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「オーガニック」に釣られてはいけない...茨城の農園があえて「有機野菜」をうたわない理由

プレジデントオンライン / 2022年9月23日 9時15分

写真=著者提供

農業で儲けるにはどうすればいいのか。茨城県で「久松農園」を営む久松達央さんは「実力以上に商品を良く見せようとしてはいけない。悪い部分をさらけ出して、それでも気に入って購入してくれる人を根気強く探すことが一番の近道だ」という――。

※本稿は、久松達央『農家はもっと減っていい』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■「色大根のステーキ」は美味しいけれど、私は食べない

ビジネスは、自分がやりたいことと時代状況の接点にしか生まれません。時代状況とは、ビジネスを形にするための様々な環境のこと。「やりたいこと」が自分の中にあるのに対して、「時代状況」は自分の外にあり、コントロールすることはできません。中でも、思うようにならない最たるものが顧客です。

久松農園では、多くの人に売れそうなもの、をつくるのではなく、まず自分たちが食べたい野菜をつくり、それをお客さんにおすそわけする、という順番でつくるものを選びます。

大根を例に取ると、最近では紫や緑色などの品種もポピュラーになり、マルシェなどではカラフルな大根を目にする機会も増えました。紫大根の生産者に美味しい食べ方を尋ねると、「ステーキ」との答え。大根ステーキは確かに美味しいです、たまにレストランで食べれば。一方、自分は家では大根をステーキにする習慣がありません。それよりも、味噌汁に入っている普通の大根が安定して美味しいことの方が大事です。

写真=著者提供

野菜セットの箱を開けた時にカラフルな野菜で歓声が上がる様子よりも、無造作に取り出した大根をブリと煮た時にとろっと甘くて、思わず食卓の会話がはずむ方が、私には喜びです。

■小さな農家は「差別化」してはいけない

以前、茨城県主催の、東京の百貨店の催事場でのフェアに出展したことがあります。開催中にメディアを引き連れて陣中見舞いに来た知事が、私の大根を取り上げて「これは普通の大根と何が違うの?」と質問されました。あえて抑えたトーンで「これは『普通の』美味しい青首大根です」と答えると、知事は黙って次のブースに去っていきました。

こういう時に、「伝統品種がうんぬん」とか「有機栽培でどーこー」などと言えるのが正解とされることに、私は疑問を持っています。純粋な戦略として考えても、分かりやすい違いを売りにすることが、小さな農家の選択として正しいとは思えないのです。

商品開発のコンサルタントの話を聞くと、同業の他の商品との差別化の話が中心です。他と違う特徴を際立たせた商品をつくり、それを上手にアピールしましょう、という話の趣旨は分かります。

■差別化はむしろ真似をする力のある強い農業者に有利

一方で、私が自分で食べたいのは、冷たい筑波颪に当たってじっくり育った普通の冬の大根です。青首ならばサカタのタネの「冬自慢」、三浦大根なら「龍神三浦二号」という品種が好きです。同じタネを買ってくれば、隣の農家にも、家庭菜園の人にもつくれるものです。それでも、何千回と食べてもしみじみ美味しく、大根が美味い季節になると、毎年感動があります。大鍋で豚バラと甘辛く煮た日には、大きな三浦大根もペロリと食べてしまいます。

人の大根の嗜好に何千ものパターンがあるとは思えません。私と同じように考える顧客はたくさんいるはずで、そういう人を探していけば、差別化なんて必要ないはずなのです。

後述しますが、一般論として、「川上産業」である農業は差別化がしにくい業種です。特に、他者の真似がしやすい現代の農業は、オンリーワンの商品をつくることが本質的に難しい仕事です。幾多のビジネス書が指南する「顧客獲得のための差別化」を前提に小さい農家が経営を組み立てることは、正しいとは言えません。差別化のポイントを明確にすることは、むしろ真似をする力のある強い農業者に有利な戦い方です。

個農の売り方としては、他と違うかどうかにかかわらず、自分が個人的に好きだと、相手の目を見て言い切れることの方が、はるかに重要です。

■「美味いものは路地裏にあり」

自分に合う顧客を探す、というのは、合わない顧客を排除することでもあります。私も、売り方を模索していたキャリアの初期には、直接販売以外の販売チャネルを試したこともありますが、長続きしませんでした。私の好みや、価格帯も含めたつくり方が、量販店など不特定多数の顧客向けの考え方と合わないのかもしれません。どこでも食べられる無個性のものだったら、こだわってつくる意味はない、というひねくれた感覚も、販売店にかわいがられないことに拍車をかけます。

飲食の世界に「美味いものは路地裏にあり」という言葉があります。多くの目に留まる表通りの店は、一見の観光客から近くの住人までいろいろな人が入ってくるので、ターゲットを広く持たざるを得ません。目立つ場所にあるお店は家賃も高いので、多くのお客さんに来てもらう商売でないと成り立ちにくいという事情もあります。その結果、単純化して言えば、表通りは「美味いもの」よりも、「不味くないもの」を提供するビジネスに向いています。

