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「自分には挿入するものがなかった」体は女、心は男の14歳が女友達とのキスで体から湧き上がった欲望と葛藤【2022編集部セレクション】

プレジデントオンライン / 2022年9月24日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SanyaSM

2022年上半期(1月~6月)にプレジデントオンラインで配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします――。(初公開日:2022年6月25日)
今年5月、関東在住の向坂壱さん(仮名・50代)は戸籍の性別を女性から男性に変更した。幼少期はママごと遊びもすれば、戦隊ごっこもしたが、小学校高学年から中学卒業までは自分の性自認に深く悩んだ。その後、パニック症を発症。男性パートナーとの交際を経て結婚するが、新たな精神的な病の発作に見舞われてしまう――。(前編/全2回)
ある家庭では、ひきこもりの子供を「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、被害者の家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーは生まれるのか。具体事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破る術を模索したい。

今回は、トランスジェンダー男性(Female to Male)の事例を紹介する。彼は小学校高学年から中学卒業まで、自分の性自認に深く悩みながらも、高校入学を機に、性自認について考えることを強制的に中止。やがて、パニック症を発症。男性パートナーとの交際を経て結婚し、2度の妊娠・出産を経験すると、かつてないほどのひどい離人症の発作に見舞われた。彼の家庭のタブーはいつ、どのように生じたのだろうか――。

■性別を意識させない子

出生時の体の性別は「女性」だった関東在住の向坂壱さん(仮名・50代)は、明朗快活で、人見知りとは無縁な子供だった。興味の赴くまま、ままごともすれば、戦隊ごっこもする。ジャングルジムのてっぺんから飛び降りたり、冒険と称して廃屋に忍び込んだり、遊園地の柵を乗り越えたりして、幼少期は生傷の絶えなかった。

当時のことを向坂さんの母親は、「遊びも行動も仕草も、男女どちらかに偏っていた記憶はない。性別を意識させない子だった」と振り返る。

そんな向坂さんは幼稚園の頃、漠然とした違和感を抱いたという。男の子たちと紅一点で戦隊ごっこをして遊んでいたところ、いつも「ピンク」の役をやらされることに不満を感じていたのだ。ある日、向坂さんが、「レッドをやりたい!」と言うと、「お前は女だからダメ!」と言われたことが、ずっと納得できなかった。

さらに小学1年のときの向坂さんは、近所に住む4歳年上の男の子とよくキャッチボールをしたり、一人で壁当てをしたりして遊んでいた。ある日、「将来は野球選手になりたいんだ」と向坂さんが話すと、「壱ちゃんはなれないよ。ソフトボールの選手にならなれるよ」と苦笑される。瞬間、向坂さんは、「ソフトボールは女子のスポーツじゃん」という不満と、“ソフトボールなんて自分には縁のないもの”という認識が脳裏に浮かんだ自分に驚きを覚えた。

小学校高学年になり、思春期を迎えた向坂さんは、自分の性別に違和感を抱きつつも、自分の体が女性の体だということを自覚していた。

「特に思春期は、他人の目を気にする時期でもあります。髪を短くすればするほど、逆に女っぽい顔が目立つ気がして、自分に似合わない格好をして後ろ指をさされるくらいなら、まだ女子の格好をしていたほうがマシだと考えていました」

髪型はショートカットかショートボブ。服装はTシャツにジーパン、スニーカーといったような、ラフな格好が多かった。

■ファーストキス

日本で性同一性障害という言葉が広がり始めたのは、2000年前後からだと言われている。そのきっかけとなったのは、埼玉医科大学で性同一性障害の人たちに対する性別適合手術を行うことが倫理的にも正しいと認められ、公に治療が行われるようになったことだった。

それ以前にも、アメリカでそういった動きがあることが一部では知られていたが、2000年代にテレビドラマで取り上げられるようになった影響で、日本でも徐々に広まっていった。

向坂さんが中学生だった1980年代は、まだ性同一性障害の概念がなく、向坂さん自身、女性の体である自分の中に男性性があるような違和感があったが、自分が性同一性障害だと気付くことは不可能だった。そのため、それを誰かに相談するという発想もなかった。

