは、今年中に原発を全廃する予定であったが、2基を予備電源として、来年4月半ばまで残すことを決めた。ベルギーも、2025年に予定していた原発の全廃を、10年間先延ばしすることにした。日本でも、最近の読売新聞の調査によれば、原発の再稼動について、賛成が反対を上回った。2011年の福島第一原発事故後、初めての出来事である。

このような状況を念頭に置いて岸田政権は、(1)の「次世代革新炉の開発・建設」と抱き合わせで、(3)の「7基の原子炉の来夏・来冬以降の新たな再稼動」を打ち出した。しかし、すぐにわかることだが、(1)の「次世代革新炉の開発・建設」は、10~20年以上かかる事柄である。

プレジデントオンラインの記事<より深刻な電力危機は、この夏よりも「冬」である…日本が「まともに電気の使えない国」に堕ちた根本原因>で東日本が今冬、今夏以上の電力逼迫に見舞われるリスクについて解説したが、こうした当面の電力不足の解消とはまったく関係がない。にもかかわらず、(1)と(3)をセットで提示することに岸田政権の「狡猾さ」を感じとるのは、筆者だけではあるまい。

■動かしたくても動かせない事情がある原発ばかり

そもそも、(3)の「7基の原子炉の来夏・来冬以降の新たな再稼動」に岸田政権がどうコミットするのかも、不明確である。

原子力規制委員会の許可を得ながら再稼働を果たしていない7基の原子炉のうち、東京電力・柏崎刈羽6/7号機は、東京電力の不祥事によって、規制委員会の許可自体が事実上「凍結」された状態にある。日本原子力発電・東海第二は、事故時の避難計画の不備を理由に裁判所によって運転を差し止める判決が出ている(原電側と原告側がそれぞれ控訴)。

残りの4基、つまり東北電力・女川2号機、関西電力・高浜1・2号機、および中国電力・島根2号機の4基は、運転再開に関する地元自治体の了解も取り付けており、再稼働へ向けての準備が進んでいる。ただし、女川2号機と島根2号機については、再稼働のために必要な工事が、岸田首相の掲げた「来夏・来冬」までに完了しそうにない。

したがって、柏崎刈羽6/7号機、東海第二、女川2号機、島根2号機の5基の来夏・来冬における再稼動は、政府の強力なコミットがない限り実現しないことになる。では、岸田政権は、これら5基の再稼動に対して、どのようにコミットしようとしているのだろうか。肝心のこの点が、現時点では、皆目わからないのである。

■具体的な施策がない限り「ポーズ」で終わる

岸田首相は、今年7月14日の記者会見でも、来年1~2月の電力危機を乗り切るために、「9基の原発を再稼働させる」と胸を張った。しかし、これら9基はすでに再稼動をはたしたものばかりであり、点検、修理のために一時的に運転を停止していたケースはあったものの、来年1~2月には稼働することがとっくに織り込み済みであった。首相は、それにもかかわらず、あたかも自分が動かすかのような言い方をしたのである。

この事例が示すように、岸田政権は、原子力に関してポーズをとるきらいがある。「7基の原子炉の来夏・来冬以降の新たな再稼動」を打ち出しても、そのためにどのような施策を講じるか具体的に示さない限り、「ポーズとり」と言われても仕方がないだろう。

そもそも今回注目を集めた「次世代革新炉の開発・建設」の検討も、単なるアドバルーンに過ぎないのかもしれない。世論の反応を見ているのである。いずれにしても、われわれ国民は、年末に向けて、岸田政権の原子力政策について監視の目を光らせる必要がある。

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橘川 武郎(きっかわ・たけお)
国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て現職。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『エネルギー・シフト』、『災後日本の電力業』などがある。

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(国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授 橘川 武郎)

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