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ほとんどが病院の"白い天井"を見て逝く…「自宅で死ねない日本」を打破しようと奮闘する43歳ケアマネの信念

プレジデントオンライン / 2022年9月16日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

「人生の最期をどこで迎えたいか?」。厚労省の調査では約70%の人が「自宅」と答えたが、実際に自宅で亡くなったのは約15%。そんな現状を少しでも変えようという女性ケアマネジャーがいる。フリーランスライターの相沢光一さんがその仕事ぶりを取材した――。

■なぜ、日本では自宅で死ぬことができないのか

「ご容態から判断すると、この数日が山かと思われます」

末期がんで入院している老親の主治医から、こんな連絡を受けたとします。たとえ親御さんが自宅に戻ることを望んでいたとしても、この状況ではその実現は困難だと考えるのが普通です。

こうして大半の人が病院で最期を迎えることになりますが、“最後は自宅で過ごしたい”という本人や家族の強い思いをかなえるため、日々奮闘するケアマネジャーがいます。首都圏のある自治体で居宅介護事業所を経営する女性ケアマネ、Nさん(43)です。

「今年3月のことです。Wさん(利用者・80代男性)のご家族から“主治医から知らせがあった”と連絡がきたのは16時ごろ。ご本人はもとよりご家族も自宅での看取りを望まれていたことを覚えていたので、その確認を取ったうえで病院にいつ退院できるかを電話で聞きました。準備や手続きがあるので2日後と言われましたが、それでは間に合わないかもしれないと思ったので、“明日にしてください”とお願いし了解を取りつけました」

Nさんは、その後に予定していた仕事をすべてキャンセル。Wさんの自宅での看取りの準備に全精力を傾けました。

「自宅で介護をされていた方ではなかったので、福祉用具事業所に電話して明朝までに介護用ベッドとエアマットの搬入を頼みました。次いで自宅に着いてからの対応のため訪問医と訪問看護師に連絡し、必要な機材の準備やケアの態勢を取ってもらうようにしました」

退院当日の翌日は朝、介護用ベッドの搬入に立ち合い、いったん事業所に戻って急ぎの仕事を処理。昼過ぎにWさん宅に戻って、家族と今後、どのように対応するか方針説明をするケアカンファレンスを行いました。ほどなくWさんが家族とともに自宅に到着。それに合わせるように訪問診療の医師、追って訪問看護師が来訪しました。

「Wさんは、その翌日の夜、息を引き取られました。ご自宅に帰られてからずっとWさんは眠っておられたようですが、ご家族は“住み慣れた家に戻れてホッとしたように見えた”とおっしゃっていました。また、最後の夜はほんの少しだったけれど、家族や駆けつけた叔母(Wさんの妹)とも言葉を交わすことができた。父が亡くなったのは悲しいですが、良い最期だったと思っています」と感謝されました。

長引くコロナ禍のため病院や施設にいる親の死に目に会うこともかなわない人が多いなか、このような別れの時間を持つことができた家族もいるのです。

■自宅での看取りを阻む多くのハードル

厚生労働省が2017年度に行った「人生の最終段階における医療に関する意識調査」の中に「どこで最期を迎えることを希望しますか」の問いがあります。

調査結果によれば、約7割の人が「自宅」と答えています。ところが、2019年の人口動態統計では、自宅で亡くなった人は15.7%。ほとんどの人が望みをかなえることなく病院などで亡くなるのが現実です。結局、病棟の無機質な白い天井を見上げながら、逝く人がほとんどです。

病院のカーテン
写真=iStock.com/Image Source
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Image Source

なぜ、自宅で最期を迎えられないのか。それは自宅での看取りには、いくつかのハードルがあるからです。

やはり厚労省が行った「終末期医療に関する調査」で「自宅で最期まで療養することが困難な理由」を質問しています。最も多かった回答は「介護してくれる家族に負担がかかる」。約8割の人が、家族の心配をしています。次に多かったのが「症状が急変したときの対応に不安がある」で、6割近くの人がこう答えています。

いつかは必ず訪れる死。本人はもとより家族も、それはわかっているものの迫っている問題として考えたくないものです。体に異変が生じ病院に運び込まれたとしても治療を受けて治ることが前提で、よほどのことがない限り、死を意識することはありません。担当する医師もその期待に応えようとできる限りのことをしてくれるわけです。

診断の結果が悪かったとしても、「医師に任せておけば、なんとかしてくれる」「病院にいたほうが安心」といった思いが先に立ちます。医師もよほど容態が悪くない限り、「長くはありません」とは伝えられないもの。