「鳶職やタクシードライバーをしていた私の父は、寡黙で穏やかですが、テレビにLGBT(性的少数者)の人たちが出演しているのを見ると、悪気なく『気持ち悪いな』と言ってしまうようなデリカシーに欠けるところがあり、LGBTという存在自体を全く理解ができない人です。

母は、普段は明るく話し好きで人当たりも良いのですが、一方でプライドが高く頑固で、一度怒りのスイッチが入ると暴走しやすく、一通り感情をぶちまけた後は打って変わって固く口を閉ざし、目の前にいる私はまるで存在していないかのように、母の気が済むまで無視され続けました。また、私が母の気に入らないことをしようとすると、『お前は死んだと思うことにする』と言われることもしばしばありました。だから親に相談しても、まともに相手にされないだろうと思っていましたし、自分からうまく説明できる自信もありませんでした」

親しい女友だちから、「壱ちゃんが男の子だったらよかったのに」と言われたとき、向坂さんはつい、うれしくなって母親に話してしまった。すると母親は、「私は男の子なんて産んだ覚えはない! そんなことは友だちであっても、軽はずみに言ってほしくない!」と激昂。それ以降、「母には私の性別違和について話すことはできないな」と諦めた。

中学の3年間は特に悩んだという向坂さん。一時は本気で「将来はオナベ(職業上、男装して男性のようにふるまう女性など)になろうか」と考えたこともあったというが、性別に関する悩みは、友人にも親にも、誰にも話そうとしなかった。

思春期に揺れ動くジェンダー
写真=iStock.com/kudou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kudou

ただ、小学校高学年から中学3年間は、親しい友人の間でだけ、一人称を「俺」と言って男子のように振る舞い、友人たちも男子扱いしてくれていた。中学に入ってからは、演劇部に所属。文化祭で学ランを着て男子を演じることなどで、精神的に救われていた部分もあったという。

そんな中学2年の冬休み、同じクラスで比較的仲の良かった女友だちの長澤さん(仮名)から、「泊りがけで遊びにこないか」と誘われた。性別の違和感はあっても、まだ性指向についてはあまり意識していなかった向坂さんは、フラットな友だち感覚で遊びに行く。

すると就寝前、長澤さんの部屋で2人きりになると、恋愛相談を持ちかけられる。修学旅行のノリに近い恋バナかと思ったが、だんだん長澤さんが思いを寄せる相手が自分であることが分かり、やがて「キスしてほしい」とせがまれた。

「私はこのとき、一気に自分の性自認を意識してしまい、『男としてこういうときは、女の子の気持ちに応えるべきか』それとも『我慢するべきか』かなり迷いました。結局、半ば押しに負ける形でキスをしてしまいましたが、今度は性欲が湧いてきて、そのまま続きをするかしないかさらに迷いました」

まだ中学2年生の向坂さんは、続きをするにも自分には挿入するものがなく、どうしたらよいかわからなかった。さらに、中途半端に続けて、かえって悶々とするより、キスで終わらせたほうがまだ我慢ができそうだと考え、それ以上は踏みとどまった。

「その頃はまだ、同性愛に対して今ほど理解が進んでいません。長澤さんとの行為がレズビアンになると思った私は、自分がレズビアンだったのかということに対してショックを受けました。そしてファーストキスが女子だったという事実は、その後長い間、他人に知られたくない出来事のひとつになるとともに、親に申し訳ない気持ちになりました」

■憧れと初恋

やがて中学3年生になると、毎朝登校後、ホームルームが始まるまでの間、友人たちと互いに持ち寄った漫画雑誌を貸し借りするのが習慣になった。当時は圧倒的に女子の友だちが多かったため、貸し借りする漫画雑誌は少女漫画が多かったが、あるとき、友人に借りたSF系漫画雑誌の中で、新人漫画家が描いた作品に目がとまる。独特の作風やセンスに強く惹かれ、「デビューしたばかりで、まだそこまでファンがいないから、返事がもらえるかも」と思った向坂さんは、ファンレターを書いた。

すると3カ月後、返事が届く。そこから、長い文通が始まった。

人知れず自分の性自認に深く悩んでいた向坂さんは、「このままいつまでも性別に悩み続けていたら、神経がすり減って病気になってしまう」と思い、高校入学を機に、性自認について考えることを強制的に中止し、「自分は男になりたい女なんだ」と思うように努める。

