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「毎晩1人で酒を飲む」なんてあり得ない…日本の「晩酌文化」が海外から不思議がられるワケ

プレジデントオンライン / 2022年9月18日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

日本と海外の飲酒習慣は大きく異なる。一橋大学名誉教授の都留康さんは「海外ではお酒はパーティなどの『特別な日』に飲むものだが、日本では日常的に家でも飲む。1人で、または配偶者と飲むというのもあまり海外では見かけない」という――。

※本稿は、都留康『お酒はこれからどうなるか』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

■コロナ禍で流行語にもなった「家飲み」

「家飲み」という言葉が頻繁に使われるようになった。

特に、2020年から続く新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発出と、飲食店への休業要請によって、「家飲み」という言葉を流行語にさえした。

「家飲み」とは、本来は「家での飲み会」の略であり、家に友人・知人が集まってお酒を飲むことを意味していた(注)

注:「日本語俗語辞書」

これに対して、自宅で1人または家族とお酒を嗜むことを「晩酌」という。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大は、「家飲み」に「晩酌」をも包含させたといえる。今では、1人でも、家族とでも、友人・知人とでも、自宅で飲む場合には「家飲み」というようになっている。

■海外では理由もなくお酒は飲まない

特別な理由もなく、ほぼ毎日、夕食時にお酒を飲む文化は、日本に独自なのではないか。

筆者の欧米居住時の見聞によれば、海外では、ホームパーティや「特別の日」以外に、1人でまたは家族と夕食時に頻繁に家飲みする文化は存在しないようだ。傍証として、ウオッカなど酒飲み大国として知られるロシア人で、5歳から日本に住んでいるというYouTuberの女性の言葉を引用しよう。

「アルコール消費量が多いと言われるロシアでも、お酒はお祝いの日に飲むもので、理由も無くお酒を飲むことはありません。一方で日本の場合、お酒を飲むのに理由が要らないのです。1日に飲む量は少なくても、ほぼ毎日のようにお酒を飲んでいる人も珍しくはありませんよね。休みの日には家で晩酌、ご飯に行ったら“とりあえずビール”。仕事が終わったら仲間と居酒屋で飲んで帰るし、その後コンビニで買って歩き飲みなんて人もいます。日本人の飲み方はとにかく少量を高頻度で! なのです」(注)

注:https://www.zakzak.co.jp/ent/news/190925/enn1909250011-n1.html

中国についてはアンケート調査がある。図表1は、Ipsos 社の調査結果である。

中国人の飲酒目的と場所(2021年)
出典=『お酒はこれからどうなるか』より

これをみると、主に中国人の飲酒目的は、社交、お祝い、接待などである。つまり、お酒を飲むには何らかの特別の理由や目的がある。これを行うのは飲食店においてであり、このため外飲みが主体となるわけだ。

■コロナ禍で日本の家飲みがますます加速した

日本の家飲みと外飲みの支出額は、総務省「家計調査」から知ることができる(図表2)。

家飲みと外飲み支出額の推移
出典=『お酒はこれからどうなるか』より

新型コロナウイルスの感染拡大の直撃を受けた、2020年以前の家飲み(酒類購入額)の年平均金額は、4万3825円であった。他方、外飲み(飲酒代)の年平均値は1万7717円であった。

家飲みは、外飲みと比べてもともと2.47倍も多い。2020年には、家飲みと外飲みとの比率は、4.92倍へと拡大した。つまり、家飲みの金額が大きかったものが、緊急事態宣言の発出に伴う飲食店の休業などにより、さらに増加したといえる。

過去20年間の傾向をみると、家飲みの金額は2000年の4万9994円から、新型コロナウイルスの感染拡大直前の2019年の4万721円へと、18.5パーセントほど減少した。これに対して、外飲みの金額はほぼ変化がなかった。外食代もほぼ変化がない。こうした傾向はあるものの、日本で家飲みが優位な状況は変わりない。