一方、少し裏道に入った場所に暖簾を上げるお店には、わざわざ目指して来る人しかたどり着けません。「分かる」客だけを相手にしたいなら、表通りよりも路地裏の方が良さそうです。知る人ぞ知る名店は路地裏にしか存在し得ないとも言えるわけです。あえてたどり着きにくい場所に店を構えることで、「分からない」客をふるいにかける、という意図を持つ店主もたくさんいるはずです。

しかし、これもまたよく言われるのは、インターネットの時代には、目につきにくい立地が難しくなったということです。情報が回ると、誰でも簡単に検索できるので、たどり着けないということはないからです。現実物理空間における「路地裏」は顧客のふるいとしては機能しにくくなったと言えます。

万人向けではない久松農園の野菜は、明らかに「路地裏」向きです。一方で、ECサイトでの通販が唯一の窓口なので、インターネットの法則からすれば、たどり着けないようにすることは困難です。それでも、結果的に、農園の野菜を買ってくれるのは、私たちのことをよく理解してくれるいいお客さんばかりです。

なぜいいお客さんに恵まれているのか。奏功の是非はともかく、野菜を販売するに当たって私が心がけていることを挙げてみます。

①悪いところを晒け出す
②ドヤ顔でおすそわけ
③最良のコンテンツが最良のSEO

それぞれを説明していきましょう。

■繰り返し買ってもらうためには正直に全てを話す

①悪いところを晒け出す

営業はマッチングである、というのが私の基本的な考えです。「いいものとは何か」を突き詰めて考えれば、「そのお客さん」が望むもののことです。それが隣の人にとっていいものではなくても、何の不思議もありません。

現代の日本のような成熟社会においては、基本的に市場に出回る商品は一定の水準に達しています。役に立たないような悪いものは存在せず、ひとつのモノサシの上での良し悪しというよりも、「その人」のニーズに合っているか合っていないかで選ばれていると言えます。

売りたい商品を多くの人に良く思ってもらいたいのは当然です。しかし、たとえ売れたとしても、そのお客さんにフィットしていない取引が、良い取引とは言えません。1回なら売り逃げることも可能かもしれませんが、繰り返しの売買の中で買い手と売り手が良好な関係を築くことは難しいでしょう。

本来、取引とは、その商品がマッチするお客さんに買ってもらって初めて成り立つものです。ものを売る、とは、それを望むお客さんを本気で探すことだと私は考えています。

特に野菜のような単価の低い日用品は、繰り返し買ってもらえなければ商売としても意味がありません。顧客にウケるような美辞麗句を並べるよりも、いいことも悪いことも正直に伝えて、お気に召したらどうぞ、という姿勢でいる方が、結局は自分に合う顧客を探すことにつながります。

■「有機」「オーガニック」をあえてうたわないワケ

若い頃に、テレビ番組で久松農園が紹介されたことがあります。その時は、放送直後から注文が殺到してしまいました。膨大な注文にひとつひとつ丁寧に対応しましたが、思うように処理ができず、「届くのが遅い」「パッケージが悪い」など、それまでほとんどなかったクレームが多発しました。

中には「野菜セットだと言うから買ったが、野菜しか届かなかった」という、よく分からない文句を言う人もいました。大変な思いをしましたが、テレビを見てすぐに連絡してくるタイプの人は、そもそもよく説明を見ていないんだな、という学びがありました。

「有機」「オーガニック」というワードも曲者です。消費者の中には、未だに「有機野菜は安全」「農薬は危険」という認識を持つ人も少なくありません。有機農業をやっていることを殊更に謳うと、そういうタイプのお客さんが集まってしまうことも多いので、現在はほとんど謳わないようにしています。お客さんの中には、久松農園の野菜が有機野菜であることを知らない人も多いようです。

写真=著者提供

何かを売ろうとすると、つい間口を広く取ろうとしてしまいますが、自分の守備範囲などたかが知れています。等身大の己の好き嫌いを前面に出して、それを選んでくれる顧客としか取引は生まれないと割り切る方が、結果的に良い縁に恵まれる気がします。もちろん、十分な数の顧客を得るまでに長い時間がかかることは覚悟しなければなりませんが、実力以上に売ろうとしても、長続きはしないというのが私の結論です。

■「つまらないものですが」スタンスではダメ

②ドヤ顔でおすそわけ

久松農園の基本スタンスは、自分たちが食べたいものを育てて、お客さんにもおすそわけする、というものです。食べたいものではないが、売れるからつくるということはほとんどありません。

風呂敷は日本の包む布
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

たまに、スタッフの意見で目新しいものを取り入れたり、売上が欲しくて流行りに寄せたりもしますが、いい結果を生んだことがありません。そもそも判断が日和る時というのは、困って迷いが生じた時です。追い詰められて普段と違うことをやるのは、スポーツの試合で練習したことのない技を出すようなもの。万が一うまくいったとしても、続くわけなどないのです。

