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「地方に本社移転」が増えるとは考えられない…大企業の東京一極集中が進んでしまう根本原因

プレジデントオンライン / 2022年9月28日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin

なぜ大企業の本社は東京に集中しているのか。大阪大学大学院の山本和博教授は「知的な生産活動を行うには、リモートワークよりも集まって仕事をしたほうがいい。地方に本社機能を移転させる企業が増えていくということは考えにくい」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、山本和博『大都市はどうやってできるのか』(ちくまプリマー新書)の一部を再編集したものです。

■古代から大都市は知識やアイデアの中心地として機能してきた

大都市の重要な機能の一つは人々が直接出会う機会を数多く設け、知識やアイデアの受け渡しを容易にすることです(face to face communication)。都市が知識やアイデアの受け渡しの場として機能してきたことには多くの例があります。ここでは、エドワード・グレイザーの『都市は人類最高の発明である』に挙げられた二つの例を見てみましょう。

一つ目の例は、紀元前5世紀頃に全盛期を迎えた古代ギリシャの都市、アテネです。紀元前5世紀のアテネはワイン、オリーブオイル、パピルスの交易で栄えていました。紀元前5世紀の前半には小アジアではペルシャ戦争が起こっており、戦災を避けるために多くの知識人がアテネに集まって来ました。ペリクレスはアテネの民主制を完成させましたし、ソクラテスは独自の問答法で多くの友人や弟子たちに大きな影響を与えました。

プラトンやアリストテレスなど、ギリシャ哲学の巨人たちは軒並みソクラテスの大きな影響を受けています。この時期のアテネではギリシャ哲学だけではなく、悲劇や喜劇、歴史書も誕生しました。アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスは三大悲劇詩人として知られていますし、アリストファネスは喜劇詩人として有名でした。

ヘロドトスは、『歴史』をまとめ上げ、歴史の父と呼ばれました。また、アテネはユークリッド、テアイテトス等、多くの数学者を輩出しました。このように、地中海世界の至るところから多くの学者や芸術家がやってきて、アテネという1カ所に集まり、それぞれが持つ知識やアイデアを他の多くの人々と交換し、共有していました。

学者や芸術家の交流は、次々と新しいアイデアを生み出していきました。知識やアイデアは、人々の交流の中で人から人へと移動し、その中で新しいアイデアが誕生するのです。

■ICTが発達しても対面コミュニケーションの重要性は変わらない

人と人が直接出会い、交流することがとりわけ重要なのは、新しいアイデアや技術を生み出すイノベーションのような知的な生産活動です。日本の人口の28%が集まる東京都市圏では、日本で登録される61%の特許が集中しているのです。中島賢太郎「都市の高密は知的生産活動の源泉である」(『MEZZANINE』VOLUME 5 AUTUMN 2021)では、彼ら自身の研究が紹介されています。

我々の研究グループは、共同研究を行う発明者間の距離を長期間にわたって計測した。その結果、共同研究を行う発明者間の距離は、発明者が都市に集中して立地していることを考慮してもさらに近いということがわかった。つまり発明者は地理的に集中しているが、共同研究相手の選択の際には、さらに近い相手を選択する傾向にあるのである。

さらに、1985年から2005年にかけて、この期間のICTの発展にもかかわらず、共同研究関係の地理的な近さはほとんど変化していなかった。近い距離での対面コミュニケーションは今も昔も重要なのである。

中島は、共同研究が物理的な距離が近い者同士で行われる傾向があること、さらにその距離がICTの発達に影響されていないことを示しました。これは、共同研究に必要な知識やアイデアのやり取りが、直接顔を合わせて行われていることを意味しているのです。イノベーションのような知的な生産活動には、言語化された情報だけではなく、「暗黙知」と呼ばれる情報のやり取りも重要です。

暗黙知とは、表情や仕草、雰囲気や言葉の調子など、同じ場所を共有していなければやり取りすることが難しい情報のことです。

■意図的に雑談の機会を作ることで処理速度が向上したケースも

経営学者の遠山亮子によると、イノベーションのベースになる知識の創造のためには、暗黙知とともに、「雑談」や「ノイズ」、「偶然の出会い」も必要になります。

コミュニケーションは会議のような、その目的がはっきりした場においてのみ起こるわけではない。知識の共有や創造にとっては、廊下や食堂、オフィスの片隅でのカジュアルな「雑談」も非常に重要である。たとえばあるコールセンターでは、休憩時間のスケジュールを見直してチーム全員が同じ時間帯に休憩を取ることで、同じチームのメンバーが休憩時間に雑談を行えるようにした。その結果、1コール当たりの平均処理時間が、成績の悪いチームでは20%以上、コールセンター全体では8%短縮したという。

「雑談」も暗黙知と同じように、同じ場を共有しなければ生まれませんが、雑談を通して暗黙知を含んださまざまな知識やアイデアが人と人の間を移動しているのです。

グレイザーの著書では、スーパーマーケットのレジ打ちの例が挙げられています。スーパーマーケットのレジ係のスピードや能力には大きな違いがあります。ある大手チェーン店では、能力水準の異なるレジ係が、ほとんどランダムにシフトを割り振られているので、経済学者2人はそれを使い、生産的な同僚がいるときの影響を検討しました。

スーパーのレジ
写真=iStock.com/97
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/97

