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バスに乗るとアプリが自動起動する…日立の「世界初の運賃システム」がイタリアで大成功したワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月16日 8時15分

イタリア・ジェノバの街並み - 筆者撮影

■切符もICカードも改札もいらない

英国やイタリアをはじめ、グローバルに欧州で鉄道ビジネスを展開している日立製作所が、世界初の技術を開発した。スマートフォンに所定のアプリをインストールすれば、どんな交通機関も切符やICカード不要で乗車できるという新たな交通システムである。

「乗客は駅を出発してから到着するまで、ハンズフリーで乗り物に乗れます。ICカードやQRコードを改札機にかざす必要もありません」(同社)。いわば“手ぶら”で乗り物を乗りこなせる、という斬新なシステム。筆者はいち早く、実証実験の舞台になったイタリア北部の地中海に面した街ジェノバでこれを体験する機会を得た。本当に何もしないまま、好きに移動できるものなのか――。

■バスに乗ったとたん、アプリが自動的に起動し…

筆者はイタリアでの体験を前に、日立の関係者から「切符は不要。非接触式ICカードやQRコードなどをいっさい使わない課金方法が完成した」と説明を受けた。しかし、正直なところ「そんな方法なんてこの世に存在するはずがない」と疑わずにいられなかった。

日立が7月20日付で公表した資料によると、「ルマーダ(Lumada)・インテリジェント・モビリティー・マネジメント」というシステムを用いて、イタリア・ジェノバで電車やバス、カーシェアなど都市全体の交通網を一つのシステムで接続することに成功した。

乗客はスマホの専用アプリ「360パス」を通じて、ハンズフリーで公共交通機関に乗車できる。アプリはブルートゥース(Bluetooth)を介して接続するので、利用者の現在地や乗車中の乗り物を判別する精度が高まる。

筆者はさまざまな疑問を抱えながらもジェノバに到着し、さっそくアプリを使ってバスに乗ってみた。すると、何もしていないのにアプリが起動、自分が乗っているバスの系統番号や乗車区間とともに課金が始まったことを示すバーコードが表示された。バスに乗ってから起動までわずか数秒、本当に「まったくのハンズフリー」で乗り物に乗れる現実を体験できた。

乗車するとアプリが自動的に起動し、課金が発生する仕組み
筆者撮影
乗車するとアプリが自動的に起動し、課金が発生する仕組み - 筆者撮影

スマホと交通機関のシステムをブルートゥースを使って交信させ、そのデータによって乗客の動きを捕捉するので、何もしなくても運賃は問題なく引き落とされていた。

なぜ日立は、こうした切符も改札機も要らない課金システムをジェノバで導入したのか。現地で筆者の取材に応じた日立レールの事業責任者は、その背景をこう説明してくれた。

■「困っている事業者を助けたい」から始まった

2020年、新型コロナウイルスの世界的大流行直後に、ジェノバ市内の公共交通機関を運営する「AMT」から、「感染対策としてバスや地下鉄の乗車人数を絞りたい。所定の制限人数に達した時、利用者に『もうこれ以上乗ってはいけない』と伝えられる仕組みを作れないか」と打診されたのだという。政府が「乗車率上限は6割まで」と要請しても、それへの対処方法がなかったからだ。

市内はクルーズ船の発着のほか、地下鉄やバス、ケーブルカー、登山電車などさまざまな交通機関がある
市内には地下鉄やバス、ケーブルカーなどさまざまな交通機関がある。公共エレベータで高台に向かうにも運賃がいる(筆者撮影)

つまり当初はハンズフリー乗車を目的としていたわけではなく、「乗車人数が上限に達したら乗客のスマホに警告を送る仕組み」が求められていたのだ。

日立としては「困っている事業者(AMT)を助けたい」という思いが強かったという。しかも、コロナ禍で交通機関を利用する市民は激減しており、AMT側の費用負担が少なくてすむのが望ましいとの考えもあった。

思い返せば、イタリアは2020年初頭、欧州で最も早くコロナの感染が広がった国だった。欧州各地が厳しいロックダウンを敷く中、ジェノバ市当局には「厳しい行動制限を導入せずに、デジタル技術でソーシャルディスタンス(社会的距離)を確保しながら経済を動かしたい」考えがあったようだ。

■新規事業を「たった1週間」で提案

まったく新しい事業を立ち上げる場合、通常なら現地調査や開発に一定の期間を要するが、感染対策を急ぎたいAMTの担当者からは「1週間で何らかの解決案がほしい」という難しいリクエストが舞い込んできた。

コストを抑え、かつ大きな設備投資をせずに作り上げるにはどうしたらいいのか――。

駅やバス停に取り付けられている小型の発信機(ビーコン)。CCTVカメラの下にある小さな箱から発信している
CCTVカメラの下にある小さな箱が発信機(ビーコン)。乗り物の車内のほか、駅やバス停に取り付けられている(筆者撮影)

そこで採用されたアイデアが「駅やバス停に小型の発信機(ビーコン)を7000個以上設置し、そこからブルートゥースの信号を飛ばす」「利用者のスマホが信号を受けたら、乗車記録が作動する」というものだった。これの実用化にめどがついたことから、日立は一連の事業の総称を「360パス」とする一方、ローカライズしたジェノバだけのシステム名を「GoGoGe(ゴーゴージェ)」と名付けた。

ちなみにジェノバの交通機関の陣容はというと、地下鉄1路線をはじめ、バス停2500カ所をつないで走るバスが663台あるほか、ケーブルカーに登山電車、さらに運賃を払って高低差のある街を移動する「有料エレベーター」なるものまであり、ある意味ユニークな乗り物が目白押しの街なのだ。

