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刺激にあふれる熱狂型の人生より、「徹底的な凡人」を目指すほうが、アイデアがどんどん出てくると実感したワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月13日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pinboke-oyaji

人生を豊かで楽しいものにするには、どうすればいいのか。新刊『モヤモヤの日々』(晶文社)を出したライターの宮崎智之さんは「『僕たち』のような大きな主語を使わず、『僕』という極私的な一人称にこだわった。そうして日常のモヤモヤを突き詰めることで、誰かの生活や仕事を豊かにする、普遍的な文章を書けるのではないかと考えた」という――。

■スピード感や熱ばかり求めることは正しいのか

ビジネスの世界では、「最年少上場記録」や「PDCAサイクルをはやくまわす」といった、スピード感がありがたがられる。「熱狂型」のモチベーション向上術などが、ビジネス書でももてはやされている。

しかし、とくにコロナ禍になってからは、そういったスピードや熱ばかり求める風潮に疑問を抱きはじめた人は多いのではないか。筆者は、現代が変化の激しい時代だからこそ、「凪(なぎ)」の中に身を置き、周囲にあるものをじっくり観察して、ボタンのかけ違いがないか確認しながら進むことが大切だと考えている。凪はただの無風状態ではなく、風が切り替わる創造的な瞬間なのだ。

8月29日に上梓した新刊『モヤモヤの日々』(晶文社)は、2020年12月22日~2021年12月30日まで、WEBマガジン「晶文社スクラップブック」にて、平日毎日17時に公開したエッセイを一冊にまとめたものである。平日毎日といっても、ストックの原稿をためることはなく、その日の原稿はその日に書いて提出し、その日に公開した。そういう意味では「日記文学」でもある。

■モヤモヤ、違和感、思い出したことを1年間書き続けた

毎日、その日に起こった出来事のモヤモヤ、違和感、思い出したことなどを、約1年間、書き続けた。よく一度もネタ切れにならずに済んだなとわれながらに思うが、むしろ「ネタ」を求めているようでは、この手の連載は続かない。「○○してみました!」といったようなネタづくりは絶対にしたくなかった。かといって、毎日、エッセイのネタになるような面白い出来事が起こるわけではない。

さらに、連載期間中はコロナ禍の真っ最中である。フリーランスで在宅勤務する筆者は、取材や打ち合わせはリモートで行い、外出するのは、近くのスーパーやコンビニへの買い物か、犬の散歩くらい。極端に行動範囲の狭い日常が続くなかで、毎日書くのはそれなりに大変な挑戦だった。

■熱狂型の働き方をやめた「二度の入院」

筆者は6年ほど前から断酒している。アルコール依存症になり、急性膵炎で二度入院し、酒を絶つことを決意したのだ。酒を断たないと日常生活がぼろぼろになるどころか、下手をすれば命の危険まであった。

それまでフリーライターとして「熱狂型」の働き方をし、たくさんの仕事を受けることで生計を立てていた筆者は、根本的に働き方や生き方を見直さなければいけなくなった。酒の勢いを借りて仕事をしていたときもあった。果たして仕事を続けられるだろうか。変われるだろうか。

しかし実際に直面したのは「変わる」ことではなく、元あった場所に心を戻す営みだった。小学生の夏休み、朝起きて外の空気を吸い、「今日は何をしよう」と考えていたことを思い出した。当時のように世界が美しく、クリアに見えることはもうないかもしれない。だが、酒をガソリンのように飲み、「熱狂型」で生きて、世界がクリアに見えていたかといったらそうではなかった。「熱狂型」で生きることにより、見落としてしまっているものがあることに気がついた。

そして、そこにこそクリエイティブの原資が隠されていることも。熱狂するのではなく、平熱で、いろいろな事象にモヤモヤしながら生きるのは、退屈なことではなかったのだ。それに気づいたのは、34歳のときだった。

■「モヤモヤ」とは、今を生きることである

その姿勢で1年間、毎日、原稿に向き合って完成したのが『モヤモヤの日々』という一冊である。39歳~40歳までの期間、筆者が見て、聴いて、感じたことを書き続けた。「徹底的な凡人」を自称する筆者にとって、それは冒険的な試みだった。しかし、「徹底的な凡人」が考えに考え抜き、奇抜なことを一切やらず、素直にそのまま書き続けることによって到達してしまうような境地があるのではないかと、筆者は考えていた。

だから、『モヤモヤの日々』は、「僕」という極私的な一人称にこだわった。極私的な一人称にこだわり、個人的なことを突き詰めて考えるからこそ、文章が普遍的なものになる。「僕たち」といったような大きな主語を使わないほうが、すべてを引き受けて書ける。それを読んでもらうことにより、誰かの生活や仕事が豊穣(ほうじょう)なものになる。その一点に賭けた。

