「香川照之の続投問題」だけではない…すべてがチープな「六本木クラス」に注目が集まっているワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月9日 18時15分
■「面白い」と「残念」が混在している
2022年7月期の夏ドラマの中で「六本木クラス」は良くも悪くも注目を集めている。原作ドラマとの比較から始まり、ここにきて出演する香川照之の続投問題にまで発展し、話題が尽きない。作品として「面白い」と言い切れる部分と、明らかに「残念」な部分が混在している。
「六本木クラス」は、世界的なヒットを記録した「愛の不時着」と人気を二分した韓国ドラマ「梨泰院クラス」の日本版だ。東京・六本木を舞台に、復讐を誓った青年が、金と権力を振りかざす巨大企業に屈することなく仲間と共に立ち向かっていく姿を描く。
制作するテレビ朝日がこれまで手掛けた海外ドラマのリメイク作品と言えば、「24 -TWENTY FOUR-」の日本版である「24 JAPAN」もあるが、設定からしてはるかになじみが良いものになるのではないかと、始まる前から期待していた。
キャスト陣が発表された時にも違和感はなかった。主演は竹内涼真が務め、ダブルヒロインに新木優子&平手友梨奈が並び、竹内の宿敵父子役として香川照之と早乙女太一という顔ぶれに、安心感を覚えたほどだった。
■「土下座」がキーワードの物語だからこそ
というのも、配役で失敗するリメイクがたまにあるからだ。あまりにも主演のイメージからかけ離れた中国版「深夜食堂」が大不評を買った話は、よく知られている。こうしたリメイク作品としての致命傷もなく、髪型から表情まで個性的で強烈なオリジナルのキャラクターたちにどこまで寄せていくのか、それとも日本版としてのオリジナリティーも出していくのかと、興味すら広がった。
だからこそだ。9月1日に放送された「六本木クラス」第9話は残念に思えた。性加害報道の真っただ中にいる香川が登場するシーンだけはどうしたって、ドラマの中身に集中しにくかったからだ。それまでは配役に問題がなかった分、より一層際立った。「土下座」がキーワードとなるこのドラマの中で、香川の起用は安全牌の印象が強かったが、これだけは大誤算だった。
触れずにはいられない配役の話が少々長くなったが、振り返れば、放送が始まるや否や「六本木クラス」はザワつかせていた。賛否両論があるが、日本のドラマとして「面白い」作品に変化していると思う。先の香川問題があるいま、手放しでそう言い切れなくなってはいるが、回を追うごとに面白さは増した。同意する視聴者もいるはずだ。
■使い回されたセットで名シーンが台無しに
難点は出だしにあった。1話は“1.5倍速感”が強く、実際にオリジナルの約1時間半分を大胆にも約1時間の話に収めていた。オリジナルと全く同じ尺でリメイクするケースはそもそも少なく、1クールの中で毎週1話ずつ放送する日本の放送スタイルに合わせて縮小したことにも文句はないが、ドラマの世界観を伝える大事な趣が排除されたように思えたのは残念だった。
オリジナルとの比較はリメイク作品にありがちの余計な心配事でもある。だが、「六本木クラス」の場合、リメイクを超えてまるで再現しているかのようでもある。それゆえに、オリジナルとのクオリティーの違いを当初、感じざるを得なかった。言うなれば、チープさが目立った。
印象的なシーンであればあるほど、その差は増した。たとえば、竹内が演じる新(あらた)が居酒屋「二代目みやべ」を立ち上げる原点となる父親との晩酌シーンだ。使い回されているようなセットの一室では「酒が甘いのは、今日一日が衝撃的だった証拠だ」という本来は心に残るせりふが残念ながら響いてこなかった。
■日本のドラマ制作費は韓国の10分の1程度
クオリティーは制作費に必ずしも比例しないが、この10年で韓国ドラマの制作費は高騰し、Netflix韓国のドラマ作品は1話平均2億円に上る。日本の民放プライム帯ドラマの平均値と比べると、10倍ほどの開きがある。要するに、クオリティーにこだわる余裕が韓国にはあるのだ。
それはルックと呼ばれる作品全体のビジュアルにも影響し、カメラや照明技術の違いからチープさなどを回避する。「六本木クラス」は制作費が平均よりかけられているようだが、オリジナルの予算概算は日本版の5倍以上だ。物足りなさを感じるわけである。
それでもだ。「六本木クラス」は面白くなっていった。ビジネスドラマの要素から、下剋上、復讐、青春群像劇、ラブストーリーまで程よく詰まった幕の内弁当のような楽しさがこのドラマにはある。オリジナル通りであれば終盤戦に入ると、クライム要素が一層強まる。ありそうでなかなかないバリエーションの多さだ。しかも、主人公の「信念」という筋が一本通っているため、破綻していない。
■テレビ朝日と韓国テレビ局は資本関係にある
むしろ、趣(おもむ)きやルックに拘って視覚情報が重いオリジナル版では気づきにくかった良さでもある。軽くなった利点として、ストーリーやキャラクターに没入しやすくなった。
竹内が「パク・セロイ」から「宮部新」に、新木は「スア」から「優香」に、平手は「イソ」から「葵」として見えるようになり、それぞれのキャラクターの魅力が上がった。憎たらしい役どころだが、早乙女も然りだ。
面白さが増した背景として、リメイク作品では珍しく、共同制作というかたちをとっていることが影響していそうだ。設計から具体的な作りまで、制作サポートが受けやすい。現に「梨泰院クラス」の主要制作スタッフが来日までして、密なやり取りを重ねて「六本木クラス」は作られている。
そもそもテレビ朝日と「梨泰院クラス」を制作した韓国新興のテレビ局JTBCは資本関係にある。JTBCが開局した2011年にテレビ朝日はJTBCに出資し、JTBCの親会社である中央日報グループと業務提携を結んだ経緯がある。
■クライマックスの土下座シーンはどうなるのか
この完全タッグによって、1話こそ違和感は覚えたものの、リメイク作品としての価値は十分あるのではないか。キャラクターを軸に物語が展開するのは日本ドラマの面白さであり、その特徴が集約された。打ち切り回避を願う声があるほど、最後まで作品を楽しもうとしている層が実際にいる。テレビ朝日は香川の続投を発表しているが、予定している9月29日放送の最終話(第13話)まで先は長い。
![2018年9月14日、MTG社のEMSトレーニング機器「SIXPAD」の新製品発表会に出席した俳優の香川照之さん(東京都港区のリッツ・カールトン東京)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/d/1200wm/img_9d0f435fb27e55a6a55281835b347353468147.jpg)
今後の放送で恐らく登場する竹内と香川が土下座をめぐる一騎打ちのシーンは、面白おかしくパフォーマンス的に演じるものでは決してないはずだ。オリジナル版から予想するに、想像以上に意味を持たせる土下座になる。作品としての最終的な価値を決定づけるものと言っても過言ではない。できるものなら、邪念なく楽しみたい。このドラマの面白さに気づくほど、その思いは増す。
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テレビ業界ジャーナリスト
コラムニスト、放送ジャーナル社取締役。1975年生まれ。ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。東洋経済オンラインやForbesなどで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、ATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)などがある。
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(テレビ業界ジャーナリスト 長谷川 朋子)
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