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このままでは鉄道事業そのものが行き詰まる…JR東が「社員4000人削減」に踏み切る本当の狙い

プレジデントオンライン / 2022年9月12日 9時15分

記者会見するJR東日本の深沢祐二社長=2022年9月6日、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト

■どの社も生き残りに一段と必死だ

現在、わが国の鉄道各社は一段と厳しい事業環境に直面している。コロナ禍によって鉄道の利用客は減少した。地方では収益性が低下する路線も増えている。

その状況下、JR東日本は鉄道事業の社員を約4000人削減する方針だと報じられた。不動産事業などに経営資源を再配分して収益源の多角化に取り組むとみられる。近鉄や西武鉄道はホテルなどの資産を売却して、バランスシートを身軽にする“アセットライト”経営を強化した。各社は生き残りに一段と必死だ。

鉄道各社は長期の存続のために、新しい取り組みをさらに増やさなければならないだろう。ウクライナ危機の発生などによって、世界経済の後退懸念は高まっている。それはわが国の鉄道利用者数を減少させる要因の一つと考えられる。

その一方で、やや長めの目線で考えると海外では、物流や観光などのための鉄道輸送需要は増加する可能性が高い。足許では中国から資本が流出し、東南アジアの新興国やインドに流入する動きが加速している。

そうした成長期待の高い国や地域での鉄道インフラ整備や、それを軸とした都市部での動線整備など、わが国の鉄道各社にとって海外での潜在的な収益チャンスは増えるだろう。事業環境の厳しさが高まる状況ではあるが、鉄道各社は成長期待の高い海外に進出し、収益力を強化すべき局面を迎えている。

■ウィズコロナで業況は徐々に上向いているが…

現在、国内の鉄道各社の業況は徐々に上向いている。それはわが国においてウィズコロナの経済運営が目指されていることなどに支えられた。ただし、収益増加の持続性に関しては懸念がある。複数の要因によって鉄道旅客は減少し、業界全体で運輸収入はコロナ禍発生以前の水準に戻っていない。

国土交通省の“鉄道輸送統計調査”によると、2000年度のわが国鉄道旅客数は約216億人だった。2018年度の旅客数は約253億人に増加し、2000年度以降のピークを記録した。時系列で確認すると、2012年度以降に旅客数は顕著に増えた。その背景要因として、リーマンショック後の世界的な金融緩和や中国共産党政権による経済対策の実施などによって、世界経済全体が緩やかに成長した。

■コロナ禍前から鉄道利用者は減少している

それに加えて、2012年12月にわが国では総選挙が実施され、異次元の金融緩和を重視する安倍政権が誕生した。“アベノミクス”期待を背景に、外国為替市場では内外の金利差拡大観測が高まり主要通貨に対して円安が進行した。安倍政権は海外からの観光客増加などインバウンド需要の取り込み強化による地方創生も推進した。

その結果として、わが国を訪れる外国人観光客は増加し、鉄道旅客数が押し上げられた。しかし、中国経済の減速、新型コロナウイルスの感染発生などによって動線は寸断され、2019年度の旅客数は約252億人に減少した。2020年度は感染再拡大の長期化などによって約177億人とさらに減少が鮮明化した。

その一方で、インバウンド需要を除いて考えると、コロナ禍が深刻化する以前から国内の鉄道利用者数は減少していた。7月28日にJR東日本は利用の少ない線区の経営情報を公開した。

1987年度と2019年度、および2020年度の平均通過人員を比較すると、公表対象となった35路線、66区間のすべてにおいて利用者は減少した。いずれも収支は赤字だ。少子化、高齢化、人口の減少によってわが国の地方における産業基盤は脆弱(ぜいじゃく)化している。就業機会などを求めて都市部に移り住む人は増えた。コロナ禍の発生は利用者数をさらに減少させ、地方における路線の収支状況の悪化は鮮明だ。

■通勤利用が減り、インバウンドの回復も見込めない

今後、わが国の鉄道各社を取り巻く事業環境の厳しさは一段と増すだろう。国内ではテレワークの定着などによって通勤や出張のための鉄道利用は減少した。また、インバウンド需要の増加も期待しづらくなっている。特に、中国ではゼロコロナ政策や不動産バブルの崩壊などによって景気が失速し、雇用環境は建国以来で最悪の状態を迎えたと考えられる。

