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ムリをして難関大学に進んでも年収は増えない…遺伝学の専門家が語る"学歴と年収"の意外な関係

プレジデントオンライン / 2022年9月29日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Igor Kutyaev

「よい学校」に入るかどうかで、子どもの人生はどう変わるのか。慶應義塾大学文学部の安藤寿康教授は「双生児法による研究では、異なる偏差値の学校に通った場合でも、成人になってからの収入にほとんど差はなかった。むしろ無理をして高い偏差値の学校を目指すと、ミスマッチのリスクがある」という――。(第2回)

※本稿は、安藤寿康『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■中学受験をしないと「負け組」になるのか?

Q 少々無理してでも、偏差値の高い中学校に行った方がよいですか?
A 双生児法による研究では、異なる偏差値の学校に通った場合でも、成人になってからの収入にほとんど差はありませんでした。

中学受験が過熱しています。特に首都圏でこの傾向は著しく、2022年入試の受験率は私立中学と国立中学を合わせて17.3パーセント。公立中高一貫校の受験者を含めると受験率は22.2パーセント、東京都だけに限れば受験率は30.8パーセントにも達しているそうです。

少子化によって大学全入時代になったと言われますが、逆によい大学、よい会社に入らないと「よい人生」が送れない、負け組になってしまう……。そういう親の危機感はいっそう高まっていると言えるのかもしれません。

また、日本は公教育への投資が諸外国と比べても圧倒的に低く〔2017年の初等教育から高等教育に対する公的支出総額の比率は、経済協力開発機構(OECD)平均の10.8パーセントに対し、日本は7.8パーセントです〕、公教育への不信につながっている可能性もあります。

子どもを持つ親が感じる不安はわかります。では「よい学校」に入る/入らないによって人生はどの程度変わってくるのでしょうか。

■エリート大学に行くかどうかで将来的な賃金は変わらない

2002年に発表されたデイル&クルーガーの研究では、エリート大学に受かったが行かなかった人と実際に入学した人を比較したところ、将来的な賃金は変わらないという結果が出ています。なお、貧困家庭出身者の場合には、大学の質が賃金に影響することもわかっており、これは先の質問で述べたこととも符合します。

ビジネスマンの前に積まれたコイン
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

こうした先行研究を踏まえ、双生児法を用いて日本における学校の質と賃金の関係を調べたのが、教育経済学者の中室牧子氏です。その結果は、教育年数の差は賃金に一定の差を生みますが、どの大学に行くかは将来の賃金に影響しない。特に一卵性双生児のきょうだいが、一方は偏差値の高い高校、他方がそうでない高校に行き、大学も偏差値の違う大学に行ったとしても、その差はその後の賃金には影響していないことがわかりました。

進学する高校や大学が将来に大きく影響すると思っていた人にとっては、かなり衝撃的な結果ではないでしょうか。学校の教育によって将来が変わってくるのではなく、もともとの能力が学校を選ばせているというのですから。

受験当日に体調が悪くて、普段できていた問題が全然解けなかった……。少なくとも、そういうトラブルで狙っていた学校に入れず、不本意にも低いランクの学校に甘んじなければならなかったとしても、「人生終わった」などと悲観する必要はなさそうです。それで自暴自棄になって、人生を捨ててしまうのではなく、その後もその人なりに能力を育てて発揮し続けさえすれば。

■そもそも「いい学校」とはどんなところか

ただ学校の質、つまり教育レベルが子どもの将来にまったく無関係とまでは、言い切れません。先述の中室氏の研究における学校の質は偏差値で表されていますが、アメリカの行動遺伝学者キャサリン・ハーデンらの研究では学校のSES(社会経済状況、ここでは生徒の家庭のSESの平均値)を見ています。

ハーデンらの研究でも学歴ポリジェニックスコアの高い生徒はどんな学校でも優秀で、これは中室氏の研究と一致します。また先の質問でも述べたように、ポリジェニックスコアが平均もしくは低い生徒に関して言えば、SESが高い生徒の多くいる学校だと脱落しにくいことがわかっています(それでもポリジェニックスコアが著しく低い生徒は脱落しますが)。

それでは、結局「いい学校」には行った方がいいのか、行かなくてもいいのか。これは何をもって「いい学校」とするかによるでしょう。人間は、自分と同じようなタイプや知能の人間と友達になろうとします。そういう人たちの集まりの中にいると居心地がいいと感じるわけですね。もともとの学力がそんなに高くなかったとしても、試験のヤマが当たったとかで難関高校や難関大学にたまたま合格するということはありえるでしょう。

