胎児の時点で「将来の学歴」はある程度決まっている…最新研究でわかった"生まれと育ち"の残酷な事実
プレジデントオンライン / 2022年9月28日 11時15分
※本稿は、安藤寿康『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■「遺伝学では個人レベルの能力はわからない」が常識だったが…
Q 人の才能は遺伝子で決まってしまうの?
A 個人レベルで遺伝子を調べることにより、ある程度は能力を予測することが可能になりつつあります。
行動遺伝学における遺伝研究の中心的手法は双生児法です。双生児法によって、どんな能力についても遺伝の影響が50パーセントはあるということが明らかになりました。注意してほしいのは、双生児法によって算出される遺伝の影響はあくまでも集団レベルの統計量だということ。研究の対象となった集団において、ある表現型のばらつきがどれくらい遺伝のばらつきで説明できるか、環境によって変化させるのがどの程度難しいかを示しているにすぎません。
例えば、体重の遺伝率は90パーセント以上だということはわかっています。これは環境を変えても体重を変えるのは一般的にはなかなか難しいですよということを示しているのであり、あなた個人にぴったり合ったダイエット法に出会って、体重が劇的に減ることは絶対にありえないとまでは言っていないのです。
まあ体重に関して言えば、生物学的な代謝のメカニズムによるわけですから、痩せている人が暴飲暴食をして太るのは、その逆よりはだいぶ簡単だとは思いますが。
双生児法の示す遺伝率は、あなたにどんな能力があるのか、将来どうなっていくのかを一般的な意味で示すことしかできません。個人レベルでどのような能力があるのか、あるいは将来的にどうなるのかを知ることはできない――というのが2010年代半ばまでの常識でした。
■2000年代初頭に登場した手法が病気のリスク分析を可能にした
一方、2000年代初頭には、ゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome Wide Association Study)という手法が登場しました。GWASは、異なる個人間のゲノム全域について、遺伝的な変異のある場所と表現型との関係を調べるというもの。それを使って「こういう遺伝的変異があると、表現型にこれくらいの影響がありそう」ということを、ポリジェニックスコアという点数で表します。
調査対象とする遺伝的変異は、おもにSNP(スニップ:Single Nucleotide Polymorphism)、一塩基多型です。SNPというのは、他の人と比べて、1カ所の塩基だけが異なっている変異を指します。GWAS以前の遺伝子解析手法ではモノジェニック、つまり、ある1つの遺伝子の変異がどのように表現型に影響するかを調べることしかできませんでした。
例えば1996年に報告されたドーパミンという神経伝達物質に関わるDRD4という遺伝子が、新奇性追求というパーソナリティ特性の個人差に関わることがわかったという具合です(この結果はその後の数多くの追試から検証されませんでしたが)。しかし、単一の遺伝子によって説明できる表現型はそれほど多くありません。
ほとんどの表現型は、複数の遺伝子の作用によって発現するポリジェニックなものなのです。GWASでは、どういう遺伝子がどう働いているのかはわからないにしても、染色体上のどの位置に関連するSNPがあるかが示され、その情報全体から病気などのリスクを確率的に示すことができます。高脂血症、高血圧、糖尿病、がん、心筋梗塞、アルツハイマー病などについて、発症を早期に予測して予防しようという動きが盛んになってきました。
■「個人レベルの学歴」も遺伝子解析で説明できるように
病気以外の表現型についてもGWASで明らかにしようという試みは行われていましたが、2016年くらいまでは、あまり成果があがってはいませんでした。
知能テストの成績と参加者のゲノム解析から、知能に影響を与えていると思われるSNPが70個程度見つかってはいましたが、これらSNPの効果量を足し合わせても、その影響はせいぜい数パーセントといったところ。双生児法によって算出される知能の遺伝率50~60パーセントとは大きな開きがありました。
ゲノム解析で個人レベルの能力を明らかにできるのは、不可能か、少なくともまだまだ遠い先のことだろう、私はそう考えていました。ところが2016年頃から状況は急速に変化します。学歴に影響を与えていると思われるSNPがいきなり1200個以上も見つかったのです(一般的に学歴と知能には強い相関があります)。SNP一つ一つの効果量は微小なものですが、足し合わせると12パーセントにもなったのです。
つまり、ゲノム検査の結果によって、個人レベルの学歴について10パーセント以上まで説明可能になってきたということです。
■300万人のサンプルから相関を導き出す
70個しか見つかっていなかったSNPが、いきなり1200個以上になったのを不思議に思う人もいるでしょう。
世界各地にはゲノム情報と共に各種の身体的・生理的特徴、生体サンプル、生活状態などの情報を大規模に収集しているバイオバンクとよばれる研究事業があります(イギリスのUKバイオバンクなど)。また23andMEのような遺伝子検査サービスも大規模なデータベースをもっています。