高校在学時、一度は男子と交際したが、男子に対しても女子に対しても、恋愛感情というものについてピンとくるものがなく、よくわからないままだった。

高校を卒業すると、文通していた漫画家の男性との交際をスタート。

「ハッキリとした告白はどちらからもありません。そもそも私がファンだったので、恋愛感情かどうかは別として、好意があることは伝わっていたと思いますし、相手もそれっぽいことをにおわせてくることがあったので、会った時点で自然とそういう流れになりました」

交際が始まると、「女らしくしなければ、彼に気に入ってもらえない」と自分に言い聞かせ、彼の前では自分がかわいいと思う女の子を演じるようになった。

「彼に対しては、ずっと“彼のようになりたい”という憧れを抱いていました。交際が始まると、“自分が本物の男性になれないなら、彼に自分の男性性を同化させればいい”と考えていました」

しかし18歳の頃。専門学校に入学した初日に、同級生の女の子、上野さん(仮名)に目を奪われた。上野さんは、長いストレートの黒髪にサングラスという出で立ちで、「颯爽としていて、垢抜けた女の子だな」という印象。2人は、たまたま同じエレベーターに乗り合わせたことで友だちになった。

長く美しい黒髪の女性が海を見ている
写真=iStock.com/Yue_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_

「他の数人の女友達と一緒に過ごすようになりましたが、上野さんに好意は伝えていません。当時はまだ性同一性障害という概念がありませんでしたし、私はすでに漫画家の男性と交際を始めていたので、レズビアンだと思われたこともないと思います。ただ、私がしきりに本人のいないところで、『上野さんかわいいよね。自分が男だったら付き合いたい』と言っていたので、私が彼女を気に入っているということは、周囲も知っていたと思います」

交際していた漫画家の男性にも、「好きな女の子がいる」と伝えていたが、「単に友人として好きなんだろう」と思っていたようだった。

■パニック症を発症

専門学校を卒業すると、向坂さんは実家を出て、交際中の漫画家の男性の家の近くで一人暮らしを開始。広告制作会社に就職したが仕事は長続きせず、地方テレビ局のCM制作会社など、さまざまな職を転々とする。

一方、交際中の漫画家の男性は、交際が始まると、「僕は誰とも結婚するつもりはない」と明言。当時女性として生きるつもりだった向坂さんは、「結婚するつもりがないなら遊びなのか?」と失望を感じるとともに、どこかほっとしていた。

ところが22歳のとき、パニック症を発症。外出しようとすると気持ちがすくんで玄関から前に進めず、通院以外、外に出られなくなってしまう。母親に電話で、「何かわからないけど、精神的な病気になったみたいだ」と伝えると、すぐに駆けつけ、病院の付き添いや日常生活の世話などを献身的にしてくれた。

分厚い黒いものに押しつぶされそうに感じている状態
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

「母は、相手が弱っていたり、自分に対して従順な態度を示したりすると優しく接する人でした。父は、『またひとり増えても養うくらい平気だから、しっかり治療に専念するように言っておけ』と母に話してくれていたようです」

向坂さんが実家へ戻ることになると、それまで「誰とも結婚するつもりはない」と言っていた漫画家の男性が、プロポーズの言葉を口にした。

「彼は分離不安の強い人だったので、おそらく私をつなぎ留める口実として結婚を利用したのだと思います。私は、彼が自分のためにその場しのぎで言ったことは分かっていました。当時の私はパニック症でひどい精神状態だったにもかかわらず、私よりも自分の不安解消を優先する彼が身勝手に思えて、正直プロポーズされてもうれしさも喜びも何の感情も湧きませんでした」

やがて、二次障害として、離人症を併発。最初は「自分が自分でないような感じ」がする程度だったが、徐々に「自分は誰だろう?」という思考が頭から離れなくなる。自分の名前が記号のように感じられ、自分に関することがすべて見知らぬ他人のことのように思えて、だんだん鏡を見ることも、アルバムを開くことも怖くなり、自分の性別を考えることはおろか、自分について考えることさえも避けるようになっていった(以下、後編へ続く)。

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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