しかし、あまりにも自分の能力と周りの能力がかけ離れていると、学業にもついていけず、辛い思いをすることになります。親は子どもを欲目で、「ちょっと頑張れば、いい学校に入れるのに」と思ってしまいがちです。けれど、「ちょっと頑張る」のと「ものすごく無理をして頑張る」のでは、大きな違いがあります。

■偏差値やブランドより、「居心地のよさ」が重要

受験勉強にしても、学力が向上していくのを子ども自身が実感できてモチベーションが上がっているというのであれば問題はないでしょう。それは、子ども自身の遺伝的素質に見合っていると考えられます。

しかし、子ども自身が「もう勉強したくない」と強いストレスを感じているのであれば、勉強の内容と遺伝的素質がマッチしていない可能性があります。そういう状況で、子どもに勉強を無理強いしたところでよい結果になることはないのではないかと思います。

中学や高校を受験するというのであれば、偏差値やブランドではなく、学校環境の居心地のよさや、自分の好みに合った先生がいるか、学びたい科目や教え方があるかを判断基準にするのがよいでしょう。オープンキャンパスなどで雰囲気を味わってみる、その学校に通っている知り合いや卒業生の話を聞いてみるなど、できるだけさまざまな情報から総合的に判断しましょう。

クラスメートと楽しそうに授業を受ける学生
写真=iStock.com/SolStock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SolStock

学校にはそれぞれ個性の違いがあります。それは教育方針の違いによるだけでなく、校舎のつくりや教職員や事務職員の雰囲気、図書館やグラウンドの使い心地のよさ、学校周囲の環境などさまざまな面から感じ取ることができます。「ここは居心地がよさそう」と何となく感じるのであれば、その感覚を信じてみるのも悪くないと思います。

■学力は5割が遺伝、3割は家庭環境で決まってしまう

人間の「内的感覚」というのはなかなかバカにできません。遺伝的素質が環境と相互作用していることの表れでもあるからです。あなたの勘が、この学校はいいなと感じさせてくれたら、それを大事にしてほしいと思います。

教育関係者にとってはいささか不本意な話かもしれませんが、あえて申し上げます。実際のところ学校が生徒にしてあげられることなどたかが知れています。極論を言えば、偏差値が高い学校は教え方が優れているから生徒が優秀なのではなく、優秀な生徒をスクリーニングして集めているから先生も教えやすく、よりレベルの高いことまで教えることができるわけです。

学校の差が生徒の学力や知能に与える効果量が小さいことは、行動遺伝学の研究でも証明されています。それは集団のばらつきのうちのせいぜい20パーセントかそれ以下の違いしか生まず、学力の差の50パーセントは遺伝、30パーセントは家庭環境なのですから。学校の影響がまったくないとまでは言えませんが、その影響は期待するほど大きなものではないということです。

■知的好奇心の広さと知能には相関関係がある

学力や知能に関連するものにはパーソナリティもあります。近年パーソナリティに関する研究分野で主流となっている「ビッグファイブ理論」では、パーソナリティを「外向性/内向性」、「神経症的傾向」、「協調性」、「堅実性」、「経験への開放性(知的好奇心)」という5つの因子で表します。このうち、経験への開放性、つまり知的好奇心の広さに、知能との相関があることがわかっています。

私が印象深かったエピソードとして、ある編集者の経験談があります。彼は公立中学出身なのですが、偏差値の高い私立高校に進学することになりました。そして、中学と高校のあまりの違いに衝撃を受けたそうです。

地元の中学だと少女マンガを読むのは、それだけでみんなにバカにされる行為でしかなかったのに、進学校では勉強ができる、運動ができる生徒でも普通に少女マンガを読んでいたというのですね。日本のマンガ文化のレベルは世界も認めるところ、魅力的な作品にマンガのジャンルを問わず、出会うことができます。

■すべてを学校に求める必要はない

偏差値が高い学校の方が、文化的な許容度や自由度が高く、少女マンガへの偏見にとらわれない傾向があるのかもしれません。だからといって、文化は偏差値が高い学校にしかない、学力が低い生徒が集まってしまった学校では、厳しい校則で生徒をしばることが必要と私は言いたいわけではありません。