その上、ジェノバは地中海の良港として古くから知られ、大型クルーズ船が頻繁に入港する。「わずか数時間しか滞在しない数千人に、駅などで切符を買わせて乗り物に乗せるのは実際のところ無理(日立担当者)」という特殊事情もあった。

■これまでは見逃されていた無賃乗車も防げる

ジェノバの公共交通機関の運賃ルールは「100分以内で乗り継げば1.50ユーロ」あるいは「1日乗車券は4.50ユーロ」となっている。この料金水準は欧州の都市交通としてはとても低廉だ。しかもこの街では「信用乗車方式」を導入しており、この場合、無賃乗車など一定数の不正利用者が出てしまうことは許容せざるを得ない。新たなシステムの導入で未払いによる不正乗車を削れるなら、事業者としても一石二鳥以上のメリットを受けることができるといえよう。

世界的に見て、電車やバスに乗る方法は大きく2つに分類できる。第1の方法は日本で行われているような「改札」の方式だ。切符やICカードを持つ利用者を自動改札機や駅員の目視でチェック。改札内とその外とが柵で厳重に分離されており、不正乗車の多くを防げる。

第2の方法は、欧州諸国で浸透している「信用乗車方式」と呼ばれるもの。乗客は「切符を持っている」という性善説で運用されるものの、不正乗車が見つかると多額の罰金が取られる。これは、改札口を設けて駅係員を置いたり、自動改札機を設置したりするよりも、車内で検札を行ったほうが不正乗車防止に効率が良い、との考え方による。しかし、実際には無賃乗車をする者が後を絶たない。

■世界初の第3の運賃システムを編み出した

では、日立が考案した「360パス」は、課金方法の第1、第2のどちらに属するのだろうか。日立の広報担当者に疑問をぶつけてみたところ、「第1、第2のどちらでもない」との答えが返ってきた。

ジェノバでのGoGoGeの運用を見ると、地下鉄駅ではもともと設置されていた自動改札機は開け放たれてその役目を終えており、第1の方法を廃止した格好となっている。どちらかといえば、第2の方法により近いかもしれないが、切符を廃止、そして課金の機能をスマホに任せるといった2つの点でアプローチは大きく異なっている。

ジェノバの地下鉄には改札があるが、それも今後は不要になる
筆者撮影
まるで美術館への入り口のようだが、この先に「エレベーター乗り場」がある - 筆者撮影

こうした背景から、日立の「360パス」は交通機関における課金方法について、世界に例を見ない第3の方法を生み出した、といっても過言ではないだろう。

日本のように、駅の券売機や改札機が故障なく“完璧”に動いている国はむしろ少数派かもしれない。特に信用乗車方式を用いている国々では、駅や停留所の目の届く範囲に券売機がない、あっても壊れているといったトラブルも多い。こうした時、現地事情が分からない旅行者は「悪意はなくとも、切符を買いたくても買えない」というケースに直面する。

■便利な一方、「誤作動か?」と一瞬不安に

「360パス」ではこうした問題を一気に解決できる。利用者が持つスマホがあれば課金が成立するからだ。アプリをインストールし、登録者情報や支払い情報の入力を数分で済ませれば、すぐに乗り物に乗れるようになる。

安価で設備を完成できるというメリットは大きいものの、実際のところ「感覚的な運用面」ではやや不安を感じる。前述のように利用者が乗り物に乗ると勝手に運賃が引き落とされるのは確かに便利だが、乗った際に突然アプリが起動すると「誤作動なのかな?」と一瞬不安に感じたりもする。従来のようにセンサーにスマホやチケットをかざして「課金が始まる合図や確認」があったほうがユーザーフレンドリーかもしれない。

こうした課金の合図がないサービスへの不安感は、インターネット通販大手アマゾン・ドット・コムが米英で展開する無人店舗「アマゾン・ゴー」でも同様のことが起きる。店舗では商品を取った後、店員のチェックを受けることなく店から出られる。

商品は店内のセンサーで識別しており、登録しているクレジットカードに後日請求する仕組みだが、こうした流れを「万引のようだ」と評する人もおり、「買い物の後、誰かがチェックしてくれないと冤罪(えんざい)が起きそうでなんとも不安」との声も聞く。新しいテクノロジーとユーザーの使用感とのせめぎ合いは今後、さまざまな場面で起こるだろう。

券売機
筆者撮影
ジェノバの公共交通券売機。公共交通のチケットは共通しており、どこで買ってもいずれの乗り物にも乗れる

■日本の最新技術はより広がるか

GoGoGeの導入プロジェクトは、コロナ禍での行動制限をどう解決するかを目的に始まったわけだが、いざ始めてみたら、不正乗車行為の減少はもとより、観光客に対し“よりストレスの少ない街移動”を実現する新しいツールとして使えることとなった。さらに、クルーズ船客が簡単に交通機関に乗り換えられる仕組みにも応用できるのは、ジェノバ当局にとって願ったりかなったりだったそうだ。

AMTのマルコ・ベルトラミ社長は「完全なコンタクトレスの運賃課金なんて、世界でここが初めて。きっとこれから、各国からの視察者がジェノバにやってくる。移動のハードルを下げることでより多くの人々と交流できることこそが、コロナ禍後の新たな時代の幕開けではないか」

数々の相乗効果が期待できる日立の新たな統合ソリューション「360パス」。財政難で設備投資がうまくいかない日本のローカル交通への応用も考えられそうだ。日本の最新技術がこの先、世界のさらに多くの街で展開が進むのか注目したい。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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