■日本は外飲みよりも家飲みが圧倒的に多い

家飲みの具体的な状況については、大手食品メーカーのマルハニチロ株式会社によるアンケート調査(2014年実施)がある。全国の5221人の調査対象者(20~59歳の男女)のうち、週に1回以上お酒を飲む1855人から有効回答1000人を選び、「外飲み」、(家族または1人での)「自宅飲み」、(自宅や友人・知人宅での)「友人・知人との家飲み」など、お酒を飲む場所と頻度を示したのが図表3である。

お酒を飲む場所と頻度(2014年)
出典=『お酒はこれからどうなるか』より

週に1日以上お酒を飲む人の「外飲み」が20.9パーセントなのに対して、「自宅飲み」が88.9パーセントと圧倒的に多い。しかも、「自宅飲み」の頻度は、「ほぼ毎日」が30.6パーセントを占め、週に2~3日以上まで含めると、67パーセントにも達している。

さらに図表4にみるように、自宅で飲む場合、「1人で」が55.1パーセントで最も多い。次に「配偶者」が42パーセントで続く。

自宅でお酒を飲む場合の相手(複数回答、2014年)
出典=『お酒はこれからどうなるか』より

やはり、日本では、外飲みより家飲みがはるかに多い。しかも、その場所は自宅である。そして1人または配偶者との晩酌がごく普通だ。そこに特別な理由はないと思われる。こうした状況が海外との決定的な違いである。

■食中に飲む日本、食前・食後に飲むアメリカやイギリス

フランス人ジャーナリストのピエール・ブリザール(前AFP通信東京支局長)の分類によれば、世界の飲食文化は「ワイン文化」と「ウイスキー文化」とに分かれるという。前者は食事をしながらアルコール飲料を楽しむ文化であり、後者は食事の前後にアルコールを嗜む文化である(注)

注:ブリザール、ピエール(1982)「文化としての酒について」『比較文化の眼──欧米ジャーナリストによる飲食エッセイ集』TBSブリタニカ、pp. 27–42

個人的に筆者が経験した「ウイスキー文化」のあり方を示そう。筆者が、米国と英国で知人の家に招かれたときのことだ。

まずは、応接間でビールなどで談笑する。いきなり食卓に就くことはない。話も一段落したら、ダイニングルームで夕食がはじまる。このときお酒はあまり飲まない(最近ではワインを飲むことは増えた)。デザートとお茶で夕食が終わると、再び応接間に移動してウイスキーなどの蒸留酒を楽しむ。主役は、あくまでも談笑と、たまには真剣な議論である。お酒は脇役といってよい。

2 人の友人が一緒に酒を飲む
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

「ワイン文化」圏は、欧州南西部のラテン系諸国であるフランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなどであり、「ウイスキー文化」圏は、英国、北欧諸国、米国などである。

ブリザールは日本通だが、おそらく「ワイン文化」基準が強すぎて、日本を「ウイスキー文化」に分類している。だが、社会学者の飽戸弘(東京大学名誉教授)によれば「食べながら飲む」という意味において、日本は「ワイン文化」だとする(注)。筆者も同意見である。

注:飽戸弘・東京ガス都市生活研究所(編)(1992)『食文化の国際比較』日本経済新聞社

■日本はホームパーティを開かないのに家飲みが多い

飽戸らは、食生活と酒文化の国際比較を行っている。調査時点は1990年で、調査対象は東京、ニューヨーク、パリの3都市である。各都市で1000サンプルに対して面接調査を行った。

夕食の外食頻度(既婚者のみ)(1990年)
出典=『お酒はこれからどうなるか』より
飲酒頻度(1990年)
出典=『お酒はこれからどうなるか』より

図表5から以下のことがわかる。第1に、週に1~2回以上の頻度で外食するのはニューヨークで50パーセントを超える。第2に、東京もパリも、週1~2回以上外食するのは2割程度である。逆にいえば、残り8割は、ほぼ家庭で夕食を摂る。

図表6は飲酒頻度の比較である。これは外食頻度とは対照的に、ニューヨークが低く、東京とパリが同程度に高いことがわかる。

これらから、2つのことがいえる。第1に、ニューヨークでは夕食の外食頻度が高い割に飲酒頻度はむしろ低い。これは、外食の多くが、家事時間の節約のためのカジュアルなものであって、お酒を飲むほどフォーマルなものではないことを示唆する。