それが成功しているかどうかは、ぜひ『モヤモヤの日々』を手にとって、お確かめいただきたい。人間は言葉によって癒され、楽しみ、この世界に親しみを広げていく。筆者自身がそうだったし、きっと本書を読めば、今の現実を語る新しい言葉と文体と認識の端緒に触れることができるだろう。不確かでままならない人生の支えとなる確かさの杭(くい)を見つけることができるだろう。

日常をしっかり生きてみると、モヤモヤの連続である。しかし、そのモヤモヤを真正面から考え、乗り越えていくことこそが、生活というものではなかったか。「モヤモヤ」とは、今を生きることである。

太陽の方向に歩道に沿って歩く女性
写真=iStock.com/borchee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/borchee

■「それからはさうでなければならなくなる」の意味

文筆家の吉田健一(1912~1977)は、われわれの眼を新しい世界に対して開かせる言葉に共通する要素は、人目を惹こうとしないということだと、「何も言ふことがないこと」(筑摩書房『言葉といふもの』収録)という奇妙な題名の随筆に記している。

いわく、「我我が眼を開かれて知るのは、我々が前から知つてゐたことであり、ただそれまではさうであることだつたことがそれからはさうでなければならなくなる」。筆者は吉田のこの考え方が好きだ。なにかが「そうでなければならなくなる」瞬間とは、つまりそれに対して親しみを覚える瞬間であり、そのぶん世界や視野が広がっていく。

亡くなった父は愛媛県出身だった。子どもの頃、夏になると毎年、祖父母に会いに父の実家に帰った。父が一人っ子だったこともあり、唯一の孫である姉と筆者を、祖父母はとても可愛がってくれた。

■風が止まることで、くっきりと姿を現すものがある

愛媛に行くと、必ず家族で滞在する民宿があった。海の前にある、小さな町の民宿である。そこで父や祖父母はよく「凪(なぎ)」という言葉を口にしていた。凪とは、瀬戸内海などの内海でたびたび発生する自然現象のことであり、凪がくるとあたりは無風状態となる。

筆者は凪という言葉の意味を、大人になってから知った。しかし、凪がきたときの、あの穏やかで静まりかえった町の情景を、筆者は今でも忘れることができない。セミの鳴き声や子どもたちの笑い声、高校野球の声援。静寂のなかで、初めからずっとそこにあったものたちが正確に、より細部までくっきり姿を現す。そして、「そうでなければならなくなる」ものに、そこになければならないものに変わっていく。

幼い頃、海辺の町で筆者は、そんな感覚を覚えていた。

■クリエイティブは「凪」の中から生まれる

凪には、朝凪と夕凪がある。発生する時間帯が異なっているだけではなく、陸風から海風、海風から陸風と、それぞれその前後で切り替わる風が違うという特徴がある。つまり、凪とはただの無風状態ではなく、風が切り替わる瞬間に訪れる束の間の静寂でもあるのだ。

宮崎智之『モヤモヤの日々』(晶文社)
宮崎智之『モヤモヤの日々』(晶文社)

目まぐるしく変化する日常を強いられている今だからこそ、しばし凪のなかで考える必要性を、筆者は強く感じている。凪の中に身を置き、目の前にあるものをしっかりと見る。より感じ、より考え、それを自分の言葉にして伝える。そして、風の切り替わる瞬間をとらえていく。身の回りから時代の兆しを感じとっていく。

凪を生きる。それは、ボタンの掛け違いをどこかでしていないか、点検する時間を確保しながら進んでいくような生き方である。無風状態の凪は退屈な現象などではない。創造的な無風を感じる営みなのだ。それまでも変わらずに「そうであること」だったものの中にこそ、クリエイティブの原資が秘められているのであり、筆者が毎日、書き続けたエッセイも、それによって支えられている。

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宮崎 智之(みやざき・ともゆき)
ライター
1982年、東京都出身。明治大学文学部日本文学専攻を卒業。地域紙記者として勤務後、編集プロダクションを経てフリーライターに。ラジオ番組から文芸誌まで、多方面のメディアで活躍。『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、『吉田健一ふたたび』(共著、冨山房インターナショナル)、『平熱のまま、この世界に熱狂したい――「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)、『中原中也名詩選』(アンソロジー、田畑書店)、『モヤモヤの日々』(晶文社)など著書多数。主な寄稿先に『文學界』、「週刊読書人」など。

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(ライター 宮崎 智之)

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