「地底には地球型生命とはまったく異なる生命体がいるかもしれない」と東大教授が考える理由
プレジデントオンライン / 2022年9月25日 9時15分
※本稿は、廣瀬敬『地球を掘りすすむと何があるか』(KAWADE夢新書)の一部を再編集したものです。
■東京の地面の30キロ下にマントルがある
私たちの足元にある地面、たいてい、これはまだ地殻と呼ばれる部分ではありません。土壌と呼ばれる、風化した岩石が細かい粒子となって堆積した層です。土壌は生物の死骸や排泄物などが供給する有機物を含み、微生物がすみつき、植物に栄養を供給しています。
この土壌を掘りすすむと、やがて硬い岩石層に到達します。これが地殻です。
地殻の厚さは6~30キロメートルですが、これは主に大陸地殻か海洋地殻かで大きく異なります。大陸地殻は世界中ほぼどこへいっても、およそ30キロあります。
ちなみに、島国である日本はどちらなのかというと、大陸地殻です。そういうと、意外に思う方もいるかもしれませんが、じつは日本列島はつい最近まで大陸の一部でした。つい最近といってもおよそ2000万年前の話ですが、それ以前は中国や韓国あたりにペタッとくっついた大陸の一部だったのです。最近ようやく分かれましたが、地殻としては大陸の一部。だから東京の下を掘っていくと、マントルまで30キロあります。
日本列島の地質帯で、もっとも古いものは約5億年前のものです。そのうちの2000万年なので、やはり地球のタイムスケールでは、日本列島が“独立”したのは最近といっていいでしょう。
■人類は地下12キロまでしか到達できていない
月まで到達できた人類ですが、ボーリングで到達した最深記録は地下12キロです。その場所はロシア北西部、フィンランドとの国境に近いコラ半島というところです。目的は科学掘削、地下深く掘っていくと何があるのかという、純粋に科学目的のために掘削がおこなわれました。1970年に掘り始めて、じつに20年ほどかけて1万2262メートルに達しています。
しかし掘削はここで頓挫。原因は高温です。
地球の中身はドロドロと思っている人もいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。ただ、ドロドロではなくても掘りすすむほど高温になります。だいたい1キロメートル掘りすすむごとに30℃上昇というのが平均的なペースですが、もちろん場所によって異なります。熱源が近ければそれだけ高温になるのもはやくなるはずで、そういう意味では、海の底のほうが熱いマントルに近いので、はやく熱くなります。
高温になると何が問題かというと、掘削をおこなうドリルが使い物にならなくなってしまうのです。ドリルの先端の刃の部分にはダイヤモンドを使っています。ダイヤモンドは人類が知るもっとも硬い物質ですが、じつは熱に弱いのです。
■ダイヤモンドを高温にすると「鉛筆の芯」になる
よく知られているようにC(炭素)でできていて、高温では、同じCの結晶体であるグラファイトという物質に変化してしまいます。グラファイトは鉛筆の芯に使われる物質で、ダイヤモンドと同じく炭素でできていますが、結晶構造が違います。鉛筆の芯に使われるくらいですから、とてもやわらかく、ドリルとして用をなさないのです。
このダイヤモンドの限界は、突破するのが困難です。今後、技術が進歩すればより深い掘削が可能になるかというと、それは難しいかもしれません。ダイヤモンドを使わない何か別の方法を考えるなど、発想の転換が必要です。
というわけで、人類はいまだに地殻を掘り抜いて、マントルに到達することができていません。
マントルに到達するには、大陸地殻ではなく、より薄い海洋地殻を掘ったほうが可能性が高いように思われます。日本でも現在、地球深部探査船「ちきゅう」を使って掘削調査が進み、人類史上初のマントルへの到達を目指しています。
■地下深部にも「生命」は存在した
こうした掘削調査を進めていく中で、近年とても注目されていることがあります。それは、地中生物です。
従来、地下深部には生物はいないと考えられていました。生物といっても、もちろん知的生物ではなく、細菌、微生物の類いです。土壌の浅い部分に多くの微生物がいることは広く知られていますが、地中数キロメートルまで掘りすすむと、そこは太陽のエネルギーも届かず、高温高圧の世界です。そのような環境で、微生物とはいえ生息できるはずがない、というのが従来の常識だったのです。
ところが、最近の調査で、地下3キロほどの地中にもさまざまな微生物がいることがわかってきました。世界数百か所の鉱山や掘削孔から試料を採取して調べてみると、意外にも多くの微生物が見つかるのです。