第2に、東京とパリでは、「家庭で食べながら飲む」人が多い。その意味で、日本もフランスと同様に「ワイン文化圏」の飲食スタイルに近いといえよう。ただし図表は示さないが、日本とフランスの違いは、パリでは月に2~3回以上も友人や知人を家に招いての夕食を摂るのが6割弱も存在することである。これに対し、東京では1割未満である。つまり、日本は家族だけの家飲みが多いのである。

■海外には蒸留酒を水割りして食中に飲む習慣はない

夕食時の家飲みや晩酌が行われるか否かを決める客観的な要因として、その国で主に醸されるお酒が、醸造酒か蒸留酒かの違いがある。どの国でも飲まれるビールを別とすれば、醸造酒は食中酒であり、蒸留酒は食前または食後酒である。

食中酒の好例が、フランスのワインやわが国の日本酒である。食後酒の好例が英国のスコッチや米国のバーボンである。そして、シェリー酒は代表的な食前酒である。

このため、醸造酒の国は「ワイン文化圏」となり、蒸留酒の国は「ウイスキー文化圏」となる。

加えて日本では、蒸留酒を水割りにして飲む習慣(古くは焼酎や新しくはウイスキーなど)もあるので、「ワイン文化圏」と「ウイスキー文化圏」の中間に位置しているともいえる。これに対し、英国でも米国でも中国でも、蒸留酒を水割りして食中に飲む習慣はない。この意味で、日本で晩酌の習慣が定着したのは、醸造酒たる日本酒とビール、そして蒸留酒の水割りのおかげといえそうだ。

■個人への販促が重要な日本では酒のCMが多い

家飲みと外飲みのどちらが主体かは、企業行動に大きな影響を及ぼす。外飲みが多い国では、酒類メーカーの販売は、業務店経由での飲食店へのアクセスが主となる(B to B:Business to Business)。ここでは、いかに有力なネットワークをもつ業務店を確保するかが、マーケティングにおいて重要となる。

都留康『お酒はこれからどうなるか』(平凡社新書)
都留康『お酒はこれからどうなるか』(平凡社新書)

これに対し、家飲みが多い国では酒販店やスーパーマーケット、あるいはeコマース(インターネット上での売買)による個人への販売が重要である(B to C:Business to Customer)。その際の鍵は、一般消費者への訴求である。

訴求の有力な手段である広告を取り上げよう。

日本では、ビールや日本酒のテレビCMが実に多い。これに対して、海外では、そもそもアルコール飲料の広告に関して社会的な規制が強い。北欧諸国では、アルコールのテレビCMは全面的に禁止されている。他の欧米諸国でも、酒類別、媒体別に細かく表現が規制されている。

日本では、テレビCMでビールの飲酒場面は当たり前のように流されるが、米国では飲酒シーンは禁止されている。これには宗教的・歴史的な背景がある。最近では緩和もあるが、アルコール度数の高い蒸留酒の広告は禁止という国も多い(http://www.sakebunka.co.jp/archive/market/002.htm)。

こうした社会的規制の問題を別としても、外飲みが主体の国では、そもそもアルコール飲料に、日本のようにきめ細やかな広告を行う必要はないといえる。むしろ、ビールにおけるアンハイザー・ブッシュ・インベブ社(ベルギー)、蒸留酒におけるディアジオ社(英国)やペルノ・リカール社(フランス)のような、グローバル寡占企業の巨大化による流通網の支配のほうが、より効果的かつ有効だと考えられる。

家飲みが主体か、外飲みが主体かによって、企業行動にも影響を及ぼすことは重要かつ興味深い事実であろう。

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都留 康(つる・つよし)
一橋大学名誉教授
1954年福岡県生まれ。82年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(経済学博士)。同年、一橋大学経済研究所講師。85年に同助教授、95年同教授。新潟大学日本酒学センター非常勤講師。著書に『労使関係のノンユニオン化 ミクロ的・制度的分析』(東洋経済新報社)、『製品アーキテクチャと人材マネジメント 中国・韓国との比較からみた日本』(岩波書店、第3回 進化経済学会賞受賞)、『お酒の経済学 日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』(中公新書)など多数。

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(一橋大学名誉教授 都留 康)

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