校則に関して言えば、茶色い地毛を無理矢理黒く染めさせたり、下着の色をチェックしたりするような校則には疑問を覚えます。仮に茶髪にしたり派手な下着を着ている生徒の素行や成績が悪い傾向があったとしても、茶髪や下着それ自体が成績の直接の原因ではないからです。これは相関関係を因果関係と思い込むよくある勘違いの賜物(たまもの)です。

CHAOSの指標、つまり「落ち着いてちゃんと秩序だった生活をさせる」ことと学業成績の間には、ある程度の相関が見られます。きちんと朝起きて決まった時間に学校に来る、身の回りの片付けをするように指導する、そういう家庭は他のことについてもおしなべてきちんと秩序だった生活習慣が根付いている場合が多いのです。

学校でもそのように落ち着いた秩序だった学習生活の環境を、生徒も納得できる形で作れる先生たちの連携やノウハウは確かにあって、それが血の通った指導となって機能しているところもあると考えられます。また、文化的な許容度に関しては知能との相関があるのは確かですが、自分が好き、快適だと感じる文化が通うことになった学校になかったとしても、諦めなければならないというわけでもありません。すべてを学校に求める必要などないのです。

■生徒にとっての環境は学校だけではない

生徒たちの評判がよくて偏差値も手頃な学校は人気が高いですから、入りたい人全員が入れるとは限りません。みなさんの中にもあこがれの志望校に合格できず、将来が真っ暗になったと思っている方がいることでしょう。

安藤寿康『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)
安藤寿康『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)

しかし、その学校に入れないことで「人生終わり」にはなりません。総じて、日本の社会は学校教育に多くを期待し、学校も自らにすべてを抱え込みすぎる傾向があるようです。生徒の学業成績を向上させ、運動能力を向上させ、多様な文化的素養を育み、規律を身につけさせる……。そのすべてを社会が学校に担わせるのも、また学校が自ら担おうとするのも無理があります。

生徒にとっての環境とは学校だけではありません。人間が生きる社会は、世界は、学校を超えてとてつもなく広いのです。学校という環境だけが遺伝的素質と相互作用するわけではありません。幸いにしていまの時代は、学校以外にも、インターネットやテレビなどのメディアを通じてさまざまな環境にアクセスできるようになっています。YouTubeにはかつて目にすることのできなかったさまざまな動画が無料でアップされていて、その気になれば学校が与えてくれるよりはるかに詳しく知識を得ることができます。

それだけでなく学校外で教育に関心を持つ企業や行政機関が、さまざまな学習機会を作っており、その中には無料でアクセスできるものもあります。そのつもりで自治体の広報や新聞広告を見てみてください。それを手がかりにして、実際にリアルな世界とつながるきっかけを作ることも可能です。

■本人にとって居心地のいい環境が、学習の機会を高めてくれる

素質を伸ばすチャンスというのは、学校以外にもたくさん転がっていますから、親の心配には及びません。

もし親の立場にいる人がやるべきことがあるとしたら、子どもがつながるそうしたバーチャルな環境によって、犯罪や薬物乱用や詐欺、不健全な出会い系サイトなどに結びつくような誘いに乗せられたり、「賢い」子どもが自らそれに加担するようになることなどに引きずり込まれないよう、ちゃんと見守ってあげることでしょう。

子どもがよい学校に入ることができればよい会社にも入れて……などと親が期待した通りには、往々にしてならないものです。その親心自体は、自分の遺伝子を受け継いだ子どもの生存と繁殖の確率をより高くしたいという生物学的欲求に根ざすものですから、あって当然ですが、その無償の愛の中に親の欲目が入り込みがちなのがくせものです。

子ども本人の遺伝的素質にとって居心地のいい環境なら、それこそが学習の機会を高めてくれるはずです。その結果、気の合う友達も作りやすくなるし、大人になってからもいい思い出として振り返ることができるでしょう。そんな風に、少しゆとりを持っておうように構えていた方が、親にとっても子どもにとってもメリットが大きいのではないでしょうか。

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安藤 寿康(あんどう・じゅこう)
慶應義塾大学文学部教授
1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学。主に双生児法による研究により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティに及ぼす研究を行っている。著書に『遺伝子の不都合な真実』(ちくま新書)、『遺伝マインド』(有斐閣Insight)、『心はどのように遺伝するか』(ブルーバックス)、『生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(SB新書)などがある。

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(慶應義塾大学文学部教授 安藤 寿康)

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