こうした地中生物の研究は、この20年で急速に研究が進みつつあるものの、まだ始まったばかりです。まだまだサンプリングポイントは十分とはいえず、たまたまサンプリングした地点にたくさんの生物がいただけなのかもしれませんし、あるいは世界中いたるところに地中生物がいるのかもしれません。研究者の中には、地表よりももっとたくさんの生物がいるだろうという人もいます。
■並外れた環境適応能力を持つクマムシ
地球ができてからそう長くない時期に、少なくとも38億年前には生命が誕生して以来、生物の歴史は今日まで絶えることなく続いています。途中で絶滅してしまった種もたくさんありますが、「生命」全体という単位で見れば、絶滅せずに今日まで生き延びてきています。
つまり、生命というシステムはとてもロバスト(強靭)で、環境適応能力が高いといえるでしょう。
実際、ある種の生物が並外れた環境適応能力を持つことはすでに知られています。たとえば、クマムシという生物。体長0.1~1ミリメートルほどですが“地上最強”といわれるほど、過酷な環境でも生き抜く能力を持っています。陸生のクマムシの1種は、周囲に水がなくなると仮死状態になり、この状態でマイナス273℃の超低温から100℃まで、あるいは真空から7万気圧という高圧まで、さらには宇宙空間で10日間も宇宙線を浴び続けてもまだ生きていたという実験結果があります。
生物がこれだけの環境適応能力を身につけることが可能なら、さまざまな種が生息環境を広げる生存競争を繰り広げる中で、競争に敗れて地底深くに逃げ込んだ種があっても不思議はないと私は思っています。
最近になって、地下空間には思っていた以上に生物がいることがわかって、ほんとうに生物の環境適応能力はすごいものだと感心させられます。
■地球上で生きている“私たち”の共通点
でも、地中生物の研究のほんとうに興味深いところは、その先です。もし、“私たち”とはまったく異なる生物が見つかったら、それは大発見になるかもしれないということなのです。
“私たち”とはつまり、いま知られている生物全体のことで、私たち人間にせよ、動物にせよ、細菌のような微生物にせよ、植物にせよ、少なくとも、いま知られているすべての生物は、同じ基本法則に従って、生命を維持し、遺伝子を残しています。
その基本法則というのはセントラルドグマと呼ばれるもので、DNAの持つ遺伝子情報を、mRNA(メッセンジャーRNA)に転写して、それをもとにタンパク質を製造するという一連の仕組みのことです(図表2)。
人間のような高等生物から、もっと原始的な生物まで、遺伝子情報の複雑さはそれぞれでも、この仕組みそのものは同じなのです。
■“私たち”以外の生命の歴史を想像してみよう
基本的には、核酸の種類は4種、アミノ酸も20種で、すべての生物が同じ遺伝子暗号表と呼ばれるものを使って、遺伝子情報をタンパク質に読み替えて、生命活動を維持しています。つまり、生物の起源を探っていけば、ただ1種類の生物“ルカ”から、いまあるすべての生物が派生、進化して生まれてきていると考えられているのです。それでは、その最初の生物とはどんなものだったのか、どうやって誕生したのか、というのが生命の起源の問題というわけです。
しかし、同時にこんなふうに想像してみることもできます。いま、私たちが共通祖先と呼ぶようなすべての生物の祖先であるような生物がいるとして、一方で、もしかしたらそれとはまったく違う仕組みで生命的な活動をする生物が、かつては存在していたのかもしれない。しかし、生存競争に“私たち”が勝ったことで、他方は駆逐され、地上から消えてしまったのかもしれない。そういうことが、可能性としては十分ありうるわけです。
言い換えれば、生命の起源と呼べるものが、じつはもうこの地球上で何百回もあって、そのたびに異なる生命が生まれているのだけれど、最終的に“私たち”の生物だけがすべての環境変化に適応し、すべての他の生物を滅ぼして、生き残っているだけかもしれないのです。
■地球外生命は存在するかもしれない
これにはさらに深い意味があって、要は生命の誕生というものが、さまざまな条件が偶然にも整って成立した、ものすごく確率の低い奇跡的なものなのか、それとも、地球の歴史の中で生命の誕生というイベントは100回も200回もあるようなありふれたものだけれども、最終的にもっとも強い1種類が残って、いまいるだけなのか。つまり、生命が発生するということが、ものすごく奇跡的なことなのか、あるいはそうではないのか。
もしも、奇跡的ではないとすると、それなら宇宙にもたくさんの生命が生まれているのではないか、少なくともその可能性が広がります。地球以外の惑星に生命はいるのか、この果てしない宇宙のどこかに、地球人とは異なる別の生命体は果たしているのか、ということは、昔からSFに限らず科学の領域でも何度も議論されてきたわけですが、その可能性が広がることになります。火星にだって当然いたかもしれない、と考えてみることもできるのです。