実は前述した厚労省の意識調査では医師にも回答を求めています。医師も一般人と同様、約70%が自宅を「最期を迎えたい場所」と答えています。つまり自身のことも含め自宅での看取りが望ましいと考えている医師が多数を占めているのです。

とはいえ、患者や家族が医師と看取りについて話し合う機会はあまりありません。これに「今は病院で亡くなるのが当たり前」という刷り込みが加わります。いくら自宅で最期を迎えたいと思っても、それができるのは少数であることが現実と多くの人が思っているわけです。だから、「家族に負担がかかる」「症状が急変したときに不安」といった理由で病院での死を受け入れざるをえないのでしょう。

また、自宅での看取りを実現するには、それに向けて連携を取りながら動く専門家によるチームが必要だといわれています。本人が自宅での看取りを望んでいて家族も同意していたら、その意をくんでチームを取り仕切る役割をするケアマネジャーが必要になる。そのケアマネジャーが看取りに対応してくれる信頼できる訪問医師、訪問看護師、介護士などを集めてチームをつくり、最期の時に備えるわけです。

そのチームが患者や家族が望む仕事をするという信頼があれば、病院で担当する医師も任せる気になり、看取りのための退院を認めるわけですが、そうしたチームプレーは苦労が伴います。リーダー的存在であるケアマネジャー以下、よほどの信念がない限り、実行するチームを見つけるのは難しいと言わざるをえません。

■1970年代までは半数が自宅で死を迎えた

冒頭での事例を実行したNさんは「自宅で看取ることが亡くなるご本人にとっても家族にとっても最も良い」との信念を持っているケアマネジャーです。

「私は祖父、祖母、両親を見送ってきましたが、祖父と父、母は病院で亡くなりました。祖父と母の時は病院から危篤だとの連絡を受けて駆けつけたものの、死に目に会うことができず、ものすごく後悔したんです。それで祖母だけはそんな思いをしなくて済むよう病院から連れ戻し、自宅で2カ月ほど介護をした後、看取りました。おばあちゃんとはその間、いろいろな話ができましたし、納得して見送ることができました」

その思いが今の仕事につながっていると語ります。

「自宅に戻った祖母を見て改めて思ったんですけど、誰もが最期は自宅で迎えたいんです。ただ、そう思っていても“家族が大変だから”などと気兼ねして本音を話せなかったりする。でも、自分がこの世から去るという何事にも代えられない重大事。気兼ねなんかしている場合じゃないですし、家族もその思いに応えなければならないと思うんです」

Nさんは「自宅での看取りは難しい、病院で亡くなるのが当たり前といった思い込みはなくしてほしい」とも語ります。

「2018年の介護保険法改正によって、自宅での看取りができる環境は少しずつですが整ってきています。看取りをフォローする専門職は、それなりの労力や気遣いが必要になりますが、それを考慮した報酬が加算されるようになりました。希望すれば応えてくれるケアマネ、訪問医、訪問看護師などは増えているんです」

病院のベッドに横たわる息子の手を握る父親
写真=iStock.com/FG Trade
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FG Trade

では、実際に自宅での看取りを実現するにはどうすればいいのでしょうか。

「話しづらいことかもしれませんが、最期をどう迎えたいかを家族で話し合い、その思いを相互で理解しておくことが大切です。そして自宅での看取りを望む場合はケアマネに伝えてほしい。ケアマネにもさまざまなタイプがいて、担当する人がその思いを受け止めてくれるとは限りませんが、どの地域にも私のような自宅での看取りに積極的なケアマネがいるはずなので、担当を代わってもらえばいいのです。そういう人は自宅での看取りに理解のある病院、訪問医、訪問看護師など専門職のネットワークを持っていて、連携して動けますから」

冒頭の事例も前もって準備をしていたわけではなく、連絡があってから対応したケースだそうです。

昭和の半ば、1951年は8割以上の人が自宅で亡くなっていましたし、1970年代まで、それは半数を超えていました。その後、多くの病院が建設され救急医療の整備が進んだため、自宅死と病院死の比率は逆転した。それに従い、死は日常から切り離され、遠いものになっていきました。そんな現在、自宅で肉親を看取ることは家族にある種の覚悟を強いることでもあります。

「でも、ご本人が望んでいるのなら、それをかなえてあげるのが家族ではないでしょうか。また、私の経験では“自宅で看取ることができて良かった”とみなさんおっしゃいます。実際はそれほど大きな負担ではないのです」

ケアマネをはじめ訪問の医師や看護師など、自宅での看取りに対して前向きに取り組む人は多くなっているといいます。そうした人たちに頼れば、決して難しいことではないのかもしれません。

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相沢 光一(あいざわ・こういち)
フリーライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。

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(フリーライター 相沢 光一)

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