こうしたデータベースには学歴も基本情報として登録されており、それらを合わせると100万人以上のデータになります。そこで知能と0.5の相関がある学歴データも知能の指標として使えることに気づいた研究者がいました。このデータをGWASにかけることで一気に研究が進んだというわけです。さらに2022年の最新の論文では、サンプルがさらに300万人に増え、その説明率は16パーセントにまでなりました。
UKバイオバンクなどのデータから学歴についてのポリジェニックスコアが算出され、これを用いた研究も進んでいます。中でも大きな注目を集めたのが、アメリカの行動遺伝学者キャサリン・ハーデンらが2020年に発表した研究です。
研究対象となったのは、1994年、1995年から4年間、アメリカの高校に在学していたヨーロッパ系の生徒3635人。アメリカの高校では難易度によって数学のコースが分かれているのですが、ハーデンらは学歴に関するポリジェニックスコアが最終的な学歴にどう関係しているのかを調べました。
■学歴スコアが高い生徒は、どんな学校にいても優秀
9年生(日本の中学3年生に相当)の時点で、学歴ポリジェニックスコアが高い生徒ほど難易度の高い数学コースから始めており、高校卒業後にはカレッジ、さらには大学院に進みます。途中で脱落する人もあまりいません。
これに対して、学歴ポリジェニックスコアが低い生徒は、9年生時点で難易度の低いコースから始めて、途中で脱落することが多くなります。一番下のグレードから始めた生徒で、最終的な学歴がカレッジ以上の生徒はいません。これは私もさすがになかなか怖い研究結果だと感じています。
この研究では、生徒のSESとの関連についても調べています。SESとはSocio economic Statusの略で、学歴、収入、職業などを組み合わせて算出した社会経済状況のことです。その学校に通う生徒のSESの平均が高いか低いかに関係なく、ポリジェニックスコアの高い生徒は数学のトレーニングに取り組みます。
SESの低い生徒が多く通う学校の場合は平均もしくは低スコアの生徒は脱落しやすく、SESの高い生徒が多く通う学校ではポリジェニックスコアが非常に低い生徒だけが脱落してしまいます。要するに、ポリジェニックスコアの高い生徒はどんな学校でも優秀だけれど、スコアが平均あるいは低い生徒に関しては学校の良し悪しが関係してくるということです。
現在のところ学歴ポリジェニックスコアによる効果量は12~16パーセント程度ですが、今後分析対象のデータが増えてきたり他のデータとの相関を調べたりすることで、効果量は上がっていくと考えられます。
■母親の胎内にいるときから、将来的な学歴が予測できる
生まれた時、いや母親の胎内にいる時に、遺伝子検査を行うことで、将来的な学歴についてもある程度わかるようになってきている――。
もちろん環境の影響も50パーセントはあり、関連のあるSNPや遺伝子がすべてわかっても、双生児研究で見出された遺伝率50パーセントを超えるわけではないのですから、遺伝子検査だけで子どもの将来が確実にわかるわけではありません。それでもその人の大学進学の潜在能力のセットポイントは具体的に数値化され、難関大学に行ける可能性が高いか低いかについては、一昔前の天気予報程度、いまの地震の予測確率以上には当たるようになってくるでしょう。
最近は遺伝子検査ビジネスが盛んになってきています。現在のところ、病気のリスクについて説明するものが中心ですが、実は説明力が最も大きいのは病気のリスクよりもこの学歴、あるいはそこから示唆される知能なのです。
■あらゆる分野のスコアを算出することが可能
それは分析されたDNAサンプルの数が、特定の病気を持っている人の数より、学歴と収入や職業の情報を提供してくれた人の数の方が圧倒的に多いからにすぎません。理論的には学歴のみならず、知能をはじめ、パーソナリティ、スポーツ、芸術など、あらゆる分野についてポリジェニックスコアを算出することが可能です。
それを測定する方法と、その測定値といっしょにDNAサンプルを数多く(数百万人あるいはそれ以上)提供してもらえるシステムを作りさえすれば。しかし、あなたはそのようなシステムができることを望みますか?
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慶應義塾大学文学部教授
1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学。主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』(ちくま新書)、『遺伝マインド』(有斐閣Insight)、『心はどのように遺伝するか』(ブルーバックス)、『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)などがある。
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(慶應義塾大学文学部教授 安藤 寿康)
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