基本的に、世界経済全体での観光需要は経済成長率に連動する。中国の経済成長率の低下はより鮮明となる可能性が高い。それによって、訪日客が増加した韓国や台湾、東南アジア新興国の経済成長にはマイナスの影響があるだろう。それに加えて、欧州ではロシアから供給される天然ガスの減少によって電力料金などが高騰し、欧州中央銀行(ECB)は金融引き締めを徹底して進めなければならない。

■「鉄道人員削減」の本当の狙い

米国でも追加利上げが行われ、個人消費は減少するだろう。国内では近距離の観光を目的とした鉄道利用が増える可能性はあるものの、それによってインバウンド需要の落ち込みをカバーすることは難しいだろう。

そうした展開が予想される中、鉄道各社は収益源を多角化しなければならない。特に、JR東日本のように売上高に占める鉄道事業のウエートが高い企業にとって、収益源の多角化は急務だ。そのための一つの方策として、国内において同社は不動産など非鉄道分野に人員を再配置する。それに加えて、社会の公器としてJR東日本が長期の存続を目指すために、経営陣はさらなる新しい取り組みの強化を目指すだろう。そのポイントは、データを用いて新しい需要をより積極的に生み出すことだ。

例えば、国内外の観光客の移動経路などに関するデータを分析し、潜在的に需要が高いと考えられる地域の魅力をより積極的に発信する。そのためには、地方自治体や国内外のマーケティングの専門家、航空各社など異なる分野との協力体制のさらなる強化は避けて通れない。JR東日本による鉄道事業人員数の削減は、さらなる成長のために新しい取り組みの強化は不可避という経営陣の決意の表れだ。

■海外事業の徹底強化は急務だ

それに加えて、JR東日本をはじめとする鉄道各社にとって海外事業の重要性は一段と高まるだろう。経済産業省の資料(海外展開戦略(鉄道)2017年10月)を参照すると、わが国の鉄道業界は世界的に見て高い競争力を持っていると考えられる。

例えば、JR全体の事故率は、フランスや韓国、ドイツを下回る。各国の定義の違いもあるが、列車運行の遅れに関してもわが国鉄道各社の遅れは小さい。それに加えて、建設、運営、保守などのライフサイクルコストに関して、新幹線のコスト競争力は国際的に高い。そうした強みを新興国の鉄道運営企業に提供することは、JR東日本をはじめとする鉄道各社の収益力強化に無視できないプラス効果を与えるだろう。

2017年7月27日、宮城県仙台市を走るE5系新幹線
写真=iStock.com/MasaoTaira
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MasaoTaira

足許では生産コストの上昇、台湾問題の緊迫化懸念などを背景に、中国からインドやベトナムなどASEAN地域の新興国に生産拠点を移す多国籍企業は増えている。それによってインドなどでの鉄道利用客数は急速に増える可能性が高い。

■「鉄道以外」の分野をどれだけ売り込めるか

わが国の鉄道運営に関するノウハウ=ソフトウエアを輸出することは、鉄道各社にとってビジネスチャンスにつながる可能性が高い。これまでは鉄道インフラ(線路の建設や車両など)の輸出が重視されてきた。それに加えて人材の教育や駅を中心とした不動産の運営や管理など、ハード以外の分野でも本邦鉄道各社の強みを発揮できる分野は増えるだろう。

問題は、海外進出のリスクをどう負担するかだ。JR東日本のように経営規模の大きい企業であれば自力で海外での事業体制を強化することは可能だろう。しかし、私鉄各社の中には自力で海外事業を強化することが難しいケースもあるだろう。その場合の対応策としては、複数企業の合弁によって海外での鉄道運行を支援する企業を設立し、海外の鉄道企業向けのコンサルティング・サービスなどを提供することが考えられる。

鉄道各社に求められるのは、過去の発想にとらわれることなく、ビジネスモデルの変革を加速することだ。そのスピードを高められるか否かが、中長期的な鉄道各社の事業運営体制に大きな影響を与えるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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