すると、同じシフトで能力の高いレジ係が働いていると、平均的なレジ係の生産も大幅に高まることが分かったのです。そして、その平均的なレジ係は、シフトにいるのが平均以下のレジ係だと成績がかなり落ちるのです。このように、顔を合わせて情報のやり取りをすることの重要性を示した証拠は数多くあります。

■新たな知識が創造されるためには「物理的な距離の近さ」が必要

古代ギリシャの時代から現在に至るまで、都市では人々が偶然出会い、顔を合わせて暗黙知を含めた知識やアイデアを交換することで、新たなアイデアが生まれてきました。そして、多くの研究結果が示唆するように、新たな知識が創造されるためには物理的に近くに住み、直接顔を合わせることが重要です。

ICTでは暗黙知のやり取りは難しいですし、仕事の合間の時間に雑談をするのにも適していません。知的な生産活動のためにはICTだけではなく、顔を合わせて知識やアイデアを交換することが必要なのです。

では次に、ICTの発展が企業の組織形態に与える影響を考えてみましょう。東京に本社機能を置く企業を考えます。

この企業はある地方都市に支社を置いています。支社にこの地方都市およびその周辺地域での営業に関する「指揮管理機能」を置くか、もしくは、東京本社でこの支社を直接指揮管理するか、選択しなくてはならないとします。

支社に指揮管理機能を持たせた場合、支社には指揮管理に当たる管理職の社員を常駐させる必要がありますが、東京本社から直接指揮管理する場合、そのような管理職を常駐させる必要はありません。ICTが発達していない場合、東京と地方都市の間の情報通信費用が高くなります。電話が開通する前の時代には、地方都市と東京の間で情報のやり取りをすることは難しかったでしょう。

あるいは、インターネットや電子メールが普及する前の時代には、現在よりも情報通信費用が高かったであろうことは容易に想像がつきます。このような時代には、この企業は地方都市の支社にこの地方の営業に関する指揮管理部門を置き、管理職社員を常駐させるでしょう。情報通信費用が高いため、東京から直接指揮管理することには非常に高い費用が発生するからです。

■ICTの発達によって「本社機能の地方移転」は可能なのか

電話が開通し、インターネット、電子メールが普及し、さらにはZoomのようなオンライン会議システムが一般化するにしたがって、東京と地方都市の間の情報通信費用が安くなってきました。それに従って、企業は支社の指揮管理機能を東京に移し、支社の権限と規模を縮小するでしょう。それでも費用がかさむ場合には、支社をなくしてしまうかもしれません。

都市の通信ネットワークのコンセプト
写真=iStock.com/Sutad Watthanakul
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sutad Watthanakul

情報通信費用が低くなるにつれて、東京本社から支社を直接指揮管理する費用が低くなります。支社で指揮管理機能を持たせ、管理職の社員を常駐させることには費用がかかるわけですから、その費用が情報通信費用を上回るようになると、地方都市の支社の指揮管理機能を東京本社に移すのです。

指揮管理部門を東京本社で一元化することによって、「集積の経済」が働き、指揮管理部門の労働生産性が上がる可能性があることも見逃せません。それでは、本社機能を地方都市に移すという可能性はないのでしょうか。

■パソナグループは淡路島への本社移転を発表したが…

2020年秋に、本社機能の一部を東京都から兵庫県の淡路島に移すことを発表した、人材派遣会社大手のパソナグループのように、そのような可能性が全くないとは言えませんが、そのような行動に多くの企業が追随するとは考えにくいのです。

山本和博『大都市はどうやってできるのか』(ちくまプリマー新書)
山本和博『大都市はどうやってできるのか』(ちくまプリマー新書)

企業の本社機能とは、企業の経営管理を統括する機能であり、そこで行われている活動は非常に知的な生産活動です。前節で述べたように、このような活動は人と人の間での顔を合わせたコミュニケーションによるアイデアと知識の共有が重要であり、大都市に集積するメリットが非常に大きいのです。

大都市にはさまざまな企業が本社機能を置いているため、そこには多くの専門知識を持った労働者が集まっています。本社の経営管理部門で働く労働者にとっては、アイデアや知識を持った労働者がたくさん住んでいて、そのような人たちと直接顔を合わせることで得られる暗黙知を含めた情報に触れられることが重要なのです。したがって、本社機能の労働生産性を向上させるためには、大都市に立地することが不可欠になります。

■ICTが発達したからこそ、東京への人口流入が進んでいる可能性が高い

以上の思考実験は、ICTの発達による地域間の情報通信費用の低下は、東京の本社機能の拡大を進め、地方都市の支社の権限と規模を縮小してしまうことを示しています。1950年代以降の日本では、地方から東京に一貫して人口が流入しています。1950年代から60年代にかけて、電話が急速に普及したので地域間の情報通信費用は大幅に低下しました。この過程では三大都市圏への人口の流入が起こりました。

2000年代以降のインターネットや電子メール、携帯電話やスマートフォンの普及も地域間の情報通信費用を大幅に低下させましたが、地方から東京への人口の流入は継続しています。ICTの発達は、東京の本社機能の拡大をもたらし、地方から東京への人口の流入を後押ししている可能性の方が高いのです。

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山本 和博(やまもと・かずひろ)
大阪大学大学院 経済学研究科教授
京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。専門は経済政策、都市経済学、応用ミクロ経済学。2011年応用地域学会坂下賞受賞。著書に『大都市はどうやってできるのか』(ちくまプリマー新書)、共著に『空間経済学』(有斐閣)がある。

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(大阪大学大学院 経済学研究科教授 山本 和博)

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