しかし、生命の誕生が地球の歴史上たった1回の奇跡的なものだとしたら、それはかなり難しい話ということになります。
つまり、これは私たちの生命観、宇宙における生命の存在確率のようなものを予言する話でもあるのです。
■なぜ生命維持に必要なアミノ酸は20種類なのか
宇宙には“私たち”とは異なる生物が存在する、という発想がどうして出てきたのかというと、あながち根拠のない話ではないのです。
たとえば、“私たち”は20種類のアミノ酸を使ってタンパク質をつくっています。しかし、なぜこの20種類だけなのか、という疑問は昔からありました。というのは、自然界には何百種類ものアミノ酸があって、理屈からいえば、万単位のアミノ酸がありうるはずだからです。
たとえば、宇宙からくる炭素質コンドライトと呼ばれる有機物を含む隕石を見てみると、無数のアミノ酸が含まれていることがわかります。それなのに、なぜ、地球のすべての生物が20種類のアミノ酸だけを選んで使っているのか、そこにどれだけ合理的な理由があるのか、という課題はいまだに解決されていません。
過去にも、20種類ではなくて21種類ではだめなのか、19種類にしたらどうなるだろうか、あるいは10種類だけでやっていけるのかどうか、というような研究があります。実際に、20のアミノ酸のうちのひとつふたつを使うのをやめて19や18にしても、ある程度はうまくいく、という実験結果もあります。つまり、この20種類のアミノ酸は、唯一無二の正解というわけではないのです。
■地球型生命以外も存在することは可能
たしかに、非常にうまく選ばれているのは事実です。いってみれば、アミノ酸という大きな集合の中で、とてもバランスよく選ばれているといえます。感覚的にいうと、世界中の各大陸からひとりずつ選抜しているようなところがあって、たしかにうまく選ばれてはいるのですが、かといって、ひとつやふたつ入れ替わったとしても、別にどうということはないはずです。
別の言い方をすれば、私たちが知っているこのタイプの生命体だけが、この世に存在できるというわけではないということです。
まったく異なるアミノ酸の選び方も十分にありうる。私たちとはまったく異なるアミノ酸を使って生命活動をするような生命体は存在できないかというと、そんなことはないのです。
仮に“私たち”のような生命体を地球型と呼ぶとすると、地球型生命ではなくても存在しうる、存在する可能性があるということです。それは少なくとも試験管の中では明らかに見えます。
■私たちの「常識」を超える地底の生命体
地中生物の話に戻ると、いままで生物がいないと思われていた地下深部に、じつはたくさんの生物がいることがわかってきました。生物はエネルギーがなければ生きていけないので、普通は太陽の光や温泉水のようにつねにエネルギーが供給されるところに生息しているはずと考えられてきました。
ところが、じつはほとんどエネルギーがないようなところにも、生物が生息していることがわかったのです。
彼らはエネルギーを摂取することがほとんどできないので、基本的にはほとんど動かない。ほとんど代謝もしないし、細胞分裂もしない。いままでの常識では考えられないような生物です。
それでも、いままでのところ、地中深部で発見された新生物はすべて地球型生物です。しかし、地下深部にはまだまだ発見されていない生物がたくさんいるはずです。たしかに地球型生物は環境適応の力が高い、少しぐらい圧力が高くても温度が高くてもエネルギーがなくても我慢できるということがわかりつつある。
とはいっても、まだまだ地球型生物が適応できない環境はありそうだということは容易に想像できます。
そうであるなら、そのような環境に、未知の生命体、もしかすると地球型生命とはまったく異なる仕組みで、生命活動を維持する生命体がいるかもしれないのです。
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東京大学理学部地球惑星物理学科教授
1968年生まれ。東京大学理学部地学科卒。同大学博士課程修了。高圧地球科学者。2011年、日本学士院受賞。東京工業大学地球生命研究所所長・教授などを経て現職。著書に『地球の中身 何があるのか、何が起きているのか』(ブルーバックス)、『地球を掘りすすめると何があるか』(KAWADE夢新書)などがある。
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(東京大学理学部地球惑星物理学科教授 廣瀬 敬)
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