時にはそんな失敗もありますが、大抵はまずは自分の食べたいものをつくって、自慢気に人にも勧めることを心がけています。「ドヤ顔でおすそわけ」というのが私たちの販売コンセプトです。おすそわけと言っても、「つまらないものですが」と差し出すのではダメです。小学生男子が100点の答案用紙を母親に走って見せに来るように、「自慢気」でなくてはいけません。

「かぶが甘くてすごく美味しかった」というお客さんの感想に「ありがとうございます」ではなく、「でしょ!」と言いたい。私たちも美味しいと思う。それを共有できて嬉しい、という気持ちでいたいのです。

お客さんから「あなたは、買っていただいてありがとうございます、って態度じゃないのよね」と皮肉を言われてしまったこともあります。失礼なことを言う意図はないのですが、へりくだるのはやはり違います。

■「つくる自分」と「売る自分」は同じか

素直に感謝を伝えるのはいいことですが、お客さんの好みにおもねるものづくりをしていてはいけない。私たちの今のベストを自信を持ってお届けする。ミスがあれば率直に謝る。それでも気に入ってもらえなければ、力不足か、好みが違うだけ、と思うようにしています。

農業は生き物相手の仕事で、計画通りには進みません。思い通りにいくことの方が少ないくらいです。ドヤ顔になりきれず、悔しい思いで野菜を売る瞬間もあります。そのことについてスタッフ間で議論にもなります。

そんな時に私が話すのは、つくる自分と売る自分が引き裂かれる気持ちから逃げてはいけない、ということです。矛盾を飲み込んで、お客さんが喜んでいればそれでいい、と、機械的にありがとうを言うようになったらおしまいです。矛盾は矛盾のままで、素直に晒せばいいのです。

そして、ドヤ顔の日を一日でも増やす方向に努力すること。スタッフのひとりひとりの意見の違いも含めて、私たちが何に喜び、お客さんに何を感じて欲しいかを正直に晒すことが、結局は一番の営業になるのではないかと思っています。

■「売れれば何でもいい」という虚しい考え

③最良のコンテンツが最良のSEO

ものをつくる人間として最も虚しいのは、売れていれば何でも構わないという考え方です。

自社のウェブコンテンツを検索結果上位に表示させるため、検索エンジンに最適化する改善をSEOと言います。私も、売上に困っていた時期に、もっとあざとく集客に力を入れた方がいいのでは、と考えてSEO対策のセミナーを聞きに行ったことがあります。その時の講師は、講義の2時間を通して技術的な話を全くせず、失敗談だけを語ってくれたのがとても印象的でした。

その方は、SEOの会社を始めて間もない頃、ある法律事務所からの依頼を受け、張り切って初仕事に取り組んだそうです。カッコいいホームページをつくり、学んだばかりのテクニックを駆使したコンテンツづくりをして、クライアントのページはたくさんのビュー数を集めました。

問い合わせも激増し、鼻高々になっているところに、クライアントから怒りの電話が。びっくりして話を聞くと、検索上位になったネット経由で来る問い合わせのほとんどが、冷やかしや、安く使い倒そうという悪質なものばかりだというのです。「二度とあなたに仕事を頼まない」という捨て台詞で電話は切られたそうです。

■顧客はかき集めるものではない

彼は、その後しばらく考えて、過ちに気づきました。普通の人は、法律の相談事が生じた時、友人や親戚など個人的なツテをたどって相談に乗ってくれる法律家を探すだろう。いきなりインターネットで検索して、安く相談に乗ってもらおうと考えるのは、周りと良好な人間関係を築けていない人に多いのではないか、と。顧客は「かき集める」ものではない。時間をかけて、自分の仕事に合うお客さんを探すのが結局は近道だ、というのが結論でした。

久松達夫『農家はもっと減っていい』(光文社新書)
久松達央『農家はもっと減っていい』(光文社新書)

時は下って、久松農園の最初のホームページをつくってくれた人も、同じような考えの持ち主でした。SEO的なこともやったほうがいいでしょうか? という私の質問は、「最良のコンテンツが最良のSEOだ。自分の事業をひたすら磨きなさい」と一蹴されました。

集客は必要です。しかし、それは結果であって、目的ではありません。「上手に対策を施した」集客のための集客に陥ると、自分のやりたいことを本当に支持してくれる顧客と出会えなくなります。

私は商品の宣伝活動にお金を使うことがほとんどありません。それでも、農園や私の活動に関する情報の量は、大手の農業法人に負けていません。商品を前面に出すよりも、自分の考えを根気強く発信することが、結果的に良質な顧客の獲得にプラスに寄与していると考えています。

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久松 達央(ひさまつ・たつお)
久松農園代表
1970年、茨城県生まれ。94年慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人を経て、98年に農業に転身。年間100種類以上の野菜を自社で有機栽培し、卸売業者や小売店を経由せずに個人消費者や飲食店に直接販売するD to C型農業を実践している。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮選書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)がある。

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(久松農園代表 久松 達央)

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